リアクション
その時ここではキャッチボール
チーマーと戦っているだろうパラ実生達の様子を見に荒野を歩いていたセリヌンティウスだったが、何故か今は百合園女学院の生徒とキャッチボールをしていた。
ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)達に呼び止められたのだ。
会うなり彼女はセリヌンティウスにすまなさそうに頭を下げた。
「この前は、ボールのセリヌンに酷いことしちゃって悪かったな。ゴメン」
この前、というのは甲子園での野球の時のことだ。
「別に気にしてはおらん」
セリヌンティウスの返答に、ミューレリアはパッと表情を明るくさせる。
セリヌンティウスにとっては甲子園であったことはたいしたことではなかった。遊びに付き合った程度のことだ。
「じゃあ、今日から友達ってことで! よろしく!」
「あっ、首くっついたんですね。良かったぁ」
ミューレリアの横では七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がホッしたようにセリヌンティウスを見上げている。
しかし、返ってきたのは微妙な表情。
「くっついてないんですか?」
「うむ……離れてはいないがな……」
よく見れば、セリヌンティウスの首は金属っぽいもので固定されている。
「ところで、用は終わりか?」
話題を変えるように聞いてきたセリヌンティウスに、歩は本来の用件を思い出した。
「いくつか聞きたいことがあるんです」
「答えられることなら答えよう」
愛想のない返事だが、歩は安堵して話しを続ける。
「どうやってパラ実の教頭先生になったんですか?」
「我に力が足りなかった故に七龍騎士を解任された後に、肥満校長から声がかかったのだ。することもなかったから引き受けた」
「あたし達と一緒に遊んでたのも、解任の一因に……?」
「お前達は関係ない」
実際は甲子園で多々見られたセリヌンティウスの品性についても問題視されていたのだが、本人は知らない。ドージェに敗れたことだけが原因だと思っている。
「あっ、ところで龍騎士さんの寿命ってどれくらいなんです?」
「……そんなことを聞いてどうする?」
「ふと、気になって……」
セリヌンティウスはわずかに首を傾げた後に、知らぬと答えた。
「我ら神と呼ばれる者は突然変異だ。寿命など一歳から無限まで、個人で違うであろう」
無限、に歩もミューレリアも唖然とした。
「エリュシオンはシャンバラを欲しがってるんですよね? もし、戦争になったらセリヌンティウスさんはどうするんですか?」
「欲しいのは女王の力であるがな……まぁ、たとえ戦争になっても案ずることはない。シャンバラなど一瞬で消し飛ぶであろうからな」
何がどう案ずることはないなのかわからないが、パラ実の教頭に納まっていてもシャンバラがなくなればエリュシオンに帰るだけ、ということなのだろう。
その態度に七瀬 巡(ななせ・めぐる)の眉間にキュッとしわが寄る。
巡はセリヌンティウスにあまり良い感情を抱けなくなっていた。いや、セリヌンティウスにというよりは龍騎士に、かもしれない。
お気に入りの『ドージェにーちゃん』をナラカに落とした者の仲間だから。
そんな空気を察したのか、ミューレリアが明るい声を飛ばす。
「なぁなぁ、前回のアレじゃ野球もあんまり楽しめなかっただろ? だから、今日はキャッチボールに誘おうと思ったんだ」
「きゃっちぼーる……ふむ、いいだろう。ちょうどここは広々としているしな」
「そうこなくっちゃな! ほら、グローブ」
ミューレリアは用意してきたグローブを、ポンとセリヌンティウスの手に乗せる。
「あゆむんと巡もやろうぜ」
「そうだね。巡も、ほら」
「むー……わかった」
じとりと睨みつけていた目を、歩に手渡されたグローブへ落とす。
四人が適度な距離をあけて数回ボールをやり取りした後、一番夢中になっていたのは巡だった。
いつの間にか本気で投げている。
「簡単そうに取ってくれるよね……。むっかー、これならどうだー!」
セリヌンティウスのグローブがバァン、と凄まじい音を鳴らす。
巡としては取り損なうとかボールを受けた手を痛そうにするとか、何かしらの反応を期待していたが、セリヌンティウスはけろっとしていた。
ミューレリアも歩も苦笑して見ている。
と、そこに。
「ここにいたんだ。探したよー」
聞き覚えのある声がかけられた。
キャッチボールの手を止めて見てみれば、桐生 円(きりゅう・まどか)がいた。
同じ学校の歩に巡、ミューレリアが笑顔で手を振り、それに返した円はセリヌンティウスと向かい合うと、百合園女学院の生徒らしい丁寧な挨拶をする。
セリヌンティウスもそれに合った返礼をしたところで、円は甲子園では楽しかったと伝えた。
「キミはどうか知らないけどね。歩くん達はもう友達なんでしょ? ボクも混ぜてよ。というわけで、セリヌンくんって呼ぶね」
挨拶の時とは打って変わって砕けた調子になった円に、しかしセリヌンティウスはその呼び名を嫌がるでもなく小さく頷く。
それから、円もキャッチボールに加わりながら、いくつかの疑問も投げた。
「ハスターに肩入れしてるあのヤクザさん、どこと繋がってると思う? ボクはね、石原校長だったりするんじゃないかなって思ってるんだ」
「彼はパラ実の校長であろう」
「そうだけど、あの校長なにかたくらんでそうだし。ヒラニプラ製の重機も案外校長が用意したんじゃないの?」
「そんな話は聞いたことがないがな」
セリヌンティウスに考えを否定された円だったが、ふぅんと軽く返して、それにしてはと続ける。
「パラ実イコンはロースペックすぎると思わない? チーマーの働く車に合わせて作られたように感じるんだけど」
「単にパラ実のイコンが弱すぎるのであろう。我なら乗らんが、神でないパラ実生にはないよりマシと思って使わせてもらっている」
セリヌンティウスの見立ては当たっていて、働く車とパラ実イコンは正面からぶつかり合えば双方とも壊れるくらいの強度だった。
種モミの塔で製作現場を見れば実態がわかるだろう。
歩からボールを受けた円は、数回グローブに弾ませるとミューレリアへ投げてから、少し言いにくそうに口をもごもごさせた。
やがて、どうしても気になるからと顔を上げた。
「……ティセラとパッフェル騙して、シャムシエルを送り込む計画立てて実行した人、誰だか知らないかな? 男だってことはわかってるんだけど」
「ティセラとパッフェル……?」
セリヌンティウスは思い出そうとするように視線を上へ向け、やがて「ああ」と得心がいったように頷く。
「奴か……七龍騎士にして選帝神の。奴のことは気に入らんな」
よほど嫌いなのだろう。渋い表情で口をへの字に曲げてしまった。これ以上尋ねても「思い出したくもない」と話してくれなさそうだ。
事実、セリヌンティウスは『奴』を脳内から追い払うために、別の人物のことを引っ張り出した。
妙なツアーの企画を持ってきた女のことだった。
卍卍卍
ガタゴトと観光バスが殺風景なキマクの荒野を走る。
『埋蔵金発掘ツアー』のバスだ。
やがてバスは首領・鬼鳳帝の見える位置に着き、そこでいったん停車した。
「皆さん、あちらがパラ実の新名所の首領・鬼鳳帝です」
ザルク・エルダストリア(ざるく・えるだすとりあ)の色っぽい微笑みに、客の中には首領・鬼鳳帝ではなく彼女に鼻の下を伸ばす者もいた。
ザルクは、シャンバラ教導団の牢獄に入れられ監視下に置かれている
ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)に代わり、彼の計画を実行に移していた。
パラ実がハスター率いるチーマーと抗争を起こしているという噂を囚人達から聞いたジャジラッドは、御神楽埋蔵金の噂を利用して発掘ツアーを組み、それをエサにチーマーの背後にいる黒幕を引きずり出してやろう、と考えたのだ。
とはいえ、自分ではどうしようもないのでザルクに頼んだわけなのだが。
「それでは皆さん、もう少し近づいてみましょう」
運転手に合図をし、バスが発進する。
働く車とパラ実イコンの激しい戦闘に、ツアー客達は窓に張り付きもっとよく見ようと目を見開く。
「買い物やトイレ休憩をこちらで」
ザルクが言いかけた時、イコンの破片がツアー客の視界を遮るように地面に突き刺さった。
ドスンッ、という音がしてバスがわずかに跳ねる。
そこで客達は、まるで映画を見ているような現実離れした感覚から目が覚めた。
もしこの破片がバスの屋根を突き破ってたら、
死ぬ!
「オイオイオイオーイ! 埋蔵金掘り当てる前に死ぬ気はねぇぞ! 今すぐ引き返せ!」
「そうよっ、あんなのにも結界装置が効くわけじゃないんでしょう! 運転手さん、早く!」
夫婦らしき男女がわめき出したのを皮切りに、他の客達も引き返そうと口々に言う。
その中にはザルクが密かに目をつけていた、ヤクザらしい者達も含まれていた。
その本気っぽい騒ぎ方から、契約者ではないと判断できそうだ。
このことをザルクが精神感応でジャジラッドに伝えると、セリヌンティウスはいるかと聞かれた。
いないと答えたら「そうか」と短い返事があり、それっきりとなった。
ザルクがツアー企画をセリヌンティウスに話した時からどれほど経っているか。
戦場に向かっていることは聞いていたから、もうとっくに着いていてもいいはずだ。
キャッチボールをしているとは夢にも思わない二人だった。
それはともかく、ツアー客の勢いに押されたのと命惜しさに運転手は、バスを走らせ安全な場所まで引き返した。