薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

パラ実占領計画 第三回/全四回

リアクション公開中!

パラ実占領計画 第三回/全四回
パラ実占領計画 第三回/全四回 パラ実占領計画 第三回/全四回

リアクション



決戦、種モミの塔! 〜後編


 種モミの塔内の戦闘のどさくさに紛れて高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は蓮田レンのもとへ階を進んでいた。時には隠れ身を使って。
 どこにいるのかわからなかったので、あいているテナントにでもいるのかと適当に上っていたが、途中で47階だということがわかった。
 チーマーの会話を盗み聞きしたのだ。
「それにしても、直接聞きにいくとか悠司らしいよね。いいと思うな、そういうの」
 不意に聞こえたレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)の能天気な声に、悠司の歩みがピタッと止まる。
「おっと。急に止まらないでよ。危ないよ」
「そんなことより、それ、どういう意味? 何が俺らしいって?」
「ン〜とね、だって、普通いきなり行って素直な答えがくるとか思わないじゃん。バカ悠司の本領発揮だねーって……ちょっ、そんな怖い目で見ないでよっ」
 目つきを悪くして見下ろされたレティシアは、ヘラリと笑うと悠司の腕をペチペチと叩く。
「ボクも手伝うよ。だいじょうぶ、きっと何とかなるよー」
「バカはれち子の領域だろ。自分を棚に上げて何言ってんだか」
 思い切り馬鹿にしたようにため息をつき、再び歩き出す悠司。
「それどういう意味かな!? 捻くれてばっかりいると応援しないよ!」
「うるさいよ」
 一言で切り捨てる悠司に、それでもついていくレティシア。面倒くさがりの悠司がやる気を出しているのだ。力を貸さないわけがない。素直じゃない物言いも、もう慣れた。
 着いた47階は元オフィスの名残があるせいか、あまりくつろぐという雰囲気ではないフロアだった。真ん中に無理矢理作ったスペースがあり、そこでレンが携帯で指示を出している。立派なソファはどこから運び込んだのか。
 入ってきた悠司とレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)に、フロア内のチーマーがいっせいに鋭い視線を投げたが、携帯を閉じたレンは彼らを制して「何か用か?」と冷たい笑みを見せた。
 悠司に攻撃の意志のないことを感じたのか。
 ゆっくりとレンとの距離を縮め、適当なところで足を止める。
「ガイアとの約束について聞きたいことがあるんだけど」
「あいつのオトモダチか?」
 馬鹿にしたように笑うレンに、悠司は表情を変えずに「俺の知り合いのトロールがね」と返して、質問を口にした。
「姉貴は紐なしバンジーで、妹はお高い病院で養生ってのは、すげー差なんじゃねぇのと思ってね。妹さんに気に入られたいなら、姉貴にもやさしくしたほうがいいと思うがね?」
「ああ、それか。ガイアとは取り引きしたんだよ。妹の治療費出すから俺達に協力しろってな。妹思いのあいつはすぐに頷いたぜ」
 薄ら笑いを浮かべるレン。
 ガイアがすぐに頷いたかはわからないが、条件は飲んだのだ。
「奴を突き落としたのは、その約束を破ったからだ。四天王のことを何も説明しなかったばかりか、四天王投棄の儀式に口出しまでしてきやがった。だいたいあいつは、ただついて来るだけで何もしなかったんだ」
 たいていの荒野の住人なら、S級四天王のガイアに手を出そうとは思わないだろう。
 仲間や舎弟以外なら避けて通るはずだ。
 その辺のことを知らなかったとしても、情報を教えなかったことをレンは気に入らなかったらしい。
「だから、鏖殺寺院に預けて可愛い犬になるよう改造してもらおうとしたんだが、錯乱しちまったってわけだ」
「そうやって笑ってるけど、妹さんはあんたらに感謝してるみたいだよ。変わり果てた姉貴を見たら悲しむんじゃねーの? ……何とか元に戻してやりたいんだけど?」
 レンを見て、それから彼の後ろに控えている大和田道玄に視線を移す。
「そうだなぁ、奴の力がこのまま潰れるのは惜しいな」
 言ったのはレンだ。
 やっぱりいじめっ子だ、と思いながらレティシアは夢野久にこのことのメールを打つ。
 すぐに来た返信に、レティシアは素っ頓狂な声をあげた。
 咎めるような悠司の視線に怯むことなく、レティシアはにっこりして言った。
「ガイアさん、正気に戻ったんだって。こっちに向かってるってさ」
 レンは一瞬ポカンとしたが、すぐに余裕の笑みを口の端に浮かべた。
 まだ、妹という人質がいる。そう考えていた。


 悠司とレティシアが帰って少しした時、入口で見張りについていたチーマーが突然騒ぎ出して真っ青な顔で避難してきた。
「あら、人の顔見て逃げ出すなんてご挨拶ね」
 気安いが、どこか他人を見下した笑みのメニエス・レイン(めにえす・れいん)だった。
 アボミネーションと冥府の瘴気全開で来られては、契約者である渋谷メンバーとはいえ悪寒に耐えられないだろう。
 メニエスは逃げ出した者など眼中にない様子でレンとミゲルに歩み寄る。
「あたしの予想通りになったわねぇ」
 いやらしい笑みを含んだ目を二人に向ける。
 まるで首領・鬼鳳帝が潰されることを見透かしていたような言い方に、レンはカチンときた。
 その表情の変化もメニエスは予測している。
 ここで、ミゲルがじっと観察してきていることも。
 レンが口を開く前にメニエスが言った。
「あたし達鏖殺寺院とつるむ気はない?」
「寺院とだと?」
「そんなに睨まないで。仲間になれと言ってるわけじゃないのよ。あたし達の後ろ盾を得れば、経済を牛耳ることも、奴らに勝つことも今以上に容易になるわよ」
 メニエスは表向きはレンに誘い話を持ちかけていたが、本命はミゲルのほうだった。
 首領・鬼鳳帝を経営していたのはミゲルだ。潰されてしまったが、いっときは首領・鬼鳳帝信仰が生まれるほどパラ実生も受け入れていた。
 キモとなるのはミゲルだと思いますわ、と囁いたのは、いつもメニエスに忠実で影のように従っているミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)
 メニエスはちらりとミゲルの反応もうかがう。
 大和田の横に立つミゲルは、レンではなく大和田を見ていた。
 悪い話じゃないと思うけど、と言うメニエスに、レンは口をへの字に曲げて返す。
「鏖殺寺院と組む気はねぇよ」
「あなたもそう思うの? 兵器を売買して動かすことで戦争を操る? それとも一般流通を操作して一般人を支配する? 夢がふくらまないかしら」
 問いかけが自身に向けられていると気づいたミゲルは、視線をメニエスに移すと、
「レンがそう決めたならそれでいいでしょう」
 と、話の終わりの気配を漂わせた。
 ところが、そこに大和田が口を挟んできた。
「あなた達なら大丈夫でしょうが、外は危険です。落ち着くまで、こちらでお休みになっては?」
 ずいぶんと丁寧な扱いだ。
 それもそのはずで、太平洋の孤島にいた鏖殺寺院の者達とこのヤクザ達は繋がっている。だから寺院メンバーのメニエスをぞんざいに扱うことはしないというわけだった。
 メニエスとミストラルが別室の応接室に通されるのを見送ると、ミゲルは「下が騒がしいようです」と告げてフロアから出て行った。

卍卍卍


「な……なんで……」
 月谷 要(つきたに・かなめ)は愕然としていた。
 彼はここに、美味いと評判のラーメン店を訪ねに来ただけだった。ちょうど空腹でもあった。
 塔の前に着いたら何故かすごい人だかりで、
「こんなに超人気の店だったのー!? テレビ局の人までいるよ!」
 と、ひどく驚いたものだったが、どこからか移転した首領・鬼鳳帝の記念バーゲンセールがあるらしいと聞き、安心した。
 これだけの人がラーメン待ちだったら、食べるのはいつになることやら。今日中は無理だ。
 バーゲン目当ての人が買い物している間にラーメンを味わえばいい、と要は思った。
 開店と同時に凄まじい勢いで客が入口に殺到した。
 負けじと要も突入すれば、2階と3階はちょっと危険なアトラクションになっていた。
 けっこうな人数の犠牲を出しながらもクリアして少しすると、4階から下が突然吹き抜けになってしまった。
 帰り道をふさがれてしまったわけだが。
 それは後で考えればいいや、と食欲に従う要はひたすら上を目指したのだけれど……。
「どうしてヤーさんとかチーマーが邪魔してくるのかなぁ!?」
「要! 泣き言を言ってる余裕があるなら、もっときちんと標的を見よ! ちっとも当たってないではないか!」
 魔鎧として要を覆っている機式魔装 雪月花(きしきまそう・せつげっか)から鋭い叱咤が飛ぶ。
「天沼矛通って、楽しみにしてきたのに……オレのラーメンを横取りする気かー!」
 要はとばっちりを受けているだけなのだが、そんな事情など知らない彼はヤクザやチーマーを、『麺屋渋井』を巡る自分の敵と定めて改造魔道銃『散』で打ち破りにかかった。
 雪月花から声援が飛ぶ。
「その調子だ! ラーメン屋は近いぞ!」
 雪月花も要の求めるラーメンの味が気になるので、まだ未熟な要の射撃の腕を補うためにシャープシューターで補正を入れていた。
 と、そこに加勢する者が現れた。
 要に接近しようとしていたチーマーの一人が、鞭で打ち払われる。
「あたしも一緒に行かせてもらうよ!」
 熾月瑛菜アテナ・リネアの二人だった。
「あんたもラーメン屋に?」
「ううん、軽音部の部室にいい物件がないかと思って。部室はいくつあってもいいだろ?」
 ふふふ、と笑う瑛菜はどさくさに紛れて空いているどこかをぶん取る気でいるようだ。
 目的は違うが協力者は多いほうがいい、と途中まで手を組むことになった。
「四十八星華の劇場ができるって聞いたんだ。だから、あたし達もね」
 チーマーを回し蹴りで退けるアテナ。見た目は小柄なアリスだが力は強いようだ。
 しばらく四人で突き進んだが、チーマー達の壁は厚く後から後からわいて出てくる。チーマーの後ろからヤクザが銃で狙ってくるのも厄介だった。
 家具の残骸に身を隠して息を整える。
 どうやって突破しようか、と考えてあぐねているところに。
「うゅ……アテナ、困ってる?」
 身を低くしてエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)がアテナの隣に滑り込んできた。
 驚くアテナに、エリシュカは淡く微笑む。
 すぐ後には、ここにいたのねと、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)も銃弾をかいくぐって瑛菜の横に身を寄せた。
 彼女達は途中ではぐれてしまっていたのだ。
 ケガはないかと心配するローザマリアに、瑛菜は元気な笑顔を見せた。
 それから要と雪月花を紹介して、突破口をどこに求めるか考えていたところだと話す。
「それなら、わたくしにお任せください」
 上杉 菊(うえすぎ・きく)が瑛菜の前に対イコン用爆弾弓をぬっと突き出す。
 瑛菜とアテナは思わず後ずさった。
「そ、そんなもの使って大丈夫かな? 塔が壊れたりとか……」
「もうだいぶ壊れてます」
「そうだけど……そうなんだけどっ」
 そんなに脆い塔とは思えませんよ、と菊は上品に微笑むと階段付近を固めているチーマー達に向けて、その危険な矢を放つ。
 止める間もなかった。
 爆発音と共にチーマーがふっ飛ぶ。巻き込まれたパラ実生もふっ飛んだ。他にも調度品が破片になり、凶器となって壁に突き刺さる。
 瑛菜達はできるかぎり体を丸めて身を守るしかない。
 天井からパラパラと塵が降るかすかな音に、ローザマリアが盾にしていた家具から階段付近をうかがうと、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が仇敵のように打倒を誓っているミゲルがいた。
「あやつ……!」
 ローザマリアと一緒に顔をのぞかせていたグロリアーナは、粉塵の向こうにその姿を見つけたとたん、闘志をふくらませて七枝刀の柄に手をかけた。
 いきなりの変化に目を丸くする瑛菜に、ローザマリアが因縁話を打ち明ける。
 要点だけだが聞いた瑛菜は、ほぅと息を吐き出す。
「国王と貴族かぁ。あたし達に例えるなら総長と他校のロイヤルガードの戦いってとこかな? まあ、それはともかく、あたしらもあんなところに立たれちゃ邪魔だから加勢するよ。周りのやつらは任せて!」
「助かる」
 グロリアーナは短く礼を言うと、両手に七枝刀を抜きミゲルの前に身をさらした。
 ローザマリアと瑛菜達も続く。
「わらわからの挑戦状は受け取ってもらえたか?」
「挑戦状? ……ああ、あれか」
 首領・鬼鳳帝跡に立てられていた立て札のことを思い出すミゲル。
「あなたからでしたか」
 正確にはローザマリアが作ったものだが、わざわざ言う必要もない、とグロリアーナは何も言わなかった。
「人違いをされているようですが、私とセルバンテスとやらがそんなに似ているなら、代わりに相手をしてあげましょう」
 ニヤリとした直後、ミゲルはショットランサーを発射させた。
 しかし、グロリアーナも対策は考えており、空蝉の術でかわすと思い切って踏み込み、穂先と柄を繋ぐ鎖の切断を試みた。
 耳障りな金属音と腕のかすかなしびれに眉をしかめるグロリアーナ。
「そう簡単には壊されませんよ……!」
 引き戻される穂先に巻き込まれないよう、グロリアーナは半身を引く。
 そのわずかな刹那に彼女は隙を見出し、ミゲルの懐に飛び込んだ。
 光の軌跡を描き則天去私がミゲルを両断しようと振るわれる。
 ミゲルは槍を持たない手でグロリアーナの片方の手を払いのけ、もう片方は槍の柄で受け止めた。
 二人の周りではエリシュカとアテナが互いの背を守りあうように、つかず離れずでチーマーを相手にしている。
 アテナが拳と蹴りの連続技を決めれば、その一連の動作の終わりを狙うチーマーをエリシュカのブラインドナイブスが叩き伏せた。
 まさかの位置からの攻撃に、打たれた者は防ぎようもなく呻き声をあげて転がる。
 瑛菜とローザマリア、菊もグロリアーナの戦いが邪魔されないよう、壁になって戦った。
 と、そこに。
「てんちょおぉぉぉッ!」
 ペンギンゆる族を引き連れた志方 綾乃(しかた・あやの)が障害物と化した家具や調度品を乗り越えて迫ってきた。
 グロリアーナと距離をとったミゲルが、嫌いな食べ物を目の前にしたような顔になる。
 綾乃はその表情から、彼の心づもりを察してキリリと目元を険しくさせた。
「やっぱりごまかすつもりでしたか!? そうはいきません、未払い給料をこの場で現金で払ってもらいます! 今すぐ! そして、これから元従業員全員で上のラーメン屋で忘年会に行くので、その代金も」
 ちゃっかり付け足した綾乃の追加要求は、ミゲルが瓦礫を投げたことで途切れた。
「今忙しいんです。ですが、どうせ引き下がらないでしょう? 実はここに新たに店を構えようと思うんです。引き続きバイトしてくれるなら給料はその時に払いましょう」
「それって……今、お給料はくれないってことですよね!?」
「身も蓋もない言い方を……」
 しかし、つまりはそういうことだ。
 ついでに言えば、新店舗を調えるのに目の前のグロリアーナ達が邪魔だから手を貸せ、という意味も含まれている。
 綾乃は不満たっぷりに鼻息を吐き出すと、ペンギン達と遠巻きにしはじめた。完全な傍観態勢だ。
 綾乃の返事を受け取ったミゲルは、再びグロリアーナと対峙する。