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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.10 失踪事件調査(1)・刺激 


 大学では、涼司とアクリトの会談が始まった頃だろうか。
 ここで、舞台は蒼空学園へとしばし移ることとなる。
 
 涼司がアクリトに会うため学園を出ていった後の蒼空学園は、まだ喧噪が続いていた。それも、何種類かに分かれた喧噪だ。
 ひとつは、涼司が出ていく前に行われていた新生徒会選挙の活動で起こっている賑やかさ。ひとつは、涼司とアクリトの抗争の噂を見聞きした者たちのざわめき。
 そしてもうひとつが、蒼空学園で起きている失踪事件の話題であった。
 先日、失踪者の足取りを追っていた生徒もそれに巻き込まれたことで、事件はより深刻さを増していた。生徒たちも、自分たちにとって最も身近な危機ということからか、どこかピリピリしたムードになっている。

 そんな空気の中、鈴木 周(すずき・しゅう)はパートナーであるレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)の襟首を掴みがむしゃらに走り回っていた。
「ちょ、ちょっと、とりあえず落ち着いて! 放してってば!」
「これが落ち着いてられるかってんだ! 『俺の』女の子たちがいなくたってんだぜ!?」
「い、いつこの学校は周くんの私物になったのよっ……!」
「何としても探し出す! こんな大事件、放っておけるわけねぇからな!!」
 興奮して血が上っているのか、レミの言うことがまったく耳に入っていない周。レミはどうにか周の手から抜け出すと、凍てつく炎を周の頭めがけて放った。
「うおっ、あっちいっ! あっち、いや、寒いっ! 冷てぇええっ!」
 たまらず頭を抑える周に、レミの声が降る。
「いなくなった子たちを心配するその気持ちは真剣なんだなって分かるけど、もうちょっと冷静にね。もう何回言ってるか分からないけど、周くんのフォローするの、あたしだからね?」
「お、おう……」
 レミの一撃を食らい多少頭が冷えたのか、周は地面にべたんと座り考えを表に出した。
「とりあえず、どこをどう調べりゃいいか分かんねーし、犯人捕まえて吐かすのが一番早ぇかなって思ったんだけど」
「その犯人が誰かは、見当ついてるの?」
「女の子がひとりで歩きそうな道を中心に学園中走り回って、女の子に悪さしようとしてる怪しい男を見かけたら問答無用でぶっ飛ばす!」
「そんな人、そうそういるわけが……」
 レミが作戦を修正させようと、周に言いかけた時だった。
 ふたりの目の前に、童顔で小柄な女の子らしき生徒が歩いた後に出来た足跡をベロベロ舐めている男が現れた。
「い、いたあああああぁあーーーっっ!!」
 瞬間、周は持っていた両手剣を握って男の方へと駆け出す。
「てめぇかあああ!?」
 足元をすくい上げるように、周がアッパースイングで剣を振り上げた。
「え、えええっ!?」
 突如目の前に大剣が迫り、男は慌ててその身を翻した。間一髪直撃を免れた男が、周に弁解する。
「い、いやさ、これは誤解でさぁ。足跡から匂う芳しい乙女の残り香を嗅いで、警察犬の如く失踪した女生徒たちの行方を割り出してるところなんですよ」
「嘘付けっ! 思いっきり目の前の子を追跡してたじゃねぇか!」
 周は聞く耳持たずと言った感じで、男に向かって剣を振り回す。やがてバランスを崩した男は、周にまたがられ下敷きとなった。その様子を、少し離れたところから冷たい目で見ている少女がひとり。
「……これは酷い」
 小さく呟いた彼女の名は、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)。ハンニバルが言ったその言葉は、何も単純に彼女の見ている景色が混沌としていたからだけではない。何を隠そう、現在疑いをかけられ串刺しになろうとしている男が自分の契約者だったからだ。
「とりあえず、他人の振りをしておくのだ」
 目を背け、ハンニバルは関わるまいと若干の距離を置いた。その一方で、契約者である渦中の男――クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は依然として言い逃れを続けていた。
「いやなに、失踪事件なんて一大事、放ってなんておけないなと思いましてね、センピースタウン以外で失踪者に関する手がかりがなかったもんでさぁ。どうにか足跡から追跡できないもんかと」
「だから、失踪者じゃなくただ女の子を追跡してどうすんの! ていうかそもそも、足跡辿るんなら舐める必要なんてないでしょ!」
 これには、レミも周と一緒になって問いつめる。するとクドは、開き直ったかのようにあっけらかんと言ってのけた。
「これは趣味です」
 どうも彼は、前回の調査時に女子更衣室に忍び込み袋叩きにされたというのにまったく懲りていないようだ。なんなら、その痣や腫れさえもプレイの一環として認識している節がある。いわゆるド変態である。
「うーん、久々に周くん並の変人が出てきちゃったなぁ……」
 レミが溜め息を吐く。その様子から、また懲らしめられると思ったのか、クドは視界にハンニバルを認めると、大声で彼女を呼びかけた。
「お、おーいっ、ハンニバルさんっ! ちょっとこの下半身を解き放ってくれないですかねぇ?」
 確かに、クドの腰から下は周が馬乗りになっているせいで自由を奪われているのは事実だ。しかし、その言い方は明らかに何というか、ちょっとアレだった。
「きゃ、きゃーっ、痴漢なのだーっ!!」
 このままでは完璧に余計な被害を被る、そう判断したハンニバルは普段出し慣れていない声色で、悲鳴を上げた。
 その後クドが周を含めた近くの生徒たちに取り押さえられ、お縄になったのは言うまでもない。

 そして、実はこの場にはもうひとり、失踪事件に関わろうとしている者がいた。先ほどクドが足跡を追いかけていた童顔で小柄な女の子らしき生徒――それが、水上 光(みなかみ・ひかる)である。少年ぽさもどことなく感じられる顔立ちではあるが、着ている制服は間違いなく女子のものだ。仮にこれが少年による女装だったとしても、それに気づく者はごく少数であろう。
「なんだかさっき、ボクの後ろがうるさかったけど何かあったのかな……」
 周やクドのいざこざを見ることなくその場を過ぎ去った光は、不思議そうに呟く。よもや自分の足跡が舐められていたとは、夢にも思うまい。
 光は至って真剣に、失踪事件の手がかりを求め校内を歩き回っていた。
「他の人たちからの情報だと、犯人は人外、かぁ……一体どんなヤツなんだろう」
 相手の姿形が想像できないというのは、想像以上に不安であり不気味なことだ。が、光がそれに屈することはなかった。
「でも、たとえどんなヤツでも、これ以上被害を広げるわけにはいかない! 女の子をさらうだなんて酷い真似、阻止しなきゃ!」
 女生徒が狙われていると知りつつ、あえて光が女性用の制服を身にまとったのは、その決意の表れであろう。自ら囮になるというこの選択が、後に危機を呼び込むことを、光はまだ知らない。



 同じく校内で、失踪者の行方を追っていたのは弥涼 総司(いすず・そうじ)、そして瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。友人やパートナーを不注意からさらわれてしまった総司と、妹のような大切な存在の安否を気遣う壮太は、他の誰よりも真剣になり捜索を続けていた。
「くそっ、オレが目を離したばっかりに……真剣さが足りなかった結果がこれかよ。自分の甘さが許せないぜ」
 焦りのせいか、どこか狼狽した様子を覗かせる総司に、壮太が活を入れた。
「反省すんのもいいけどよ、もっと許せないもんがあるんじゃねえか?」
 言いながら、壮太が携帯を開いて何度かボタンを操作する。画面に現れたのは、センピースタウンだった。そこに、柴犬の獣人がデフォルメされたような壮太のアバターも映る。
「とりあえず、現時点で集まってる情報を把握すんのが先決だ。闇雲に探したって見つかるわけがねえからな」
 そのまま壮太は、アバターを動かし掲示板へと目を向けさせる。既に壮太は今までに収穫のあった情報をピックアップし、チェックをつけていたようだ。それを彼は自分への確認、そして総司に知らせるため読み上げる。
「失踪者は女生徒ばかりで、そのほとんどに共通しているのがセンピースタウンユーザー、そしてタガザってモデルのファンだってことだ」
「タガザってモデルに、何かあるのか……?」
「ああ。コトノハとさっき連絡をとったら、あっちでも色々その類の予想をしてるらしい。あとついさっきコトノハたちから聞いた情報だと、ツァンダと空京の間にある小さい町に出店してる、『ベル』って店の近辺でよくタガザが目撃されてるみたいだ」
「……て、ことは」
「行ってみる価値はありそうだな」
 総司、壮太ふたりの視線が同時に東南の方へ向く。目的地は決まった。ふたりはその足を踏み出した。
「さっきは狼狽えてて悪かったな、でもおかげで気合い入ったぜ」
 両の頬をパシンと叩き、総司が言う。壮太はぶっきらぼうに返事をした。
「それより、早く行かねえとよ。オレも見つけなきゃいけないヤツがいるんだ」
 口ぶりは冷静そのものだったが、壮太の内心はある知らせを聞いた時から、幾らかの驚嘆と不安に襲われていた。その知らせとは、コトノハのパートナーでありながら自身も妹同然に大切に思っている蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)が失踪したというものだ。ただでさえ契約者である彼女が身重ということもあり、壮太は何としてもふたりのためにこの事件を解決してあげたいと思っていた。
 そして、そのためには落ち込んだり不安になったりしていられないとも。もしかしたら、さっき総司に活を入れたのは他の誰でもない、自分自身のためだったのかもしれない。
 彼らの足音は、一切の雑念を掻き消すようにより大きな音を鳴らしていく。