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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.6 cnps-town(2)・仮定 


 時間は少し遡り、涼司たちが大学へと着く前。
 センピースタウンでは、静麻が流したデマも沈静化し普段と変わらない賑わいを見せていた。
 普段。厳密に言えば普段ではなく、ここ最近に見られる賑わい方をしていたと表現するべきだろう。それはもちろん、涼司とアクリト抗争の噂と、もうひとつ。失踪事件の話題だ。
 白波 理沙(しらなみ・りさ)は、パートナーの白波 舞(しらなみ・まい)と共にタウン内でその情報を集めていた。彼女らのアバターのすぐそばには、舞と同じく理沙ののパートナーであるカイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)のアバターもある。
「失踪した人の共通点がこのサイトだって話だけど……これ、情報を調べてるうちに自分が失踪なんてことにならないように警戒しなくちゃね」
「でも、サイトで失踪って、どうやって?」
「まぁ、それは分からないけど……」
 舞に突っ込まれ、口ごもる理沙。その間も、カイルと悠里はふたりを守るような動きを続けている。ネット上のアバターが仮に危害を加えられたとして、それが現実の肉体にも影響を及ぼすとは到底思えないが、念には念を、ということだろう。
「とりあえず、ここまでで手に入った情報を整理したらどうかしら?」
 舞がした提案に、理沙は頷く。この間他の生徒たちと協力して得られた情報を、彼女は指を折りながら確認していった。
「えーっと、まずターゲットは女の子の生徒だけなんだよね。で、いなくなった子たちは流行に敏感な子で、センピもやっていた。特にセンピで見てたのは、タガザって女優さんの動画……」
「他にも、服を買ったり色々芸能人の情報も集められるっていう話よね」
「そして、失踪者のことを調べている生徒もいつの間にか行方不明に……ってとこかな」
 断片的な情報を繋ぎ合わせようとする理沙たち。しかし、パズルを完成させるには、彼女たちの手持ちのピースではまだ足りなかった。果たしてなぜ失踪事件が起きているのか、いなくなった者たちはどこへ行ったのか。そして、誰の仕業なのか。
「タガザって女優さんが、何か関係あるのかな」
 理沙がぽつりと呟いた。
「そういえば、タガザさんの周りでもモデルさんが消えているって……」
 彼女らはそう推測したものの、証拠も目撃談もない以上それはぼやけた輪郭のまま宙に浮かぶだけであった。

 理沙たちと同様、ここセンピースタウンで失踪事件について迫ろうとしていたのは橘 恭司(たちばな・きょうじ)、そしてコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だった。
「ここがセンピというヤツか……」
 タウン内に入り込んだ恭司が小さく口にした。先日生徒からいくつかのキーワードを聞き出した彼は、それを頼りにここへ足を踏み入れていた。
 その複数のキーワードとは、センピ、そしてタガザーという単語だ。聞き慣れない言葉を聞いた恭司は、情報をもたらした生徒から詳細を聞いていた。そしてセンピがここセンピースタウンであると知り、利用方法なども調べた上で入り込んでいた。
「掲示板なら色々と情報も転がってるだろうからな。時間のかかる作業になりそうだが、スレッドをタガザー、噂、目撃の順で調べていくか」
 自身が聞き及んだものがどこへどう繋がっているか、それを試そうと恭司は掲示板に目を通し始めた。
 そのタウン内、掲示板があるエリアで、コトノハも同じように目を滑らせていた。コトノハは自分のパートナーが行方不明になり一時は取り乱し気味であったが、どうにか落ち着きを取り戻し、別なパートナーと共に捜索と調査を続けていたのだった。
「痕跡もなく生徒が消えたままというのはおかしいです。誰かが裏で何かをやっているとしか……」
 そう言った彼女は、タガザの出没スポットを中心に情報を集めていた。コトノハがタガザを調べていたのには、ある推理が働いたからだ。結果、その行動が、同じくタガザーの情報を探していた恭司と彼女を引き合わせた。
「キミも、タガザについて探っているのか?」
 自分と似たことをしているコトノハを見つけた恭司が話しかけると、コトノハは頷き、自分の考えを明かした。
「タガザが何者なのか、確かめたくて」
「確かに、色々と噂が多い人物だからな。俺がさっき見た情報でも、周りのモデルが失踪しているというものがあったし、今起こっている失踪事件と何らかの関係があると踏んでいるが……」
「もうひとつ、消えているものがありますよ」
 コトノハが意味深に言い放つ。
「もうひとつ?」
「はい、アクリトのパートナーの姿が、ここ最近見えません。契約者であるアクリトをずっとほったからしにしているのはおかしいと思うんです」
「それは……さすがに学長のパートナーレベルになったら、何かあればもっと騒ぎになっているはずだから、単純にどこかへ出かけているとかじゃないのか?」
「だとしても、さらに解せない点はあります」
 コトノハの中に生じた疑念。彼女がタガザを調べるに至った推理も、そこから捻り出されたものだった。
「私も色々調べて、シアターで彼女の歌なども聞いたりしました。とても女性らしい、幸福を歌った歌でした。ただ、あれだけ有名で多才なら、もっと色々なメディアに出ていてもおかしくないと思うんです」
「なるほど、その通りだな……タガザーという信者もいると、掲示板でも盛り上がっているのを見た」
「そう、彼女には信者までいるんです。まるで……神として崇められているかのように。偶然ですが、アクリトのパートナーも神と思われてもおかしくないほどの力を有しているはずです。ということは、彼女がタガザなのでは?」
「そうなると、アクリトとタガザが繋がっていたということになるな……」
「もちろん、あくまで私の予想というだけですけど」
 コトノハの持論を、恭司は肯定するでも否定するでもなく聞いていた。ともすれば強引にも思える推測に、恭司は疑問をぶつける。
「しかし、タウンで見たタガザの映像は彼女とはまったくの別物だった」
「ここなら、外見をいくらでも変えられます。今の私だって、現実の私の姿ではないですし」
 そう言うコトノハの外見は確かに、胸が大きく膨らんだアクリトのパートナーを模したような姿をしていた。まあ、胸が大きいのはあながち現実のコトノハと大差ないが。
 それはさておき、コトノハのその言葉はある仮定を示唆していた。ある仮定。
 ――タガザという人物は、そもそもネット内だけに存在するキャラクターなのではないか。
 恭司はコトノハのその推論を、にわかには信じることができなかった。しかし、完璧に否定することができなかったのも、また事実である。
 はたしてタガザとは何者なのか。コトノハと恭司がそんな話をしていると、そこに新たなアバターが話しかけてきた。その主は、姫宮 和希(ひめみや・かずき)だ。
「俺も、話に混ぜてくれないか?」
 そう、和希もまた、タガザについてここで調べていたのだった。
「キミも、タガザのことを?」
「ああ、どうも怪しさが拭えなくて」
 和希は前回タウンで、ある人物と接触していた。それは、蒼空学園の生徒、小谷 愛美(こたに・まなみ)である。和希がタガザの名前を出した瞬間、愛美は人が変わったように怖がってみせた。それ以来、和希はタガザに不信感を抱いたまま愛美を心配に思っていたのだった。
「俺もタガザの経歴とかを調べてみたんだけど、活躍……っていうか活動しだしたのはそんなに何年も前からじゃないみたいだな。それとやっぱり、失踪事件の犠牲者はタガザーが多いらしい」
 タガザが愛美をあんな目に遭わせた張本人か、それか関係者か。断定するには早いが、和希はそんな疑惑を浮かべていた。
「自らタガザを追っかけてか、呼び出されたかで犠牲になったっていう可能性は充分あると思うぜ」
 そんな和希の心境は、その口ぶりからも容易に読み取れた。
「でも、仮にそうだとして、一体なんでそんなことを……」
 コトノハ、そして恭司が当然の疑問を口にする。
「もしかして……」
 ふたりの言葉に、和希はゆっくりと自分の推論を話した。
「もしかして、タガザってのは吸血鬼とか魔女の類じゃないのか?」
「え?」
 不意を突くように出た単語に、思わず聞き返す声が和希に届く。が、和希は話すのを止めはしなかった。
「たとえば、タガザが若さを吸い取ることができたとしたら……可愛い女の子をさらってるのは、そのためかもしれない。もちろん、タガザが誘拐に絡んでいるって前提での話になっちゃうけど」
 あまりに目立つタガザの美貌。モデルとしては遅咲きともいえる活動履歴。そして愛美の皮膚に起きた異変。それらの事象が、和希にそう結論付けさせた。
「タガザがアクリトのパートナー説に、タガザが吸血鬼・魔女説か……正直どこまで正しいのか分からないし、噂から持ち出した予想に過ぎないけど」
 恭司が掲示板を見ながら、呟く。
「今できることは、タガザについてもっと深く調べてみることだな」
 コトノハと和希もそれに同意し、3人は出没スポットなどが書かれていないか掲示板を眺め続けた。

 やがて、ほぼ同じタイミングで彼らはその書き込みを見つけ出す。
「タガザ目撃情報! どうやらツァンダと空京の間にある小さい町に出店してる、『ベル』ってお店の近くでタガザを見たって!」
「これは……!!」
 思わず声を上げる3人。噂の信憑性がどれほどあるかは分からないが、調べてみる価値はある。そう思った彼らは急ぎ支度を整え、他の生徒たちにも回せる範囲で連絡を回した。
「愛美、待っててくれ。近くにはいてやれないけど、俺の他にも愛美を思ってくれるヤツはいっぱいいるんだ。だから俺は、タガザを追うぜ」
 先頭を切って、和希が走り出す。
 それと時をほぼ同じくして、ネット上からではなく現実世界で彼女、タガザの足取りを追っている者たちがいた。