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リアクション
【◎2―4・深層】
少し時間は遡り。
亜美が逃げたとの連絡を受けた校長室の静香……の身体になっている亜美は、絶対に逃がさないように告げて、電話を切り。そして自分で自分を捕まえる命令を下していることに、なんだか複雑な思いであった。
「どうかなさいましたの?」
「え? いや、なんでもないよ」
このとき部屋で一緒にティータイムを楽しんでいるのは谷中 里子(たになか・さとこ)とドロッセル・タウザントブラット(どろっせる・たうざんとぶらっと)。
もっとも横文字を使っているが、食しているのはドロッセルの実家が取り寄せた、いちご大福で。飲んでいるのも緑茶だった。美味しいので何も問題は無いようだけれど。
「それにしても昨日は本当に大変失礼あそばしましたわ。ついつい気持ちが高ぶって、熱くなってしまいまして。わたくしともあろう者が……」
どうやら里子は前日、静香に対し強めの物言いをしたことを謝罪に来たらしく。
「いいよ。僕はべつに気にしてないからさ」
そしてあのとき亜美もその場にいたので、うまく話には合わせることができていた。
「価値観というのは人それぞれだとわかっているのですけれどね? あのときはつい、自分を抑えられなくなってしまったんですわ。いけませんわね、わたくしとしたことが」
「は、はあ」
そんなふたりの傍らで成り行きを見守っているドロッセルは、
(里子さん、昨日の失礼をお詫びするのに、そんなに厚かましくするのはちょっと……。それに里子さんてば、また昨日みたいに熱くなって……)
里子がまた余計なことを言いやしないかと心配がつきない様子だった。
「しかし、あの西川亜美とおっしゃる方は大変な方であそばされましたわね」
なにげなく発した里子のセリフに、亜美本人は、ぴくりと静香の顔でわずかに眉をつり上げた。
「えぇーと、『猿の手』でしたかしら。まったく、セレブたる者、願いというのは自分の手で叶えるものですわ!」
亜美は正直、胸が痛かった。
それを理解はしているのだが、現実はそう簡単でないと理解して、諦めているのだから。
「でも、願いを叶えるのに何かの助けを借りることも悪くないと思います。私もお守りとかおまじないとか好きですもの」
ドロッセルの言葉には、少し救われた気分になった。
けれど。本当の意味で自分が救われることは、もうないのだろうなと。亜美は思う。
「第一、貴族なら『猿の手』でなく『熊の手』にしてあそばすべきでございますわ」
「……どうして熊の手? それって、単なる里子さんのイメージなんじゃ」
「はは。でもたしかに、熊手って強欲な人間のたとえでも使われるんだよね。そういう意味では、的を射てる表現かもしれないな」
「さすが静香校長は博識ですわね。私ももっと教養を身につけて高貴な身分に相応しい人柄とならなくては……」
ドロッセルは、教養の前にもうちょっと常識的なところを学んでほしいなと願った。もちろん口に出す勇気は無かったが。
「そういえば、静香校長には何か願い事などおありあそばすのかしら? お聞きしてもよろしいかしら」
里子からのそんな質問に、亜美は少し悩んだ。
桜井静香としての回答をすべきか、自分自身の答えを言おうか、適当に当たり障りのない返答にするか。選択肢を考えた後、静香の回答を想像してそれを告げることにした。
「僕は、こうしてみんなと楽しくお茶していられればそれでいよ」
けれど、いざ口に出してみて。
それは自分自身の願いと大差ないんじゃないかと、そんな風に思った。
「あらあら。静香校長は、欲がないんですわね」
里子はそれを素直に受け止めていたが。
(今更……なに考えてるんだか、ワタシは)
亜美のほうは、心のおくで後悔の念が渦巻くのを感じていた。
「だから、話はそういうことじゃないんです。ここにいる彼女は校長先生なんです! それで校長先生が西川亜美になっているんですよ!」
そこへ、窓の外からかすかに声が届いた。
そのあとも、ぎゃあぎゃあとカオスな喧騒が続き、里子は不機嫌そうに息をつく。
「それにしても周囲が騒がしいですわね。校長が亜美さんでいらっしゃるとか、訳のわからないことをおっしゃって……。せっかくゆっくりとお話しているというのに、少しお黙りあそばしていただけないかしら」
「ん、ああ。そうだね。うるさくて、参っちゃうよ」
このとき。ドロッセルとしても、外がうるさいのは同感ではあったが、なぜこんなに騒がしいのか不安になっていた。
(確かに今日も何やら皆さん慌ただしいですね。昨日までの事件は解決したと伺いましたけど……)
もしかしたら、まだ何かおかしなことが起きているんじゃないか?
知らないところで、なにかよからぬことを企んでいる人間がいるんじゃないか?
そうした疑念を持ったまま目の前の校長を見れば、
(静香校長、何だか雰囲気が違うような……。昨日お会いしたばかりですし、気のせいかしら)
かすかに真実に辿り着きかけた。
とはいえ結局そのことを本人に告げて確かめることはできず、ティータイムが終わるころにはドロッセルの頭からささいな違和感はきれいに消え去っていた。
里子たちが校長室を後にした頃。
稲場 繭(いなば・まゆ)は、パートナーのエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)に詰め寄っていた。
繭はこれまでも今も、ループに気づくことなく日々を過ごしていたのだが。
なにやら考えている様子のエミリアと、あちこちから騒がしい声があがっていることから、さすがに学校で何かが起きてることに勘付いたのである。
「エミリア、教えて。今何が起きてるのか」
「知ってどうするのよ、正直ワタシ達になんとかできるとは思えないわよ」
「何ができるかはわからない。だけど……ただ黙ってみてるだけは嫌なの」
繭の真剣なまなざしに、エミリアはやむなく折れることにして簡単にこれまで起きたループのことを解説していった。
「つまりはそういうわけで……一日が繰り返されてるのよ。こんな現象、一体どうすれば解決できるのかさっぱりね。ああ、校長センセが関わってることは確かみたいだけど」
聞かされても繭は、正直実感は湧かないままだったが。
今起きている事件にようやく関わることができたことに喜びながら、更に深く関係していくため。話を聞き終えるなり繭の足は校長室へと向かっていた。
途中、瀬蓮を探しているらしいアイリスとすれ違った際、廊下を走らないよう注意されたので、早あるきで向かった。
そうして早あるきのスピードをのせたまま辿り着いた校長室の扉を勢いよく開かせた。
「校長先生!」
「きゃあっ!」
なにかしら考え込んでいた亜美は、うっかり女の子の叫びをあげてしまった。
「び、びっくりしたぁ。どうかしたの? 僕になにか用事?」
すぐに静香の口調を取り戻したものの、エミリアはわずかに胸に疑問符が浮かんだ。
繭のほうはそんなことを気にしている場合でないので、気付かぬままに詰め寄り。
「聞きましたよ? 時間のループのこと。今回は一体何が起きてるんですか?」
「え? さ、さあ。僕もまだ詳しいことはわからないんだ。でも心配しないで、ループを起こしてる猿の手は、ラズィーヤに調べてもらってるから」
「そうなんですか? では、このあいだのように、お体に変調とかは?」
「それは大丈夫。いたって健康だから、心配しないでもへいきだよ」
にっこりと笑うその表情。
怪しまれないようにするその作り笑顔が、繭にとっては逆に不自然に見えた。
エミリアも、いつもなら今の発言に対して「女の身体からも元に戻ったの? 残念だわ」とでも言っていたところだが。このときは、何が起きてるのか考えるのに必死で口を開かなかった。
「……あの、校長先生何かあったんですか?」
やがて繭が直球の言霊をぶつける。
「え? 何かって、なんのこと?」
「すいません、よくはわからないんですけど……いつもとは違う気がしたんです」
「そ、そう? あはは。一昨日からいろいろ大変だったしね。疲れてるせいかな?」
「あの、さっき『いたって健康』だって仰いませんでしたっけ?」
「あれ? 僕、そんなこと言ったかな? あはははは」
ぼろぼろとボロが出ている亜美は、顔で笑って心で焦っていた。
そうした心境を見透かしたようにエミリアは、
(ほんとに、何か変だなぁ……まるで誰か別の人が入ってるみたい。それが誰かはわからないけど……ここはカマかけてみるか)
考えがまとまったところで、口を開かせた。
「そういえば、ループには何かしら一つ変わった点があった。一度目はラズィーヤさんの死、二度目は校長センセの性転換。じゃあ三度目は……どうなってるんだろうね?」
「ど、どうだろうね? 僕には見当もつかないな」
明らかに目が泳ぎ始める亜美。それはもう、すいすいとマグロみたいに泳いでいた。
「まぁ私としては何度ループしてもいいんだけど……ねぇ、全てのループの中心人物であったあなたなら何か知ってるんじゃないの?」
「ほんとになにも知らないよ。全部亜美がやったことなんだから」
あまり話にのってこず、エミリアはどうにもやきもきして。
代わりにまた繭が質問を続けていく。
「えっと……あの、私は覚えてないんですけど校長先生は覚えてるんですよね? 以前のループで私何か失礼なこと言ってなかったですか?」
「いや、べつに。なにもなかったよ」
「でも、何で同じ時間を繰り返すようなことになっちゃったんでしょう。繰り返すことに何か意味があるのかな?」
「さあ、ねえ。ただの猿の手の気まぐれなんじゃないかな」
「もし繰り返すことに理由があるなら……それさえ何とかすれば解決するのかな」
「そうじゃないかな、たぶん。それが何かは僕にもわからないけど」
「……絶対に解決させないと。だって時間が繰り返されてるってことはずっと変わらないままってことじゃないですか」
「そうなるよね。変わらないままっていうのは、確かにどうかと思う」
「夢とか願いとか……そんなものも何もかもが変わらない。そんなの嫌ですもん」
「うん、そうだね」
「ちょっと。さっきから、ほとんど空返事してない?」
亜美と繭とのやり取りを傍から見ていて、エミリアはそう言わずにはいられなかった。
「いや、そんなことないよ。ただ、年末は仕事も忙しいから。頭がよそに向いてるのかもね。ははは」
また作り笑いしている、とエミリアはわかった。
しかしそれでも彼女が偽物だという証拠はなにもない。そのせいで詰めきることは叶わず、数分後にふたりは校長室を後にするこになった。
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