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リアクション
【◎4―2・前段階】
アルツールが帰って行った校長室に、今度は橘 舞(たちばな・まい)とブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が近づいていた。
「騒動を起こしていたのは亜美さんだったんですね。結局」
「だから私の言ったとおりだったでしょ」
舞としては亜美を悪い人ではないと思っていたゆえ、とても残念に感じていた。
「でもきっと、何か事情があったんだわ」
「まだそんなこと言ってるの? それよりほら、着いたから扉開けてよ。私は手が塞がってるんだから」
ケーキ箱のようなものを抱えているブリジットに代わり、舞がノックをして「どうぞ」の声の後にノブを回して中へと入った。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい。またケーキでも持ってきてくれたのかしら?」
ふたり(の持っている箱)を見るや、ラズィーヤは喜々とした表情になった。
それを見て亜美は逆に冷ややかな表情になった。
「まあ、持ってきたものはあるわ。これ、私の実家で製造してるケロッPカエルパイよ」
ブリジットは言いながら箱を広げる。
「うなぎパイみたいですわね」
「ちゃんとカエル粉末エキス配合よ。それでこれを、ヴァイシャリー家御用達にしてらもらえたらと思いまして」
「ふーん。売り込みというわけですわね、とりあえずお茶を淹れていただきましょうか。ちょうど三時が近いですし」
「相変わらずラズィーヤは、甘いものに目がないんだから」
いそいそと準備をはじめるラズィーヤと、溜め息をつく亜美。
「あ、そうそう。昨日桜井先生のために残しておいた紅茶シフォンケーキもあるんです」
そんな彼女に舞は別の箱にいれておいたアールグレイシフォンを渡しておいた。
亜美は若干複雑そうな顔をして。それでも嬉しそうに微笑み、こうべを垂れさせた。
「静香さん。紅茶の葉はどこでしたかしら?」
「え? さ、さあどこだったかな」
慌しく棚を調べる亜美とラズィーヤ。
なぜか微妙な空気のふたりの様子に、ひそひそと囁きかわすブリジットと舞。
「静香のくせにドリル呼び捨てとか一日の間にずいぶん出世したものよね」
「んー、それより、何でしょうか……ちょっと桜井先生違和感があるような……」
「まぁ、あれよ、違和感あるもなにも、あの静香モドキは亜美だし」
さらっと告げてきたブリジットに、舞はうっかり叫びそうになった。
「え、あの。桜井先生は亜美さんってどういうことでしょうか?」
「ふふ。私の灰色の脳細胞と名探偵手帳に記載された情報を総合して導き出される結論は一つ、亜美は猿の手の能力を使って静香と入れ替わっているのよ。本物の静香は幽閉中ね」
なんだいつもの迷推理か、と肩を落としかける舞。
けれどいつにも増して自信がありそうなブリジットと、使い慣れた校長室の筈なのにどこになにがあるかまるで把握してなさそうな校長先生の姿に、もしかしたらという思いも次第に抱きはじめる。
「そういえば確かに桜井先生は、ラズィーヤさんのことはラズィーヤさんと『さん』付けで呼ばれていたように思いますね。桜井先生が他人を呼び捨てているところを見た記憶ないですし」
そんな舞たちの考えを知らぬふたりは、棚を閉めて諦めた風になって。
「ありませんわね……もしかして切れていたかしら?」
「あ、だったら僕が調理実習室からでも借りてくるよ」
やがて亜美は、護衛のミルディアと共に校長室を出ていった。
それを好機とばかりに、ブリジットはラズィーヤに話しかけようとして。
「ラズィーヤ様!」
いきなり駆け込んできた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)に先手をとられた。
「すこし、お話いいですか?」
「え? ええ。なにかしら?」
「ついさっきそこで静香様とお会いして、私は確信したんです。彼女はまちがいなく偽物だと」
「……はぁ」
「ラズィーヤ様がどこまで知ってらっしゃるかわかりませんので、まずは事態の解決のためにこれまでの顛末を説明させていただきます」
拳を握り締めながら、よく通る声で熱弁しはじめる祥子に、ラズィーヤをはじめ舞やブリジットまでなんとなく静聴する展開になっていく。
祥子の話は、もちろんだがここ最近起きていた、そして現在も起きている『ループ』についてだった。
これがおそらく、誰かの願望が叶うのと引換に同じ1日が繰り返されているということから、その際にラズィーヤが殺害され続け、静香が本物の女性になったということに続く。
「今回はまだ不明ですが、ループは現在進行形でいつ今日の朝に巻き戻ってもおかしくない状態です。そして、ループ自体は願望が解消或いは昇華されたときに解除されてると思われます。つまり、その願望を突き詰めればループから解放されるというわけです」
そこで祥子は一度息を整える。
走ってきたことに加え、しばらくぶっとおしで喋り続けたので無理もなかった。
そうした祥子の様子にラズィーヤは、ずいぶん調べたりしてくれたんだろうなと感心するばかりだった。
「ここまで、自分でも荒唐無稽な話と思いますけど、信じてくださいますか? ……いえ。私の判官としてと元憲兵という立場を担保にしますから、どうか信じてください!」
「あの、ちょっといいですか?」「ちょっとドリ……じゃなくて、ラズィーヤ!」
必死に訴える祥子につられるように、しばらく蚊帳の外ぎみだった舞とブリジットも口を開いた。
「最初のくだりの、桜井先生が偽者っていうところですけど」
「それほど亜美や静香と親しくもない私らでも気づくことを、ラズィーヤともあろう人が気づいてないわけないわよね?」
ラズィーヤは、そのセリフにぴくりと口元を動かした。
「どういうつもり? いつまで亜美を泳がせておくつもりなのかな」
にじりよってくるブリジットを手で制しつつ。
一度咳払いをして、壁にもたれ、腕組みの姿勢をとり、ようやく語り始めていく。
「みなさん落ち着いてくださいませ。まずは今の質問に答えますけど、たしかにあの静香さんが偽者だろうとはわかっていましたわ。黙っていたのも、考えあってのことですの」
「本当ですか!?」「そうなんですか」「やっぱり、わざととぼけてたのね」
「最初のころは何も知らず、話も伝聞しか把握していない程度でしたけど……ここ最近のループの記憶もすこしはあるんです。ですから荒唐無稽話のほうも、ちゃんと信じていますわ」
それを聞いて祥子はホッと安堵の息をはき、わずかに落ち着いたようだった。
「えっとそれで、ラズィーヤ様はループ現象の発露や原因に心当たりはありませんか? なにか変わった事があったとか、変わったアイテムが手に入ったとか」
祥子からの質問に、ラズィーヤの視線を机の上に置かれた鉄の箱に向けた。
中身の猿の手は、今のところはうごきをとめて静寂を保っている。
「じつは昨日、猿の手という願いを叶えるアイテムを手に入れたんですわ。これをどうにか破壊できれば、細かい事情をとばしてループから解放されるのでしょうけれど」
祥子にとってその情報は仕入れていなかったらしく、目を見開いて驚愕する。
さらにそこから流れるような速さで、頭の中にアイデアが閃いた。
「待ってくださいラズィーヤ様! そんなアイテムがあるのなら、『桜井静香をもとに戻す』ように願ってみてはどうですか?」
「え? でも、これはまだ十分に調べ終わっていませんし……」
「静香様は繰り返されるループで殺され続けるラズィーヤ様を助けるために尽力なさいましたし。今度はラズィーヤ様が、静香様を助ける番です」
またヒートアップして訴えてくる祥子だが。
ラズィーヤは、なんだか気乗りしないように視線を下へさげている。
「でも、亜美さん桜井先生と入れ替わって何をするつもりなのでしょうね。亜美さんは桜井先生をしがらみから解放してあげたがっているものと思ってましたけど、今の状況では解放どころか……あれ?」
ぼんやりつぶやいていた舞は、今更ながらあることに気がついた。
「本物の桜井先生閉じ込めたままって可哀想じゃないですか! 早く出してあげてください。せめてラズィーヤさんが真相を知ってることぐらいは伝えてあげてください」
「それより、はやく猿の手にお願いをしてみてください! それで解決するかもしれないんですし」
がくがくとラズィーヤを揺すってくる舞。ブリジットは視線を明らかに尖らせて。祥子の目も懸命に静香を助けようという気持ちが現れていた。
けれど。
「……もうすこし、時間をいただけませんか。考えていることがありますの」
「そういえば、さっきも言ってましたね。なんですか? その考えてることって」
「今は言えませんわ。まだその段階ではありませんので」
「なに? そのすべてをわかってる名探偵っぽい言い回し。私を差し置いて、なんだか気に入らないカンジだわ」
舞、ブリジット、祥子はしばらく食い下がってみたものの。
ラズィーヤは頑として黙ったままで、猿の手を使うつもりもないようで。
やがて三人も彼女になんらかの大きな思惑があることを察し、諦めることとなった。
「それじゃあ失礼しますね。いこう、ブリジット」
「まったく、これだからドリルは……まったく」
「それにしても、カエルパイの売り込みって亜美さんに真意を気づかれずにラズィーヤさんと面会する為の口実だったんですね。本気なのかと思ってましたよ」
と、舞の発言で思い出したようにブリジットは振り返って。
「あ、それと御用達の話は本気だから考えてといてね。ヴァイシャリー名物にするの」
しっかりそれだけは伝えて舞を苦笑させてから、校長室を後にしていった。
祥子も、これ以上ここに留まっていても仕方ないとして。
「ラズィーヤ様。きっと、静香様を助けてくださいね」
念のための釘をさして出て行った。
静寂が室内に訪れる。
ラズィーヤは、悪いことをしたかなと罪悪感に浸りながら。
「あら? そういえば……あの子、やけに遅いですわね?」
肝心の亜美が未だに帰ってこないことに今更ながら気がついた。
そして。
「え?」
いつの間にか、鉄の箱が中から壊されていることにも、気がついた。
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