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リアクション
【◎6―1・真実究明】
百合園女学院の図書室で、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)と冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は朝から調べものをしている。
「んっ、千百合ちゃん……くすぐったい……」
「もー。いつも可愛いなぁ、日奈々は」
もう一度言うが、調べものをしている。
千百合は今回の事件について、古い文献をあさっていて。そこへパートナーがやってきたので、ちょっと身体を触ったりしていただけである。
「ち、千百合ちゃん。やめてよ、もぉ」
「あは、ごめんごめん。ループとか猿の手とか、ムツかしいこと考えてたから、欲求不満でね」
「そうなんだ……。そ、それにしても今日も……昨日も、おとついも……同じ日が、ループしてたなんて……全然、気づかなかったですぅ……」
「あたしもだよ。こんなことが本当に起きるなんてねえ」
「それで……猿の手、っていうのが……原因、なんだよね……?」
「うん。聞いた話だとそうみたい。だから、ちょこっと調べてみたんだけど、やっぱり慣れないことはするもんじゃないね、肩はこるし目は痛いし、すっかり疲れちゃったよ」
「そ、そう思って……はい……」
日奈々は用意しておいたお茶を差し出す。というかずっと持っていたのだが、いきなりスキンシップされて出すタイミングを逃していたらしい。
「あ、日奈々。休憩の用意してくれたの? ありがと〜」
湯飲みを右手で受け取り、同時に左手を日奈々の腰にまわして引き寄せた。
そうすると「きゃ」という日奈々の可愛い悲鳴と共に、ふたりは寄り添うような格好になり。そのまま千百合はごくごくと水分を補給しながら、むぎゅうと抱きついて日奈々分も補給していく。
しかもお茶を飲み終えた唇は、そのまま日奈々の耳や頬に触れさせ続ける。
「ひゃ……千百合ちゃん……こんなところで、そんなことしちゃ……だめ……人が……来ちゃう……ひゃう……声が、出ちゃう」
日奈々は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、強引に引き剥がそうとはしていない。
どこかでもう少しこの時間を味わっていたいという願っているからなのだが。
「ふぅ、日奈々分補給かんりょ〜。よ〜し頑張るぞ〜」
やがて千百合は腕を離して、また調べものに戻ってしまった。
それを日奈々はどう考えても物足りないような視線で見つめていたりした。
「あれ?」
自分への熱烈な目には気付かない千百合だったが、代わりに古書の端のほうにある記述には気がついた。
猿の手はひとつ願いを叶えるごとにその力を増す。
ひとつ叶えたとき、人の精神を追い込む力を得る。
ふたつ叶えたとき、自発的に動くだけの力を得る。
みっつ叶えたとき、猿の手は
その先は文字がかすれていて読めなかった。
なんだか少し嫌な予感がして、千百合は日奈々を抱きしめて不安を紛らわせた。
同じ頃。
(ループがまた起きてるということは、事件は解決していないのでしょうね)
崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)も猿の手について調べるべく、ある場所を訪れていた。
そこは亜美が囚われているところとは、また別の棟に存在する反省室のひとつ。こちらはあまり日の光が入らないのか、まだ朝の九時過ぎだというのにわずかに薄暗かった。
見張りに立っているのは、百合園生ではなく警備員の女性だった。
「すみません。ここにいる方と、少し話したいのですけれど」
警備員は、はじめのうちは断ったものの。彼女も今起きているループについては辟易していたらしく「十分にお気をつけて」と念を押してから、扉の鍵を開けた。
中は、羽がはえた女神の壁画が描かれた石壁に囲まれていた。
通常ならここで、反省文を書いたり祈りを捧げたりするのだろうけれど。
そこにいる覆面をした女は、縛られてなお、反省などまったくする気配もなく遮二無二ここから逃れようと暴れていた。さほど筋肉があるようにも見えないのに、ロープがギリギリと音をたててきしんでおり、亜璃珠はわずかに寒気を感じた。
彼女は昨日静香の命を狙い、亜美の猿の手を奪おうとした張本人……らしい。
亜美の発言がどこまで真実かはわからないが、現状を見ればあまりお近づきになりたくない相手なのは明白だと感じた。が、彼女はおそらく猿の手についての情報を握っている。それを得て、解決につなげるためだと自分に言い聞かせた。
「すこし……お話を伺いたいのですけど、よろしいかしら?」
つとめて冷静に話を進めようと口を開くと、覆面女はぴたりと暴れるのをやめた。
「なんだよ」
覆面のせいで表情は見えないが、話が通じないほど怒っているわけではないと判断して亜璃珠はわずかに安心した。
「伺いたいのは、あなたがなぜ静香さんを殺そうとしたのか。つまり犯行の動機と目的、さらに亜美との関係……そして猿の手のことをどこまで知っているか、教えていただきたんです」
「なるほどな。今起きてるループを、なんとかしたいってわけか」
やはり彼女も現状のループには気づいているらしかった。
凶暴ではあっても、ただ暴れるだけの愚かな人間ではないようだと亜璃珠は判断し。これなら交渉も可能かと言葉を続ける。
「もしあなたの発言が事件解決に貢献するなら、今後の処遇について私から静香さんやラズィーヤさんに掛け合ってみてもいいですわ」
「ふん。こちらのメリットを提示する点は評価するが、後で結局ダメでした。なんてことになる可能性もあるよなぁ? あたしはべつにここの生徒でもなんでもないんだし」
「いいえ。静香さんはどんな悪人が相手でも分かり合おうと、仲良くなろうとするような人です。私としても嘘をついていません。あとは、あなた次第ですわ」
わずかに沈黙が訪れる。
やがて、覆面女はフッと笑いながら告白をはじめた。
「あたしは金のためなら頼まれりゃなんでもやる。校長の抹殺も、猿の手の強奪も、依頼されたからやろうとしただけだ。西川亜美のヤツとは、べつに親しいわけでもねーよ。金貸しの娘だから、うまいこと取り入って金を奪ってやろうとしただけだ。しかもあたしは道楽でも殺しをやる。一回ループん中で、ラズィーヤを細切れにしたこともある。どうだ、こんなあたしでも助けてくれるってか?」
「ええ」
亜璃珠は、表情に変化を出さないようにして即座に返答した。
わずかでも迷う仕草を見せれば、おそらくその先を聞けないだろうと踏んで。
「それで? 肝心の猿の手については?」
おかげで逆に覆面女のほうがわずかに戸惑ったようだったが。
くくく、とわずかに笑い声をもらしながら後を続けはじめる。
「あたしも、願望を叶えるアイテムってんでかなり興味があってな。あれについてはかなり念入りに調べたぜ。おかげで重要なことを知ることができた」
「それは、なんですの?」
「あの猿の手……本当は願望を叶えたりはしないんだよ」
「え? ですけど、これまではちゃんと」
「よく考えてみろ。猿の手に願って、本当にラズィーヤは殺されたか? 静香は女性として守られる道を選んだか?」
「あ」
「アレは、かなり狡猾なんだよ。確かに使用者が深層意識で望む世界を実際に現実にする力を持ってる。が、それを継続させるつもりはないのさ」
「もしかして、だから時間のループが起きてたんですの?」
「正解。そうして使用者に悩ませる時間を与え『やっぱり、裏の願望なんて叶わなくてよかった』という誤魔化しのハッピーエンドを迎えさせるのさ」
「なんてことですの……」
「こうして猿の手は、次々と叶えるつもりのない願望を実現させ、最終的に使用者の魂を奪うわけだ。なんともハイリスク・ノーリターンなクズアイテムだろ?」
「! やっぱり、使用した人間は魂を奪われるんですわね?」
「ああ。猿の手は、みっつの願望を聞いて魂を奪う。そのルールはどっかの小説と同じらしいな。もっとも、全部あたしの調べだからどこまで信憑性あるか知らねーけど」
こうしてはいられない、早くこのことを伝えないと。
亜璃珠はそう思って部屋を出ようとして、一度後ろを振り返る。
「助かりましたわ。ありがとうございました」
「ふん。あの猿の手には気をつけろよ、気を抜いてるとあっというまに精神やられちまうからな」
覆面女がそのときどんな表情をしていたかはわからなかったが。
もしかしたら笑っていたのではないかと、亜璃珠は感じたのだった。
部屋を後にして走り出してすぐ、廊下の先の部屋で誰かが誰かに呼びかけているのが見えた。ひとりは長原 淳二(ながはら・じゅんじ)。そしてもうひとりは、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だった。
数分前。
アリアは、自分が暗い部屋にいることだけがわかった。
しかしそれがどこなのかはわからない。前回意識を失ってから、また別の場所に移動させられたらしい。監禁されているのは同じだったが。
「……ぁ、あぁ……」
今回は捕まった状態のままループに移行したため、どうあっても逃れることができずにいた。もっとも今の精神状態では、まともに動くこともままならないだろうけれど。
「ああー。なんだか、俺らに対して反応が薄くなってきたねー」
「十分タノしみましたし、最後にもう一度でオワリにしましょうか」
やがてアリアを拘束した黒長髪と緑髪のふたり組は、ビデオカメラをいじりながら近寄ってくる。
「う……嘘でしょ……も、これ以上は……」
連日からの辱めに、アリアはもう泣く涙さえ枯れそうになっていた。
着ている服も、もはや破れていない箇所のほうが少ないくらいである。
「んー、やっぱり今日のループからずっとだから、もう限界かなー」
「ま、イヤイヤ言ってるけどアナタ、はじめてでもないんでしょ? ね? 言ってみなさいな。ほらほら」
ぐいと俯いていた顔を持ち上げられ、正面から見据えられるアリアは、尽きかけた気力だけで言葉を繋ぐ。
「そう、よ……でも……捕まったり、罠にはまったせいだったり、モンスターに襲われたり、ばかりだったんだもの……!」
「へぇー。なんてーか、壮絶な人生なんだねー」
「じゃあ。もう一回くらい、ダイジョブよね?」
ふたりは、はだけたアリアの胸元に手を伸ばしてきて。
アリアはぐっと目を瞑り――
「おい、おい! しっかりしろ!」
アリアはそこで目を覚ました。
「え……?」
「だいじょうぶですか? なんだか、うわごと言いながら泣いてるから一体何事かと」
目をしばたたかせると、メイド服を着た淳二が立っていた。
「あ、あの。私一体……それに、ここは……」
「ここは反省室のひとつですけど。こんなところで寝てたら風邪ひきますよ」
(夢? え、でも)
アリアは身体を確認してみる。服が破れているわけでもなく、自分に傷も無い。
あまりにもリアルな白昼夢だったとか、そういうオチなのだろうかと真剣に考えていると。亜璃珠が駆けつけてきた。
事情を聞いてくるふたりに、アリアは恥ずかしく思いながら今までに起きたことを説明していった。もちろん聞かせても大丈夫なレベルで。
もしかしたら笑われるかもと心配したが、誰も笑わず、それどころか亜璃珠はわずかに青ざめていた。
「もしかして、これが精神攻撃の一種なんでしょうか……」
「え? 猿の手ってやつの力だって言うんですか? まさか」
「ですけど、万一ということもありますわ。それに、それが的を射ていたとしたら無関係の人間にも既に被害が出ている可能性もあります。一刻も早くラズィーヤさんに知らせませんと」
アリアは話がさっぱりだったが、とりあえず質問をしてみる。
「夢、だったの? 昨日からされた酷いこと、ぜんぶ……」
「だと思いますよ。そもそも、そこまで酷いことをする方は、この百合園女学院にはそういませんもの」
「とにかく、俺たちはもう行きますけど。ひとりで平気ですか?」
アリアがなんとなく首を上下に振ると。
ふたりは急き立てられるように部屋を出て行った。
(よくわからないけど、もう、はやく帰ろう……)
そして。
自分も部屋を後にする際、床に壊れたビデオカメラが転がっていて、アリアは戦慄した。