薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

静香サーキュレーション(第3回/全3回)

リアクション公開中!

静香サーキュレーション(第3回/全3回)

リアクション



【◎5―2・一心不乱】

 声高らかに歩み寄ってきたのは茅野 菫(ちの・すみれ)だった。
「彼女が本物の静香だっていうことはあたしが保証する、って言っても聞かないだろうね。だからちょっと作戦があるんだよ」
 菫は静香に肩を寄せ、ある提案を持ちかけていく。
「いい? ここを乗り切るには、静香しか知らないような秘密を話すんだよ。そうすれば警備してる人達も、あんたが静香だってわかるじゃん」
「え? 秘密って、どんな?」
「なんでもいいから。恥ずかしいような暴露話とか、ひとつやふたつあるじゃん?」
 是が非でも秘密を暴露させようといきいきしている菫だが。
 静香は『でも』とか『けど』と言いながら、渋っているばかり。いい加減にじれた菫は、
「ああもう、いいから話せばいいじゃん! いつまでもそのままでいるつもりなの?」
 胸倉を掴もうかという勢いで詰め寄って、半ば脅すように説得してカクカクと強引に首を縦に振らせた。
「それじゃあ静香! はりきってどうぞ」
「えっと。じゃあ……その……じ、実は僕、子供のころ……三日連続で、おもらし……したことがあるん、だよ……」
 途切れ途切れに告白してから、顔を両手で覆って恥ずかしがってしまった。
 菫としてはもうちょっと思い切った告白をして欲しかったが、
「ほら、本人しかわからないこと知ってるんだから本物はこっちだろう?」
 勢いまかせで説得を試みる。
 しかし大佐たちとしては、それを聞かされても本当かどうか確認しようがないのでどうしようもないだろうと言いたくなった。
「静香ぁー」
 そこへ今度はクリストファーとクリスティーが駆けてきた。
「無事でよかったぜ。あの手紙はなんだか鬼気迫る感じだったからな」
「ホントだよ。えっとそれで、ホントのホントにあなたが静香なんだよね?」
 耳まで真っ赤な顔のまま、静香はこくこくと頭を揺らせる。
「ん? なんでそんなに恥ずかしがってるんだよ。やっぱり、元に戻りたいからか?」
「そ、それはもちろんだよ。恥ずかしいのは別の理由ダケド」
「よくわからないけど、静香がそう言うなら早く元に戻す方法を見つけにいかないと」
 ふたりは彼女と調査に乗り出そうとしたが。
「だから行かせないって言うのに」
 当然まだ事態はなにも解決していないので、大佐によって止められた。
 いっそのこともう強行突破すべきかと、やや物騒なことを思う静香。
「あ、すいませーん。ここの廊下とお部屋一帯、お掃除させていただいてもいいですかっ!」
 そこへ、またまた新たな声が届いてきた。
 声の主はデッキブラシを持ち、瀟洒なメイド服に身を包んだ高務 野々(たかつかさ・のの)
「誰も居ないなら勝手に入ってお掃除しちゃいますよ! ていうか、こんなところに誰か居るはずないですよねーははは!」
 ひゃっはー、とひとりでなにやら盛り上がりながら、反省室をひとつひとつ周って掃除をせっせと行なっている野々。彼女はやがてこちらにまで掃除の手を伸ばしてきて、密集している一同に気がついた。
 そのなかの亜美に、ぐっと顔を近づけてきて。
「て、あれ? えーと。西川亜美さん。静香様のご友人ですね」
「え? えっと、亜美と会ったことあるのかな」
「ええ、面識はないですが百合園生の方々なら大体顔と名前が一致するよう頑張ってます! メイドですから!」
「は、はぁ。そういうものなの?」
 なんともハイテンションな彼女に、場の全員が口を挟めず傍観者状態になっていた。
「それにしても、やはり静香様のご友人だけあって静香様に似ていらっしゃいますね。所作とか振る舞いとか。影響を受けてらっしゃるんですね」
「あ、うん。それはそうだよ、僕が静香なんだから」
「……え? 亜美さんが静香様ご本人ですって? またまた、ご冗談を」
 信じようとしない野々に、静香はあることを閃かせる。
 それはさっきの秘密暴露の変化版とも言える作戦だった。
「僕が静香だっていう証拠があるよ。そう……昨日こんなことを言ってたよね。『落ち着いて私……そう、静香様は性別なんて関係なく敬うべき対象。百合園生の心の支えとなっているんだから……だから、手を出すなんてとんでもな――――
「ちょ、まって! 待って下さい! なんでソレ知ってるんですか! 誰も聞いてなかったはずじゃないですかぁ!!」
 野々は右手でデッキブラシを振り回しながら、左手で静香の口を押さえつけた。
 慌てふためくあまり、そのまま廊下が軽く凹むくらいにブラシで擦りつづけ、そのブラシを静香の口に突っ込もうとして、周りの皆に止められて軽く怒られたところでようやく止まった。
「ああもう、信じます……信じますよぅ……確かに、貴女は静香様なのですね……うぅ。顔から火が出そうです……」
「それで、お願いがあるんだけど。なんとか彼女達を説得してもらえないかな? 僕が間違いなく静香だって」
 大佐とアルテミシアに視線を向けながら、懇願する静香。
「はぁ。べつにいいですけど……そのかわり、さっきのことは絶対秘密ですからね!」
 野々のほうは、ヘタに逆らうとまたさっきの繰り返しになりそうなので、素直に大佐へと懇切丁寧に説明をしていった。自分がべつに彼女と共謀しているわけではないことからはじめて、静香しか知らないことを知っていると解説し。
 そうしてどうにか一時間ほどかけて、静香は解放されたのだった。
「助かったよ、ありがとう」
「はぁ。どういたしまして。もぉ……じゃあ私は掃除に戻りますからね!」
 沈んでいた野々だが、また掃除をはじめると元通り元気になっていった。
「で、だ。これからどうするんだ? このまま出て行っても、亜美を捕まえようとする連中にやられるだけだぜ。人数いるわけだし、俺はなにか方針を決めて手分けしたほうがいいと思うが」
 クリストファーの意見に、アキラと菫も反対するつもりはないようだった。
 肝心の静香は、すでに事前にどうするかを決めていたようで。
「とりあえず、どうしても一度『猿の手』について調べておきたいんだ。だからまずラズィーヤのところに向かうよ。それでどうやってそこまで行くかはね……」