薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

静香サーキュレーション(第3回/全3回)

リアクション公開中!

静香サーキュレーション(第3回/全3回)

リアクション



【◎5―1・試行錯誤】

 今回静香は、ある行動に出ていた。
 耐えず繰り返されるループに加え、前回の予測不明の事態。
 事態を収拾させる方法はまだわからないけれど、一刻も早く行動を起こすべきと考えられた。
 とはいえ今の自分は囚われの身。それでも、なにかしなくてはという思いがあり。
「待ってるだけじゃいけないっていうのは、昨日で学んだことだしね」
 そこで静香は、スカートの一部を破り、化粧台の口紅を使って手紙をしたためることにしたのである。気付いてくれる人間がいるかどうか、不安な要素は多いがやらないよりはマシだと、一縷の望みを託して。静香は小窓から放り投げた。
 風にのって飛んでいくスカートの切れ端。その行き着く先は……。

 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、これまでループしていたせいで百合園から出ることができない毎日を繰り返してきたが。前回ループ終了後にアキラは家へと戻ることができていた。
「ああ。俺はちゃんと静香校長から、ループを調べる許可を貰ってるからな。え……? わかってる、ヘンなことしやしないって」
 そして今このときは、ちゃんと自らの意思で再び百合園の門をくぐっていた。
 校門で警備員相手に手続きするのにわずかに時間をくったが、ようやく調査をはじめることができると気合いが入るアキラ。どうやら何度もループするうち、それに慣れて本日の繰り返しを察したようだった。
(さて、まずは一度校長と話をしないとな……)
 と、そんな事を考えているとタイミングよく当の本人が食堂から出てくるのが見えた。
「うぃーっす、静香校長。まぁた何か起こってやがるんか?」
 アキラはフレンドリーに話しかけたが、対する静香は逆にびっくりしたようで、
「えっと。すみません、どちら様でしたっけ」
 思わず素で返してしまい、すぐにしまったという顔になっていた。
「何言ってやがる。前にも会ってるし、異変を調査するんで許可もくれただろう」
「あ、そうだったね。ごめんごめん、はははは」
「なんだ、どうかしたのか? 体調でも崩したのか?」
「え? ううん、全然平気だよ。うん、ホントに」
 話しているうちに、アキラはどうも違和感を覚えずにいられなかった。
 取り繕ったような表情に、わざとらしさが匂う男口調の話し方、しぐさもなんだか全体的に堅いし、視線も右や左をうろうろしている。
 とりあえず話を続けながら、じーっと動作を観察してみることにした。
「……で、今回のループの原因は何なんだ? あと、前回の一件はどうなったんだ。結局どうなって解決したのか、俺ちゃんと聞いてないんだけど」
「さ、さあ今回のことは僕にもまださっぱり。前回は、静香が自立するようになったからループが解けたみたいだよ。うん」
(あぁ? なんで自分を『静香』なんて呼んでるんだ……? やっぱりなーんか変だな。よし、ちっと試してみるか)
 両手を後ろで組んでそわそわと落ち着かない静香。
 そんな彼女に対しアキラはおもむろに、
「そーいや体はもう元に戻ったん?」
 胸をむんずと前回のように、つかんだ。いや、正確には平坦なので触る程度になったが。
「きゃあっ!」
 悲鳴の後、渇いた音が響いたかと思うと、アキラは左の頬が痛くなった。
(平手打ち……? あの静香校長が?)
 女性化からは元に戻っていることを理解したが、それより今起きたことのほうが問題だった。
「しっ、信じられない! いきなりなんてことするのよ!」
 目の前の静香は怒りながら胸元を押さえ、こっちを睨みつけている。以前のように涙目になってなどいない。言葉遣いも女のものになっている。というか、完璧に女性そのものに見えた。
(これ、偽物か別人なんじゃね? じゃ、本物はどこへ行った?)
 疑いはほぼ確信へと変わり、同時に本物のことが心配になってきた。
「どうしました校長先生」「なんです、この人」「怪しいです」
 そのとき、悲鳴をききつけてやってきた白百合団の面々らしき人々。
「いや、身体が元に戻ってるか確かめたかっただけだよ。悪かったな、じゃあ俺は引き続きループの調査をするから」
 このまま怪しさ満載の静香と話しているのも危険と判断し、なによりこうしてはいられないと、そそくさと退散して捜索に向かうことにした。
(とはいえ、どこを探すかな? 異変がこの学院内で起きている以上この学院のどっかにいると思うんだが……)

 朝早くからクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)につきあわされて新設された宦官科の募集要項を貰い、それに関する説明を聞いてきていた。
 クリストファーとしては、聞いて損したとまでは言わないが、わざわざ昨日に続いてフリルのついた聖歌隊ガウンやロングヘアのカツラで女装してまで来る必要があったのだろうかと思わざるをえなかった。もちろんパートナーに言ったりはしないが。
「さて、用もすんだし帰ろうぜ」
「あ、待って。ボクまだ行くところがあるんだよ」
「ん? なんだよ、行くとこって」
「ペンフレンドの静香さんに、お手紙をね」
 そうして校長室を訪れると、静香は白百合団の面々となにやら話していた。
 生徒達の、おそらく衣装に対するであろう好奇の目がなんとなく痛いので、クリストファーは部屋の外で待つことにした。クリスティーは構わず、特攻していたが。
「静香さん、こんにちはー。ごめんね、なんか取り込み中だった?」
「あ、ううん。ちょっと警備について話してただけだから。で、なに?」
「はいこれ、今月のボクからの手紙だよ」
「手紙? 伝えたいことがあるなら、今直接言えばいいのに」
「え……?」
 クリスマスのパーティとかに招待されないかという、わくわくが顔に出ていたクリスティーは、淡白なその返しに面食らう結果となった。
 亜美としては別に悪気があったわけではなく、本気でそう思ったので質問したのだが。おかげでクリスティーは彼女の変化に気がついた。
 それでも、糾弾することは堪えた。なにしろ他の生徒達が平然と彼女に接しているのだから。
(何か大きな陰謀が繰り広げられているのでは? 大変だ、気付いたボクが静香さんを助け出さないと!)
 そう考えたクリスティーは手紙は渡さずに、あることを口に出した。
「そ、それもそうだね。今日はちょっと、学院を見て回りたいなって思って。見学の許可を貰いに来たんだよ」
 即興のセリフだったが、結果としてそれは承諾され。うまく校舎を周れそうだと安心し、ふたりは校長室を後にしていった。
「それにしても、一体なにがあったのかな……」
「なあクリスティー。さっきから難しい顔してどうかしたのか? ん、わっ?」
 中庭を歩いているとき、風に乗ってなにかがクリストファーの顔面に張り付いてきた。
「あん? なんだこれ。何か書いてあるけど」
 つまみあげてみるとそれは、スカートの切れ端だった。
「なになに…………!? お、おいこれ見てみろ!」
 突如血相を変えたクリストファー。
 言われるままクリスティーも目を通してみると、そこには事件の顛末と静香によるSOSが記載されていて、目をこれまでにないほどに見開かせた。

 再び話はアキラに戻る。
 勝手知ったる他人の家ではないが、アキラとて伊達にここまでのループ内で探検してたワケではなかった。怪しそうな所をしらみ潰しに探し、やがて問題の格子戸の部屋に辿り着いていた。
 そこでは再び毒島大佐とアルテミシアが見張りに立っている。
 とりあえず事件の調査にきたという名目で、話をすることは許可して貰い、
「……なにしてんだおめーさんはこんな所で」
 格子戸の向こうで、ぼんやり外を眺めている静香に呆れていた。
 静香は、アキラに気づくと早口で状況を説明していく。急いで行動したいがためにややかいつまんだ話になって、まず入れ代わりを説明し終えたところで。
「静香校長? おめーさんがか?」
 一旦アキラは話を切り、いいことを思いついたと静香を手招きする。
 半信半疑のアキラはしばらくじとーっと見つめてたかと思うと、おもむろに手を伸ばして胸を揉んだ。Bくらいの柔らかさだった。
「わあ! な、なにやってんだよ!! いい加減にしてよ、これもう何度め!?」
 胸元を押さえ、ザザザザザザザと急速に後ろへ下がりまくり、涙目で恥らう静香。
 身体こそ亜美だったが、女性化していた昨日と反応がほぼ同じなのを見て確信した。
「……どうやら本当に静香校長みてーだな。一体全体どーなってやがる?」
 静香はまだ警戒しながらも、猿の手のことや西川亜美のことも解説していった。
「猿の手、ねぇ……普通に考えればその猿の手をどうにかすれば異変は解決するんだろうけど、でも確か猿の手って願いを叶える代償に使用者の命を奪う道具だったような……」
「うん。僕もそのあたりは気にしてる。もしかしたらそれこそが事件の鍵になってるのかも」
「で? つまるとこ、どうするつもりだ? 元に戻りたいだけか、亜美をどうにかするのかで俺の行動も変わってくるぜ」
「僕は、元の身体に戻りたいし……亜美もできれば助けてあげたいよ」
「ま、そう言うと思った。わかったよ、手を貸してやる」
 手伝いを買って出るなり、扉はピッキングで開けて外へと強引に連れ出して。
「こいつは事件を解決する重要人物だ。だから連れて行くからな、じゃあ」
 そそくさと立ち去ろうとしたが、
「待つのだよ。連れて行くなら、それ相応のものを示してくれないと困る」
 当然大佐たちは通してくれない構えだった。
 やはりそう簡単に折れてはくれないだろうから、どう説得したものかというところへ、
「それなら、いい考えがあるじゃん!」
 誰かの声が轟いてきた。