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リアクション
【◎6―6・自己犠牲】
今から数時間前。
カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)とパートナーの明智 珠(あけち・たま)は、とある屋敷の前に立っていた。屋敷というよりは小さな西洋の城というのがふさわしい、純白にも近い壁に固められた家だった。
「ここだわ。西川亜美の実家っていうのは」
「やっぱり壮大でございますわね」
言いながらふたりは、眺めるにはいいけれど実際に住む人は趣味が悪そうだと思った。
ちなみにここの住所はアイリスから聞いてきたのである。
「いっそあなたにもついて来てもらえるとありがたいんだけど」
「ごめん。瀬蓮を放っておくわけにはいかないから」
「わかったわ。じゃあ亜美のほうは任せるわね。あ、あと……この件が解決したら、次の剣の授業で手合わせしてみたいんだけど」
「ん、わかった。でも僕はそう簡単な相手じゃないぜ?」
という回想をしながら、カトリーンはさっきから呼び鈴を鳴らしているのだが。
まったく、誰も出る気配がなかった。
「留守なのかな? こんな大きい家なら、執事やメイドくらいはいそうだけど……しょうがない。珠、お願い」
「えぇ? わたくしでございますか? はぁ。仕方ありませんわね」
あまりしたくはなかったが、このまま回れ右する訳にもいかないので渋々ピッキングで鍵を開かせた。
「(勝手に)おじゃましまーす」
「どなたか、いらっしゃいますかー?」
豪奢な扉を開かせ、呼びかけながらいざ中へと足を踏み入れようとしたところで。
雷術らしき光が、いきなり足元に直撃し。慌てて屋敷の外へと逆戻りさせられる。
「…………どちらさま……ですか」
ふいに、いまにも消え入りそうな声が、中から響いてきた。
姿は見えないが、声は女性のもので、かなり若い感じがする。
「もしかして、亜美のパートナーの魔道書さんですか?」
「……はい。今……旦那様は、使用人の方々を連れて……ご旅行中ですから…………屋敷内に入れることは、できません…………御用は、ここで……伺います……」
「娘をほったらかして、自分は旅行? ずいぶんと放任主義なことだわ」
「わたくしたちはべつに何もするつもりはございません。ただ、魔道書様が亜美様についてどう思っているのか、お聞きしたいだけでございます」
一旦、沈黙が流れた。
どう応対すべきか迷っているように、ふたりには思えた。
「亜美が、どうかしたんですか」
声がわずかに大きくなった。
それから亜美が猿の手を使っていたことや、今は捕まっていることなどの一昨日からの事情を知っている範囲で説明していき。
「このままいくと亜美が魂をとられるかもしれないのよ。そうすると、パートナーのあなたも影響があるでしょう? だからちゃんと伝えておきたくて」
「あと、猿の手について知っていることがございましたら、ぜひ教えていただきたいのですけれど……あら?」
ふいに、一冊の黒い表紙の魔道書が扉の中から転がり出てきた。
「……私を……亜美のところに……連れて行ってください」
唐突な登場と、本の状態のままのお願いに、さすがに面食らうカトリーン。
「あなたね。ちゃんと自分で歩きなさいよ」
「ごめんなさい……人の姿になるのは……どうしても……恥ずかしくて」
「よろしいではございませんか。あ、そうそう。魔道書様、あなたのお名前は?」
「…………タァヘル・アナトミァ、です」
こうしてカトリーン達は、亜美のパートナーを連れて学院へ戻ることとなり。
道中、ふたりは今回の一件に関する驚愕の真実を知らされた。
ついでに、名前からして解体新書に関係があるのかなどの質問もしてみたものの。個人情報については完全黙秘を貫くままだった。もっとも、それは喋りたくないのではなく単に恥ずかしいからだったようだが。
そんな彼女がいま、大声を張り上げていた。
姿が魔道書のままなので、カトリーンが掲げてあげている状態ではあったが。
亜美にとっては極度の恥ずかしがりのタァヘルが、必死に叫んでいるのは衝撃的だった。
「ごめんなさい……やっぱり……亜美さんを見捨てるなんて、できない……」
聞こえてくるその声は、わずかに鼻声で。どうやら泣いているようだった。
そのままぐすぐすとなきじゃくるばかりの彼女に代わり、カトリーンと珠が語り始めた。
「あの猿の手、亜美さんの家に運ばれてきてすぐに彼女の父親が使おうとしたのよ。亜美さんはそれをさせまいとして、家から猿の手を持ち出したのよ」
「けれど、猿の手はかわりに亜美様を使用者に選び、強制的に願いを叶えてしまったのでございます。亜美様の、静香様の力になりたいという願いを」
「きっとひとつ目とふたつ目の願いも、静香さんの願いじゃなく亜美さんの願いだったんだわ」
紡がれる真実を聞きながら、静香は思い返す。
ラズィーヤを嫌っていた亜美を。静香を守ろうとした亜美を。
「そしてなにより。亜美様は最初のループがはじまったときから、覚悟を決めていたようでございます。なにしろ、パートナーのタァヘル様に、自身の死を告げて謝罪していたのでございますから」
そのとき、苦悶の絶叫が辺りに響いた。
全員がそちらに目を向ければ、話の最中も猿の手と戦っていた社と千尋が、ぐったりと地面に伏している。すぐさま鈴子が治療に走っていくのが、視界に入り。
「静香さん。もう、お話はいいのではありませんか?」
「そうだね。僕もそう思ってたところだよ」
「お父さんをたすけて、じぶんだけ犠牲になるなんて……そんなのダメだよ!」
「そもそもここまで僕らに迷惑かけておいて、死んでお詫びはないんじゃないか?」
ラズィーヤ、静香、瀬蓮、アイリス。
そして。今この場にいる全員の気持ちは、すでに揃っていた。