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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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「ああ、君か。先日は素晴らしい絵をありがとう」
 面会を求めてきた師王 アスカ(しおう・あすか)へ、カラムが壁にかけられた絵に視線を向けて感謝の言葉を口にする。アスカから寄贈された、蒼空と世界樹、そして悠然と空を舞う竜は、今にも竜が飛び出してきそうな臨場感に満ちていた。
「飾ってくれて嬉しいわ〜♪
 ……で、今日は町長さんにお願いがあるのよぉ」
 そう言って、アスカが持ってきたスケッチブックを開き、カラムに見せる。立体的な螺旋階段の絵を中心に色々な花が描かれた花畑には、各属性に合わせてイメージされた精霊や私達地球人が描かれていた。
「イナテミス広場の一部に、この絵を元にしたトリックアートを描いてみたいのよぉ。
 ここって色々な建物があってどれも魅力的だわ〜。だけど、道路や床がちょっと寂しく感じたのぉ」
「うむ……確かに、言われるまで注意を払わなかったな」
 絵を前に、カラムが頷く。
「普通に歩いているこの大地にも注目を集めてみたいのよ〜。
 ……それに、あの激戦からエリュシオンの事で皆の緊張が張り詰めている感じがするわ〜」
「……君にも感じられるか。やはりここがエリュシオンに近いこともあって、どうしても民は意識してしまうようだ」
 
 シャンバラが国として独立したことで、エリュシオンの介入は収まった。
 だが、今度はある意味で正々堂々と、宣戦布告という形で介入を再開する可能性がある。そうなれば、シャンバラの東部に位置するザンスカール、およびイナテミスも戦火に見舞われる可能性がある。
 
「だから、少しでも皆が笑顔に出来るような作品をこの都市に提供したいのよぉ。
 作品のテーマは『共存』……皆が種族関係なく手を取り合えば平和な未来・幸せが訪れるっていう風にイメージしたの〜。
 螺旋階段は皆が歩んできた道のりを意味してるのよ〜。
 
 もちろん、費用は全部こちらで出すわぁ。出来るだけ早く完成させてみせるし、作品が皆に気に入ってもらえなかったらすぐ元に戻すから、だから……お願いします!」
 
 頭を下げるアスカに続いて、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)蒼灯 鴉(そうひ・からす)も同じく頭を下げる。
「我からもお願いする!
 アスカはこんな風に無茶なことばかり言う人だが、実力は確かだ。それは貴方の部屋に飾っている守護竜の絵が確かな証拠だ。
 どうか、お願いします!」
「アポもなしに勝手に来て勝手な願い事を言ってるのは承知の上だ……。
 だが、こいつがここの都市に住んでる人達を笑顔にしたいっていうのは本当だ。
 悪いが、こいつのわがままに乗ってみてくれねえか?」
 三人の言葉を受け止めたカラムが、しばらくの沈黙の後、口を開く。
「君たちの想い、私は非常に嬉しく思う。
 ぜひ君たちの手で、立派な作品を完成させて欲しい。街からも出来る限りのことをすると約束しよう」
 
 ……そんなやり取りがあったのが、二日前。
 そして今日も、イナテミス広場ではオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)を加えた四名が、トリックアート制作に勤しんでいた。
「ルーツ、バカラス、こっちに画材持ってきて!」
 やはり男性ということで、ルーツと鴉が画材や絵の具の運搬を担当し、アスカとオルベールが実際にそれらを使って広場の床に絵を描いていく。
 広場を通る住民たちに害が及ばぬよう、周りには数体のゴーレムが立ちはだかり、それらは制作の妨害を阻止するガードマンとしても機能していた。
「これはおそらく、歌合戦で出した作品以上の作業になるだろうな……」
「ああ、だろうな。だが、俺もおまえも、アスカの想いに共感し、アスカを手伝うと決めた」
「ああ、そうだ。故に俺たちは俺たちの出来ることで、アスカを手伝う」
 ルーツと鴉、二人が頷き、手にした道具を指示された場所へと運んでいく。
「精霊都市に来た人達が驚いて、笑顔になっちゃうような絵を完成させましょ、アスカ!」
 オルベールに声をかけられたアスカが頷いて、手にした緑色のペンキがついた筆を、床に撫でつける。
 褐色の地面にたちまち緑が生え、命が吹き込まれていく――。
 
 
 イナテミスの復興具合が気になって訪れてみたセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)の視界には、あちこちで建物の建設が進み、街の再生と発展が続けられている光景が映っていた。
「おー、けっこー進んでんじゃん。ま、とりあえずは一安心、ってとこだな――っと、来たか」
 呟いたセシルが、メールの着信を知らせる携帯を取り出す。せっかくイナテミスに来たのだからと、同じ『アルマゲスト』に属する刀真に、用事があれば承る旨を伝えていたのだった。
「えっと……『もし時間があるなら田中の家の掃除をお願いします』?
 あー、そういやアルマゲ本拠の田中宅って、イナテミスにあったっけ」
 
 イナテミスの最初期に建てられた、一見一般人の家の様に見える、しかし『アルマゲスト』の本拠地、『田中さん家』
 建設から数ヶ月経ち、それなりに人の出入りもあるとなれば、掃除が必要な頃合いだろう。
 
(俺まだ行ったことねぇけど、確か機材とか色々あってモンスター基地と化してるって聞いたような。
 ホコリとか積もってたらヤベぇんじゃね? しゃーねーな、了解、と)
 刀真に了解の旨を伝えると、続けて刀真から『田中さん家』の場所を示す画像と、このような文章が送られてくる。
 
 『田中の部屋家捜しで有害図書発掘可ですよ』
 
「やらねーよ、それプライバシー侵害だろ!」
 返信をして、セシル一行は『田中さん家』へと向かう――。
 
 
 
 ただいま掃除中……
 
 
 
「だぁー……安請け合いしちまったかなー。まさかこんなに大変だとは思わなかったぜー……」
 すっかり疲れた様子で、セシルが大量の洗濯物を庭の物干しに干していく。増築された家は部屋数がなかなかに多く、彼らだけでは人数が不足していた上に、張り切っていたマリアベル・ティオラ・ベアトリーセ(まりあべるてぃおら・べあとりーせ)が実は掃除の手間を増やしていることに気付いたセシルが、マリアベルに別の仕事(アルマゲストのメンバーに、世話になっているお礼としてプレゼントを作ってもらう)を頼んだため、さらに一人当たりの仕事が増大した結果であった。
「……セシル。今、少しだけいいですか?」
「ん? ああ、セアラか。何だ、改まって」
 そんなセシルの元へ、月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)……を借りた、セアラ・ソル・アルセイス(せあらそる・あるせいす)がやって来る。一旦手を止めてリリト(セアラ)を見たセシルへ、リリト(セアラ)が話し始める。
「僕が何故、永い間貴方だけを待っていたのか。
 そして何故転生した姿でなく、わざわざ奈落人となって貴方の傍についたのか。
 疑問に思ったことは?」
「え……疑問……?」
 セシルが言葉を紡げずにいると、リリト(セアラ)が予想通りといった表情をして、口を開く。
「……やはり、気づいていなかったのですね。
 僕は『もう一人の貴方』です。
 僕が本霊、貴方が分霊。けれどそれは意識の話であって、力と魂は二等分されて永い時を渡ってきたのです」
 リリト(セアラ)の告白に、セシルはもう驚くことなく、そっか、と納得したような表情を浮かべる。
「……まぁ、疑問はあったんだ。
 お前なら、俺が生まれる時期も、出会う時期もわかってたはず。
 なのにそれにあわせて他の種族に転生するんじゃなく、奈落人として待ってた。
 何より、お前が憑依してるとき、妙に落ち着くっていうか……違和感が全然なかったからな」
 セシルの言葉に、リリト(セアラ)がそれです、と頷く。
「『魂の片割れである貴方に憑依、一体となることで、セアラとしての能力を最大に発揮出来るから』
 ……これが、僕が今の僕になった理由です。このことは、姫も知ってますよ」
「そっか、ベルも気づいてたか。
 ……そうだよな、お前とは夫婦だったし、今でもお互い大事に思ってる。
 だから俺のことも大事に思ってくれて、契約したんだろう」
 呟いたセシルの視界に、窓を開けて当人であるマリアベルが姿を見せる。
「セシル様、呼びましたか? ああそうですわ、作っているマスコットの方がこれだけ出来ましたの。
 もちろん、後の方々の分もお作りしますわ」
 言ってマリアベルが、田中(牙竜のこと)用にと作られたセイニィのマスコット人形を手に微笑む。裁縫と編み物が得意とあって、なかなかの出来であった。
「ああ、いい感じじゃね? この調子で頼むぜ」
「はい!」
 頷いて、マリアベルが作業に戻る。
「……うん、わかって良かった。
 ありがとなセアラ、話してくれて。
 改めて、これからもよろしく!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 二人が手を取り合い、誓いを新たにする。疲れが吹き飛んだ様子で洗濯物を干しにかかるセシルに背を向けて、リリト(セアラ)が室内へと足を向ける。
(……話は済んだようじゃな)
(ええ、おかげさまで)
(そうか。……では、掃除の続きを再開と行くかの。機材の手入れはきちんとせんとな)
(そうですね。そちらの方はあなたにお任せしますよ)
(任せておけ。……ま、実際に手を動かすのはおまえじゃがな)
 
 そうして、『田中さん家』は三日三晩掃除が続けられ、内外ともに新築同然の輝きを取り戻したのであった――。