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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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「今日もよい天気です……。さて……本日も頑張りませんと……」
 『雪だるま大聖堂』の扉を開け、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)がうん、と頷いて今日の務めに取り掛かる。レイナはここでシスターとして、聖堂内の一切を取り仕切る権利を得ている(騎士団本部同様、美央が丸投げ……もとい、一任しているとも言う)のであった。
 
「まずは……いつも通り聖堂内の掃除ですね……。教会や聖堂は清潔であってこそと昔から決まってますし……。
 ……はて、それは病院だったでしょうか?」
 自分で呟いた言葉に、レイナが首を傾げる。
「まぁ……皆さんが心安らぐ為には必要ですよね。
 ルーツはともかく、しっかりと掃除しておきましょう……」
 とりあえず棚上げし、レイナが聖堂内の隅々まで綺麗にする。少なくともクロセルよりは仕事をちゃんとこなしている。
 
 掃除が済んだら、お祈りの時間である。ここでは神を模した像などではなく、雪だるまにお祈りをするのであった。
(雪だるまにお祈り……というのもここに来て初めてしましたが……なかなか赴きあるものです)
 雪だるまの前で膝まずき、手を合わせて祈りを捧げるレイナ、その姿はいわゆるシスターのものと全く相違ない。
 
(あぁ……お嬢様……お嬢様の祈られるその姿……こうして見られるだけで、私は、私はぁっ……!)
 そんなレイナを、王宮で給仕としての勤めを果たしていたリリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)が物陰から覗き見つつ、うっとりとした表情を浮かべていた。休憩時間中にレイナの様子を伺おうと訪れたらしい。
「……何してんの?」
「ひやぁ!?」
 突然背後から声をかけられ、リリが飛び上がらんばかりに驚く。その声にレイナが祈りを中断して振り返ると、そこにはカヤノとエリシア、ノーンの姿があった。
「あら……ふふ、これは美央さんの張り紙効果があったのでしょうか?」
 微笑むレイナは、昨日美央が『雪だるま王国への来訪者歓迎』の張り紙を掲示板にしていたことを思い返す。……まあ、当のエリシアとノーンはそれに関係なく、近くを通りかかった際にメイド服の少女が大聖堂の入り口から中を覗き見ていたのを怪しく思っただけのことなのだが。
「……ようこそ、雪だるま大聖堂へ。
 大したおもてなしも出来ませんが……見ていかれてはいかがですか?」
「わー、でっかい雪だるまがあるー! ここって色んな所に雪だるまがあるよねー」
 レイナの申し出に、早速ノーンが食いついて、中へと入っていく。
「ねえ、ミオって今、王宮にいんの?」
「あ、は、はいっ、いらっしゃいますよ。よろしければご案内いたしましょうか?」
「うん、お願いするわ」
 ここまで見てきた物を記録するエリシアの横で、カヤノがリリに王宮までの案内を頼む。
「それでは皆様、雪だるまのご加護がありますように……」
 そして、レイナの見送りを受けて、一行は王宮へと足を運ぶ――。
 
 
「ああ、申し訳ございません。女王様は先程、所用で席を外されてしまいました。
 そう時間のかからない間に戻ってこられると存じていますが……」
 王宮に入ってすぐ、魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が申し訳なさそうな表情(といっても、骸骨なので表情は変わってないが)を一行に見せる。
「ねーねー、中を見学させてもらってもいい?」
「ええ、どうぞ。女王様はほぼ全ての場所を一般の方にも開放していらっしゃいますので」
「やったー!」
 早速、ノーンが興味の惹かれた場所へと向かっていき、エリシアがやれやれといった様子で後を追う。
「ああ、カヤノ様、少しよろしいでしょうか」
「ん? 何?」
 サイレントスノーがカヤノを呼び止め、話をする。
「先日美央と話し合った結果、バケツ要塞守備隊の隊長には、バケツ要塞だけでなくこの雪だるま王国内の建物全てを作る際に関わって下さったカヤノ様にお任せすべきでは、という結論に至りました。
 カヤノ様は、人と精霊と雪だるまの共存の象徴とも言えるお方でございますから」
 
 バケツ要塞とは、雪だるま王国の北部にそびえる、上空から見てちょうど雪だるまが被るバケツの形をしていることから名付けられた、雪だるま王国を、さらにはイナテミスを外敵から守る盾の役割を果たす要塞であった。
 
 そして、サイレントスノーの言葉は、多少の誇張はあるかもしれないが、概ね正しい。精霊祭のリンネとの契約がなければ、今のような関係は築かれなかったかもしれない。
「しかし、カヤノ様は精霊長の身の上。兼任は厳しいと思いますので、名誉隊長――つまりマスコット的なものでございます。
 もちろん強制ではなく、気にせずに断って下さっても何ら問題ありません。むしろ、私どもが謝る方でございますな。
 普段は、副隊長に任命された秋月葵様が主軸となり動かす事になりましょう」
「……そうね、ちょくちょく来ることは難しいし、普段のことはえっと、アオイ? に任せるわ。
 今のうちに会っておこうかしら。アオイは今どこに?」
「確か、バケツ要塞でお勤め中かと」
「分かったわ、ありがと!」
 言って、向かおうとしたカヤノが踵を返し、サイレントスノーに言う。
「……一つだけ言わせて。
 確かに雪だるま王国をここに作ろうって決めたのも、実際に作ったのも、あたいかもしれない。
 だけど、ここの女王は、ミオよ。だから、バケツ要塞守備隊隊長の時のあたいは、ミオの下につくわ。
 これはミオがイヤって言ってもそうするから、覚えといてよね」
「はは、それは美央本人に言った方がよろしいでしょうな。
 戻られたらお呼び致します、それまではごゆるりと」
 今度こそ去っていくカヤノを、サイレントスノーが見送る。
 
 
 その、バケツ要塞では。
「葵ちゃん、見回りご苦労様です」
「流石、イレーヌちゃんだね〜。塵一つ落ちてないね」
 日課の見回り(国境付近を偵察飛行)を終え、戻ってきた秋月 葵(あきづき・あおい)を、イレーヌ・クルセイド(いれーぬ・くるせいど)が出迎える。
「秋月家のメイドたる者、この程度の事が出来なくてどうします?
 ……まぁ、この子達も手伝ってくれますから」
 そう言うイレーヌの足元には、数体のミニ雪だるまがハタキや箒を持ち、イレーヌの仕事を手伝っていた。
「外はまだまだ寒いね〜、温かい紅茶もらえるかな――あれ? あそこに見えるのは……」
 呟いた葵の視界に、段々と大きくなっていく影が映る。
「あっ、いたいた。あんたがアオイね?
 サイレントスノーから、あたいをここの隊長にしたって聞いて、せっかく来たんだし、副隊長のアオイに会っておこうって思って。」
「カヤノちゃんだ〜! そっか〜、わざわざ来てくれたんだ〜。
 うんうん、入って入って〜。イレーヌちゃん、紅茶二人分よろしくね〜」
「ようこそおいでくださいましたカヤノ様。只今お茶のご用意をいたしますので、少々お待ち下さい」
 
 そしてしばらくの後、普段は留守にしがちな主のためにそれぞれの人形が置かれていた椅子に、カヤノと葵が座り、イレーヌがお茶とお菓子の手配をする。
「……でさ、もし戦いとか起きたら、ここが使われることになると思うのよ」
「そうだよね〜、ここってエリュシオンに近いもんね〜。
 さっきも見回りしてきたけど、特に変わった動きはなかったよ」
「仮にエリュシオンからの侵攻があったとして……敵はどのルートを使用してくるでしょうか」
 イレーヌが、机の上にパラミタ地図を広げる。
 
 シャンバラはカナンとジャタの森で繋がり、コンロンと山脈を隔てて繋がっている。北西の大国、エリュシオンとは直接の繋がりはない(訂正:ニーズヘッグ襲撃の際、エリュシオンとの国境と書いたが、実際はコンロンとの国境であった。……まあ、そうなると、実はコンロンにもユグドラシルの与えた被害が及んでいることになり、政治問題になるのではという懸念があるが、これはひとえに確認不足であったことをこの場にて反省するとともに、今後は以上の解釈でお願いします)。
 
「うーん、よく分かんないけど、ふつーに見たらこの辺だよね〜」
 言って葵が、パラミタ内海とジャタの森、その下の雲海を交互に指す。
「相手は大国、こちらとは比べものにならない兵力を抱えているはず。となれば、森や雲に隠れての行動は考えにくい」
 イレーヌの指摘通り、エリュシオンの兵力はシャンバラを抜きん出ている。自然の地理を利用するのは兵力に劣っている側のすることで、エリュシオンがそれをする必要は(奇襲はこれに当てはまらないが)あまりない。
「って、じゃあ、ここ直撃じゃない!」
 カヤノが、パラミタ内海からイルミンスールの森の東端、平地になっている部分を指す。
「エリュシオンがこれまで取ってきた態度を見るに、戦争といえども、市街地を直接戦場にすることは考えにくいです。
 ……やはり、この雪だるま王国と、隣の『ウィール支城』が主な戦場になるかと。敵はこちらの要塞を突破することで、抵抗力をなくし、戦闘の早期解決を図るものと思われます」
 
 エリュシオンは、東シャンバラ時代に介入という策を講じてきた。ならば、市街地を戦場にすることは考えにくい。市街地を潰しては、仮にそこを占拠したところで、開拓者が不足し、やがて荒廃する。
 ……これが、殲滅を望むなら、その限りではないのだが。
 
「……つまり、あたいたちがここを守り切れば、敵は?」
「戦争では多くの物資を必要とします。攻め込む側は、守る側の何倍もの物資を必要とします。
 加えて地の利はこちらにあります。……余程の戦力差がなければ、守り切ることは勝利を意味します」
 敵は、戦略拠点を突破しなければ負け。一方こちらは、戦略拠点を守り切れば勝ち、である。
「もちろん、エリュシオン側もそのことは重々承知しているはずです。こちらの戦力をおびき出し、殲滅する策を何通りも考えているはずでしょう」
「……イレーヌ、すごいね〜。あたしさっきから感心しっぱなしだよ〜」
「これもメイドの嗜みですから」
 恭しく頭を垂れるイレーヌ、果たしてそうなのかは分からないが、隊長と副隊長の二人は、エリュシオン侵攻の可能性を論じることで傾向と対策を学んだのであった。
 
 その頃、王宮、部屋の中で唯一プライバシーが確保されている、美央の部屋では――。