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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

リアクション


(・狂気)


 ベトナム某所。
 ヴィクター・ウェストの研究所で、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)は過ごしていた。
 半壊していたとはいえ、今は大分直っている。
 イコンの整備施設も使えるまでになっていた。
「大体君の注文通りにしておいタ」
 身体の再生が終わったため、ウェストは元の身体に戻っていた。
「ありがとうございます」
 【魔王尊】はイーグリットであるが、ウェストの手により鏖殺寺院仕様の姿に改造されていた。
 ほとんどその姿はシュバルツ・フリーゲである。
「私の機体はどうなっている?」
 ウェストに問うのは、カミロ・ベックマンだ。
「クク、生憎だが君のシュバルツ・フリーゲはそろそろ限界ダ。次に墜とされたラ、もう修復は不可能ダ」
「墜とされなければ問題はない。いくぞ、ルイーゼ」
「はい、カミロ様」
 ルイーゼ・クレメントがカミロと共に機体に乗り込もうとする。
「お待ち下さい」
「なぜ止める? 『暴君』はもう弱っているはずだ」
 カミロは睡蓮の制止を振り切ろうとする。
「シャンバラは気に食わないが、かといってヤツに破壊されるのも癪に障る」
 それでも、なんとかカミロを説得する。
「さしでがましくありますが……先日の戦闘では、敵に対してあまりに無策過ぎたように思えます。まるで何か急いでいるような……とにかく、認めるのは辛いですが今の私達は弱者です。下手に動いてF.R.A.G.に目を付けられてもいけません。今はまだ、雌伏のときかと」
「その女の言うと通りにした方がいいナ。実はまだ伝えていなかったことがあル」
 ヴィクターが不気味に口元を緩めながら告げる。
「『暴君』には自己修復機能がついていル。ダメージにもよるガ、例え大破しても動力炉とコックピットが残っていれバ、元通りになるだろウ。どのくらいの時間がかかるかは知らんガ」
 もう直ってるかもしれないし、まだ修復中でどこかに潜伏しているかもしれないとのことだ。
「カミロ。キミは白兵戦闘にも優れていル。だガ、断言しよウ。お前は08号には勝てなイ。なぜなラ――」
 ヴィクターが声を上げた。
「ヤツは『総帥』の遺伝子を元に作り上げたクローンだからダ。いじりすぎたせいでオリジナルとはまったく異なる姿だガ、契約した今の力はパラミタの『神』を遥かに凌ぐだろウ。まア、それでも『総帥』からすれば取るに足らない存在だろうガ」
 それを聞いたカミロが愕然としている。
「そうそウ、睡蓮と言ったカ。シュバルツ・フリーゲ・オリジナルと『暴君』のデータが欲しいと言ったナ」
 フラッシュメモリのようなものを、ポンとヴィクターが睡蓮に投げ渡す。
「くれてやル。どうせもう必要のないものダ。マヌエルのヤツからも「用済み」だと宣告されたことだしナ。しかも、F.R.A.G.用に造ったクルキアータのオリジナルデータは消失。コピーが聖カテリーナアカデミーにあるガ、取り戻せないだろウ。つくづくオレも運がなイ」
「それにしては、余裕ですね」
「自慢じゃないガ、裏の世界からは引く手数多でナ。クローン強化人間も買い手がついてるシ、『粗大ゴミ』を喜んで引き取る連中も多イ」
 粗大ゴミ、とはカミロのシュバルツ・フリーゲ以外の量産型と、シュメッターリンクのことだ。
「あれらは全部今渡したオリジナルのデータを元にしたものダ。あんなガラクタでモ、最初はシャンバラを苦しめられたのだから驚きだよナ」
 くくく、と笑う。
 貰ったデータを元に暴君とシュバルツ・フリーゲ・オリジナルの情報を整理するのは後回しにし、端的に弱点を窺う。
「『暴君』に弱点は特になイ。パイロットに慢心があれバ、それが最大の弱点となル。ガ、パイロットがイカれてる時点で諦めた方がいイ」
「そういえば、一つの意識で二つの身体を共有する目的は何ですか?」
「サロゲート・エイコーンを動かし、完全に力を発揮するには二人の人員が必要ダ。例外は今のところなイ。一つはその人数感知が『身体』か『意識』かを確かめるたメ。前者だったようだガ。あとは……そうだナ。自分の身体が一つじゃ足りないって思う人間は少なくないだろウ。イコンを一人で動かせるシ、タイムラグはなイ。日常でも作業効率は二倍。素晴らしいだロ?」
 分身したようなものだと考えればいいという。
「それは人間ではなく電脳……イコンには適用出来ませんか?」
「難しいだろうナ。何セ、そういう類は専門外ダ。オレの本分はあくまで生物学と遺伝子工学なのでナ」
 そして今度はカミロに視線を向ける。
「カミロ様、教えて下さい。シャンバラを去ってから、これまでのことを」
 ストレートに尋ねる。
「……2017年。私は薔薇の学舎を去った。それからすぐに地上に降り、鏖殺寺院の一派と接触した。地球のさる有名な人物がバックについているとのことだったが、それを知るのには三年の月日を要した」
 そして看板だけの鏖殺寺院地球支部の一つとして、シャンバラに進出した旧鏖殺寺院の支援を行っていた。こちらも形だけであり、忠誠心のようなものは一切なかったという。
「その年、ある二組の契約者を救出。彼らと、私の直接の部下は寺院の名から独立した部隊を創設した。これが『軍』と呼ばれるものだ。そしてある日、シュバルツ・フリーゲ・オリジナルが発掘される。そして私達の『軍』がイコンの試験部隊となり、私がそのオリジナルを引き受けることになった」
 その後、彼は鏖殺寺院のイコンパイロットとして同じ寺院を掲げる者達に知られるようになる。
 表面上は東西分裂のきっかけとなった王都シャンバラでの戦いまで寺院の指揮官をしていたらしいが、このとき既に、「軍」は鏖殺寺院から独立した私設武装組織になっていたという。
「そして十人評議会が寺院を再編するとき二、『軍』を直属の部隊としタ」
 そこにヴィクターが割り込んできた。
「十人評議会?」
「この壮大な茶番を仕組んだ連中ダ。地球の味方『F.R.A.G.』を正当な理由で創るため二、オレに旧世代機をばら撒かせタ、ナ。弱小テロリストがガラクタとはいえ人型機動兵器を持ったら調子に乗ル。あとはテロを起こしてくれるのを『万全の準備』で待つだけダ」
 負傷者こそ出たものの、欧州同時多発テロの民間人の犠牲者はゼロ。死者はイコンに乗ったテロリストのみ。
 今でこそ、教会の奇跡と呼ばれているが、始めから知っていれば対策は出来る。
「そしてあの日を境に、シュバルツ・フリーゲとシュメッターリンクは全世界で『悪逆非道なテロリスト』の象徴となっタ。さらに、今の鏖殺寺院は名ばかりでもはや地球支部司令官、カミロ・ベックマンを知る者はいなイ」
 カミロは欧州同時多発テロのときはまだ、この研究所で治療中だったという。ここには治療施設もある。
「そして『暴君』がここを飛んだとキ、シュバルツ・フリーゲで飛び出してしまっタ。そのせいで、本来ならF.R.A.G.の総司令官となるはずガ、シャンバラと寺院の攻防戦に遭遇。まだ寺院の人間であるとシャンバラに知られてしまったがゆエ、F.R.A.G.所属は絶たれル。まア、オレが教えなかったのが悪いんだガ」
 評議会に裏切られた腹いせを大体カミロにしてやったということらしい。それでも行き場がないからカミロはやむを得ず協力している、というところだろう。
「そう睨むなヨ。ちゃんとキミ専用の機体を用意しただろウ? それを大層なプライドで蹴ったのはキミなんだかラ」
「その機体とは?」
「F.R.A.G.のクルキアータ・カスタム。通称『七つの大罪』。そのままの名前だガ、【ベルゼブブ】が彼の後継機ダ。そして、あの『暴君』は本来【サタン】となるはずだったものダ」
 既にカミロ専用の次世代機は存在するとのことだ。
「そのくだらないプライドを捨てテ、乗り換えた方がいいだろウ。【ベルゼブブ】とキミの実力ならバ、あるいは止められるかもしれんヨ」
 そして思い出したかのように、ヴィクターが睡蓮の方を向いた。
「海京を出るとキ、内通者がいたと言っていたナ?」
「はい。その方の手引きのおかげで学院の生徒に気付かれずに来れました」
「その男はミスター・テンジュ。海京のお偉いさんの一人あリ、オレの同類ダ。十人評議会の思惑がどうあろうト、あの男は勝手にシャンバラに対して反乱を起こすだろウ」
 またくく、と笑う。
「どうダ? シャンバラには戻らずオレの助手にならないカ? 知りたいのだろウ? 例えそれが禁断の知識であったとしてモ」
 しばし考える。
 はっきり言って吐き気を催すほどにこの男は壊れている。だが、ここにいて手に入る情報の方が、シャンバラよりは多いだろう。
 そして決断する。
「はい。『色々と』ご教授頂ければと思います」