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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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chapter.4 オラウンコとの触れ合い 


 場面は生徒たちのところへ戻る。
 珍獣ラッシュが過ぎ去った後、ヨサークもメジャーもいなくなってしまった状況で生徒たちが取れる行動はひとつ、アグリを助けることであった。
 ブイイン、ブイインとアグリは相変わらずつらそうにぬかるみにはまったまま出られずにいる。そこまで広くないぬかるみだが、体の半分ほどが沈んでおり、容易には脱出できなさそうだ。
「ヨサークさん一行発見、と。ん? アグリさんがぬかるみにはまってんのか?」
 森の中から現れた七枷 陣(ななかせ・じん)は、生徒たちの中に加わるとその状況を察して言った。
「しょうがね〜なぁぁあ。よし、さっさと引き上げて……」
 陣が軽く腕を回し、アグリを助けようとしたその時である。
「……って、うおっ!? な、なんや?」
 ガサガサ、と突然後ろの茂みから聞こえてきた音。その音に陣が驚き振り返ると、人と同じくらいの大きさの獣が数匹見えた。一見ゴリラのような外見だが、口元は鳥のクチバシ状になっており、まとわりつくような視線を投げかけている。そう、メジャーの古文書にあった、オランウータンとインコの遺伝子を合わせて生まれた、オラウンコである。
「……なんや、まーたオラウンコか」
 が、陣の反応はすぐに薄くなった。彼は、この場所に来る前、というよりつい先ほどまで、このオラウンコと接触していたからだ。
「ジュディ、さっきと同じようにして注意をこっちに向けて、アグリさんから引き離すぞ」
「ふふふ、おぬしらがこれに敏感なのは証明済みじゃよ」
 陣に呼ばれたパートナーのジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)は、懐からバナナを取り出し、オラウンコの前へそれを持ってきた。
「またその身を妄執で蝕まれたいかの?」
 両手に持ったバナナをゆらゆらさせ、ジュディがにやりと笑みを浮かべる。が、ここで計算外の事態が起きた。オラウンコは、陣とジュディが見つけた数匹だけではなかったのだ。彼らの死角から、もう3〜4匹のオラウンコが唐突に姿を現した。
「!? こっちにもおったんか!」
 不覚にも前後を挟まれる形となった陣とジュディ。その窮地を救ったのは、彼の親友でもあるリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だった。リュースは素早い動きでオラウンコの一匹を仕留めると、そのまま陣のところへ駆け寄り、その背後を塞ぐように立った。互いの背中を寄り合わせ、正面を向いたままリュースは言った。
「大丈夫ですか、陣くん」
「オラウンコごときに後ろを取られるとは、心外やったな」
「そてにしても……」
 リュースが目の前のオラウンコたちを見据えて、呆れた顔で言う。
「オランウータンとインコの遺伝子が合わさった珍獣ですか……他に名前の付けようがなかったのでしょうか。名付け親の頭蓋骨を切り開いて、中の構造を確かめてやりたくなりますね」
 ちなみにオラウンコの名付け親は、ドクター梅という人物だという説が濃厚であるとされている。
 溜め息をつきつつも、さっさと片付けようとするリュースだったが、その思考と行動を遮ったのは彼のパートナーたちであった。
「オラウン子さん、でしょうか? 女性ですよね、子がついてるってことは」
 ぽつりと疑問を漏らしたのは、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)だ。そしてそれに答えたのは、龍 大地(りゅう・だいち)であった。
「違うよ、あいつ、オラ、ウンコって言ってるんだよ!」
「え、オ・ラウンコっていう変わった名前の人じゃないの?」
 ブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)もそれに反応を示し、ここから3人のオラウンコ談義が始まった。
「自分のことウンコって言ってるんだって!」
「……え、ウン」
「大地兄、それってつまり、肥料のことだよね!」
「肥料っていうか、喋るウンコだよ! 汚ねー、あっち行け、バーカ!」
「ダメだよ大地兄、花屋にとって肥料は、すごくすごーく大事なんだから! 社会の役にちゃんと立ってるんだよ!」
「そうです、それに、きっとお名前のせいで苦労されたに違いありません。せめて幸せな気分になれるよう、歌を歌いましょう」
 好き放題言いまくった挙げ句、シーナは最終的に、歌を歌い出した。
「小さな声で名前呟く 涙溢れる、これは何故? 私の名は、汚いけれど 心は、いつも朗らかです さぁ、歌いましょう 手を取り合い ウン……」
「シーナ、年頃の女の子がそんな歌を歌っちゃいけません!」
 耐えかねたリュースが、すごい剣幕でシーナの口を閉ざした。そこからリュースは、残ったふたりにもお説教を始めた。
「ブルックスもブルックスです。あれは肥料じゃありません!」 それと、大地! もっとオブラートな言い方をしなさい! せめて伏字を!」
 軽く大地の頭を叩いてから、リュースは3人に「オラウンコとはね」ということから懇切丁寧に説明し出した。
「でもさ、インコの遺伝子入ってるのに空飛べないんでしょ? 何のために存在してるかわかんねーな、お前!」
「大地、お願いだから黙っててくださいよ」
 オラウンコにあかんべーをしながら言う大地を強引に振り向かせ、リュースはもう一度大地の頭を叩く。
「痛い、リュー兄、殴らないでっ」
 大地が頭を抑え、リュースを見上げて言う。一連の流れを見ていたオラウンコたちだったが、ここまで自分たちが無視されるのは、さすがに耐え切れなかったようだ。彼らは得意の口撃を用い、リュースたちを罵り始めた。
「その3流漫才はいつ終わるんですか?」
「いい加減僕たちの相手してくれませんかねえ」
 中途半端な丁寧口調がより神経を苛立たせる。リュースはゆっくりと彼らの方を振り向くと、表情を変えないまま言った。
「は? 何ですか? 今取り込み中なんだから口出さないでください」
「取り込み中って、そんな大層な……」
「大体ですね、あなた方がそんな紛らわしい名前だからいけないんですよ。自分だって嫌でしょ、そんな名前」
「よ、余計なお世話ですよ! なんですかあなたは、人の敏感なところにズカズカと」
「余計なお世話? はははは」
 幾度かオラウンコと言い争いを交わしたリュースは、軽く笑ってから冷たい笑顔で彼らに告げた。
「いっそ名前変えたらどうですか。その気がないなら、うちの3人の教育上よくありませんから、あなたを殺します」
「なっ……」
「武器攻撃と魔法攻撃、どちらがよろしいですか? ちなみに、生き残りたいという選択肢は改名しない限りございません」
「なんですかこの凶暴な生き物は……!」
 一気の血の気が引き、逃げまわるオラウンコたちを、リュースは冷静に一匹ずつ手持ちの武器を使い、倒していった。元々戦闘能力もそれほど高くなかったのだろうか、オラウンコたちはあっという間にリュースによって片付けられてしまった。
「口の割にあっけないですね……。陣くんの方はどうでしょうか」
 一息つき、リュースが振り返る。と、陣は既に戦っていたオラウンコをひれ伏し、ジュディと共にへこませていた。
「おい、さっきの威勢はどうしたんや?」
「これか? これが怖いんじゃな?」
「うう、や、やめてください……」
 オラウンコは、陣とジュディに挟まれその顔面にバナナを押し付けられていた。
「バナナは……バナナは……」
 特にオラウンコの弱点がバナナというわけでもないのだが、どうやらこのオラウンコに限っては、ここに来る前バナナ恐怖症になっていたらしく、異常なまでにバナナに怯えていた。
「バナナの皮を見せないでくださいよぉっ……」
 オラウンコはなぜか股間を押さえ、うずくまっている。一体このオラウンコ、ここに来るまでに何をされたのかが気になるところである。
「お望みなら、もっと燃やしてもええぞ」
 陣がぼうっと炎を生み出してみせた。よく見ると、オラウンコの股間付近が若干チリチリになっているように見える。炎のせいかどうかは分からないが。
「あの……す、すいませんでした……」
 オラウンコは陣とジュディに土下座した。リュースはその光景を見て「あれ、陣くんビーストマスターでしたっけ……」と疑問を抱くのだった。



 とりあえず、アグリの近くからオラウンコを引き離し、撃退することには成功したリュースと陣たちだったが、オラウンコはこれですべてではなかった。実は、彼らが倒したオラウンコ以外にも付近にオラウンコは潜んでおり、それらが生徒たちに再度牙をむこうとしていたのだ。
「ん……? あれ、さっき出たヤツじゃねェか?」
 最初に気づいたのは、五条 武(ごじょう・たける)だった。それをきっかけに他の生徒たちもその存在に気づき始める。既にオラウンコはすぐにでも飛びかかれる距離まで、彼らに迫っていた。
「また来たな、珍獣の野郎! ここは俺に任せろ!」
 武はオラウンコとアグリの間に陣取るように立ち塞がると、まじまじとオラウンコを見つめた。その憎たらしい外見からは、手懐けるのことの困難さが伺える。が、武はそれでもその道を選んだ。
「要はアレだろ? 動物と触れ合う感じでいけば良いんだろォ? オーライオーライ、お天道様に恥じるような生き方をしていない、正直者の俺にこそ動物は懐くってモンだぜ」
 そう言うと武は、早速コミュニケーションを計るべく、オラウンコに話しかける。
「なあおまえ、人の言葉分かるか? キャン、ユー、スピーク、ジャパニーズ?」
「ちょっと、馬鹿にしてるんですか。あなたたちみたいなものが喋る言葉が、僕たちに喋れないはずないでしょう」
 すかさず罵倒された武は、こめかみに薄く血管を走らせながらも、返事を返す。
「えらく口が悪ィな……」
「僕たちの縄張りに勝手に入り込んだあなた方は、行儀も悪いですけどね」
 オラウンコがにやりと笑った。武はその表情を見ると、同じように笑い返し、威勢よく声を上げた。
「上等じゃねェか! こういうのはよォ、好き放題言い合いながら日が暮れるまで殴り合えば、最終的には一緒に肩組む仲になれるってのがパラ実で得た経験則だぜ!」
 言うやいなや、武はオラウンコに向かってダッシュすると、ぐっと胸毛を掴み、鋭い睨みをきかせた。そこだけ見れば、おもいっきりチンピラのそれである。その勢いのまま、武はオラウンコを罵った。
「おいコラてめェ、『ウンコ』とか下品な名前つけてンじゃねェぞ!? ここでは女の子もいっぱいいるし、全年齢対象のはずだろ、えェ、オイ!?」
 おそらく武が言っているのは、あくまで今回の冒険が全年齢対象で募集されたものだということだろう。ちなみに下品な名前をつけたのはオラウンコではなく、ドクター梅という人物のようだ。
「なんですか君はいきなり! そういう君だって、ツンデレで心霊現象が苦手なようですけど、いい年した男がそんなのでいいんですか?」
「あァ? 幽霊とかマジこえェだろうが!」
「アレですか? 彼女とかとお化け屋敷入っても、彼女にひっついちゃって、情けないとか思われるタイプですか? あ、そもそも彼女なんていないかぁ。すいませんすいません」
「……ッざけンじゃねェぞコラ!!」
 興奮してしまった武は、思わず手が出る。パシン、と小気味良い音と共に、彼の放った平手打ちがオラウンコの頬を捉えた。武の怒りはそれでも収まらない。
「さっきも言ったけどなァ、オラウンコなんて下品な名前、女の子がひくだろうが! もしこれで次のイベントの時、女性の皆さんが『えーちょっとこんな下品なもの登場させるマスターに近づきたくなーい』とかなったらどーするんだ!?」
 テンションが上がりすぎてちょっと訳の分からないことを口走っているが、どうするんですかねドクター梅。
「ファック! わかってやがンのかこのクソウンコ! ウンコウンコウンコ!」
 そして、下品な単語をさっきから連呼しているお前も同罪だろという話なのだが。
 あまりに酷い光景に耐えかねたのか、そこに新たな人物が介入してきた。
「いくら自由だからといって、やっていいことと悪いことがある。そうだろう?」
 冷静に、大人な振る舞い方でそう言いながら間に入ったのは、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)だ。ロイは武を軽く手で制すと、そのままオラウンコへと向き直った。
「オラウンコ……か。確かに、人を馬鹿にしているとしか思えないネーミングだ。命名者に悪意を感じずにはいられない」
 3度目になるが、命名者はドクター梅である。
 しかし、ロイは当然そんなことを知る由もなく、あるのはただ馬鹿にされたという感覚だけだった。
「そんなこと言ったって、僕が自分で名乗ったわけじゃ……」
 言いかけたオラウンコだったが、バキュン、という銃声にそれは遮られた。たらり、とオラウンコの頬から血が流れる。発泡したのは、目の前のロイだった。無表情で銃口を突きつけるロイに、オラウンコは戦慄した。
 こいつ、マジじゃねえかよ、と。
 オラウンコのそんな心情はお構いなしに、ロイはオラウンコを諭すように言う。
「貴様はダメだ。何もかもがダメだ。強いて言うなら、特に名前がダメだ。たとえ貴様の、そのどうしようもない容姿や性格を変えようとも、お前の名前を口にした瞬間にすべてが台無しになる。まずはその名前を変えろ」
「か、変えろって……」
「いいか、これから貴様はアクリトと名乗れ。それなら問題あるまい」
「ア、アクリト?」
 首を傾げるオラウンコ。当然の反応である。そして彼らにとって問題なくとも、今現在空京大学にいるアクリトにとっては大問題である。
「ど、どうして」
「うるさい」
 バキュン、と二度目の銃声が響いた。ひいっ、と怯えるオラウンコに、近くにいたロイのパートナー、常闇の 外套(とこやみの・がいとう)――通称ヤミーも乱暴な口調で告げる。
「そうだそうだ! 俺様、おまえのせいでさっきウンコ踏みそうになったんだからな! どうせアレ、お前がやったんだろ!? きたねェもんぶちまけやがって、あやうくかりんとうと間違えて食っちまうところだったじゃねーか! 俺様を舐めてんのか!?」
 はなから怒り心頭なヤミーはそう言って、地面に落ちていた茶色いものを指差す。
「テメーで出したモンだろ、テメーで始末しな! オラ、食え! 食えってんだよ、アクリト!」
 早速ロイの呼称に従い、アクリト呼ばわりするヤミー。アクリトにとってはいい迷惑である。というより、以前にもロイはアクリトを貶めようとしたことがあった。一体何が彼を、ここまでアクリト嫌いにさせたのだろうか。彼は、心に深い闇でも抱えているのだろうか。
 そんなロイとヤミーの様子を見ていたもうひとりのパートナー、アイアン さち子(あいあん・さちこ)は、ふたりを諌めるようにすっと前へと進み出た。
「ふたりは何も分かってないのであります。怒ってばかりでは、オラウンコも意固地になって余計に言うことを聞かなくなるだけなのであります」
 おお、ようやくまともな人間が。オラウンコがそう思った矢先のことだった。
「アクリト、さち子はアクリトが賢いことを知っているのであります。ウンコだけじゃなくて、もっと他にも色々できるところを見せて、見返してやるのでありますよ。さあアクリト、お手!」
 お前もそれで呼ぶんかい。オラウンコは心の中でつっこんだ。というかそもそも、君らが話題に出してるウンコ、あれ僕らのじゃないからね。そう弁明しようとした彼らだったが、そのためにお尻を出そうとしたのが、、裏目に出た。
「あ、違うであります! ウンコじゃなくてお手であります! アクリト!」
「排便行為は生物なら仕方ないが……あまりその呼称を連呼するのもいただけないな。今後はカレーと呼ぶのだ。アクリト、カレーを尻から出すんじゃない」
 オラウンコは、なんだか悲しくなった。勝手に名前をなじられた上変な呼び方をされ、排泄物の汚名を着せられ、あまつさえよく分からない命令を受けていることに。
 これではあまりに色々な人がかわいそうだ。これまでのやり取りを見ていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)はそう思い、ロイや武らを退かせ、代わりに自分がオラウンコの前に進み出た。害意がないことを示すためか、その姿勢は低く、しゃがみこんだ体勢を取っている。
「すまないな。気を悪くしないでほしい」
 す、と呼雪が差し出した手には、美味しそうな果物が乗っている。彼としては同じ生徒が無礼を働いたことのお詫びのつもりだったのかもしれないが、オラウンコは完全に疑心暗鬼だ。
「……そういって、君もどうせ馬鹿にするんでしょう?」
「そんなことはしない。だから、必要以上に怯えなくて良い」
 恐る恐るオラウンコは呼雪に近づくと、ぱしっと果物を取って口に入れた。特に毒も入っていなく、呼雪も変わったところがないため、ようやくそれでオラウンコは安心を覚えた。
「人間にも、君のような人がいるんですね」
「人だって、それぞれだからな」
 空いた手で、オラウンコに触れようとする呼雪。しかし、彼が悪人ではないと分かったオラウンコはここで調子に乗ってしまった。
「まったく、もっと早く助けてくれないと困りますよ。僕は無力な生き物なんですから。アレ、君のお仲間でしょう? ちゃんと躾けといてくださいよね」
 親切にしてもらっておきながら、この暴言である。おまけに、オラウンコは呼雪の手をぱしっと雑に払いのけた。なんと腹立たしい生物だろうか。これには呼雪も、堪忍袋の緒が切れてしまった。
「……知性がある割には、随分とお行儀が悪いじゃないか」
 元々は、ヨサークの機嫌を直すため目の前の生物を手懐け、引き渡そうと思っていた呼雪の考えは変わった。その前に、調教の必要があるな、と感じたのだ。呼雪はごそごそと鞭を取り出すと、空中でそれをしならせた。
「まぁ、うん。食べ物で懐柔はやっぱりうまくいかないよね。捕獲を手伝うよ」
「アレを捕まえれば、だんちょも名が上がってもっとすごくなるんだな! だったら、ヌウも頑張って手伝う」
 それが合図であるかのように、ふたりのパートナー、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)ヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)が飛び出した。
「呼雪、サイコキネシスを頼むよ」
 ヘルの言葉を受けた呼雪が、手を動かす。するとオラウンコの周囲にあった枝が不自然な動きを見せ、オラウンコを驚かせた。同時に、ヌウも大げさに飛びかかることで彼らの意識を逸らす。そうしてヘルへの注意力が散漫になったところに、彼がそっと気配を消し近寄った。その手には、リードが。そこからヘルは、素早い動きでオラウンコの首にそれをかけた。
「!?」
 巧みな連係プレーで首輪をかけられたオラウンコは、ぐいぐいと引っ張って取ろうとするがそう簡単には外れない。と、目の前に影が塞がった。呼雪だ。
「さて、お行儀の悪いペットには、しつけが必要だな……」
 ペシペシ、と手で鞭を遊ばせていた呼雪は、腕を大きく上げると、そこから素早く振り下ろした。ぴしっ、と小気味良い音がオラウンコの体から鳴る。
「あおうっ」
 スナップを利かせた呼雪の鞭は、絶妙な力加減でオラウンコを叩いていく。何度か鞭をしならせた後、呼雪はオラウンコの顎を鞭の先端でくい、と持ち上げて言った。
「なんだ? こんなことで喜んでいるのか? 野生動物の癖に、とんだ変態だな」
「へ、変態はそっち……」
 反論しかけたオラウンコだったが、呼雪が再び鞭で叩いたためその言葉は遮られた。
「逆らっちゃダメだ。ちゃんと言うことを聞けば、痛くないし褒めてもらえるぞ」
 オラウンコのそばではヌウが虎型に戻り、お手本を見せようとしているがオラウンコはそれどころではない。
「こんな変態ではもう群れに帰れないな……俺たちについてくるか?」
「つ、ついていかないです勘弁してください」
「ん? 聞こえなかったな。もう一度聞こう。俺たちについてくるか? ついてくるなら、オラワンコとしてかわいがってやる」
「……呼雪が荒ぶりすぎているような。でも、たまにならイイかも……」
 そばでは、ヘルが胸を押さえて熱い視線を呼雪に送っていた。オラウンコは思う。
 なんだよ、結局人が変わっただけで、みんなして僕にやりたい放題するのかよ、と。
 武に暴言を吐かれ、ロイには勝手に改名され、呼雪にはSMプレイを食らっているこの状況に、オラウンコはもう観念した。
「もう好きにしてください……」
 す、とオラウンコが頭を下げた。こうしてオラウンコは無事、探検隊によって保護されたのだった。なお、手懐けられたオラウンコの呼び名をウンコにするかアクリトにするかオラワンコにするかで彼らはこの後、真剣に話し合ったらしい。