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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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chapter.8 Boys & Girls 


「ようやく見つかったな……」
 その頃ヨサークは、森の中を歩き続けた末、川を発見していた。思い描いていた通り、そこには橋も架かっていた。その橋の先にある対岸までは30メートルほどはあるだろうか。橋のそばまで近づいて下を見下ろすと、流れる川までの高低差もそこそこにある。
「あとは壊さねぇ程度に木をちょっと借りて……ん?」
 既にアグリは救出されているため最早意味がない行動といえばそれまでなのだが、それを知らないヨサークは作業に移ろうとする。と、その時、彼は橋の真ん中あたりに誰かが立っているのに気付いた。
「誰だ、あれ」
 ヨサークが足を踏み出し、橋を進む。おぼろげだったシルエットが輪郭を帯び、やがてそれは明確な形となって彼の目に映った。異様なまでに髪を盛り、季節外れの装飾品をあしらっているその女性は、ある意味珍獣よりも奇怪な姿をしていた。やや日焼けした肌は健康的に見えるが、その雰囲気はあまり素行が良さそうには見えない。
「……誰だおめえ」
 そう尋ねたヨサークに、女性は乱暴な口調で返してきた。
「ハァ? このあたしに誰とか、知らねーのかよ……つか、オメーこそ誰だよ、おっさん」
 そこから、ふたりの罵り合いが始まる。
「おいクソ盛り。聞いてんのは俺だ。答えねえならどけ。それか死ね」
「あぁ!? なんだコイツ?」
「……どうやら、ここまで女こじらせると、会話もできねえみてえだな」
 皮肉めいた言葉すら相手にせず、女性は話題を変えた。
「つかさー、さっきからマジ暑いんですけど。おっさん、近所の人でしょ。どっかに自販機とかコンビニない?」
「あぁ? 知るかボケ! つうか俺は近所の人じゃねえ! 空賊だ! このへん住んでそうなのはどっちかっつうとおめえだろ」
「超ウソだし。うちの近所のおっさんも夏はそーやって腹だしてその辺うろついてるし。ぜってー近所だから」
 ちょっと小馬鹿にして笑う女性。
「おめえヨサーク空賊団を知らねえのか、あ!? 俺はその頭領だぞ!」
「知らねーし。つか、空賊とか言ってマジなにそれ。フリーターかなんか?」
「空賊は空賊だ! 空飛んでんだ! なんならその前に農家だってやってんだ。手に職持ってんだ! フリーターはおめえだろ? いや、むしろニートだろ」
「あたしのことはどーでもいいんだよ。つか、おっさん農家かよ」
 女性はまじまじとヨサークを上から下まで見つめ……指を差してゲラゲラ笑いはじめた。
「マジウケる。てか、農業とかありえなくね? 朝とか超だりぃし!」
「……あ?」
 ヨサークの眉がぴく、と動いた。
 昔、農家時代に付き合っていた恋人に偶然同じセリフを言われたトラウマが、彼の中で呼び起こされる。
「おい、いい加減にしねえと耕すぞ……!」
「耕す!」
 言葉尻を捕まえ、ヒーヒー笑う女性。
「ちょっと農民用語マジ勘弁! マジ勘弁!」
「おめえこそ汚ねえ渋谷語使ってんじゃねえ! さっさと渋谷帰って、道玄坂あたりで飲み屋の男にしつこく絡まれてろ!」
「かっぺのくせに渋谷とか言ってら。どうせ渋谷行ったことないくせに」
「あ? 渋谷くらい行ったことあるっつうんだよ! おめえみてえな髪した女がうじゃうじゃ歩いてたぞ。代表しておめえに言うが、その髪を爆発させてんの、一切似合わねえし気持ちわりいからな」
「あ?」
 その言葉に、へらへら笑っていた女性の表情が凍りついた。
「あたしの髪がザザエさんみてぇつった今?」
「耳クソ溜まりすぎてて聞き違いしたかクソ盛り。誰がそんな危ねえ単語出したよ」
 ちなみに「ザザエさん」とは、空京で放映されてるザザムシが主人公の国民的アニメのことであるらしい。
「オメーほど溜まってねぇよ、農民。あたしの頭をバカにしやがって……オメーみてーなドイモにゃ最先端はマジ理解できねーんだよ。クソみたいな色のコート着やがって、どこの女にもだっせーって相手にされねーんだろ、おっさん!」
「勝手に決めつけてんじゃ……!」
 そこまで言いかけて、ヨサークは口を閉ざした。
 脳裏に浮かんだのは、まともな会話すら交わさず目の前から走っていったさけだった。平静さをなくしたヨサークは、一層語気を荒げた。
「うっせえクソ盛り! 短足! 色黒! ゴリラ!」
「……んだと、この小作人! クソイモ! アラフォー! ペド野郎!」
「メガネ! ギャル好き! 変態!」
「痩せ身! タイツァー! 変態!」
 大自然も台無しの低レベルな罵声合戦……そして、イライラが最高潮に到達、ふたりは鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「二度とあたしの前に顔見せんな、小作人! センター街で見かけたら、マジフルボッコにしてやっかんね!」
「おめえこそ、俺らの畑に入ってくんな汚ギャル! その髪を脱穀されたくなかったらな!」
 最後の瞬間まで火花を散らせた二人は、やがてゆっくり踵を返し、それぞれ来たほうに橋を戻る。
 こうして、シボラでの奇妙な二人の奇妙な邂逅は終わりを告げた。



 ふたりが舌戦を繰り広げる少し前。
 つまり彼らが橋の上で出会う前、その橋の下でも小さなドラマは起こっていた。
「レンさん! 気持ち良いですよ!」
 川辺でパチャパチャと音を立て、裸足を水に浸しながらノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)がはしゃいでいる。それを穏やかな視線で見つめるのは、契約者のレン・オズワルド(れん・おずわるど)だった。彼は、その手に釣り竿を持っていた。
「水の音、風の音。都会では聞けない、自然の音がここにはあるな……」
 ふたりは、完全にアウトドア気分満載だった。もちろん理由はある。
 珍獣の森に来た以上、探索活動に精を出すのも理解は出来る。ただ、郷に入っては郷に従えと誰かが言っていたように、その土地の風土に合わせた行動をするのが大切だと、レンは思っていたのだ。珍獣探しに熱中するあまり、結果彼らの生活を荒らしてしまうというのは彼の望むところではなかった。
 その結果辿り着いた行動が、川辺での釣りであった。
「なかなか釣れないな……まあ、こうしてのんびり楽しむのも良い」
 レンが竿をしならせる。柳の木の枝でつくった即席の釣り竿だったが、それなりに機能しているようだ。
「釣りというのは、竿の長さと糸全体の長さがほぼ同じであることがポイントだ。糸は細くて丈夫なものなら、なんでも構わない。ウキはまあ……適当な廃棄物などで代用するとして、オモリだな。これは石や貝殻を使うしかあるまい。エサは昆虫がたくさんいるのだから問題はないな」
 何やら急に解説めいた口調で、レンはぶつぶつと独り言を言い始めた。どうやらそれなりに釣りについての知識はあるようだ。ただまあ、珍獣の生活に配慮した結果、川辺にいる昆虫をエサに使うのかよという突っ込みがなんたら団体から入りそうな気もしないでもないが。
「レンさん!」
 そうこうしているうちに、ノアから声がかかった。レンが彼女の方を向くと、そこには驚くべきことに、見慣れない生き物がいた。
「見て! 珍獣だよ!!」
 こんなところにも珍獣は出るのか。感心したような顔でレンがその生物をまじまじと見つめる……が、どうもその生き物は、珍獣とカテゴライズするにはやや不適切なように彼には思えた。
 子供のような体型で、緑色の体をしたその生物は、短いクチバシと亀のような甲羅を持ち、手足は水掻きを備えていた。何より一番目につく特徴として、頭頂部に皿が乗っていた。一言で言うと、河童である。
「いや、珍獣というか、妖怪……」
 なんでもありか。レンがそう心の中で呟く一方、ノアはキュウリを差し出し、食べさせようとしていた。今のところ害はないようなので好きにさせていたレンだったが、直後、彼らが予想だにしていなかった事態が起こる。
「ーーーっ!」
 突如奇声を発したのは、河童だった。何事かと思い河童の方を見たレン。と、河童は橋の上を指差し、慌てていた。同時にその方向に目を向けていたノアが、大声を出す。
「橋から、人が!!」
 見上げると、確かにノアの言う通り、橋の上から人影がふたつ、真っ逆さまに川へと落下していた。直後、ばしゃあっ、と激しい水音と飛沫を上げ影は川の中へ消えた。
「なんだ……いや、今はそれどころじゃあない。人命救助だ」
 レンはその手にあった釣り竿を、沈んでいった地点に放る。すると川から浮かび上がった人影が、大慌てでそれをぎゅっとキャッチした。何やら鎧姿の者と、泥を水面に浮かばせた者の二名だ。果たして橋の上で何があったのか、それが語られるのは別の物語である。
「これに掴まれ!」
 その後どうにかレンに救助されたふたりは、「あんなにボコボコにされるとは……」などと意味不明なことを呟いていたという。
 ちなみにノアとレンが目撃した河童は、この落下騒動のせいですっかり存在を忘れられ、ひとり淋しく上流へと帰っていったという。