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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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chapter.5 アグリ救出作戦 


 無事オラウンコの邪魔立てを防いだ生徒たちだったが、まだ問題は残っていた。そう、肝心のアグリがまだ救出されていなかったのだ。
「どうしようか、これ……」
 アグリを囲む生徒たちが、一様に悩んだ表情を浮かべる。ぬかるみの中心でアグリは「申し訳ない」といった雰囲気でブイイン、と力なくモーター音を鳴らしている。
「ぬかるみってのは、一流の武芸者でもそれに足を取られて格下との決闘に負けることだってあるくらい怖いものだからな……」
 そう呟きながら、国頭 武尊(くにがみ・たける)は神妙な顔つきでアグリを見つめた。
「だから、調子に乗っちまったアグリが、うっかりはまって動けなくなっちまっても、仕方のないことだと思う」
 悪いのは、むしろぬかるみに気付けなかった自分たちだ、とでも言うように彼はアグリに頭を下げた。
「ごめん、アグリ。ぬかるみに気付いてやれなくて」
 武尊が謝罪したのを見て、合わせるように周りの生徒たちも目をとじ、頭を下げる。黙祷かよ! とアグリのつっこみが聞こえてきそうである。
「さて、アグリの助け方についてだけど……」
 気持ちを切り替え、武尊が周囲に話しかけるように口にする。
「彼の体重は、500キロは超えていると思う。それを考えると持ち上げて……ってのは難しいよな。サイコキネシスで浮かせるのも厳しそうだし……何か案があるヤツはいないか?」
 言って、武尊が見回す。
「たとえ500キロあっても、持ち上げるしかない! 俺の超人的肉体を使えばなんとか……!」
 そう言って名乗り出たのは、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だった。前回アグリに乗り運転した正悟としては、どうにかアグリを助け出してあげたいのだろう。さらに、アグリを助けようとする者が他にも現れる。
「やはり、何とかして引き上げないといけませんねぇ。念のためにと持ってきたこのロープをそれぞれ木とアグリ様に結んで、引っ張ることが出来れば……」
 20メートルほどのロープを腕に巻き、そう言ったのは風森 望(かぜもり・のぞみ)だ。
「つまり、下から持ち上げつつも、同時に上から引っ張るって寸法か」
 ふたりの意見を聞いた武尊がまとめるが、問題がそこにはあった。そう、下から持ち上げるということは、その者もぬかるみに潜らなければならないということだ。
「誰も手伝わなくても、俺が救いだして見せる!」
 熱い心意気を見せる正悟。彼はどうやら自分ひとりでもぬかるみに入り、アグリを助けるつもりらしい。しかし目の前でこれだけの熱意を見せられて、望も負けてはいられなかった。
「お嬢様、私とおせんちゃんは上から引っぱりますので、お嬢様は下から……」
「分かりましたわ! わたくしの金剛力ならこれくらいのイベント……もとい、仕事は簡単にクリアできますわ!」
 元気よく、パートナーのノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が答える。
「では、かけ声をかけて、力を合わせてアグリ様を助けましょう」
 望が木にロープをくくりつけ、もう片方をアグリに結ぼうとした時だった。
「……コンバイン、捕縛できません」
 レインボーブリッジ封鎖できません、みたいな感じで望がそう漏らした。確かに、つるつるした機体と大きなボディは、ロープで縛るには適していないかもしれない。
「これが出来ないとなると、最悪機晶爆弾を使って爆発の威力でアグリを脱出させるしか……」
 武尊が何やら物騒なことを言い出し、アグリはライトを横に振った。そもそもこの男手の少なさでは無理があったのか。そう生徒たちが思った時、辺りに声が響いた。
「うろたえるんじゃあないッ! ドイツ軍人はうろたえないッ!」
 言葉とは裏腹に、目を泳がせながら登場したのは弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
「ぐ、軍人ではなく貴族ですわっ」
 ノートがすかさず反応する。むしろドイツ部分は合ってるのかよ、と言いたいところだが。だが総司はそれが言いたかっただけなのか、深くノートには関わらず、その場にいた者たちに問いかけた。
「問題だ。ぬかるみにハマったアグリを、どうやって救出する?」
 さっきそれオレが聞いたぞ、と武尊は心の中で呟いたが、口には出さなかった。それが武尊の優しさだったのかもしれない。そして総司は、周りに聞いておきながら自分の中で考えをひとりでまとめだしてしまった。
 この問題は、3択だ。選べるのはひとつだけ……。
 答え1・実はアグリは外装をパージすることが出来て、身軽になって脱出できる。
 答え2・仲間が来て助けてくれる。
 答え3・ぬかるみから抜け出せない。現実は非情である。

 総司は頭をフル回転させ、正解を導き出そうとする。2は、みんなで一斉に持ち上げればなんとかなりそうな気も……みんなで持ち上げるということは、ここにいる女の子と共同作業になるから、密着してあんなトラブルやこんなトラブルが……。
 次第にあらぬ妄想を膨らませる総司。もう彼の中で、答えは決まったようなものだった。
「答え2 答え2 答え2……」
 瞬間、総司の鼻息が荒くなった。
「はい、キミはこっちね。で、キミはここ」
 無駄に俊敏な動きで彼は、正悟や武尊、望、ノートを配置していく。その配置とは、ノートが総司の真横に配され、他の3名が反対側で引き上げる役目を担わされる位置だった。
 こいつ、それが目当てだったな。
 その場にいた全員が総司の悪巧みを察し、冷たい目で彼を見る。その中でも一際凍てつく視線を放っていたのは、望だった。
 なんとなく、女性をそばにおいて良からぬ雰囲気になりたかったんだなあということは分かる。分かるけれど。
「アレですか、胸が大きくなければ、女性ではないと」
「さあ、アグリを救出だ!」
 微妙な空気が流れる中、彼らはアグリを上から下から引っぱり、持ち上げようとした。
「う……結構深めですわね」
 ぬかるみに体を浸したノートが言う。総司は横目でその様子を盗み見て、興奮を覚えていた。
 これだ、と。女性の体がどろどろした液体に沈んでいくこの様は、素晴らしいと。しかし、総司はこの後、この配置にしたことを後悔する。
「では、持ち上げますわよ! そぉい!!」
 ノートが体をアグリに密着させ、力を込める。総司の予定では、ここでアグリの機体に押し付けられた胸が形を変えていき、その変化を楽しめるはずだった。が、実際にはノートの体は肩まで泥に塗れており、胸などまったく見えなかったのだ。がっかりしてテンションの下がった総司を尻目に、他の生徒たちはいたって真面目にアグリを引きずり出す。
「せぇの……っ!」
「そぉい!」
「もう1回!」
「そぉい!」
「あと一息!」
「っそぉい!」
 どうも、ノートが孤軍奮闘しているように聞こえるが、実際にはちゃんと武尊も正悟も、望も上から引っ張り上げている。そして。
 ずぼ、とアグリの体がぬかるみから出る音が聞こえ、一同は歓声を上げた。
「やった! アグリが助かった!」
 どうにか彼をぬかるみから出すことに成功した一同。爆弾とかロープとかに頼らずとも、根気良く力を加え続けていれば解決できた問題だったらしい。
「良かったな、アグリ」
 一安心し、アグリに触れる武尊。アグリも「どうなることかと思った」と落ち着きを取り戻す。そこに、総司のパートナー、アズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)がやってきて、何を思ったか、突然アグリに乗り込んだ。
「おめでとうアグリ。さて、前から一度乗ってみたかったのよね〜」
 のんきに言ってのけるアズミラ。どうやら助かったばかりのアグリだったが、休むことは許されないようだった。
「脱穀ドリフトーっ!」
 ハンドルをグリグリ回しながらアグリで遊び始めるアズミラ。それを目にした正悟は、「アグリに乗るのは自分だ」とでも言うようにアグリに駆け寄ると、アズミラを無理矢理どかしアグリへと乗る。
「アグリさん、貴方には大事な役目があるんです。脱穀ドリフトなんてしてる場合じゃありません。そう、ここにいる珍獣に関わる人たちが妙な病気などを貰わぬよう、農薬で消毒しなくては!」
 農薬で消毒という理論がまったく意味不明だが、正悟はもう農薬を散布する気満々のようだ。前回そうしたように、足元のレバーを蹴る格好をとっている。
「えい! えい!」
 正悟が勢い良くレバーを蹴ると、アグリから白い農薬的なものが撒かれた。同時に、正悟はレバーを動かしアグリの向きを変えていく。心なしか、男性陣を避け、女性陣に白いものがかかるよう動かしている節がある。どうにか逃げ続けていたアズミラと望だったが、その時新たな標的が発見されてしまった。
 それは、アグリの代わりになかなかぬかるみから抜け出せなくなっていた総司とノートである。
「てぇぇぇい!」
 正悟が再び勢い良くレバーを蹴ると、白い液体状のものがふたりに降り注ぐ。ぬかるみにハマったまま抜け出せないでいる総司とノートは、それを頭から被ってしまった。顔に白い液体がかかってしまったノートを見て、同じ被害者であるはずの総司ですらどういうわけか興奮を覚えていた。が、もちろん当の本人はとばっちりもいいところである。やりたいことをやりきった正悟は満足し、残っていた白い液体を袋に詰めて去っていった。総司は、自分も泥まみれ、白い液まみれになっていることなど気にせず、ノートをただ見つめている。
「こいつぁグレートだぜ……」
 変人しかいないことに憤りつつ、ノートは「早く、今度はわたくしを出すのですわ」と周囲に助けを求めていた。
「これが珍獣……もとい、珍ヴァルキリーか」
 その様子を見ていた望のもうひとりのパートナー、伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)はぽつりと呟いた。
「ちょっとっ、くだらないこと言ってないで早くっ……!」
「というか、氷術などでぬかるみの下から氷の壁をつくれば、簡単に助け出せたのではないかの?」
「な、なら今それを……っ」
 腕を大きくバタバタさせ、もがくノート。その後もちろんノートと総司は無事救出されたが、ふたりとも、全身泥と液体まみれになってしまっていた。
「見事なまでに泥だらけじゃのぅ」
「……着替えがほしいですわ」
「着替え? そのようなもの、この仕事には不要と思い、置いてきたぞ? まぁ仕方ないのぅ……どこかで替えになるものを探すとするかの」
 言って、ノートたちもまたどこかへと歩いていった。残った武尊は汚れきった総司、そして上に乗って遊ばれたアグリを見てぽつりと呟いた。
「……なんか、大変だな」