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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

リアクション


chapter.12 ドクモとの触れ合い(3) 


「す、すごい……! アレがプロのお仕事……!?」
 写真を撮る静麻、そして撮られるドクモとリナリエッタを見て、感心しきっているのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)だった。
「あの素敵なスタイル、さりげないポージング、撮影って、こんなに奥が深かったなんて……!」
「沙幸さん、せっかくの機会ですし、経験させてもらっては? なんなら、わたくしが撮ってあげますわ」
「ほ……ほんと?」
 沙幸は、グラビアアイドルを目指していた。そんな彼女にとって、カメラで撮られるということは今後の生活において重要なファクターとなるものと言っても過言ではない。そういう意味では、今目の前で起こっているこの状況は、大きなチャンスだった。なにせ、プロと一緒に仕事が出来るのだから。
「ちゃ……ちゃんと撮影してね、ねーさま」
「うふふ、もちろんですわ。さあ、いってらっしゃい、沙幸さん」
 パートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)に背中を押され、沙幸は飛び出した。渦巻く戦火の中、輝かしい舞台へ。
「わ、私にもポージングを教えてくださいっ!」
「こ、今度は何?」
 自分たちの前に現れた沙幸に一瞬戸惑った彼女らだが、この混沌とした現状が吉と出たのか、彼女たちはもうある程度の非日常を受け入れるようになっていた。
「撮られたいってこと?」
「撮られたいっていうか……将来、グラビアアイドルになりたいんですっ! だから、かわいい撮られ方とかがあったら教えてほしいなって」
「なるほどね……」
 ファッション誌とグラビア誌では畑が違うのは事実だ。がしかし、カメラに対する姿勢には共通するものも少なくない。そこで彼女たちは沙幸に、ポージングの基本をレクチャーした。
「女の子は、ボディラインをうまくアピールするのが大事なの。出すところは出して、引っ込めるところは引っ込めて。グラビアだったら、猫とかの動物を意識するとコツを掴みやすいかも」
「出すとこは出して、動物を意識……」
 言われたことを反芻し、沙幸は早速実践に移る。くねっと腰を曲げ、前屈みになることでバストとヒップをアピールしながらも、全体的に丸くなるようなフォルムをつくることも忘れない。
「飲み込みが早いのね。あとは経験さえ積めば、立派な愛され女子になれると思う」
「ほ、ほんとっ!?」
 ドクモに褒められすっかり気を良くした沙幸は、次々とその旺盛なサービス精神で胸やお尻をアピールする。
「あらあら……まさか脱がなくてもここまで色っぽさが出るなんて思いませんでしたわ」
 手持ちのデジタルビデオカメラで、美海が沙幸を撮りながら言う。
 と、その彼女の視界に新たな人物が入り込んだ。ドクモと沙幸の間に入るように現れたのは、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)とパートナーの早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)だ。
「ほらみこと! せっかくドクモが講習会開いてくれてるんだから、みことも!」
「え、だってボクはこういうのは……」
「あら、その子もポージングを習いにきた子?」
 蘭丸にぐいぐいと背中を押され、みことはおずおずとドクモの前に立つ。投げかけられた質問にみことは、軽く首を振った。「?」と不思議そうに見るドクモたちに、蘭丸から説明がされる。
「あのね! なんだかすっごいお洒落なファッションの子たちが撮影会してたから、あたしたちもちょっとでいいから、その服着てみたいなーって思ったの! ほら特に、この子なんか素材はいいのに、なんか地味だから。ねえ、お願いっ!」
 どうやら、蘭丸が言うには、ドクモたちのお洒落ファッションに感化され、自分たちも着飾ってみたくなったとのことだった。
「うーん、確かに、ちっちゃくてかわいい子だけど、雰囲気がまだ垢抜けてない感じかなあ」
 いつの間にか、ドクモたちはみことを囲んでいた。
「こういう清楚系だったら、白のワンピとか似合いそう!」
「あー、分かるー! あと、明るいドット柄のとか!」
「それいいかもー!」
 言うや否や、どこからかドクモは目当ての衣装を取り出し、みことに合わせ始めた。
「ほら、やっぱり似合うよ! 上からでいいから、着てみて着てみて!」
「ボ、ボクに似合うか分かりませんが、それでは……」
 性格的に人が言うことを鵜呑みにしやすいのか、みことは言われるがまま、それに首を通した。用意されたそれは思っていたより丈が短く、みことは頬を赤らめた。
「うわぁ、これはかなり恥ずかしいです……それに、えっと……」
「ああ、やっぱ素敵! このギリギリの短さが秘密を隠しているって思うと……至福の時だわ……!」
 みことの声を掻き消すように、蘭丸が興奮して飛び跳ねながら喜ぶ。ついでということで蘭丸もまたドクモに衣装を借り、ふたりはすっかり流行のファッションに身を包んでいた。
「ら、蘭丸、なんか写真撮られてるよ……」
「いいじゃない! 記念になるし、どんどん撮ってもらいましょうよ!」
 モデルが増えたことで、静麻はより一層カメラマン魂を燃やし撮影に挑んでいた。そばでは、美海が沙幸の専属カメラマンとして彼女だけを一心不乱に撮影している。
 が、さすがにドクモ5匹とリナリエッタ、そしてみことに蘭丸と被写体が増えすぎたのか、静麻に疲れが見え始めてきた。それを察し、新たにドクモと接触を試みたのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。
「このままだと、カメラマンがきちんとモデルを撮りきれなくて、彼女たちが満足できないんじゃないかな」
 モデルは撮られることで気分が高揚し、満足感を覚える。そう思っていたエースだったが、このままではそれが成し遂げられないのではと懸念していた。
「カメラマンとモデルのバランスが問題なんだな、きっと。あれじゃ俺たちとの完璧な友好関係は築けない」
 そう言うとエースは、パートナーのエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)を呼び寄せ、ある案を告げた。
「エオリア、たしか活動記録用にデジタルビデオカメラ持ってきてたよな? それで彼女たちを綺麗に撮ってくれ」
「エースは撮らないのですか?」
「俺は、ちょっとあっちに行って気分を盛り上げてくる」
 そう言うと、エースは「じゃあ頼んだ」とだけ言い残し、ドクモたちの元へ走っていってしまった。
「まさか、こんな形でこれが役に立つとは……それはそうと、やっぱり僕も撮る時はああいう風に褒めながら撮った方がいいんでしょうね」
 エオリアは、息を切らしながら撮影を続けている静麻を見る。
「そう……そのまま! その笑顔だ! 出来るならもっとはにかんで!」
 つつ、とそのまま視線をずらすと、エースがドクモたちと話しているのが見えた。彼は、ドクモのひとりひとりに花を手渡していた。
「その素敵な服には敵わないかもしれないけど、この花をどうぞ」
 落ち着いた振る舞いで、端正な顔立ちの青年に花を貰ったドクモたちは、自然とテンションが上がった。
「可憐な君たちになら、似合うと思ったんだ。やっぱり、その笑顔と良く馴染んでる。かわいいよ」
 歯の浮くようなセリフだが、不思議とエースが言うとしっくりくる。イケメンとはなんとずるい生き物なのだろうか。
「なんか、王子様みたい」
「あたしこういう経験初めてかもー」
 ドクモたちはより顔を綻ばせ、花の匂いを嗅いだりしている。それは、エースの狙い通りの展開だった。
 可憐な花を讃えるように、かわいい女性には相応の称賛を。彼はそれを、男の務めだとすら考えていた。クモの遺伝子があるということは多少皮膚がカチカチだったりするのかな? という疑問も頭の隅にはあったのだが、美しい女性を目の前にした彼は、そんなことを気にするのはナンセンス、とばかりに脳内から追い払った。もう彼の頭にあるのは、女性に気持ち良くなってもらおうという精神だけだ。
「あっ、その花を持って笑っているところ、いいですね! 表情も素敵です!」
 エースの行動に応えるように、エオリアは魅力を引き出そうと、褒め言葉を口にしながらシャッターを切っていく。これでカメラマンが静麻、美海、エオリアと3名になり、モデルも充分な数が揃っている。なおかつ、ベファーナが照明係、エースがプロデューサーとなることで場はいよいよ本格的な撮影会へと姿を変えた。
「……もういいです、瑠璃。どうやらむしろ場違いは遙遠たちの方かもしれません」
 しばらく爆撃を続けていた遙遠と瑠璃も、これ以上は無駄だと感じたのか、弾の乱射を中断した。もはや後は撮影会が無事終わるのを待つだけ……だったはずだが、ここに新たに、さらなる芸術を生み出そうという者が現れた。
「う〜……!」
 撮影会の様子を、何やら羨ましそうに見ているひとりの女性。彼女は何度かそうやって体をうずうずさせると、やがて我慢できないといった様子でがばっと立ち上がり、大声を上げた。
「もうダメ〜! 我慢できないわあ〜! 絵を描かせて〜!!」
 そう言って画材を取り出したのは、師王 アスカ(しおう・あすか)だった。彼女はモデルという、絶好の創作対象を前に、芸術家としての衝動が抑えきれなかったようだ。
「さあ、そのままポーズ止めて! 最高にかわいく描いてあげるからぁ!」
 アスカは目まぐるしくポーズを変えていたドクモらの姿勢を止めると、そのまま素早い動きで鉛筆を走らせた。
「いい! いいわ〜! 素敵よ〜!! そのまま、みんなの視線をカメラと思ってちょうだ〜い!」
 カメラと思って、というか実際にカメラが何台もあるのだが、絵画に夢中な彼女はもうすっかり他のことが目に入っていないようだった。そのため、他の撮影者が「撮影会はマナーを守るもんだろ……!」と睨みをきかせていたが、オール無視である。芸術家とは、このくらいエゴを前面に出した方が大成するのかもしれない。ただ、そのエゴゆえ、アスカはさらに突拍子もない行動に出てしまう。
「そうだ! せっかくだから衣装も替えましょ〜! これに着替えて〜」
 なぜかドクモ用に衣装を持ち込んでいたアスカは、それを彼女たちに差し出した。衣装チェンジ。これは撮影会には必須イベントということもあって、さっきまで不満を露にしていたカメラマンたちも「やるじゃないか」とアスカを見直していた。
「ああもう、素敵すぎる……!」
 興奮が収まらないアスカのそばでは、パートナーのルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)も別な意味で興奮していた。
「メジャー教授! また会えるとは思わなかった! 夢のようだ!」
 前回の遺跡探検の時もだが、彼は数少ないメジャーファンのひとりなのだ。従って、このくらいテンションが上がっていてもおかしくはない。ルーツは前回の探検についてレポートをまとめたらしく、それを読んでほしいとメジャーの手を取り熱く語っていた。そんなふたりのそばで呆れていたのは、もうひとりのパートナー、蒼灯 鴉(そうひ・からす)だ。
「相変わらず、このふたりのテンションにはめまいがする……いや、しっかりしろ、俺」
 ここで俺が諦めたら、このふたりはさらに暴れるだろう。そう確信している鴉は、自分が最後の砦なのだと言い聞かせ、テンションの上がりきったアスカを戻そうとする。
「なあおい、よく考えろ、こんな秘境で服着る珍獣なんて存在するわけないだろ? どう考えたって人間だから、あれ!」
「何言ってるの〜? ほら、こんなに素敵な珍獣が」
「いや珍獣って認めるなよ! いくら何でもありと言っても、これはダメだろっ!?」
「ってゆーか、珍獣がどうとかじゃなくて、ドクモを世界に羽ばたかせて何が悪いのっ!? なんなら、うちに欲しいし! 連れてこうよ!」
 とんでもないことを言い出したアスカに、鴉は頭を抱えた。そして、諦めた。「もう好きにしてくれ」と。アスカはその言葉を額面通りに受け取ったのか、ドクモに近づくと、電卓片手にあろうことか交渉を始めてしまった。
「ドクモ、私の絵の専属モデルにならない? 今ならこれぐらい弾むけど、どう?」
 夢にまで見た専属という言葉に、ドクモの心がぐらつく。それを見て勝算アリと踏んだアスカは、気が変わらないうちに契約させてしまおうと、荷物から契約書を取り出した。
「じゃあ、これにサインを……って、あれ?」
 が、彼女が出した契約書にはなぜかもう、サインが記入されていた。J・Jと書かれたその文字の隣には、ご丁寧にゴリラの絵が描いてある。どうやら別な誰かの契約書と間違ってしまったようだった。
「何これ……?」
「文字だけ見たらどこかのファッション誌っぽいけど、なんでゴリラの絵……?」
「もしかしてこれ、ゴリラスナップ専門の契約書!?」
 ざわつき出すドクモたちに、アスカが必死に弁明する。
「ちっ、違うの〜! これは間違って……!」
 しかし一度与えた不信感は拭いきれず、契約は白紙になったのだった。

 とは言え、撮影会と写生大会を無事こなした生徒たちとドクモの間には、もう充分すぎるほどの友情が芽生えていた。唯一、鮪が異常なまでに避けられているくらいである。一番攻撃していた遙遠と瑠璃よりもドクモたちが怯えていたことに、鮪は微妙に納得いっていない感じではあったが。
「ありがとう、楽しかった」
 ドクモたちがお礼を言うと、蘭丸が最後に言った。
「そうだ、せっかくだし、記念撮影しましょ! みんなで!」
 名案、とばかりに生徒たちは賛成し、一ヶ所に集まった。
「よし、じゃあ撮るぞ……!」
 最後の気力を振り絞り、静麻がタイミングを合わせる。そして数秒後、カシャ、と音が鳴った。
 こうして、彼らはドクモとの一夏の思い出をつくった。