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リアクション
1章
1.
薔薇の学舎は、奇妙な静けさの中にあった。
霧のむこうに、様々な思惑を隠し、薔薇だけが変わらずに咲き乱れている。
「瀬伊おにいちゃん、これ、何かなぁ?」
古ぼけた本を手に、柚木 郁(ゆのき・いく)は柚木 瀬伊(ゆのき・せい)に近づく。小柄な少年の手からその本を受け取り、瀬伊は注意深く観察をした。背表紙からほつれた糸が飛び出し、今にも崩れてしまいそうな古書だ。
「古い絵本……? 民話の類のようだな」
「絵本なの?」
「ああ。貴瀬、少し見てくれ」
瀬伊に呼び掛けられ、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は顔をあげ、紫の瞳を向ける。
以前のこともある。一見ただの本に見えても、どんな仕掛けがあるかはわからない。慎重に確認をしておく必要があった。
ラドゥの許可をとり、三人はこの図書室で調査をしていた。
貴瀬はエネルギー装置に関してに狙いを絞り、貴瀬は魔道書「レモ・タシガン」について、そして、エネルギー装置とその儀式に関してが主な狙いだった。郁は、そんな二人の手伝いである。
最終的な目的は、一つ。……犠牲者を出すことなく、装置を起動させる方法を見つけ出すこと。
「俺は、絶対に諦めないよ。最後まで足掻いてみせる」
そう、貴瀬は心に決めていた。
そして、貴瀬がそうと決めた以上は、瀬伊も協力を惜しむつもりはなかった。
「貴瀬おにいちゃん、どうかなぁ?」
「反応はとくに無いようだね。……『星と少年』か」
タイトルを解読し、貴瀬は慎重にページを繰る。損傷も多いが、有る程度読むことはできそうだ。
「どんなお話なの?」
郁が寝物語をねだるような口調で尋ねる。貴瀬は真剣な表情のまま、文章をたどった。ややあって、だいたいの内容を把握した貴瀬が口を開いた。
「不思議な力を持った男の子が、強い願いを捧げて、星を手に入れるって話みたいだよ」
「へぇ〜!」
「不思議な力を持った男の子、か」
その言葉は、どことなくウゲンを彷彿とさせる。瀬伊の呟きの意味を察し、貴瀬は頷いた。
とはいえ、具体的な手段としては相変わらず手がかりはない。
「えと、コーヒーを入れたんですけど、いかがですか?」
そこへ顔をだしたのは、リン・リーファ(りん・りーふぁ)だった。
彼女は相変わらず凛々しい男装姿で、パートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)とともに、この図書室で古文書の解読と整理の作業を続けていたのだ。
今ではすっかり、本来の主であるラドゥよりも、この図書室の内部には詳しいだろう。
「いや……」
断りかけた貴瀬は、頭を振りながらふっと息をついた。
「こういうときだからこそ、冷静に……だよね」
そう呟くと、リンへと「ありがとう、ご馳走になるよ」と答えた。
無闇に焦っても仕方がない。一息つくのも大事だろう。
「リンさん、正直助かったよ。俺達だけじゃ手が回らなかったからね」
用意されたコーヒーを前に、貴瀬はリンたちへと礼を言う。
リンと未憂が文献のデータベース化を進めてくれていたおかげで、ある程度分類別に資料をあたることができている。もちろん情報の精査などは今後もまだ必要だが、大量の書物を前に、時間のロスが少しでも減るのはありがたいことだった。
「少しでも役にたったなら、よかったです」
リンはそう答え、未憂も頷いた。
コーヒーの香りが立ち上る中、それでも話題は、どうしても『儀式』についてのことになってしまう。彼らはそれぞれに調べたことを報告も兼ねて話し始めた。……もちろん、周囲に怪しい聞き耳を立てている人物がいないかを、充分注意した上で。
「レモ・タシガンについては、ほとんど情報はないな。わざと抹消されている可能性もあるが……な」
瀬伊は一旦コーヒーで喉を潤し、それからまた言葉を続けた。
「それ以上に厄介なのは、あの装置だな。現状、穴はあるのに弁が機能していない状態だから、ナラカからの死者は湧き放題だ。洞窟の封印を解いた分、地上まで来かねない。それに、儀式が失敗した場合、装置が暴走をし、ナラカへの大穴があく可能性もあるようだ」
つまり、装置を起動させることは、ことこうなった以上は、有る程度必要なことなのだ。問題は、その儀式を失敗させない上で、いかにしてジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)の命を守るかだった。
「『13の星を散らし、捧げよ』か……」
なにか別の解釈、別の方法はないか。それを一同は探し求めていた。
貴瀬の呟きに、一同が押し黙る。立ち上るコーヒーの湯気を見つめ、リンは、ふとラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)のことを思い出していた。かつて、ここで一緒に過ごした彼のことを。
ジェイダスが亡くなるということは、ラドゥもまた死ぬということだ。
その覚悟を、とうにラドゥは固めているようだけれども……。
(もしみゆうが望む事の為に命を投げ出すと言ったら、あたしはそれを肯定するだろうか。……ラドゥ様は、そうなのかな)
リンにはよくわからない。
ジェイダスは、これがウゲンの仕組んだ筋書きなことくらい、わかっているだろう。それでもいいのだろうか。それが、彼の幸せなのか?
本当の幸せが何かだなんてことは、わからない。だが。
(ああ、でもひとつ。パートナーと会えた事はしあわせ。それはほんとう。……それから、あの子と会えたことも)
カフェオレのカップを手に、リンはゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)の姿を思い浮かべていた。
「皆さんの想いが、ジェイダス校長に伝われば良いのですが……」
未憂の呟きに、貴瀬はふと顔をあげた。
「貴瀬おにいちゃん?」
郁が不思議そうに貴瀬を膝の上から見上げる。
「想い……」
もしかしたら。
一番の鍵は、そこなのかもしれない。
少年が星を手に入れるために必要だったのは、『強い願い』。想いと希望。
あの少年がウゲンを密かにあらわし、長い時の中で名もなき少年として物語となったとしたのならば、多くの想いが集まれば、ジェイダスの命のかわりとなるかもしれない。
貴瀬はそう推論を語り、一同を見つめた。
「楽観論かもしれないけど、試してみる価値はあると思うんだよ」
とりあえず、現段階での結論については、貴瀬がラドゥに伝えることになった。同時に、未憂は知人のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)と、以前図書室で同席したアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)に伝えることにした。どこに誰が潜んでいるかわからない以上、情報の扱いには慎重にならざるをえないからだ。
「後は、皆さんを信じます」
リンは凛々しい表情を浮かべ、きっぱりと口にした。
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