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「ブラックコーヒーとチョコレートの組み合わせが好きなんですが、あの方がチョコレートを持ってきていますし、同席をお願いできませんかね?」
 百合園生徒会からの招待で訪れていた樹月 刀真(きづき・とうま)が、同席していた風見 瑠奈(かざみ・るな)と、ティリア・イリアーノに尋ねた。
 刀真が目を留めた人物は、アナスタシアだ。
「話が弾んでいるようですし、こちらに来ていただくことは出来なそうね」
 ちらりとアナスタシアを見た瑠奈だが、あまり乗り気ではないようだった。
「そうですか……。色々複雑な事情もありそうですね」
 そんな彼の言葉に頷いて、瑠奈は百合園の生徒会選挙のこと、守旧派と革新派の対立のことなどを、話して聞かせた。
 そして。
「私は日本の伝統を守りたい……。百合園が今の百合園じゃなくなったら、ホームシックにかかる地球人が多くなるわ。革新派が目指す学校にしたいのなら、百合園じゃなくて、別に学校を建てればいいのに……。ってごめんなさい。恥ずかしい愚痴、聞かせてしまったわね」
「私は元々日本人じゃないから、どっちの意見もわからないでもないんだけどね」
 瑠奈とティリアは、茶菓子をつまみながら、そんな言葉を漏らした。
「白百合会も、団の方も、上級生が引退するから新しい役員を選出するんだってね。あの人や、皆も立候補するのかな?」
 そう尋ねたのは、刀真のパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
「アナスタシアは白百合会役員に立候補しそうよね」
 瑠奈は小さく息をついた。
「うーん、彼女がというより、生徒会長がパラミタ人になったら、色々やりにくそうよね。さすがにその場合は、白百合団の団長は守旧派がいいかなー」
 そう言って、ティリアは瑠奈に目を向ける。
 瑠奈は軽く目を逸らして言う。
「守旧派で団長に相応しい人……。晴海とか」
「何を言ってるんだか」
 瑠奈とティリアは顔を合わせて、苦笑した。
 2人はまだ、重職に立候補は考えていないようだった。
「皆は、百合園をどう思っていて、これからどんな百合園を目指していきたいの?」
 月夜は刀真が持ってきた磁器の珈琲カップセットに、瑠奈が持ってきた珈琲を注ぎながら皆に尋ねた。
「地球で、パートナーと会って契約を結んで。私達の多くは、その大切な人となったパートナーの願いをかなえるために、パラミタに来たのよね。そして、大切な友達が出来た。素晴らしい先輩達ともお会いすることが出来て……その先輩達が築いてくれた団を、百合園を護っていきたいと私は思ってるわ」
「私も大体一緒かな。加えて、私は刺激的な毎日が結構好きだから。窮屈な地球の家で暮らすより、こっちでの生活の方が楽しいし。今のホームである百合園と、この世界を護っていきたいわ」
 それが瑠奈とティリアの答えだった。
「そうですか……。実は、御神楽環菜が鉄道王を目指すと言い始めまして、百合園の生徒会の皆さんとも、いずれ相談をさせていただくことになりそうなんですよ」
 月夜が淹れた珈琲を飲みながら、刀真は百合園の要人と、その席に集まる者達と雑談に興じていく。
「ミルクいる人はどうぞ」
 月夜は持ってきたミルクをミルクピッチャーの自分の中に入れた。
 それから、自分の席に腰を下ろすと人物観察をしていく。
(今はのんびりした雰囲気だけれど、選挙が始まったら白熱するのかな)
 言い争いや、険悪な雰囲気を感じることは一切なかった。

 頃合いを見て、刀真は瑠奈を庭へと誘った。
「貴女には離宮調査、その後の遺体回収で随分助けられました。……一度きちんとお礼を言いたかったんです」
 静かな場所に2人きりになり。
 刀真はそう言って、表情を軽く崩した。
「ありがとう、瑠奈」
「いえ、お礼を言うのは私達の方です。ありがとうございます。貴方がいなければ、百合園生の中にも犠牲者が出ていたでしょう。アレナさんもまだ戻っては来ていなかったかも、しれません」
 逆に瑠奈は、畏まった表情となり深く刀真に頭を下げた。
「いや、今日は俺にお礼を言わせてください。百合園からの勲章や礼状ならもう受け取りましたから」
 自分が、瑠奈にお礼を言いたいのだと、刀真はもう一度彼女に礼の言葉を述べた。
 そして顔を上げた彼女に、こう言う。
「この前の晩餐会で気丈にも龍騎士と対峙したと聞きました……今までの事もあります、俺が君の為に出来る事があれば遠慮無く言って下さい」
 その言葉に、瑠奈は少し驚いたような顔をして。
 直後に、くすりと笑みを浮かべた。
「なんだか、口説かれているような気がする。あのことを知らなかったら、惚れてしまいそう」
 貴方は本当に頼りになる指揮官だったから、と。
 瑠奈は言葉を続けながら笑っていた。
「あのこと?」
「ルリマーレン家の別荘でのこと」
「……ど、同姓同名の別人ではないでしょうか、それは」
 刀真は軽く目を逸らした。
「そうよね、きっと」
 くすくす笑った後、瑠奈は刀真を見詰めて目を細めた。
「ありがとう。私達は、貴方のことが大好きです」
 礼を言うつもりが、それ以上の礼の言葉を貰ってしまった。
 刀真は複雑に思いながらも――。
 来て良かったと、強く思う。