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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

リアクション


chapter.3 おしゃれの見せ合い 


 パパリコーレ族。
 もうひとつの集落に住むこの部族は、おしゃれへの意欲が人一倍強く、とにかく常識では理解し難い服装で着飾っているのが特徴である。ゆえに、裸でいることなど言語道断、裸族は敵、という意識が彼らの間では根付いていた。
 ベベキンゾ族の方と同様に、このパパリコーレの集落でも、生徒たちは積極的に絡もうという姿勢を見せていた。
 その中のひとり、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、最初に彼らと遭遇した時、言語が通じるか不安で、ボディーランゲージによるコミュニケーションを取ろうとした。が、パパリコーレの者たちに「僕たちちゃんと喋れるから」と冷静に返され、ちょっと恥ずかしい思いをしていた。
「……で、僕たちに何の用?」
 パパリコーレのひとりがロザリンドに問いかける。彼らがロザリンドに敵意を見せていないのは、彼女がその身を過剰に着飾っていたからだ。ロザリンドは、頭からつま先まで、パワードスーツで固めていた。パワードヘルムを被り、パワードマスクを装着し、パワードインナーの上からパワードアーマーを着込み、腕と足にはそれぞれパワードアームとパワードレッグをあしらい、おまけにパワードバックパックまで所持するという徹底っぷりだ。
 しかもなんと今回は、百合園のおしゃれで可愛い制服もアピールするため、パワードスーツに制服の模様を描くというパワードペイントを施していた。まさにパワード馬鹿……もとい、パワード思考によるパワードファッションである。
「皆さんに、美の極致を見ていただこうと思いまして」
「美の極致?」
「興味深いね」
 ロザリンドの一言で、続々と集まってくるパパリコーレ族。やはり美への意識は相当高いものだということが窺える。ロザリンドは自分を囲んでいるパパリコーレの人たちへ、説明を始めた。
「これはパワードスーツと言いまして、機能の美、そして乙女の必需品であるという魂の美も兼ね備えたファッションなのです」
「パ、パワードスーツ……聞いたことないなあ。どこのブランドだい?」
「デザイナーは?」
「ブ……ブランド? デザイナー?」
 思っていた以上の食いつきに戸惑ってしまったロザリンドは、とりあえず何か言わなければ乙女がすたる、と思い思いつきでそれっぽいことを言ってみた。
「ブランドは、フロンティアワークスです。デザイナーは、ええと……パ、パワード! そう、パワードさんです!」
 たぶんどちらも間違っているが、どうやらパパリコーレの皆さんは納得してくれたようだった。
「いやあ、この重量感がなかなかいいね」
「メタリック系は、一周回って今アリな雰囲気だしね」
 自分のファッションが受け入れられつつあることを察したのか、ロザリンドはさらに自身のファッションをアピールする。
「そ、そうです。これが百合園女学院の最新ファッションなんです!」
「なるほど……僕たちと違う国では、こういうのが流行っているんだね」
 ロザリンドの話を聞き、異文化に対する理解をパパリコーレの者たちが深めんとしていた時だった。
「おしゃれを追求してるのは、その人だけじゃないよ!」
「えっ?」
 突然聞こえた声に、パパリコーレとロザリンドが振り返る。そこには、湯島 茜(ゆしま・あかね)が立っていた。彼女の衣装は、全身にドクロをあしらった、一見不謹慎な、しかし見ようによってはアーティスティックとも取れる出で立ちであった。
「あたしは閃いたよ! おしゃれとはつまり、こういうことだったんだよ!」
「ざ、斬新なファッションだね」
「待てよ、でもこれはアリじゃないか?」
 ドクロのみをまとったその姿はシンプルさと底知れぬ闇を同時に抱えており、その奇妙な同居感はパパリコーレたちを感心させた。
「ど、どうしてドクロを?」
 なにげなくロザリンドが尋ねると、茜は自信満々にその理由を告げた。
「おしゃれって言えば、なんとなく神戸あたりかなって! おしゃれな神戸……おしゃれ神戸……おしゃれこうべ……シャレコウベ、というわけだよ!」
「それはもしかして、だじゃれ……」
「ううん、おしゃれだよ!」
 あえて解説をすると、彼女は「おしゃれ神戸」というワードからシャレコウベ……つまりドクロを思い立ち、そこからコーディネートをしてみたというわけだ。
「けれど、ドクロは服では……」
 言いかけたロザリンドを、茜が手で制す。
「これは、おしゃれだよ!」
 なんかもう、おしゃれだよって言えば許されるみたいなオーラを出している茜だが、ロザリンドは自らの衣装が美の極致であると譲らない。
「ドクロでは、裸を通り越して中身が……」
「ばかー!!」
 不意に大声を出す茜。彼女はそこから、いかに自分のおしゃれがコンセプトを伴っているかを説明した。
「たとえば毛皮は、動物の皮を使ってるから動物の裸を身につけているようなもんだし、絹糸だって蚕の分泌物だし! 綿とか麻だって植物だし! つまり何が言いたいかって言うとね、おしゃれとは、生命を身につける行為だってことだよ!」
 彼女の理論としては、それゆえ今の自分は究極のおしゃれ状態なのだそうだ。
 そして今度は、茜が反撃とばかりにロザリンドの格好を見て指摘する番だった。
「ていうかこれ、服じゃなくて防具だよ!」
「いいえ、これはおしゃれです。パワードおしゃれです」
「しかも何だか、防具の上から服が描かれてて痛車みたいになってるよ!」
「痛車ではありません、痛パワードスーツと言ってください。あ、いえ、やっぱりおしゃれと言ってください」
「言わないよ! あたしの方がしゃれてるよ! しゃれこうべだけに!」
「……」
「あれ? 何だか伝わってないみたいだからもう1回言うよ! しゃれこうべだけにしゃれてるってのはつまり……」
 おしゃれ戦争を繰り広げるロザリンドと茜は、一進一退の攻防を繰り返していた。パパリコーレたちは呆気にとられてそれを見ている。
 と、ふたりが言い争っている間に、他の生徒が自然な態度でパパリコーレへ接触を試みているようだった。
「パパリコーレ族の方ですね? 今日は私、せっかくの機会ですから、交流がしたいと思って来たんです。えへへ、服もたくさん持ってきたんですよ?」
 そう言ってパパリコーレに話しかけたのは、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)だ。彼女はアイドルが着るようなコスチュームを身にまとい、手には花束を抱えている。その清楚な様子はパパリコーレ族の若い男性のハートをきゅっと掴んだ。
「まずは、この出会いに感謝を……」
 言って、シーナは目をつむる。おもむろに手を合わせると、彼女は幸せの歌を口ずさんだ。高揚感をもたらすそのメロディーは、ロザリンドと茜のおしゃれ戦争を一時中断させるほど人の気を惹く美声で奏でられた。
「シーナが歌ってるうちに……っと!」
「沢山服を持ってきたから、どれを着るか迷ってしまうわね」
 シーナの歌声に隠れるように、ブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)グロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)が何やらごそごそと荷物を漁っている。ブルックスは何やら派手そうな衣装を持つと、くるりとその場で一回転して「変身!」と明るい声を上げた。次の瞬間、そこには立派な魔法少女となったブルックスの姿があった。
「どう? こういうのも珍しくて良いと思うんだ!」
 ブルックスが魔法少女へと姿を変えている間に、いつの間にかグロリアも衣装替えが終わっていた。彼女が着ていたのは、俗にいうチャイナドレスである。
「珍しいで言えば、これも地球のものだからここでは珍しい方よね」
 アイドル、魔法少女、チャイナ。三者三様の色とりどりな服装に、パパリコーレも思わず「おお……」と息を吐いた。主に男性陣が。どれもパパリコーレ族にはなかった文化だったのか、本来の役割を知らない彼らはこれを「斬新なおしゃれ」と受け取った。
「そのヒラヒラのスカートがかわいいね」
「マホウショウジョ? それ何て雑誌に載ってるスタイルだい?」
「これは計算され尽くしたフォルムだ……美しい」
 パパリコーレはシーナの歌の効果もあってか、満面の笑みを浮かべて彼女たちと手を取り合っている。
「……3人ともすっごい楽しそうですね」
 その様子を、彼女たちの後ろでひとり見守っていたのは契約者のリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だった。裸族側について、3人を嫌な目に遭わせるわけにもいかない。そう判断しこちら側に来たのだが、リュースははしゃぐ3人を見て、あることを思っていた。
「パパリコーレ族と仲良くなるためだそうですけど、これ自分たちが楽しいからやってますよね……あー、休日のデパ地下にいるお父さんって、こんな気分なんですかね」
「え? 何か言ったリュー兄?」
「いいえ、なんでも」
 ブルックスの言葉に首を横に振るリュース。まあ、楽しんでいるのなら問題はないか。そう思っていた彼だったが、この後ちょっとした悲劇が起こる。
「そうだ! お花を持ってきたんだよ! 皆で飾ったりしたらどうかな?」
 ブルックスがそう言って荷物から出したのは、薔薇の花だった。鮮やかなピンクのグラデーションと、白い薔薇の花びらに青い縁取りがある変わり種の2種類がある。
「そうそう、私のこれも、お店から持ってきた花なんです。とーっても綺麗なのを選んできたんですよ」
 シーナが抱えていた花束をパパリコーレに渡すと、ブルックスに続き、グロリアまでもが同じ行動に出た。
「私はボタンという花を持ってきたの。この赤なんか本当に綺麗よねぇ。リュースは花を育てるのが上手いから……」
「え?」
 グロリアの言葉を聞いて、リュースがぴた、と止まった。
「も、もしかしてこれ、オレがやってる花屋のですか?」
「そうよ。今朝持ってきたの」
「いや、これ売り物ですよ! しかも何ですか、揃いも揃って高い奴ばっかり!」
 どうやらリュースが頑張って育て、しかるべき方々に買ってもらおうと思っていた花を彼女らは持ち出してしまったようである。シーナとブルックスの手からは、既に花がパパリコーレに渡されていた。
「あ、あぁ……」
 がくり、と膝をつくリュース。グロリアが言った「ケチケチ言わないの」という慰めが逆に彼には辛かった。
 とは言え、パパリコーレ側としては綺麗な花を譲り受けたので、歓喜の渦状態である。
「綺麗な花だね! 僕たちにぴったりだ!」
 それぞれに花を持つパパリコーレ族。ある者は髪飾りのように頭に乗せ、ある者は口にくわえ、ある者は鼻につっこむなど、皆違ったおしゃれを楽しんでいた。そんな風に花と戯れているパパリコーレ族に目をつけたのは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)である。
「おしゃれなお嬢さんに花……素敵な組み合わせだよな」
「そ、そうですね……」
 パートナーのエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が、嫌な予感を覚えながら返事をする。エースが何かを企んでいることを察していたのだ。
「丁度季節も夏だし、夏、花、お嬢さんって言ったら水着だろ」
「確かに暑い日は続いていますけれど……あと、花と水着というのがいまいち分かりませんけれど」
「女性はすべて、美しい花なんだよ。とにかく、パパリコーレ族の水着ファッションをぜひ、見せてもらおうじゃないか。近くに川とかあれば、水泳大会とか言って。そして素敵な水着姿の女性には、俺からも花束を贈りたいね」
 要するに、薄着になる夏という季節を利用し、露出の多い姿を見ようとしているのだろうか。しかしそれなら、とエオリアが彼に言う。
「水浴びで体を冷やそうというのは良いアイディアかと思いますけど、正常な男子としては、そういう風に持っていきたいならベベキンゾ族の方がむしろ……」
 最後まで言い終える前に、エースが悪戯っ子みたくエオリアの口を押さえる。そしてにっと笑うと、「馬鹿だな、丸見えだとツマンナイじゃないか」と言ってパパリコーレの集団目がけ走って行ってしまった。
「ん?」
 姿を現したエースにパパリコーレが気付くと同時に、エースは躊躇なく欲望を晒した。
「貴方たちの水着ファッションをぜひ、色々と見せてもらいたくて来ました!」
 そのあまりに真っすぐな言葉に、一瞬言葉を失ったパパリコーレ。少しの沈黙の後、パパリコーレの若い女性数人がエースに返事をした。
「もしかして、水着をただ見たいだけだったりして」
「イヤらしいことでも考えてるのかな?」
「分かった、じゃあまず、俺から水着になるよ。俺たちだって暑いから、水遊びしたいしね」
「エース……なんだか水着にさせるための詭弁に聞こえるけど……」
「気のせいだから。いいか、読者サービスっていうのはこういうところからなんだぜ」
 暑さのせいか、ちょっとよく分からないことを口走りながら、エースはその場で水着に着替え出した。横では、エオリアが仕方ないといった感じでフォローをする。
「もしこの近くに水場があるのであれば、その場所だからこその服飾とかをぜひ見せてください」
 礼儀正しく頭を下げた彼と、すっかり水着姿になったエースを見て、パパリコーレの女性陣は顔を見合わせた。
「ここまでされたら……ねえ?」
「まあ、私たちも丁度今年の水着着たいって思ってたし?」
 口々にそう言いながら、段々乗り気になってきたパパリコーレたち。エースの執念が実を結んだ瞬間である。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるから待ってて。あ、川は近くにあるから」
 言って、走り去る女性たちを見送った後、エースはガッツポーズをした。しかしその喜びは、まさに水泡に帰すこととなってしまった。
「……あれ?」
 戻ってきたパパリコーレの女性たちは、確かに水着姿になっていた。が、エースの思っていたそれとは全然違う格好だったのだ。一般的な水着といえば、ボディラインがくっきり出て、胸と下半身を隠しただけの格好を想像するだろう。しかしそこはパパリコーレ族。
「普通の水着はつまんない!」をコンセプトにつくられたという彼女らの水着は、派手な原色をふんだんに使った大きな布で全身を覆っており、肩から膝下まですっぽり布にくるまれている。しかも平安時代の貴族のように幾重にも重ねて巻いているため、水に濡れても上手い具合に透けないという困りものだ。
「どう? 2021年のパパリコーレ新作水着、『NUNO』は」
「え、えっと……す、素敵だよ」
 引きつった笑顔でそう返事をするのが、エースには精一杯だった。
 なお水泳大会は、主催者のテンションが想定外に下降したため中止となった。