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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・設楽 カノン


 中央地区。
「颯希、身体の方は何ともありませんか?」
 月舘 冴璃(つきだて・さえり)東森 颯希(ひがしもり・さつき)を見やる。
「最初は感じたよ。すっごい嫌なのをね。でも、今は平気」
 パートナーのいる一部の強化人間は、海京の中にいてもオーダー13に支配されずにいる。颯希もその一人だ。
 アジトを出た後、天沼矛に入ってからは、ダクトや非常用通路などを通り管区長の捜索に当たっていた。
 もちろん、気配は察知されないように細心の注意を払う。カモフラージュだけでなく、イナンナの加護を受けながらこちらが危険にも気付けるようにする。
 途中で、海京のシステムを奪還したことを知る。そして、天沼矛内にあるイコンハンガーに設楽 カノン(したら・かのん)の反応があったと知る。
「これは……蒼空学園の山葉校長も一緒のようです」
 なぜ一緒なのかは分からない。が、話をしているように見受けられた。
 二人は送られてきた監視カメラの映像を元に、その場所を目指す。

「全く……師匠も無茶振りしてくれるよねっ」
 水鏡 和葉(みかがみ・かずは)もまた、カノンを探して天沼矛内を見回っている。今は聖カテリーナアカデミーに赴いており、学院にいない人物から留守の間はカノンを頼むと言われている。
 とはいえ、まさかこんなことになるとは想像もしていなかった。
「しっかし、あの風間が死んだ……ね。ホントに死んだか、疑わしいけどねー」
 ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)が訝しむ。
 一応クーデターの映像で二人は風間の死体を見てはいる。だが、どうにもあの男がそう簡単に死ぬようには思えなかった。
 しかし、人間というのは意外とあっけないものである。死ななそうに見える人物が、ある日突然死んでしまうことは往々にしてあるのだ。
 サイコメトリで読み取りながら、カノンの居場所を探す。下層フロアにはいないようだ。ルアークが周辺を警戒しつつ、上層へと移動していく。もちろん、和葉はEineFederで、ルアークはカモフラージュで強化人間達に気付かれないようにすることを忘れない。
 二人も、本部からの連絡でカノンの居場所を知る。イコンハンガーに山葉校長と一緒にいると。
「よし、行こう」

 イコンハンガーに最初に辿り着いたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の二人だ。
 デッキの上にカノンと山葉 涼司(やまは・りょうじ)の姿を捉える。
 Pキャンセラー対策の仮面を被り、ブラックコートで気配を消したまま、隠れ身を使ってその様子を伺う。月夜もまた、同じように隠れ身の状態で待機する。
「……刀真、大丈夫?」
「ああ」
 天住の放送を聞いた後、あの日の場面を思い出した。
 ――一度死んだ者は、決して生き返らない。生き返ってはならない。死者はあるべき場所に帰るべきだ。
 その言葉は正しい。だが、誰が何と言おうと、一度死のうが彼女は「今生きている」。だから、そのまま生きていて欲しい。
 そのためにも、このクーデターに対処し、首謀者である天住 樫真を倒さなくてはならない。
 カノンと涼司発見の報を無線で入れるが、会話の内容次第では敵ではないかもしれないとして、他のメンバーも合流するまで待機すると告げる。

* * *


「涼司君、お願いがあるの」
「……なんだ?」
 カノンは操られているような感じではない。自分の意思で涼司をここまで連れてきたようだ。
「あたしと契約して」
「前にも言ったはずだ。それは……出来ない」
 それを聞いたカノンが、ナタを握り締めた。
「言われたの。涼司君とパートナー契約すれば、海京のクーデターは中止にするって。要求も取り止めるって。だけど……」
 言葉を続ける。
「断るなら、涼司君を殺せって。それでもクーデターは中止にしてやるって。でも、あたし……涼司君を傷つけたくない」
「じゃあ、どうしてだ!?」
「誰かの言いなりになりたくない。だけど、涼司と離れたくない。だったら、涼司君を殺してあたしも死ぬ!」
 涼司の顔に苦悩の色が浮かんだ。
「あ……涼司君、本気にしてないんだ。いいよ、あたしが本気だって、教えてあげる」
「おい、やめろ!」
 カノンがナタを自分の手首にあて、切り裂いた。傷口から血が滴り落ちる。
「ほら。ちゃんと自分を傷つけることだって出来る。大丈夫、涼司君の後、ちゃんと追えるから」
「やめろ!!」
 咄嗟に涼司がカノンの腕を掴む。
「放して! それなら契約してよ! なんであたしは駄目なの!?」
 泣き叫ぶカノン。
「あの人は死んでも生き返らせたのに、ずっと生きてるあたしには会いに来てくれなかった! ねえ、何が駄目なの!? あたしがもう人間じゃないから!? 強化人間は人じゃないの!? ねえ、どうして!? 答えてよ、答えてよ涼司君!!」

* * *


「不味い、止めるぞ!」
 このままでは危険だ。
 月夜がスナイプで涼司の頭を狙う。とはいえ、撃ち込むのはゴム弾だ。彼がカノンを抑えるのに必死だったこともあり、命中する。
 涼司が脳震盪を起こした隙に、刀真は先制攻撃で間合いを詰める。
 だが、
「あたしと涼司君の――邪魔をするなぁああッッッ!!!」
 強力な念動力があたり一面に吹き荒れる。カタクリズムだ。
「なんて威力だ……ッ!」
 とても接近出来たものではない。二人の間に割って入ったことで、カノンの逆鱗に触れてしまったらしい。
 しかも、その能力はもはや暴走してしまっている。カノン自身が有り余る力を、感情の昂りによって制御出来なくなってしまったようだ。
 ある程度近付かなければ、強化型Pキャンセラーもその効力を発揮しない。
 既に、この地区の管区長を止めるために来た顔ぶれは、全員揃っている。
「これは厳しい……ですね」
 冴璃が魔鎧の内側に隠していた銃を抜き、カノンに向けてシャープシューターで狙いを定めた上で、サイドワインダーによる同時撃ちを行う。
 だが、彼女の力の前に銃弾は届かない。総合戦闘能力学院第一位は伊達ではなかった。銃弾は空中で制止し、そのまま弾き返される。
 あまりにも強力過ぎて、空間が歪まされているかのようだ。だが、ほとんど暴走に近い以上、どこかで隙は生まれるはずだ。それまでは耐えて待つしかない。
「どんなに強くたって、ずっと続くものじゃないよね」
 ルアークがエンデュアでじっと耐え凌ぐ。また、歴戦の防御術で身を守れるように構える。
「止まった。よし、今なら」
 カタクリズムの奔流が収まったところで、和葉が威嚇射撃を行う。この間に他の者が動けるように、ということだ。
 だが、今度はサンダークラップだ。念力から電撃に変わっただけとはいえ、辺り一面が攻撃範囲に含まれているのは厄介である。
 なんとしてでも近づけたくないらしい。だが、それだけの攻撃をすれば、倒れている涼
司だって無事では済まないはず。
 かと思えば、涼司を庇うようにして立ち、フォースフィールドを展開している。しかし、一番の問題はカノンを強化型Pキャンセラーで無力化すると、涼司もその影響を受けるということである。
 身体能力で彼女を止めることが出来るのであれば、効果範囲の狭い通常のPキャンセラーで彼女の超能力だけ封じればいい。それによって精神感応ネットワークから彼女が離れさえすれば、天沼矛地区の強化人間は命令を受けることが出来ず、停止する。
 だが、この場に通常のPキャンセラーを持っている者はいない。
 しかし、方法がない訳ではなかった。
『カノンは俺がなんとかします。隙が見えたら、援護をお願いします』
 刀真は無線で他の者達に伝えた。
 チャンスは、発動する能力を変えるか、こちらの攻撃を防ごうとする瞬間。そこに賭ける。
 行動予測で次の手を読む。出遅れれば遅れるほど厳しくなるからだ。
「今だ!」
 進む際、月夜に銃撃を行ってもらい、そちらに気を逸らさせようとする。彼女も行動予測を行っている。
 パイロキネシスの炎が広がる前に、刀真はカノンに肉薄し、神子の波動で彼女の能力を封じ、さらにブラックコートを彼女の前に投げつける。
 そしてカノンの背後に回り込み、素手によるブラインドナイブスを延髄に食らわせる。それによってカノンが気を失う。

 二分ばかりが経過した。
「久しぶりだね、山葉校長」
 目を覚ました涼司に、和葉は言った。
「ん、ここは……? そうだ、カノンは!?」
「大丈夫だよ。今は気を失ってる」
 と思ったら、ちょうどカノンも目を覚ましたところだった。なお、彼女からの信号が途切れたことで、中央地区の強化人間達も動きを止めていた。
「涼司君……あれ、あたしは?」
 そこで、はっとなる。
「なんで、あんなことを……」
 覚えているということは、気絶する前までは本気だったということらしい。
「だってあたしが殺したいのはあたしと同じ顔の」
 どうやらその辺の対人感情をかき回されていたようだ。今は元通りである。
「多分、今の二人で話したいことがあるかもしれないけど、まだ全部終わったばかりじゃないからね」
 とりあえず、和葉は二人には安全な場所に移動するように促す。
「さ、カノンちゃん、立って」

 そのときだった。

 一発の銃弾がカノンの身体を貫いた。
「あ……」
 胸から血が流れていく。
 近くに敵の気配はなかった。どこからか、それも気配を感じさせにくい場所から狙撃したのだろう。
 ここはイコンハンガーだ。イコンの上に乗り、頭の後ろに隠れるなりすれば、十分狙撃出来る。しかも数があるため、位置が特定しにくい。

「まったく、せっかく強化人間から『神』が誕生するところだったのに――使えない子だ」