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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・セラ


 イコン製造プラント制御室。
「ここよ」
 罪の調律者が、床にあった扉を開く。
「あれ、ナイチンゲールは来ないの?」
『私は入れないようになっております。システムの範囲外の領域です』
 小鳥遊 美羽の疑問にナイチンゲールが答える。
 中は階段になっていた。ここに入ることを調律者から許されたのは、常駐管理者である小鳥遊 美羽、ベアトリーチェ・アイブリンガー、サイコメトリで歴史の真実を垣間見たコハク・ソーロッド、祠堂 朱音、朱音との精神感応で一部を感じ取った須藤 香住、『カミサマ』の存在を知ったエメ・シェンノートの六名だ。
「昔話をするわね」
 階段を下りながら、調律者が語り始める。
「むかしむかし、あるところに一人の女の子がいました。その子はいつも空ばかり見上げていて、変わり者だと評判でした。
 どうして女の子は、空を見上げるのでしょうか。それは小さい頃に、翼を持ったそれはそれは美しい人を見たからです。だけど、その話を聞いた人は誰も信じようとしませんでした。
 けれど、女の子は信じて疑いませんでした。『きっとこの空のどこかにいて、また来てくれる』。そう思って毎日のように空を見上げていたのです。
 あるとき、女の子は道端で倒れている同じ年頃の女の子を見つけました。その子の姿を見て、女の子は大層驚きました。なんと、背中に翼が生えていたのです。
 でも、その子は記憶を失っていました。自分が何者かが分からない。だけど、女の子はその子に「そんなの、あなたはあなたなんだから。翼があるとか、関係ないよ」と言いました。それから二人は友達同士になりました。
 だけど、女の子には気になっていたことがあったのです。それは幼い頃に見た空の人と、その子の姿が重なったからです。
 やがて、その子は自分がかつてこの土地に住んでいた『空の民』の生き残りだということを思い出しました。普通の人より長く生きるから、女の子が小さい頃と変わらない姿だったのです。それでも、二人の仲は変わりませんでした」
 一呼吸おく。
「ある日、女の子は寂しそうにしているその子を発見します。『どうしたの?』と尋ねると、『自分は飛べるけど、他のみんなはそうじゃない。ねえ、みんなで一緒に空を飛べたらいいのにね』と答えました。
 女の子は、『じゃあ、飛べるようになればいいのよ』と言います。『どうやって?』と聞かれると、『翼を作ればいいのよ!』と答えます。だけど、女の子にはその方法が分かりませんでした。しゅんとしている女の子に、その子は微笑みかけます。『今分からなくても、いつかは分かるようになるよ。それじゃ、約束。何年かかってもいいから、一緒に空を飛べるようになろうね』と。それは、二人が交わした約束でした」
 また一呼吸。
「月日が経ち、世界には大きな異変が訪れました。なんと、異世界と繋がってしまったのです。ある日、その異世界から一人の男の人がやってきました。その人は、成長した女の子と出会います。そして、その子とも顔を合わせました。
 三人はすぐに仲良くなりました。そして、あることに気付きます。男の人と女の子に、不思議な力が溢れてきたのです。
 そのとき、女の子は『これよ!』と確信したのです。そして約束のため、作り始めたのが人の姿をした大きな聖像です。異世界の人は、この世界の人を空の人と呼び、この世界の人も、空を飛べる人を空の民と呼んでいました。どっちの世界の人も空に憧れるなら、二人で一緒に飛べばいい。それを叶えるための、聖像です」
 それこそが、サロゲート・エイコーンなのだろう。
「しかし、それを作り始めて間もなく、ずっと一緒だったその子が病気になってしまいます。それは、空の民特有の病で、この時代の人にはどうやっても治せないものでした。
 その子が悔やしがったのは、一緒に空を飛べないことだけじゃなく、聖像を見れなかったことです。
 やがてその子が息を引き取ると、男の人は言いました。『お墓の下で眠るあの子に見せて上げられるようにしよう』と。そして、『あの子が望んだものだって証を残そう』と。
 やがて、少しずつ聖像を造る設備が出来ていきました。そこには、あの子によく似た女の子がいました。その子こそ、あの子が望んだものだという証だったのです。
 そして最初の聖像が完成したとき、その子と聖像は同じ名前を与えられたのです。ナイチンゲールと。その妹、あるいは弟には空を表すジズの名前が与えられました」
 階段を降りきると、また扉があった。
「そうしてみんなで空を飛ぶという約束を果たし、『空の民と約束の少女の物語』はいつまでも語り継がれることにな……らなかったのよね、残念ながら」
 その後はサイコメトリでコハクや朱音が見た通りだ。
「そう、ナイチンゲールはあんな風ではないのよ、元々は。そして私は殺された後、人形の身体に魂だけを入れられ、誰かの望みを自動的に叶えるだけの操り人形に成り果てた。この身体はその力の源。だけど、ずっと自分の意思なんてなかったからいつジズと一緒に埋まったとかは分からないわ」
 扉の中に入る。
 そこには、巨大な機械があった。
「量子コンピューターS.E.R.A. マザーシステムがプラントを管理するためのナイチンゲールの身体だとすると、これはナイチンゲールの心ね。彼女の全記憶がこの中にはある。もっとも、それだけではないのだけれど」
 さらに下があるらしく、調律者に続いて進んでいく。
「そして、この先で『カミサマ』がいたという証の意味を知ることになる」
 プラントの最深部らしき場所は、中央にモノリスのようなものがある空間だった。それは、おそらく墓標だろう。
 そして、モノリスの奥には一枚の絵のようなものがある。そこに描かれている姿こそ、ここに眠る『カミサマ』なのだろう。
 ナイチンゲールに瓜二つの、翼を持った少女。

「彼女が、はじまりの少女――セラよ」