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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories

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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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リアクション

 場面は、パイとシータの箇所に戻る。
「大丈夫? 立てる?」
 セリオス・ヒューレーの手をつかんで、クローラ・テレスコピウムは立ち上がった。
「ああ……なんとか」
 超音波の影響で頭の中にまだ残響音を感じるも五体は無事だ。立ち上がってクローラは、眼前の状況が異常であることに気づいた。
「この部屋……!」
「僕も気づいたよ。チェス対戦での催眠術は免れたみたいだけど、この空間を小部屋と思っていた時点で、既に何らかの催眠術にかかっていたんだろうね」

「さて……今回は色々と手違いもあったが、全般的には成功と言っていいと思っている」
 シータは余裕の笑みを見せ、腕を伸ばしてパイの肩を抱いた。
「この通り、パイくんも私に従うと言ってくれているしね」
 パイは不快そうにシータの手を払ったが、シータは改めてパイの肩に腕を置いた。
「ところで諸君、もうひとつ種明かしをしよう。本当にここが小部屋だと思っていたかい?」
 シータは指をパチンと鳴らした。
 途端、何かのスイッチが切れたようだった。催眠術を発動させる仕掛けでもあったのだろうか。
 突然、シータのいた小部屋が消えた。
 茅野瀬衿栖は目を見張った。それまで催眠術にかけられ部屋の隅に置かれていたシュリュズベリィ著『手記』、トライブ・ロックスター、坂上来栖、カルロス・レイジらも目覚めて周囲を見回した。
「大聖堂、と呼ばれているらしいね。この場所は」
 まさしく大聖堂だった。
 ステンドグラスが四方や天井に張り巡らされた広大な――それこそサッカースタジアムの倍はあろうかという広さがあり高い天井の部屋だった。かつては集会やセレモニーに使われていたのだろうか。これが地下、しかも図書室の一角とはとても思えない。
「これでゲームは終わりにしよう。害意を剥き出しにしないかぎり、今は君たちとやりあうつもりはないよ。そちらが攻撃を控えるのなら、量産型クランジも撤退させる」
 眼鏡を直し、喉の奥でシータは笑った。
 だがその笑みは、一発の銃弾によってかき消されたのである。
「騙されないで」
 部屋の一方の隅から、冬の太陽のような髪の乙女が姿を見せた。
 その手には長距離ライフルがある。教導団の軍装だ。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)である。彼女を守るように、二人のパートナーも従っていた。
「その人は時間稼ぎをしようとしている。私たちをここに足止めして、エリザベート校長を追う暗殺者……南を行動しやすくしているといったところかしら」
「おや、そうかい?」
 シータは不快感を眉に見せながら、それでもとぼけた口調で問うた。
「やすやすと兵を退く理由がわからないから」
 立射の姿勢、すっくと背筋を伸ばしローザはライフルを構えた。
「ところでさっき外したのは、不意打ちのような倒し方を私が好まないからよ。クランジΘといったかしら? あなたなら、私の射撃の腕は知っているわね? 本当のことを話しなさい」
「じゃあ本当のことを隠さず話そう。実は、私の側にもスナイパーならいるよ」
 パイの頭に顔を寄せ、彼女の髪の香りを嗅ぐようにしてシータは言った。
 銃声。
 ローザのペンダント、そのチェーンがチンと音を上げて切れた。
「遠隔狙撃!?」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が身構える。
「友人を呼んでいてね。名を、クランジΙ(イオタ)という」
 イオタ自身の姿は見えない。しかしどこかから遠隔狙撃をしていることだけはわかった。
(「雪山で狙撃してきた謎のスナイパーですね……」)
 上杉 菊(うえすぎ・きく)は背から弓を取り矢をつがえるも、それがあまり意味を成さない行動だとわかっていた。弓の射程ではない。距離がありすぎる。
「……そう。私以上の狙撃手にまた出逢えるとは、ね」
 チェーンの切れたペンダントを胸元にしまい、ローザマリアは顔を上げた。銃は下ろしている。
 ローザマリアも狙撃手だ。それも、超がつく一流の。
 だからわかる、狙撃手の心理が。ローザは脳を高速回転させ、考え得る狙撃ポイントを全て洗い出す。
 ローザは現実主義者でもあった。ゆえに、イオタなる者が自分の上を行く狙撃手である事を計算に入れた。狙撃手の常識や先入観すら捨てた。
 そしてローザの脳は、計算結果を提示した。
(「跳弾……!」)
 銃弾の立てる音はどう工夫したのかまではわからないが、直線距離の狙撃ではない。一度跳ねさせ、それで当ててきたのだ。しかも、正面からの狙撃に見せかけたのだ。
 グロリアーナと菊にこの情報を知らせ、銃弾の当たらぬ位置から攻撃させるか?
 ――不可能だ。魔法の干渉が強く、テレパシーがままならぬ現状で、どうやって仲間に情報を伝えるというのか。
 反撃するか?
 ――極めて危険な賭けと言わざるを得ない。まず、銃を構える動作をとった時点で額を撃ち抜かれかねない。とっさに回避できたとして、イオタがすぐさま次の射撃で味方を撃ったとすればどうするのか。
 だからローザマリアは、そのいずれも選ばなかった。
 狙撃者のいると思われる場所を見て、微笑んで手を振ったのである。「わかっているよ」と、好敵手に知らしめるために。宣戦布告と、奇妙だが感じずにはいられない同レベルのプロとしての親しみを示すために。
「クランジ共通の弱点、『予想外の行動に弱い』がイオタにも通じると信じるわ!」
 ここでローザはライフルを構えた。
 ローザマリアの勘が誤っていればこの瞬間、命はないはずだった。
 イオタからの射撃はなかった。
 ホークアイはもう発動している。構えるや否、予測地点をイメージして引き金を絞った。
 イオタにできた跳弾であれば自分もできる。
 たとえ、現実的にありえない角度であるとしても。
 広い聖堂内に銃声が冴え渡った。チュン、と、一度、銃弾が跳ね返る音が耳に届いた。
 期待していたのとは数センチずれた。しかし、直感的にローザは手応えを感じた。
「イオタは防いだ! 反撃せよ!」
 以心伝心、グロリアーナはもうローザの意図を理解している。菊も同じく味方を扇動した。
 一斉に契約者が動き出した。
 さすがのシータもこれには驚いたらしい。知性的な顔に、悔しげな色が一瞬浮かんだ。
「私がイオタ任せで、何の準備もしていなかったとでも思っているのかい……!」
 シータが懐から短銃を抜くのと、周辺のステンドグラスを次々と打ち破って、大量の量産型がなだれ込んでくるのはほぼ同時だった。