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リアクション
・足りないもの
「……そうですか、分かりました」
「すいませんね」
ジナイーダ・バラーノワとして聖カテリーナアカデミーに在籍している富永 佐那(とみなが・さな)は、海京にいるイワン・モロゾフにテレビ電話を掛けた。その際、交換留学でやってきている天学生に関するデータを調べてもらおうとしたが、それは叶わなかった。モロゾフには、留学した生徒の情報を必要とする理由がなかったためである。
(個人情報の取り扱いは、新体制になってから厳しくなったみたいですね)
しかし、こちらでの訓練の様子を見ていて、ある程度技量も把握出来た。天学でも上位にいたというだけあって、隙らしい隙は見当たらなかった。それでも、佐那は聖歌隊の座を得るための足掛かりとして、彼らに模擬戦を挑むことにした。
そして、当日。
(この二組に勝てないようじゃ、【レヴィアタン】は振り向いてさえくれないね……)
立花 宗茂(たちばな・むねしげ)と共に訓練用のクルキアータに乗り込む。模擬戦は、チーム戦と個人戦の両方。ランクに影響するのは個人戦だが、自分の実力を示すためにも、両方で勝ちにいきたい。
「で、そっちは誰と組むんですか?」
チーム戦は五対五が基本となる小隊戦ではなく、二対二だ。
「あちきっす〜」
佐那は目を見開いた。事前に知らされていた者とは違う。
「どういうこと?」
「なんかぁ〜エルザちゃんからぁ〜聖歌隊の座を狙ってる子がいるって聞いてぇ〜どんなものかぁ〜見ようとぉ〜思ってぇ〜変えてもらったんですぅ〜」
サイズの合わない赤い修道服を着た小柄な少女が寝ぼけ眼で見上げながら、ゆっくりとしたペースで声を発した。
「おいおい……第四位かよ」
「基本的にぃ〜サポートしかしないからぁ〜心配しないでぇ〜いいですよぉ〜もちろん〜【ウリエル】にはぁ〜乗りませんからぁ〜」
彼女が搭乗する機体の武装はシールドとアサルトライフルのみだ。
(これが……第四位?)
戸惑いを覚えるが、いずれは倒すべき相手だ。
「んじゃ〜頑張ってこぉ〜」
パートナーらしきキャソック姿の青年と合流し、第四位はイコンに搭乗した。
「こっちだって、ずっと訓練を積んできたんだ。負けないよ」
そして、模擬戦が始まった。
第四位とタイミングを合わせ、銃剣付きアサルトライフルを放つ。しかし、相手の二機は両方が接近戦を得意としているらしく、迷わず飛び込んできた。シールドとランスを正面に突き出し、二機が縦列した状態で近付いてくる。
「やっぱり、戦闘は白兵でなければ、ね!」
前の機体を止めた瞬間、後ろの機体が狙いを定めてくるのは目に見えている。ならば、前にいる方を盾にして、後ろからの攻撃を防げばいい。
クローアームを前方の機体に向けて放とうとする。だが、それはフェイントだ。
「これならどう!?」
破岩突。要は、捨て身の体当たりだ。これによって、後ろの機体も弾こうとしたが、さすがに判断が早い。だがこちらにも、もう一機いる。眼前の機体にクローアームを突き立てた。
(まずは一機!)
そこからすぐにライフルを構え、残った方の機体を狙う。が、もうその必要はなかった。
『基本的にサポートしかしないってぇ〜言ったけどぉ〜手加減するとはぁ〜言ってませんよぉ〜』
第四位は、アサルトライフルの射程圏ギリギリのところから、もう一機の方を正確に狙い落としたのである。佐那が作った一瞬の隙をついて、わずか三発で。
『おつつぅ〜試合には勝ったけどぉ〜このままだとぉ〜これ以上は上にぃ〜行けそうにないねぇ〜』
なぜそう言われなきゃいけないのか、佐那には分からなかった。
『何が足りないかぁ〜気付かないとねぇ〜まぁ個人戦もぉ〜頑張ってぇ』
* * *
「どうして……」
個人戦はあまりに呆気ない、一方的な結果だった。19位に対し、手も足も出なかったのだ。
「聖歌隊の座を手に入れて、どうするつもりだ?」
「『あの機体』に乗るためだよ。あたしの実力を認めてもらった上で」
それを聞いた相手は、失望したように大きく溜息をついた。
「……お前、絶対に聖歌隊の連中には勝てねぇよ。自分のことしか頭にないヤツにはな」
佐那が固執しているのは、【レヴィアタン】だ。全てはそれを手に入れるため。
「多分、技量だけなら俺よりお前の方が上だ。それでも、今の前じゃ俺にすら勝てない。何が足りないか分からないようなら、聖歌隊はおろか20位より上はまあ無理だろうな」
自分と彼らでは何が違うのか、今の彼女には分からなかった。
「諦めるものか……絶対に」
「相変わらずぅ〜性格悪いですよぉ〜」
佐那の様子を眺めているのは、エルザと聖歌隊の第四位だ。
「心の底から求めるものは、求めれば求めるほどに遠ざかっていくものよ。気付きなさい、己の愚かさに。さすれば『天は自ずから助くる者を助く』。努力は決して無駄にはならないわ。その努力の動機が邪だから、そこから先にはいけないのよ」
「彼女ぉ〜化けますかねぇ〜」
第四位の問いにエルザは、ただ微笑を返すだけだった。