リアクション
* * * 「さて、待たせてすまないね」 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)のカウンセリングのために、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は彼女の付き添いとしてやってきた。 ヴェルリアがもう一人の人格と自分の存在を知ったということを、真司は耳にした。普段接している彼女の人格は後天的に生まれたものであり、眠っていた本来の人格が目覚めたのだと。最近のヴェルリアが気がつくとぼんやりと物思いに耽っている様子であったり、何かにつけて一緒にいようとしているのは、彼女が自身の消失への不安を抱えているからである。しかし、真司はまだそのことを知らなかった。 「君は彼女のパートナーだ。全てを知っておく必要があると思う。いいかい、彼に話して?」 ドクトルがヴェルリアの了承を受け、真司に彼女の症状を告げた。 「場合によっては片方の人格が消えるかもしれない、ということか……」 「本来ならば、元々の人格の安定が優先される。そっちの彼女が統合を望むのなら、治療は人格の統合に向けて行うことになる。しかし」 彼は言葉を続けた。 「彼女に至っては、ことはそう単純ではない。強化人間特有の依存性、すなわちパートナーである君との関係が、こちらの彼女を確固たるものにしている。この場合、どちらが本来の人格という考え方はナンセンスであり、どちらも彼女の本質であるということになる。無理に統合すると、双方を歪める結果になるだろう。そして今の彼女が抱えているのが、まさに人格の統合に対する恐怖と不安だよ。今は、それぞれが互いに向き合うことが必要だ」 その言葉に応じたのかは定かではないが、彼女の両の眼が赤くなり、もう一人のヴェルリアが表に出てきた。 「互いに向き合う? 馬鹿馬鹿しい。この前はアレが妹だとか言ってたけど、アレはただの模擬人格よ。ただのお人形。向かい合うまでもないわ」 「何も、不安を抱くのは片方の人格だけではない。君もまた、恐れているんだよ。自分が変わってしまうことを。それほどまでに、もう一人の君の存在は強固なものになっている。そしてそれもまた自分の一側面であるという事実を、君は受け入れらずにいる。だから、頑なに拒んでいるんだよ」 目覚めた本来の人格に真司の知るヴェルリアが侵食されているのではなく、その逆も起こっているのだと、ドクトルが告げる。 「言葉通り彼女を脅威に思っていないなら、君が表に出た時点で私と柊君を手に掛けていたことだろう。しかし、出来なかった。いや、今も出来ずにいると言うべきか……」 「それは……」 ヴェルリアの顔に、僅かな焦りがあった。あえて彼女を刺激するドクトルの言動に、真司は内心冷や冷やしていた。 「そう、まだ死なれると困るからよ。貴方にも、その男にも。それに……この前言ってたわね、『器』があれば、そこに人格を移して別個のパーソナリティーとして確立出来るって」 「あるのか、そんな方法が……?」 思わず、真司は口を開いていた。 「理論上は可能、という話だよ」 かえってきたのは曖昧な答えだ。 「……俺は、いつものヴェルリアを失いたくない。だから、可能性があるのならどういったものなのか聞かせて欲しい」 「それが、人道に反するものであっても、聞く覚悟はあるかい?」 ドクトルの眼差しは、真剣そのものだ。真司は黙って頷いた。 「……ヒトクローンだよ。寸分違わぬ同じ構造を持つ肉体を用意し、そこに人格を移す。もちろん、脳はブランク状態でなければならない。意識が形成される前、非科学的な言い方をすれば魂が宿る前の状態だ。そこに、何らかの方法を用いて一方の人格を移せば『同位体』の完成だ。傍からは双子の姉妹にしか見えないさ。もっとも、その技術が必要なわけだけどね。かつては、人の記憶や意識、人格を操作出来る者がいたが……」 もっとも、その人物のせいでヴェルリアがこうなってしまったわけだが。 「それ以前に、ヒトのクローン技術は未だ完全には確立されていないことになっている。ベースとなる人と同じ遺伝子配列でも、姿形まで全く同一である純粋なクローン人間は『表向きには』不可能だ。もっとも、我々はすでに「クローン強化人間兵」の存在を知ってしまっているがね。 そんなものを生み出せるとすれば、彼しかいない……あまり話題には出したくない人物だけどね」 「誰なのよ、それは?」 「……ヴィクター・ウェスト。生命を尊び、人類の発展を渇望する男だよ。もっとも、彼は発展した世界には一切興味がなく、そのための研究を行うことに生きがいを見出している。たった半年だけとはいえ、彼と一緒にいたことがあるが……私以外の同僚は、一ヶ月もしないでいなくなったよ。私が最後の一人だった。それほどまでに、彼は――彼の研究は、常軌を逸していた。ウェスト君は人体実験を行っていたが、彼は被験者を不幸にしたことはない。むしろ、被験者が望んで彼の実験台になっている。そして彼らにとって最良の結果をもたらす。だけど、それは被験者にとってだけであって、彼らの友人や親族のことは一切考慮しない。今どこにいるかは分からないが、もし彼に接触することが出来たなら、確かに君の望みは叶うだろう。だが、柊君にとって納得のいく結果になるとは限らない」 その男を間近で見ていたこともあったから、風間のやり方に対して快く思わない部分があったのだろう。そしてドクトルは呟いた。 「……大佐は以前、こんなことを言ってたよ。『人間が人間を創るということは、二度とあってはならない』と。その理由を聞いたら、『フランケンシュタインの怪物が、彼に何をしたのか考えてみろ』と」 決して、そんなに大それたことを真司は考えていたわけではない。だが、その言葉が頭に焼き付いて離れなかった。 |
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