薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

地球とパラミタの境界で(後編)

リアクション公開中!

地球とパラミタの境界で(後編)

リアクション


・食い違い


『ちょ、マルちゃん! 何してんの!? まだ確認中だよ!?』
 格闘戦用に調節された機体【メタトロン】の中で、ドミニクはマルグリットに向かって叫んだ。
『撃(撃っていいはずでしょ? エルザ校長は、「天御柱学院はちゃんと知ってる」って言ってたんだから)』
『でもさ、こっちの声聞こえてないみたいだし、向こう慌ててるし、どーすんのさ? これ、アタシらテロリスト扱いされてもおかしくないよ!? ってかされてるよ!』
『全部(全部校長のせいにすれば万事解決。ってか大体あの人のせい。ワタシ、悪くない。校長の連絡不備。言われた通り、戦えばおーけー)』
 こうなったら、もう妹は止まらない。既に、基地から発進してきた天学側の機体を撃ち落とせるようにスタンバイしている。それも、レーダーを一切使用しないばかりか、射撃管制システムも載せず、武装に最初から付属している照準機だけで狙撃を行うというのだから、恐ろしい。さらに、機体は光学迷彩装置を積んでいるため、相手がレーダーの範囲内に捉えたとしても、位置を特定するのは難しい。
『葛葉 杏様、登場!』
『ほらー、何か来ちゃったじゃない!』
 目の前には、黒い機体が立ち塞がる。そして、もう一機別の機体が飛来した。
『こいつは私が相手をするわ。どっかから狙ってるもう一機は、あんた達に任せる』
『はい、マルちゃーん、何か強そうなのそっち行くよー』
 何だか向こうが手出し無用、といった様子で他の機体の出撃を止めている。ある意味空気を読めているが、少々複雑な気分だ。
「てか、どー見てもこの黒いの遠距離型だよね。どうやって戦うつもりなんだろ?」
『この機体が遠距離戦専用だと思ったら大間違いよ!』
『おお、通信回復してた!?』
『早苗、久しぶりに派手にやるわよ』
 いや、回復してなかった。
『しゃーない。コス君、姿勢制御お願い。んじゃ、行くよ、【メタトロン】!』

(BMI起動、100%までいくわよ!)
(了解です、杏さん)
 レイヴンTYPE―Cのシンクロ率を上げていく。最初から全力だ。だが、シンクロ率上昇中も相手の攻撃は否応なくやってくる。
「そっちが打撃で来ることは分かってるのよ!」
 回し蹴りがレイヴンTYPE―Cに炸裂した。それをビームシールドで受けるが、フレームごと破壊されてしまう。
「くぅ、やったわね」
 そこから今度は後ろ回し蹴りだ。それを両腕で何とか受け止める。元コームラントの頑丈さは伊達ではない。
「ひ、久しぶり使うと痛いですぅ」
 既にシンクロ率は50%を超えている。早苗が頭痛に襲われるが、超人的精神で何とかそれに耐えきった。
「80、90、100! シンクロ率100%!」
「キタキタキタ、100%!」
 ミラージュを発動し、機体の幻影を空中に作り出した。同時に、肉体と接続された状態になったため、相手の動きを目で追えるようになった。
 幻影に攻撃した隙をついて、クレイモアを敵の機体に叩きつける。訓練用のため、切れ味はないが、鈍器としては十分使える。
「な……!」
 背後、死角を取ったのにも関わらず、クレイモアを白羽取りされた。そのままへし折られてしまう。
「だったら、こっちも!」
 パンチで応戦する。
 だが、それを相手は受け止めた。掌から、シールドのようなものが展開されている。そして、もう一方の拳が光り始めた。
 そこから繰り出されたのは、正拳突きだ。
「く……っ」
 サイコビームキャノンを盾代わりにしてそれを何とか防御した。
「まったく……何なのよ、一体」
 何が来るのかは、大体行動予測で分かる。だが、シンクロ率100%をもってしても、前には直感的に感じられた敵の「隙」が一切見えないのだ。100%による負荷も相まって、疲労がたまっていく。
 その時、相手の攻撃が止まった。
(杏さん、通信です)
 その内容は、一旦戦闘を中止せよというものだった。これから、という場面であり、納得がいかない。
 しかし相手の所属確認が取れたため、仕切り直しということになった。
「ノーカウントか……」
 どうにもすっきりしないが、やむを得ない。

* * *


「思っていたよりもずっと早かったわね」
 外の戦闘の様子を眺めていた五艘 あやめが呟いた。
「もしかしたら、と思うところがありましたからね。案の定、正解だったようです」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)はその声に応じた。
 未確認機が飛来した際、あやめが一切慌てた様子もなく、対応を「次期生徒会役員候補者に一任する」としたところから、どうにも違和感があったのだ。
 現場の対応の中で、星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)のパートナーである時禰 凜(ときね・りん)から得ていた「アカデミーの代表者が来るかもしれない」という情報と、彼らがすぐにダリアのパートナーによるテレパシーによって、通信が使えない未確認機のパイロットとの会話に成功したことで所属が完全に特定出来たのだ。
「見事なものね。まあてっきりあちらは、こちらに情報が伝わってると思ってるはずだから、割り切って攻撃してくると思ってたんだけど……片方はそういうタイプじゃなかったみたいね」
 ある意味、あの格闘戦機のパイロットはこちらの時間を稼いでくれていたとも言える。下手をしたら、小隊出動の防衛戦になっていた可能性が高かったのだ。
「先ほど、レーダー射程外からの狙撃手を策敵しに出て行った機体は?」
 それは、辻永 翔(つじなが・しょう)アリサ・ダリン(ありさ・だりん)が搭乗するジェファルコンだった。山葉 聡が、あの二人に指示したのだという。
「本人が出たかったんだと思うけど、『生徒会長になるかもしれない身なんだから、ここに残って全体を見通せるようにしろ』とでも辻永君に言われたんじゃないかしらね」
 リモコンを操作し、先ほどの映像を再生した。模擬戦から未確認機乱入まで、全部記録していたのである。
「彼らがなんとか位置を特定してプラズマライフルで迷彩装置を解除したのがここだけど……武器自体は特殊なものだし、超長距離射程用みたいね。対物ライフルのイコン版――『対要塞ライフル』といったところかしら。銃というより、もはや砲だけど」
 いくら狙撃用とはいえ、イコンではなく海京のレーダーの範囲外から正確に狙えるのだから、相手の射撃精度は化物と言って差し支えないだろう。
 しかし、
「……私には、これでも様子見をしているだけに思える。辻永君も見事なものだが、相手はその気になればどう回避するかを判断した上で、狙撃出来るのではないかと」
 こちらが迎撃するためのきっかけを作った機体ではあるが、ジェファルコン出動後は、ひたすら相手を試しているかのようだった。
 それはもう一機も同じだ。動きにはほとんど無駄はないが、空中での三次元的な格闘戦を魅せるためにあえてオーバーにしている部分がある。どうにもそれが解せなかったが、その動きでさえ、パイロットの高いバランス感覚と機体の姿勢制御がなければ不可能なものだ。
 それでも、向こうはデモンストレーションのつもりでもあったと考えれば、一応納得がいく。
(聖カテリーナアカデミーの『聖歌隊』、か)
 事情が分かったところで、茅野 茉莉(ちの・まつり)による通信が入った。オープン回線である。
『事態は全部把握したわ。これが、「海京が不測の事態に陥った際の緊急対応』を行えるかどうかの訓練だってことはね。だから、あえて生徒達には一切知らせなかったのだと。
 だけど、万一の事故や機体の不調による墜落、それでもし学院と無関係の人に被害があったらどうするのよ。そればかりじゃなく、場合によってはアカデミーとの関係悪化にだって繋がっていたかもしれないのよ』
 学校の避難訓練だって、事前に説明がなされた上で行われる。それと同列に語るものではないだろうが、少なくとも「そういうことが近々起こる」ということは知らせておくべきではなかったのか、というのが茉莉の批判の内容だ。
「ごもっともね。ただ、それだとやっぱり緊張感に欠けるわね。地震みたいに、近いうちに起こると予想出来ても対処が難しい事象なら別なのだけど」
 口振りからするに、茉莉の批判にあるような内容は想定済みだったようだ。その上で、彼女は同じ生徒会役員にさえ知らせなかった。サトー科長にも。
「どこまでグルでしたか? いえ、どこまでが想定内でしたか?」
「全てが想定の範囲内であるし、全てが想定の範囲外でもあるわ。ただ、どのような過程を辿ろうと、『何事もなく終わる』という結果になることは分かっていたわ」
 あやめが菜織の前にかざしたのは、二枚のトランプ――ジョーカーだ。
「切り札は揃えておくものよ。この学院には、誰よりも強力な――『武神』に匹敵するとも言われる契約者がいることを忘れてはいないかしら? 彼が、何も知らずに今回の事態を傍観していたとでも?」
 そうなるともう一枚が示す人物は、アカデミーの校長だろう。
「【鵺】と【ヤタガラス】は、あくまでもエース。『切り札(ジョーカー)』ではないわ。今回のように街一つを巻き込む場合は、『街一つに影響を与え得るもの』を用意する必要がある。『それを動かせるか動かせないか』を踏まえた上で、適切に対処出来るようでなければ、こんなことをやろうとは思わないわよ」
「それが、この学院を一年間預かってきた者の言葉ですか!」
 いくら自信があるとはいえ、生徒を試すという名目で弄んだことに変わりはない。それが、この学院、ひいては海京のためであったとしても。事態の最中で、どれほど多くの者が不安に苛まれたことか。
「実際、その怒りはもっともね。私がもし、旧管理課の風間のような思想を持ち合わせていたらどうなっていたかしら? もっともそういったことがないように、内部の者を疑いこうして監査委員がやってきているのだから、改革はまずまず上手くいってる……と言えるかしらね」
 あなたにその気があったかなかったかは分からないけど、とあやめが口元を緩めた。
「さて、それじゃあ『聖歌隊』を改めて歓迎し、模擬戦再開といきましょうか。向こうが『魅せた』のなら、こちらも同じようにしないとフェアじゃないわ」

* * *


「どうやら、僕達の出る幕はなさそうだね」
 海京の様子を遠目に、【ミカエル】に搭乗する少年は呟いた。
「いいの? 行かなくて」
「まあ、手紙は読んでくれたみたいだし、それに――」
 ヴェロニカからの返事を思い出す。確か生徒会に立候補したということが書いてあった。
「明日になれば、多分会えるからね」
「……そう」
「さあ帰ろう、ウル」
 二人は機体を旋回させ、アカデミーへと帰っていった。