リアクション
「応援演説?」 * * * 最終演説も残すところ副会長、会長候補となった。 「さすがに緊張してきたぜ……」 本番を前にして、聡の顔にも緊張の色が浮かんでいた。 「山葉先輩!」 狭霧 和眞(さぎり・かずま)は柄にもなく硬い表情の聡の元へやってきた。 「らしくないッスよ。山葉先輩は山葉先輩、いつも通りいけば問題ないッス」 とはいえ、少し緊張をほぐした方がよさそうだ。先に来ていた朋美達と共に、最終演説のリハーサルを行うことにした。 「演説の内容は心配なさそうですね」 彼の言葉を聞いたルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)が頷いた。これまでの練習の成果もあってか、詰まるということはなくなっていた。 「支持率34%。微妙に負けてますが、数字なんて単なる目安です。あとは度胸で補いましょう。男は度胸! ……らしいですよ?」 「それ、オレの台詞ッスよ!! ……大丈夫ッスよ! 山葉先輩ならきっと当選するッス!」 和眞はのど飴を差し出した。 「おう、サンキュー」 彼らも聡の応援をしてきたわけだが、選挙活動中は他の候補の主張も耳にし、考える機会が多かった。それでも、彼についていったのである。 なつめにしても、他の候補者にしても、何も間違ったことは言っていない。しかし、なつめの言う「縛られた上での自由」というのはどうにも納得が出来なかった。問題を起こした生徒は処罰されなければならない。また、学院は立場が特殊なため、生徒一人一人が立ち回りに気をつけなければならない。最近起こった諸々の問題もあり、対外的には秩序を優先した姿勢を示す必要だってある。それは分かっている。 しかし、秩序を先に置いてその後に自由を持ってきたら、それは「躊躇い」を生ませてしまう。実際に処罰されるかどうかは問題ではなく、「命令違反になる」、「優先度が低い」という意識を持つ――持たざるを得なくなってしまうことが問題だ。一瞬の躊躇いで、掛け替えのないものを失うかもしれない。秩序に対する「畏れ」が、取り返しのつかない結果をもたらすかもしれないのである。そういう辛気臭いのは、嫌だ。 だから、仲間のことを第一に考え身体を張って助けに行き、それでいながら周りのこともしっかりと考えている聡なら、この学院をいい方向へ導いてくれるはずだ。 「山葉君」 笹井 昇(ささい・のぼる)は、ちょうどリハーサルを終えた聡に声を掛けた。 「支持率の途中経過見たぜ。いい位置につけてんじゃねぇか」 デビット・オブライエン(でびっと・おぶらいえん)が軽く口元を緩めた。 数字の上では十分逆転可能。加えて、一位ほどのプレッシャーもかからない。 選挙活動が始まった頃に彼の考えは聞いている。もちろん、その後の活動もきちんと見届けていた。その上で、昇達も聡を応援すると決めたのである。 昇から見た聡と最有力候補のなつめとの大きな違いは、目指しているリーダー像だ。例えるなら、強力なリーダーシップで組織を舵取りして嵐を乗り切ろうとする船長のようなリーダーか、それとも個々人の才能と誠実を信じて、共に困難を乗り越えようとする議会の議長のような存在なのかというところだろう。 極論かもしれないが、契約者の力は強力であり、学院の保有するイコンが小国の軍隊を圧倒出来る戦力であることは疑う余地がない。風紀委員会、監査委員会と共に一種の三権分立体制のような状態とはいえ、生徒会長はそれらの力を握ることに変わりはない。なつめであれば、それを濫用することはないだろう。 学院は、確かに道を間違えた。信頼回復の道は長く険しいかもしれない。だが――いや、だからこそ、その道を歩むのは生徒会長や生徒会役員、代表生徒といった一握りの生徒ではなく、全生徒であるべきだと昇は考えた。そのための道標を示してくれるとしたら、それは聡だ。 「おっと、いよいよ会長候補の演説か」 デビットがステージに視線を送った。聡の出番が刻一刻と近付いてきている。 「……ところで先輩、イコンで演説案は結局採用ッスか?」 そう尋ねたのは、和眞だ。 「イコンで演説?」 「そうッスよ。こうやって会場も最初のイコンデッキなことだし、通ったものだと思ってたッス」 昇に対し、和眞がそのことを教えてくれた。パイロット科の生徒らしいやり方ということで、前に提案していたものらしい。 「周りがどんどん新型に移っていく中、テストパイロットの時からの愛機、コームラントと共に最後の決戦に挑む。中々いいシチュエーションだと個人的には思うッスよ!」 「ああ、そのことなら許可は出たぜ。教官からも選管からもな」 どうやら、聡もやる気らしい。 「そういえば、一応横断幕だけは用意していますが……使います? 使いますよね?」 ルーチェが手にしている紙袋の中には、それが入っていた。もはや「はい」か「イエス」しか選択肢がない雰囲気である。 「よし使いますね、決定です。ということで準備しましょう!」 イコンを使う以上、準備はやや早めに済ませなければならない。ここまででイコンで演説をした者はいないが、たった今演説中に制服を脱いだ候補者がいたくらいだ。許可も出ているようだし、問題ないだろう。 「……っと、そろそろ行かねーとな」 聡が深呼吸し、準備を始めた。 「お前の人生最初で最後の大舞台かもしれねぇ。トチってもいいから、思い切りやってこいよ」 彼の背中を後押しするように、デビットが声援を送った。 「残念会の準備もバッチリだから、心配するな。任せとけ、可愛い女の子も呼んでおくからよ」 「デビット。縁起でもないことを言うもんじゃない」 気を和らげさせるつもりで口にしたのかもしれないが、昇は彼をたしなめた。 「ま、残念会じゃなくて就任祝いになりゃいいな」 ここまできたら、当選してもらいたい。それは、昇もデビットも同じだ。 |
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