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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

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・見届ける者


「ゾディ。今日に向けてすばる、結構頑張ってたのよ、知ってた?」
 ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)に目線を向けた。
「ええ、ベルモント君に応援をお願いしに行ったり、今日まで校門での朝の挨拶を欠かさなかったりと、様々な努力をしていたことは聞き及んでおりますよ」
 二人は教職員席から演説の様子を眺めていた。ちょうど今、すばるの番が終わったところだ。
「あら、知ってたのね。ってまあ、この立場にいるんじゃ当然のことだったかしら」
「ええ、こういう職に就いていると、生徒の動向は視野に入れておかないと何が起こるか分かりませんからね。……それに」
「それに?」
「今回、すばるが立候補したということは、パートナーであるボク達の立場も問われるということになりますし……ね。彼女は強化人間にしては珍しく、不安定になる要素が少ない個体です。唯一の依存は、ボクと同じ『生きること』に関してですかね」
 ふと口にしたところで、もう一つの依存を想起した。
「……アンタに依存しているとも言えるわよね。そうなると、アンタにも厳しい目が向くのよ、その自覚あるの?」
「その自覚はありますね。ボクの思想がそのまま彼女に移行する。そうなると、ボクの動向も監査委員に視られるようになりますよね?」
 パートナーへの依存は、強化人間であればほぼ避けることの出来ない本能のようなものだ。特に、異性同士の場合はそれが顕著に現れる。
「つまり、ボク自身も『地球とパラミタの中間』の存在であることが求められるわけですよね。元々教員ですから、思想的には偏りはありません。それに、ボクは生徒達が自主的に動く環境というのに興味がありますから、それを確保する手伝いをすることは確実ですね。まぁ、手綱を締めるのはボク達教員の役割ですが」
 アルテッツァは苦笑した。とはいえ、学院の暗部に触れてきたわけでもない身としては、教員としてやるべきことはこれまでと変わらなそうだ。
「分かってんならいいのよ、ゾディ。
 さぁて、演説が終わったらアタシ達は忙しくなるわよ! ほとんど生徒達が動くんだけど、細かい部分の指示はアタシ達教員の仕事だからね、分かってる?」
「ボク達は選挙管理委員の手伝いでしたね? 選挙者名簿の、教員分の管理……だったでしょうか?」
「それと湯茶出しよ!」
 席を立ち、二人はすぐに動けるように準備を始めた。
「あとは、山葉君となつめ君の演説ですね。
 ……おや?」
 駆動音が耳に入ってきた。視線の先にあるのは、コームラントの姿だ。彼のテストパイロット時代からの愛機であり、色落ちした装甲がその時間を物語っている。
 機体の両手で「清き一票を」と書かれた横断幕を掲げ、コックピットハッチを開き、その場で立って演説を始めた。
「なかなか思い切ったことをしますね」
 彼の主張は、評判で聞いていた通りのものだった。
「俺は、誰かを見捨てる学院になんてしたくない。だから、皆の力を貸してくれ! 生徒会執行部、風紀委員会、監査委員会、三科長会議、代表会議、そういう一部の人間だけじゃなくて、この学院に関わる一人一人の力が必要なんだ。
 俺からお願いしたいのは、『自分がいなくても……』なんて考えないでくれ、ってことだ。確かに、自分で何かを考えて行動することには責任が伴う。もちろん、その自由度が高くなればなるほどな。だけど、一人一人がちゃんと考えることが出来るようになり、言葉を交わせるようになれば、自然とバランスが取れると思うんだ。誰も否定はしない。けれど、それが多くの人を悲しませる結果になるようなものだったら、『俺達』が全力で止める」
 正しいとか、間違っているとか、そんなものは何かの基準を定め、相対的に捉えなければ判断出来るものではない。だから、間違っているなどとは言わない。正しいことが、後になって間違いになることや、その逆もあり得るからだ。
「最後に、俺が会長になったら、任期の間は絶対にナンパをしないと約束する。もしナンパが発覚したら、その時は即会長を辞任する!」
 これには、さすがに会場から驚きの声が上がった。それが、聡の覚悟のほどを示していた。
 最後は、支持率トップのなつめの番だ。
 整った長髪をたなびかせ、姿勢よく立つその姿は、神秘的であった。一切緊張している様子はない。
 聡の演説で沸いていた会場が、静寂に包まれた。
「生徒会長に立候補しました、高等部パイロット科二年の五艘 なつめです。この場で改めて立候補者の皆様の考えを聞き、やはりこの学院をいい方向に導きたいのは同じなのだということを実感致しました」
 微笑みを浮かべるも、すぐに真剣な表情になって言葉を続けた。
「最初に、私は山葉候補や天空寺候補と同じように、生徒の意志を尊重すべきだと考えています。ですが、現時点でそれを前面に押し出していくのはまだ早いと思います」
 世界のバランス、という語は使わずに理由を述べ始めた。
「4月から新体制が本格的に始まるわけですが、初年度は『新体制の基礎固め』を重点的に行うべきです。6月事件の後、現行役員の方々が新体制作りに尽力して下さっていたことは認知しておりますが、まだ課題は残ってます。今の私達は、非常に不安定です。確かに、自分の意志を持ち、自由と責任を自覚して一人一人が行動出来るようになるというのは実に理想的です。しかし、明確な目的がなければ、それは難しいでしょう。例えば、地球とパラミタの境界に立っていることを自覚して行動しろ、と言われても漠然としていて、具体的に何をすべきかはすぐには見えてこないかと思います。もし、それを自覚し行動している人が近くにいたとしても、気付けないでしょう。疑問は抱くには、それを抱ける程度に知ってなくてはなりません。
 ……皆様の中で、旧体制時代にその旧体制に対して疑問を抱いていた人は、どれくらいいるでしょうか?」
 一呼吸おいて、続ける。
「『皆の力で新しい学院を支えていこう』。それ自体は非常に素晴らしいと思います。ですが過度な個人の尊重と自由は、人を盲目にしてしまう危険性を孕んでいます。新体制における最低限のルールの構築、および一年間生徒達の動向の観察を行った上で、そちらの方向にシフトする。自由には責任が伴う、それを自覚させることを促す。ただ言うだけでは足りません。この学院に関わる人達にそれが浸透した時こそ、真に生徒主導の土台が完成するのです」
 対立する理念は否定しないが、なつめはそれをより強固なものにするための過程を説いた。理想論を許容しながらも、あくまで現実的な考え方にのっとっている。
「……清き一票、宜しくお願い致します。ご清聴ありがとうございました」

 立候補者全員の演説が終わり、午後からは投票開始となる。
「で、生徒会長は誰に投票する予定ですか、ヴェル?」
「……そんな話するの?」
 投票会場の設営へ向かいながら、アルテッツァとレクイエムは投票の話をしていた。
「そうねぇ、アタシはあの最後に制服を脱ぎ捨てた子なんか面白いと思うわ。学院の品位は下がっちゃうけど、対外的にはインパクトが大きそうね。ゾディ、アンタは?」
「ボクは順当に――」
 演説内容も踏まえた上で、候補者の名前を口にした。