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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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13





 同時刻、イルミンスールの森。
 判明した事実に、その報告を受けた者達もまた、実際に記憶を目の当たりにした面々と同じく、激しい衝撃を受けてはいたが、それに立ち止まるのは状況が許さなかった。頭を振りかぶって、ひとまずは無理やりにでも感情を置いて、浩一は報告を纏めながら、各情報の拠点へとそれを送っていく。
『記憶の中で、アールキングの周囲にあった珠と、巫女と超獣を同化させているものは、恐らく同じものじゃろう』
 封印の解けた今、かつて持っていた真の王を名乗る者……アールキングの情報が、アーデルハイトの中で蘇っている。本体のそれと同じ記憶を持つアーデルハイトの残留思念が浩一へ情報を伝える傍ら、天音が、通信の届かない超獣の内部に居る叶や刀真へと声を送った。
「珠は媒介だ。同化の中心であるそれが砕ければ、介入の道を失って、効力を失う筈だよ」
 その声を聞いて、超獣の中にいた一同は、僅かだが表情を緩めた。
 迂闊に珠に手を出すのは、同化している巫女にとっても危険だ、ということで、そして羅儀が幸せの歌を超獣内部で響かせることで、超獣からの影響を防ぎながら、それに併せて歌う歌菜と羽純がディミトリアスと共にその心へと訴えかけ、残る皆が身を挺してそれを庇っていたが、限界は近付いていたのだ。希望が宿ったことで、萎れかかってた気力を奮い立たせると、残った力を振りしぼって、契約者たちは立ち上がった。
「時間が無いわ、一撃で決めましょう」
 歌菜が、その槍を構えて、珠を示すのに頷き、刀真もそれに倣う。
「同化を解いた瞬間、超獣が暴れ出す可能性があります。防御体制を」
 白竜の呼びかけに、皆の準備を待って、刀真と歌菜が頷くと、両の武器を珠に向けて振り下ろした。

「これで……終わりだ!」

 一撃。光を纏った刀真の白の剣と、歌菜の大空と深海の槍が、正確に珠の中心を射た。
 瞬間、バギンッ、という高い音を立てて、珠は砕かれ、ぶわり、と内包する黒いエネルギーを霧散させながら、破片を散らした。
「……っ、根が!」
 変化は劇的だった。
 珠から生え出していた黒い根は、枯れるようにしてみしみしと細り、最後には砕けるようにして粉々になってしまうと、その片鱗も残さずに消えていき、半ばそれによって超獣に縫い付けられていた形であった巫女の体が、大きく傾いだ。核を失ったことで、その内部がぐにゃりと変化を始める中、咄嗟に巫女の体を受け止めた白竜は、外へ向けてテレパシーを放った。

「巫女を救出しました。今なら、還せます……!」





 その報が、各方面へと一斉に届けられる中、イルミンスールの森では、皆が一様に半ば呆然とその姿を見ていた。
 黒と灰色が入り混じって、身悶えるようにして暴れていた超獣から、黒い部分が姿を消したかと思うと、灰色の体が宵闇の色へとゆっくりと変わって、内側から淡い燐光を灯し始めると、伸びていた手がどんどんその形状を失って丸まり、助成のような体系であったその胴体もずるりと溶けるようにして形を崩していく。
「……崩壊している、のか?」
 敬一が呟くのに、エッツェルが「さあ?」と首を振った。
「エネルギー体ですからねえ。核を失って、単純に形を失ったんでしょう」
 巫女の嘆きをそのまま形にしていたようなものだ。存在を形作る確かなイメージは、元々持ち合わせていなかったのかもしれない。巫女との同化が解けた今、その原型のない本来の姿に戻ろうとしているのかもしれない。
「いずれにせよ……還せるのは、今だ」
 呟いて、クローディスがぱん、とディミトリアスの背中を叩き、呼雪もその肩を叩くのに、力強い頷きが返された。
「始めよう……神殿を、起動する」
 そう言って、祠へ合図を送られたのを確認したディミトリアスが、その錫杖を構えなおしたのを見やって、理王がカメラを向けてその姿を捉えた。
『いよいよメインイベント、ヘタレだった弟がついに立ち上がる! 古代(いにしえ)の最高術師ディミトリアス・ディオンがリングに上がる!』
 そんな風に打たれたテロップが、月の光を受けて立つディミトリアスを、モニターに大写しにする。
「一応真剣な場面なんだから、悪のりもほどほどにしなさいよ」
 屍鬼乃が横から肩を竦めるが、理王はその手を止めることなく、ゆっくりと錫杖を独特の動作で振りながら、遺跡を起動させる術を発動させていくその横顔から、全体を切り替えながら撮影していく。
「別にふざけてるわけじゃないよ。一応これも、約束の一部だし」
 今は一応の協力体制にある”愚者”は、ディミトリアスの術を知りたがっていた。ここまで手を貸してもらっている以上は、それを一部は返すべきだろうという意図もある。勿論その横で、愚者が「それ以上」を求めないかどうかを屍鬼乃が見張ってはいたが。
「それに……この映像を、もしかしたら真の王が見ているかもしれないからね」
 そして見ているなら、何らかのアクションをしてくるだろう、と予測しているからだ。
「それに案外もう、ここに”いる”かもしれないじゃないか」
「流石にそれはないと思うけど」
 理王の言葉に、否定を返した屍鬼乃ではあったが、後、録画を解析してみなくては、と思い直したものまた事実だった。
「兎も角、ここからが本番だ……気を抜いて撮り逃さないようにしないとね」



「アキュート、あちらの準備が整ったようです」
 クリビア・ソウル(くりびあ・そうる)の言葉に、アキュートは頷いて「聞こえてるか、ディミトリアス?」と遺跡と祠とを繋げているだろうディミトリアスへと声をかけた。
「超獣を還したら、次はあんたが頑張る番だぜ。ちゃんと巫女さんを助けろよ?」
 からかうように、励ますように向けら得た言葉に、ほんの少し、ディミトリアスが笑うような気配があった。それに満足げにしながら、アキュートは改めて通信機を手に取ると、各祠でこの時を待っていた一同へと、声を向けた。
「さあ……こっちも本番だ。頼むぜ、歌い手さん方!」
「任せるですよ〜!」
 ペト・ペト(ぺと・ぺと)が、その声に答えてぴょこん、と跳ねるのに、クリビアが笑って「頑張ってくださいね」とその頭を優しく撫でると、そんなペトの足元で、ハル・ガードナー(はる・がーどなー)が「ボクも頑張るよ!」と力強く言った。
「ペトペトのステージなら任せて!」
 そう、彼の役割は、ペトペトの乗る、舞台の役割だ。ささやかな役割だが、本人が真剣なこともあって、ふっと緊張を一時和ませる。その空気に、通信機の先で、クナイ・アヤシ(くない・あやし)のくすくすと笑う声がした。
『こちらも準備は出来ていますよ』
『何とか思いを伝えられたら良いね』
 北都が言うのに、クナイも頷いた。大切な人を思う気持ちは、クナイにもよく判る。離れていても、祠による効果なのかどうか、北都と気持ちが繋がっているのが判る。だからこそ、ディミトリアスが大切な人と再び繋がれるように、願って止まないのだ。
『届けましょう、思いを……』
 クナイの言葉を合図にするように、祠はゆっくりと、音で満ち始めた。



 そうしている間にも、ディミトリアスの術式は続いていく。
 月の光を受けた錫杖の先端には、いつの間にか光が灯り、中空を漂って複雑に文様を描いて、次第に大きな輪を作って、彼の周りに光の魔方陣のようなものが形成されていく。それは、当時の系統のためだろう、地下の遺跡を封じていた刻印に良く似ていたが、その中心の月は、真逆の白だ。その輪郭をどんどんと拡大していく巨大な魔方陣は、やがてストーンサークルで作られた結界の全てを覆ってしまうと、結界の柱一つ一つに、光を灯し始めた。
『……遺跡が、起動した……のか?』
 司が声を僅かに震わせたのに、『凄い光が溢れてます』とグレッグも声を上げた。だが、そこに邪悪さは感じられない。ただ、暖かさもなく、冷たく澄んだ氷のような空気が、遺跡全体を包んでいるようだ。
 その報告を耳に、ディミトリアスはシャランッ、と一際高い音を立てて、錫杖を突き立てるようにして地面を突いた。瞬間、ストーンサークルの柱から放たれた、まばゆく強い光が周囲を刺すように貫き、それはディミトリアスの体と超獣を包んで行き――――……歌が、響いた。



 明かりを灯せ大地が上 想いを示せ暗き道に
 地に人 見えざる糸に結ばれ 手と手を取り その想い迷い子達の標となるよう
 想いを辿れ 大地に灯る 点と点、点と天を繋ぎ 星の如く瞬く


 はじめは、小さな音だった。
 祠と相対するストーンサークルの光の中から、ぱらぱらと響いていたそれは、段々と音と音、言葉と言葉を結んでいき、祠に灯ったそれら一つ一つの音が、子守唄のようなメロディに乗って、光の中から溢れるようにして流れ出ていくと、イルミンスールの歌い手たちの紡ぐ歌と混ざり合って、溶け合って、一つの歌として、ゆっくりと流れ始めた。

 

 水は流れ落ち失われ 花は咲き実を結びやがて枯れる
 光射す行方も命の旅の最後も
 奏でる音のように零れる砂のように 止まることは無く万物は流転する

 訪れた闇 閉じた扉 帰る場所 絆を断つ 
 君の瞳が開く時まで 失くした日々を取り戻すまで
 過ぎ去ったことを悲しまずに 未だ留まり続ける夜の先へ



 全ては返らない。無かったことにはならない。
(そうだ、憎しみも、悲しみも、傷つけたことも、苦しませたことも……失った命も)
 超獣の生い立ちを辿るような、命の流れを辿るような、それらの言葉は、一つの物語のようにして紡がれ、その光と密度を増しながら、イルミンスールの森の中に響いていく。それに耳を傾けながら、ディミトリアスは更にその光を束ねるようにして、神殿――遺跡の力と同調させていく。
 接続されたその場所から、そして自らを降ろしたまま眠る巫女を通じて、超獣も、その歌を聴いていた。
 超獣には聴覚も無く、視覚も無いが、同化を失っても、降ろされた状態であるため、その声を聞くことが出来るのだろう。あるいは、もしかしたら、超獣を形成する大地の力……かつては誰かや、何かの魂であったものが、それを聞いているのかもしれない。
 そんなことを思いながら、ディミトリアスは、紡がれる歌に、巫女に向ける自らの思念を乗せながら、光の灯る錫杖を、ゆっくりとその流れを作るようにして一つ一つの術式を組み上げていく。
(届いてくれ、巫女――……アニューリス。俺はここだ……今度こそ、君を、助けてみせる)
 そうして向けた杖の先に宿る光は、超獣の、その内側の巫女へと真っ直ぐに向っていく。



 失われし繋がりは 指し示す杖の先 炎を灯し 未来を指し示す
 花開く 香り 君に届け 水面跳ねる魚の様に 心は躍る
 君の奏でる 琴の調べ  季節は巡り 稲穂は揺れる
 思い出は宝石となり 心を廻り巡る 
 瞬く星の光の導きのもと 君が元へ廻り巡る

 絶えることのない導き 暗闇に光がさして 失望を終わらせて
 寂しさはやさしさに 苦しみを強さに変えて
 星の彼方に思いをはせて きみは歩き出すでしょう



 歌がその強さを増すにつれ、その光がその照らすものを増やすにつけ、動きを止めて大地へ伏せる、ゼリーのようだった超獣の輪郭が、うっすらと不明瞭なものになっていく。溶けるのではなく、解けるようにして、段々と淡い光のかたまりのような存在へと変質し始めていた。
『エネルギーの流れを確認。超獣の力が、祠と遺跡に向って、流れ始めてる……!』
『確認できてます。凄いエネルギーです』
 エールヴァントの言葉に、アリーセが応えた。超獣を形作っていたエネルギーが、ひとつの塊から離れて、ストーンサークルの柱や、祠、遺跡を伝って、もとあった場所へと戻ろうと逆流し始めているのだ。いや。
『拡散、か。本来は超獣へ力を与えるための機能だったろうに、皮肉なもんだな』
 モニターの先で、愚者が呟いたが、誰とも無く、それは違う、と認識していた。
 拡散ではない。超獣は、還ろうとしているのだ。
『このペースなら恐らく、溢れ出して被害が出ることは無いかと思われます』
 そう締めくくったところで、アリーセは肩を叩くツライッツの手に、報告をやめた。
 今は、無粋な言葉は要らない。そんな思いを悟って、アリーセは司達と共に、大地へと還っていく力を、そして想いたちを見送った。

 そして同じ頃。
「……綺麗ですねぇ」
 イルミンスール魔法学校の校長室で、明日香が呟き、封印の中から帰還した者達も、揃ってそれを見た。
 モニターに移される超獣、いや、最早既に超獣と呼ばれていたかつての姿と力を失いつつあるそれは、全身を淡い光へと変えて解け、ふわふわ綿毛の漂うような優しさで、と森を包み込んでいきながら、静かに消え行こうとしていた。




 運命の下に生れ落ちた 終わりのない闇に惑うきみは
 新しい夜明けへの鍵を その手に握っているの

 きみに寄り添う 重ねた祈りのように 繋いでゆく生命のように
 そしてきみもまた だれかを照らす光になって
 はかなき音となって 愛するものに寄り添うでしょう

 さぁ おいきなさい 全てが溶けて交じり合う日まで
 太陽は天よりの頼もしき守りとなり 月は君の傍らで
 全ての闇から君を守ろう 星の誓いで君を守ろう

 見つめあい響きあって ぼくはいつまでもそばに居る
 忌むべきものの届かぬよう 想いの星達と共に君を守らん
 あなたのうえに やさしいうたと やさしいことばを
 さぁ おいきなさい あなたのうえに 灰色の天蓋を下ろそう




 そうして、最後のひとつの言葉が紡ぎ終えられた、瞬間。
 残っていた僅かな光の全ては、音の無い花火のように弾けると、無数の光の粒となって散らばり、雪のように森へと降り注いだ。あるものは倒された木々へ、あるものは焼かれた土の上へ、そしてその多くは、大地の上へと触れると、静かにその光を溶かしていく。


 そんな、光の雪が降り降りる中、ただ一人、ディミトリアスだけはそれを見ていなかった。走り出すのを堪えるような、一歩を踏み出すことを恐れているかのような、鈍い足取りが、先程まで超獣が在ったその中心へと進んでいこうとするのに、そちら側……超獣の中で、巫女を守っていた面々が気付いて近寄った。
「……眠り姫の目覚めには、王子様のキス、でしょう?」
 歌菜が微笑んでそう言うのに、ディミトリアスは一瞬何とも言えない顔をしたが、拒否権は既に彼自身にはないようだ。いつの間にか皆が集まってきている中、ローズが冬月 学人(ふゆつき・がくと)と持ってきた医療用の簡易ベッドに巫女は横たえられてしまい、さあ、とばかりにスタンバイされていく。あれよと舞台を整えられてしまって、うろたえるディミトリアスを見る、皆の目の意味は様々だ。
「ぐだぐだする男は嫌われるぞ」 
 止めを刺したのはクローディスだ。ふう、と溜息のようなものを漏らすと、ディミトリアスは何事かを口で呟き、そしてそのまま唇を寄せると、巫女の額へとそっと触れさせた。借り物の体だからと言う配慮だろうが、周囲の反応はいうまでもない。だが、そんな反応など、ディミトリアスにとっては関係の無いことだ。封印を解かれた巫女、アニューリスが、五千年という永い眠りの中から、ゆっくりと瞼を押し上げていく。そして、驚愕に見開いたアニューリスの手が伸び――

「……この、馬鹿者……ッ!」

 パァンッ! という、思わず身を竦めるような、痛そうな高い音が、ディミトリアスの頬を打って響いた。あっけに取られる一同の前で、ディミトリアスはその反応を予想していたように、反論もせずにじんじんと痛む頬を撫でている。だがそれも、すぐに、泣き笑いのような複雑な表情に変わると、何かを口にしようとし、けれどそれを口に出すことも出来ないまま、今まで躊躇っていたのが嘘のように腕を伸ばすと、その細い体を抱きしめた。
「……すまない」
 様々な思いの篭ったその言葉に、アニューリスは何度も、馬鹿、と繰り返しながら、抱きしめられる腕の中でぽりぽろと涙を零すと、彼女もまたぎゅうっとその体を抱きしめた。
「すまないで、すむものか、この馬鹿……ッ」

 そう言いながらも、安堵と愛しさを隠し切れないで、その体にしがみ付くアニューリスと、それをしっかりと受け止めるディミトリアスの二人の上に、淡い光の雪が祝福するように舞い降りるのを、皆、ただ黙って見守っていたのだった。