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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

「<我は射す光の閃刃>!」

 応接間で、初手を発したのは翠だ。
 少女が展開した魔法陣に光が集まり、光の刃となって切とコルニクスに迫る。

「はぁッ!」

 対する切は呼気を爆発させ、腰から、飛燕の速度を超えた初太刀を放った。
 抜きつけの一刀は<真空波>を生み出し、光の刃と激突。真空の刃と光の刃が砕け散る。
 それを確認したティナは、<ワルプルギスの夜>を発動。一拍置いて、ミリアがサンダーバードを飛翔させる。

「未来を変えるためにも……行っけぇぇぇッ!」
「不幸な結末しかないなんて、認めるわけには行かないのよ!」

 空中に散布する光の粒の中、闇黒の炎と巨大な雷鳥が切に肉迫。
 それは、微妙に時間をずらして飛来してくるがゆえに、普通の刀では二つを切り落とせない。見事に<抜刀術>を封じた戦法だ。

「やれやれ、言っただろ? 一刀の下に切伏せてやるって」

 しかし、切は構わず抜刀し、<歴戦の必殺術>による峻烈な縦の太刀筋を放った。
 と、同時。僅かな距離が開いている二つの魔法が、まとめて叩き切られた。
 刀を抜ききった切が、静かな声で言った。

「どんな戦法も、ワイには通じないよ」

 そう言い放つ切の掲げる刀身の全長は四メートルを超えていた。
 明らかに鞘以上に長い、物理的にあり得ない刀身である。
 その金属の刃が波打ち、収縮し、通常の長さに戻り、彼の手首が華麗に回転して、鞘に帰還。磐石の<抜刀術>の構えに戻る。

「……なんですかぁ〜、その不思議な刀はぁ〜?」

 スノゥは<魔杖シアンアンジェロ>を握る手に力を込め、問いかけた。

「《自在刀》だよ。個人的には、これほど<抜刀術>に向いている刀はそうそうないと思っているよ」

 戦闘における間合いを自在に操る刀と、<抜刀術>に長けた契約者の組み合わせ。
 強敵だ。
 対峙する翠達は思わず息を飲み込み、武器を構え直した。

 ――――――――――

 切が多くの契約者の注意を引いている中、コルニクスはリュカへと近づいていた。
 クラスが盗賊である彼は、<隠れ身>で進むことにより、誰にも気づかれない。
 そして、リュカと五メートルほどまで近づいたとき。

「……ほぅ。貴様が、リュカと共に行動しているとかいう馬鹿か」

 明人がリュカを守るように、身を割り込んだ。

「……明人くん」

 リュカは固く目を閉じた。
 また、守りに来てくれた。自分を助けに来てくれた。
 それだけで泣き出しそうになるほど嬉しかったが、感情の奔流を胸に押し込め、精一杯の平静を装って、リュカは言った。

「もういいよ、明人くん。もう、十分だから。私がここで犠牲になれば……」

 明人はリュカの言葉を遮り、背中越しに声をかける。

「少なくともこの場の戦いだけは止めることが出来る……だろ、リュカ」
「……うん、その通り。ごめんね、明人くん。私のせいで……でも、もう大丈夫だから。安心して」
「本当に?」

 コルニクスの動きに警戒しつつ、明人はリュカに問いかけた。

「リュカは、それで本当にいいの?」

 彼女の瞳にはいつものようなまっすぐな光を宿していなかった。それは迷いか。

「私は、裏切り者なの。だから、殺されるのは当たり前のことで……」
「君が狙われているのは十分知っている。でも、それはどうでもいいんだ。僕は、君の本当の気持ちが知りたい」
「私の、本当の……?」
「君が犠牲になることを望むなら、本当に望むなら、僕はそれを止めはしない。
 でも、そうじゃないなら、君の本当の気持ちが違うなら、どんな我がままでもいい。それを言って。言ってくれ」
「わ、私は……」

 リュカは僅かに表情を崩し、目を伏せた。
 彼女のその様子が気に入らなかったのか、コルニクスは舌打ち。

「貴様は、馬鹿か? 我が組織に反抗して、生き残れる者がいるとでも思っているのか?」

 コルニクスはゆっくりと近づきながら、言葉を継いでいく。

「その証拠に、そいつの仲間はこの俺に殺されたというのに、反骨心の一つも見せない。
 俺に殺されることを納得している。自分の死を受け入れているんだよ、分かったか?」
「……ああ、なるほど」
「ほぅ、理解したか? 理解したのなら、そこをどけ。
 貴様のような矮小で臆病者は殺すに値しない。見逃してやろう」
「嫌だね」
「……何だと?」
「僕が分かったのは、お前がどうしようもないクソ野郎だってことだけだ」

 コルッテロの幹部である彼は、誰からもそんな口を聞かれたことがないのだろう。
 コルニクスは額に青筋を走らせ、床を蹴った。やはり力の差は歴然。ズドン、と重い拳を腹に叩き込まれる。

「がっ……!」

 口から内臓が出そうな痛みに身体が痙攣し、更に後頭部を大型ナイフの柄で叩きつけられた。
 床に倒れる明人の背中を、コルニクスは踏みつけた。巨体の重圧に、明人の背骨が大きく軋む。

「あ、明人くん!」

 リュカは駆けつけようとするが、足が動かない。身体に力が入らない。
 コルニクスはそんな彼女を見て、腰に差した小ぶりなナイフを彼女の手前に放り投げた。

「その刃で自害しろ。そうすれば、この小僧は助けてやる」
「っ……!」
「早くしろ。さもないと、本当に死んでしまうぞ?」

 コルニクスはさらに足に力を加えた。明人は背中の痛みに悲鳴を洩らしそうになったが、寸前でそれを飲み込んだ。

「……っ。分かり、ました」

 苦しむ彼を見て、リュカは力があまり入らない腕で、投げられたナイフを握った。
 震える手で鞘を抜き取り、柄を両手で握って、刃を自分の喉に向ける。

「それでいい。最初から、そうすればよかったんだ」

 コルニクスが足を上げた。
 重圧から解放された明人は、身体機能を確認。呼吸をするだけで身体が痛む。あと、どれぐらい動けるのだろうか。

「ははっ、良かったな。臆病者」

 黒服の男が明人へ唾を吐き、興味を失って、リュカへと歩み寄っていく。

「……やめなよ、リュカ」

 しかし、その足は、リュカのもとにたどり着く前に止まった。
 コルニクスは振り返る。視線の先では、明人が机に手をかけて立ち上がろうとしていた。

「貴様、一体、どこにそんな力が――」
「黙れ。僕は、リュカに、話しかけているんだっ!」

 呼吸は整わない。足元はおぼつかない。
 身体中から非難の大合唱。もう動くな、と明人に警告する。

(うるさい。ここは立つところだ。立たなきゃいけないんだ……!)

 明人は震える膝を両手で掴み、握りつぶす勢いで力を込め、リュカだけを見つめる。

「答えてよ、リュカ」

 口が自然と動いていた。

「僕は、君のヒーローなんだろ。なら、こんな男に負けると思うか?」

 なんて強がり。なんて虚勢。
 まさか自分の中から、こんな言葉が出てくるとは。
 リュカは明人を見つめながら、呟くように言った。

「……思わ……ない」
「だったら、さ……」

 明人は笑って見せた。
 強がるでもなく、自嘲するでもなく。
 それは、どこまでも、不敵な笑顔だった。

「僕のことは気にしなくていいから。大丈夫だから。言ってみろよ、リュカ。君は本当に、それでいいのか?」

 リュカは込み上げる感情を堪えるように口を引き結んだ。
 しかし、それでは抑え切れず、その瞳から一筋の涙が零れる。

「……嫌だよ」

 今までずっと我慢していたものを、彼女は解き放った。

「私は、本当は、こんなこと、嫌、嫌だよ……本当は、本当は……生きていたい。
 ……私を生かしてくれた皆のためにも……自分のために生きたい……リネンさんやポチくん……警備部隊の皆と……何より、君と……一緒に生きていきたい」

 リュカの手から、涙と共にナイフがこぼれ落ちた。

「……死にたくない……助けて…………明人くん……」
「わかった」

 明人は頷き、こう言った。

「リュカ、少し待ってて。すぐに、片付けるから」
「……片付ける、だと? おまえ、一人でか?」

 コルニクスは鼻で笑い、明人を見下ろす。
 明人は笑みを返し、言い返した。

「違うよ。僕一人じゃあ、おまえには勝てない。そんなことは重々承知してる。
 僕にだって死ぬ気はないんだ。死んで悲しむ人のことを考えないのはただの愚か者だから。――エリシアさんっ!」
「……全く、ひやひやしっ放しでしたわ」

 今まで様子を見守っていたエリシアが、明人の隣へと駆け寄る。
 彼女は《魔道銃》を構えて、コルニクスを警戒しながら、明人に言った。

「貴方は無茶しすぎですわよ。さあ、後はわたくしに任せて下がって、」
「嫌です」
「え……っ?」
「ごめんなさい。先に謝っておきます。
 でも、僕に出来ることを、彼女に見せてあげたいんです」

 驚くエリシアをよそに、明人は心の封を切った。

(……僕は弱い人間だ。こんなときでも弱音がくすぶってる。今だって他の人に頼るし、本当に弱くて情けない人間だけど……)

 それは、リュカとの契約による奇跡の可能性。

「くぅっ」

 味わったことのない感覚が、身体を満たす。
 と、共に頭から狼の耳が生え、尻尾が生まれた。同じように爪が急激に伸び、鋭利なものに変わる。
 <超感覚>。
 彼女との絆により、明人が手に入れた戦う力。
 明人は身体の芯から湧きあがる力を感じつつ、拳を握り、しっかりと床を踏みして立つ。

(でも……それでも……自分は、リュカの前では強くなろう。せめて彼女の前でだけは、彦星明人は、本当のヒーローになろう)

 明人は今、ハッキリと、そう決めた。



「彦星明人、貴方は……」

 エリシアは、豹変した明人を見て、思わず感嘆の息を洩らした。
 彼女は悟ったのだ。明人が、自分達と同じステージに上がってきたことを。すなわち、逃げる側から戦う側へと。

「……全く、無茶苦茶ですわね」

 エリシアは小さく笑い、彼を心から認め、言った。

「いいですわ、共に戦いましょう。頼りにしていますわよ、明人」
「はいっ!」

 二人がコルニクスを見据え、戦闘態勢をとった。
 エリシアがニヤリと笑い、言い放つ。

「さぁ、ボッコボコにしてやりますわよ!」