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リアクション
そして、時間は今。リュカが<封印呪縛>された時。
ルクスに胸を貫かれたアルマは、大量の血が失われ、視界が一気に狭窄し始めた。
急激に冷たくなっていく自分の身体。混濁する意識。
走馬灯が駆け巡り、嫌でも自分の過去を思い出させる。
(――今まで、色んなことがあったわね)
貧乏だった自分は、腕を買われて彦星家の従者となった。
仕事に慣れていない頃は何度も失敗して、怒られて、それでも懸命に頑張った。
そんな時、突然、彦星家の当主様が病気で亡くなった。後を追うようにして、当主様の奥様も亡くなった。
残されたのは、自分のことを姉としたってくれた彦星家のご子息だけだった。
自分は彼に寂しい思いをさせないよう、ずっと一緒に居た。家族のいない彼の姉代わりになろうと、ずっとずっと一緒に居た。
二人で遊んで、時には怒って、いつも笑って――……。
(……って、ほとんど坊との思い出ばっかりじゃない)
ルクスは心の中でクスクスと笑い、思った。
(なら、従者としても、姉としても――坊を護らなくちゃね……!)
動け、動け。
アルマはゆっくりと、利き手を上げた。手には、マスケット銃。狙いは、ルクスの頭。
至近距離で油断している彼のこめかみに銃を押し当て、引き金に指をかける。
「……馬鹿ね……こんなに……隙を見せてくれるなんて」
ルクスの顔が初めて焦燥で歪んだ。
予想通りだ。そう思い、アルマは辛うじて搾り出した声で言う。
「やっぱり……あんたの頭は生身なのね。
首から上は普通だったし――何より、頭を守るようにして戦ってた」
「まさか、君は、これを狙って……!?」
アルマが口の端を持ち上げ、不敵に笑い、引き金を引いた。
乾いた銃声が、大広間に響きわたる。
マスケット銃から空薬莢が排出され、床に落ち、清らかな鈴の音を反響させた。
「――っと、危ないなぁ。さすがに命の危険を感じたよ!」
しかし、ルクスは咄嗟に左腕で斥力フィールドを展開していた。
それを膨らませるのではなく、自身の身体を覆うようにして。
頭に放たれた銃弾は斥力フィールドに当たり、彼の身体を避けるように逸れ、床に着弾したのだった。
「アハハッ、悪あがきもこれでお終いだッ!」
そう言って、身体を覆う斥力フィールドを大きく膨らませる。
全身を襲う衝撃と共に、アルマは吹っ飛んだ。
アインと偲が怒りの咆哮をあげ、ルクスに突っ込む。
瀕死のアルマに、なぶらが駆け寄り、<グレーターヒール>を発動した。
「止まれよ、止まってよ! ちくしょう、チクショウ!」
しかし、胸元に空いた穴から噴き出す大量の血は止まりはしない。
青白くなっていく彼女の顔は、結末が近いことをはっきりと明かしていた。
「……ねぇ……なぶら」
アルマの声は、もう聞き取れるかどうかというぐらい細かった。
「……最後に二つ……我がままを……聞いてもらってもいい?」
なぶらは目尻の涙を拭い、頷く。
アルマはそれを見て、柔らかく微笑んだ。
「ポケットに……煙草があるんだ。
それ……ありがとう……って。汚してしまってごめんなさい……って……羅儀に伝えてくれる?」
「……うん、伝えるよ」
「ありがと……それでね……最後に……」
アルマが応接間の扉に目をやって、口にした。
「あそこに……つれていってくれない?」
なぶらは頷き、彼女を抱え上げる。
そして、応接間の扉にもたれかからせた。
アルマは「ありがと」と再び、小さな声で呟くと、扉越しに明人に声をかけた。
聞こえてはないのだろうと、思いながら。それでも、言っておきたかったのだ。
「……あの坊が……数日間で……見違えるほど一人前になるなんてね」
アルマが可笑しそうに笑った。
笑ったのは一瞬で、すぐに咳へと変わってしまったが、彼女の目尻からは一筋の涙がこぼれ落ちた。
「もう少し、あなたと共に居たかったけど……」
アルマが大きく咳き込んだ。
咳き込むたびに、血の飛沫が地面を濡らす。
そして、別れを告げる最後の言葉を言おうと青ざめた唇を開き――
「……ありがとう、アルマ」
扉越しに、嗚咽交じりの声が聞こえてきた。
忘れるはずもない、聞き慣れた声。
それは、ただの幻聴だったのかもしれない。
それほどまでに、アルマの命の灯はか細く消えつつあったのだから。
それでも、最後の力を振り絞り、アルマは言葉を重ねていく。
「はは……坊……そこにいるんだ?」
「うん、居るよ。居るから、だからっ」
「なに……泣いているのよ……いつまで経っても……泣き虫なんだから……」
アルマは言い終えると、激しく咳き込んだ。
「アルマ? ねぇ、アルマ……!」
扉をドンドンと叩き、明人が名前を呼んだ。
しかし、その言葉はアルマにはもう届かない。
ついに耳が聞こえなくなり、アルマの視界は真っ暗になったからだ。
(もぅ、最後みたいね……)
アルマはそう思うと、僅かに微笑んだ。
そして、さよならよりも相応しい言葉を、彼女は口にした。
「ありがとう……幸せになってね……坊……いいえ……明人様」
――最後に声が聞けて良かった。
その思いを噛み締めるように抱き、アルマは震える指で応接間の起爆スイッチを押した。
けたたましい爆発音が鳴り響く。
その音を耳にしながら、アルマの意識は浮かび上がることのない闇の底へと落ちていった。
――――――――――
「アルマ……!」
爆発して壊れていく応接間の中、明人は今すぐにでも扉を開けたい衝動に駆られた。
しかし、ドアノブに手が触れる寸前で動きを止め、引っ込める。
「いいんですの、明人?」
心配した様子で、エリシアが明人に問いかける。
二人以外は、既に廃墟から脱出している。
「……いいんです。
ここで開ければ、アルマの行為を無駄にしてしまいますから」
壊れていく廃墟の仲、明人は涙を必死に堪え、リネンから借りた《『騎獣格納の護符』》で《ワイルドペガサス》を召喚した。
明人は手綱を握り、その後ろにエリシアが乗る。
そして、コルニクスが吹っ飛び、開けた壁の穴から脱出した。
誰にもバレないよう空へと飛び上がると、エリシアは廃墟を見下ろしながら、慰めるように言った。
「我慢せずに、泣いてもいいんですわよ?」
「……今は、大丈夫です。泣くより先に、やるべきことがあります。だから――」
明人は滲んだ涙を左腕全体で拭って、前を向いた。
「事が終わったら、全部終わったら――その後に思いっ切り泣いてやります」
―――――――――――
「うわー、派手な爆発だね!」
応接間が爆発によって崩れ落ち、それを見てルクスは興奮した様子でそう言った。
彼の前には契約者達が血まみれで、膝を着いている。
「うーん、でも、あれだけの爆発じゃあ……普通、中に居る人は全員死んでるよなぁ。
しかも、計画の鍵は他の人らが向かっているから行方はわかんないし……よし、決めた!」
ルクスはそう言うと、踵を返し、契約者達に向けて片手を上げた。
「僕はもう帰るね。いやぁ、楽しかったよ。久しぶりに楽しめた!
ここで殺すのは勿体無いから――生かしておいてあげるよ。また、遊んでよね?」
ルクスは鼻歌を歌いながら、御機嫌な様子で去っていく。
そして、大広間で戦うコルッテロの傭兵達も、戦いを切り上げて撤退していった。