薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

リアクション公開中!

古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』 古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

リアクション

 
「……事前に知らされていたから驚きはしないが……腰の軽い上司を持つと苦労するとはある意味で本当かもしれないな」
 パイモンに同行してやって来た佐野 和輝(さの・かずき)が、言うほどには苦労してない様子で口にし、持ってきた電子ゴーグルの具合をチェックしていた。
「済まないとは思っている。……だが、俺もこの目で見、確かめておきたいことがあったのでな」
「……その気にしていることについては、あえて聞かないでおく。ここでは何が起きるか分からない、無茶は控えてくれ。
 ……一応使えないわけではないが、まだ通信状況が安定しないな。もう数日は待つ必要があるか」
 パイモンに答えた和輝が、ゴーグルを外して呟く。和輝の持ってきたゴーグルは『未知』以外の対象を調査することが出来る代物だが、受信手段が確保されていないとその効力を発揮しない。先日電気・通信設備の工事が始まったばかりであり、天秤世界内で通信が自由に行えるようになるには、もうしばらく掛かりそうであった。
「うう〜、パイモンって人気者なんだね。アニスは怖いけど、これだったらその、デュプリケーター? 襲ってくることはなさそうだねっ」
 和輝の傍を離れないようにしていたアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、周りを見て呟く。アニスの言う通り、パイモンに同行する者は和輝たちだけではなかった。中にはイコンを連れて同行している者もおり、確かにこれでは相当の戦力がない限り、襲いかかろうとは思わないだろう。
「目立ち過ぎなくらいに目立ってるわよね。それでも襲って来る場合はよほどの戦闘狂、襲って来ない場合は知能を有している可能性がある。……どちらがいいのかしら」
 スノー・クライム(すのー・くらいむ)が、地上を賢狼、空中を飛装兵に探索させつつ、口にする。委細構わず襲って来る相手は厄介だが、跳ね返せる戦力をこちらも持っていれば、敵が有限であれば戦力を削り続ける事が出来る。規模に応じて襲う襲わないを変えてくる場合は、今こうして探索をしている時は安全に探索が出来るかもしれないが、後々考える事が増えるため面倒になる。
「さて、どちらだろうな。……ふむ、この辺りには他の生命体の存在はないのだろうか。あるならば私が治療をしてやれたのだが」
 異界の地であっても正しい方角を示してくれるコンパスで現在位置を確認しつつ、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)が呟く。今までデュプリケーターに遭遇していないのもそうだが、他の生命体にも遭遇していないのは気掛かりであった。
「この辺りに住んでいたかもしれない他の生命体は、全てデュプリケーターに捕食されてしまったのだろうか」
「ひゃぁ〜! もう和輝っ、怖いこと言わないでよぅ〜!」
 ぽかぽかと背中を叩いてくるアニスをあやしつつ、和輝はその可能性を否定しなかった。出来ればこの辺りに住んでいる者たちと協力関係を築き、デュプリケーターについてより詳しく知る事が出来たらと思っていたのだが、それは望み薄かもしれなかった。
(となれば、後は相手のアクション待ちか。こちらから嗅ぎ回っていれば、向こうは何らかの行動を起こすだろう。野望などを持っていれば、自分の予定を狂わすかもしれない存在を放置できるとは思えない。対話が出来れば御の字だが……最悪、力技になるかもしれないか)
 パイモンの臣下として、パイモンを守ることを優先に考えつつ、和輝は付近の調査を続ける。


「龍族と鉄族、それにデュプリケーター。……いくらなんでもこれだけ、ってことはないだろう。
 話じゃあ過去の戦いで生き残った種族もいるって話だし、そいつらが手を組んで漁夫の利を狙ってるってことも考えられないか?」
「うーん、その辺は考え過ぎかもしれないですヨ? 生き残ったっていってもコテンパンにやられてるわけですし。
 そもそも今挙げた3つの種族にやられるか食われるかして、殆ど生き残ってない可能性だって考えられるでショ」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の意見に、ゲルヴィーン・シュラック(げるう゛ぃーん・しゅらっく)が端末を覗き込みつつ返答する。
「……ていうかお前、何見てるんだ?」
「ん? ああ、今日本で放送されてるアニメの評価チェックですヨ。今度仕入れるアニメの参考にしようかと」
「お前なぁ……そんな事より調査だろ、調査。いくら山とかあるったって、ここから南下すれば俺達の拠点がある。そこに大挙してデュプリケーターがやって来たらどうするつもりだよ」
「そこは僕の仕事じゃないデス。僕はアニメを広めることが仕事デス」
 ゲルヴィーンの物言いに頭を抱えたくなったエヴァルトが、ふと思い立って口にする。
「そういやあ、ザナドゥでのアニメの広まり具合については、お前とロノウェさんからしか聞いてないな。
 ちょうどいい機会だ、休憩の時に聞きに行こう」
「え……そ、それってもしかして……」
 エヴァルトの言葉を耳にしたゲルヴィーンが、嫌な背中の震えを感じて顔を強ばらせる――。

「報告されてるかどうか分からんのだが、ザナドゥでのアニメの広まり具合はどうなんだ? さすがに機器の普及的にまだロンウェルくらいにしかなさそうだが。
 ……いやなに、うちのパートナーがやらかしてる事だし、もし問題あるならぶん殴ってでもやめさせようと思ってるんだが」
 そしてエヴァルトはゲルヴィーンを連れ、休憩の時にパイモンにアニメの件について尋ねてみる。隣でゲルヴィーンは「ご、ご紹介にありましたゲルヴィーンという者デス……」と冷や汗で背中をびっしょり濡らして狼狽えていた。
「その件は、ロノウェから定期的に報告を受けています。『効果を見極めるため、もうしばらくロンウェルで様子を見たい』と彼女は言っていました」
「まぁ、いきなり首都に持ってくりゃ影響大だもんな。……ちなみに首都でもアニメって放送出来るのか?」
「ええ、設備はほぼ整っていますよ。アムトーシスもそこそこですね。流石にゲルバドルはそぐわないので除外していますが」
「なるほどな。……良かったじゃないか、案外認知されてるし期待されてるように見えるぞ?」
「は、はいぃ!? き、期待だなんてそんな、お、恐れ多いデス……」
 エヴァルトに背中を叩かれ、ゲルヴィーンは冷えた感触と衝撃に身体を震わせる。
「他の世界、他の種族を知る事は、今後のザナドゥの教育において有用と考えます。
 ……ゲルヴィーン、あなたの手腕に期待していますよ」
「あ、は、はいぃ! き、きっと、ザナドゥの子供達が大人になる頃には、しっかりと地上の知識を得て旅立てて――!!」
 緊張のあまり舌を噛んでしまい、ゲルヴィーンが転がり回る。……調査は真剣に行う必要があるが、今この時はちょっとした癒しの時間にもなっていた。


 小高い丘に登り、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は遠くを見据えていた。
「……テメェか」
 背後で足音が聞こえ、それがパイモンのものであることを確認して、竜造は背を向ける。吹いてきた風が彼の、胸に提げられた白と黒のグラデーションがかかった羽根をなびかせる。
「……この世界、テメェはどう思う?」
「……よく出来た世界ですね。あなた方と相対する前に我々がこの世界に来ていたら……と考えてしまいますよ」
「ハッ。腑抜けてても、やっぱり悪魔だな、テメェは。
 ……この世界の在り方はとんでもなく良心的かつシンプル過ぎる。いっそむかつきを覚えるぐらいだ。目に見えて分かる制限時間、敵、敵を全滅させれば終わりという勝利条件。そして達成した時の報酬までついてくるときた。これじゃまるでゲームじゃねえか」
 吐き捨てるように竜造が言う。この世界は現実味を欠いている。まるで『誰かが』『何かのために』用意した世界のようであった。
「しっかし、デュプリケーターは力ある奴に惹かれてくるんじゃなかったのか? 全く出てくる気配がねぇんだが。
 テメェが弱っちくなっちまったか、それとも案外向こうが腑抜けだったか――」
 瞬間、竜造は“匂い”を感じる。暴力と狂気が内包する、常人なら顔をしかめたくなるような匂いに、しかし竜造は歓喜の表情を浮かべる。

『――――!!』

 巨大生物の、禍々しい咆哮が空間を揺るがす。その周りを数十の、様々な格好をした者たちが駆ける。何かから逃げているのではなく、明確に調査隊を狙っての襲撃。
「あの巨大生物は、オリジナルかぁ? どっかで見たことあんぞ、ああいうの」
「…………、可能性としては、先にデュプリケーターに接触した契約者のいずれかが、不幸な結果になってしまったというところでしょうか」
 パイモンが、契約者の(この場合は乗り物の)力をデュプリケーターが吸収した可能性を示唆する。
『パイモン! お前はまだその武器の扱いに慣れてないはずだ。あのデカブツの相手は俺達に任せろ、お前は無理せず後ろに控えていろ』
 巨大生物の咆哮を聞きつけ、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)魂剛で駆けつける。唯斗はかつて仲間たちとパイモンと戦い、彼の使用していた双剣を砕かせた後、脳天に強烈な一撃を見舞っている。その事を彼は気にしていたが、パイモンは「終わったことです。私はもう、気にしてはいませんよ」と言い、この問題は決着を見た。それはそれでいいのだが、あの双剣の代わりは今も見つかっていないらしく、今回パイモンはやはり二本の剣を持ってきているが、形は違っていた。
「……お心遣いは嬉しいですが、慣れというものは実践で身につけるものでしょう。巨大生物のお相手はお任せします」
「そういうこった! こいつ結構死にてぇらしいからほっとけ! 尤も、んなタマしてねぇだろうけどな!」
 剣を抜き、竜造が目にも留まらぬ速さでデュプリケーターの集団に接近、手始めに近くにいたヴァルキリーに似た姿の者の首を一刀の下に斬り落とす。突然現れた“敵”に周囲のデュプリケーターは矛先を変え、竜造に手持ちの武器を向ける。
「うぉらあああぁぁぁ!!」
 狂気の咆哮を振り撒き、竜造の剣が天使のような羽を持つ者の羽を、獣のような腕を持つ者の腕を、脚を切り飛ばしていく。ただ闇雲に戦っているように見えて、竜造は自分が斬りつけた者のその後をしっかりと追っていた。飛ばした首と胴体がそれぞれ、真っ赤な液体が粘体質になったような物に変わると、近くにあった同じような粘体質とくっついて、別の人の姿を作る。
「……ほぉ、そうやって別のが生まれるのか。じゃあ、強さの方はどうなんだぁ!?」
 “復活”したてのデュプリケーターに、竜造は剣を振り下ろす。さっきは黙って斬られるだけだったのが、握っていた剣で受け止めるような動作を見せるが、竜造はその剣ごと剣の重みで潰すように斬り伏せると、今度は粘体質がべちゃ、と潰れ、地面に張り付くようにしてもう動かなくなった。