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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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『デュプリケーターとは、何なのか』

(デュプリケーターこそ、この世界の今後を占う重要な存在と見ました。彼らと深く関わることで、イルミンスールの世界樹を救う手段が分かるかもしれません)

 アウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)エピメテウスを駆り、拠点より北東方向を調査していた。この辺りは龍族の勢力範囲と隣接しており、デュプリケーターが数多く確認されている地域である。
「さて、話の通じそうな知的なデュプリケーターが見つかるといいのですが」
 その彼らに「君達のリーダーと話がしたい」と持ちかけ、交渉が出来ればと考えながら、アウナスと『エピメテウス』は山を越え、枯れた川を越え、北へと進路を取る。そうして進んでいった先で、アウナスは複数の、人の姿をした者たちに周囲を囲まれているのに気付く。
「どうやら、出たようですね。……私に敵意はありません。君達のリーダーと話をしに来ました」
 アウナスの呼びかけに、周りの者は声を発するでも動くでもなく、ただその場に居続ける。言葉が通じないのだろうか? そうアウナスが思いかけた所で、前方の集団が突然、真っ赤な液体を吹き出しながら倒れ伏す。液体は地面に染みこむことなく一所に集まり、やがて一人の姿を形作る。

「わたくしを呼んだのは、あなたかしら?」

 その、人の姿をした者――金の髪をなびかせ、紫を基調とした裾の長い服、背中には3対のそれぞれ模様が異なる羽――は青白い顔を不敵に歪ませ、アウナスを見る。間違いない、彼女こそがデュプリケーターのリーダーである、そう直感したアウナスは『エピメテウス』を降り、恭しく一礼する。
「私はアウナス・ソルディオン、パラミタという世界から参りました。
 この天秤世界では龍族と鉄族が長きに渡り争いを続けていると聞きました。……私はそのどちらでもなく、あなた方デュプリケーターの為に力を貸したいと思っています」
 アウナスの口から、契約者の存在、彼らをこの世界へ導いた『深緑の回廊』の存在、契約者の目的が語られる。そしてアウナスは自らが乗ってきた『エピメテウス』を少女の前に差し出し、「どうか、この力をその身に」と告げる。
「フフ……あなたは何を考えているのかしらね。あなたの言うことは全て本当にも、全て嘘のようにも聞こえるわ」
 そんな感想を口にして、少女は『エピメテウス』の頭部まで浮かび上がり、サッ、と手を撫でる。瞬間、『エピメテウス』の首から上が切断され、大量の体液が噴出する。
「……あぁ、なんて禍々しい力……。こんな狂っている物を食らえば、わたくしまで犯されてしまいそうだわ」
 そう言いつつも、少女は降りかかる液体を飲み、斬り落とした頭部を食らい始める。華奢な身体のどこにそれだけの容量を収められるのか謎な光景がしばらく続き、動かなくなった『エピメテウス』を前に、ハンカチで口元を拭いた少女が微笑む。
「これほどの物を食べさせてくれたお礼に、これを元に戻してあげましょう。えぇ、もちろんそのまま、ではありませんわよ」
 少女が手を前に掲げ、もう片方の手で手首の辺りをサッ、と撫でる。そこから吹き出した彼女の体液は『エピメテウス』の無くなった頭部へ飛ぶと、代わりとなるように形作られる。やがて完成した新しい頭部はそれまで以上に禍々しく、そして『エピメテウス』からは恐るべき力の気配が漂っていた。
「……なるほど、デュプリケーター……複製されし者、の意ですか。
 ところで、まだあなたの名をお聞きしていませんでした。よろしければ、名を教えていただけませんか」
 アウナスの問いに、少女は不敵に微笑んだかと思うと、その身体を溶かして消え、次の瞬間には『エピメテウス』だったものの頭部に移動していた。
「この生物には相応の価値がある、けれどあなたはわたくしにとって価値のない存在。わざわざ何かを教えることも、そもそも生かしておくこともするつもりはないわ」
 ……そして、アウナスの前に立った『エピメテウス』が、その強化された脚の一本を振り上げ、アウナスを横に薙ぐ――。


「それじゃあ栗、また後でね」
「うん、ミンティも気をつけて」

 拠点から北西方向に進み、山脈が途切れたところでミンティ・ウインドリィ(みんてぃ・ういんどりぃ)と一旦別れた鷹野 栗(たかの・まろん)は進路を西方向に取り、龍族の勢力範囲を進む。本拠地である『昇龍の頂』の位置はだいたい分かっていて、栗はその他に龍族の暮らす街があればそこに行き、情報収集が出来ればと考えていた。
(……でも、この世界の人々は只管に戦い続けていて、死と隣り合わせの状況。見ず知らずの、敵か味方かも分からない相手に時間を割いてくれるかどうか……)
 良くて門前払い、悪いと武器を向けられるかもしれないことを覚悟しつつ、それでも自分は龍族について『知りたい』と思っていることを再認識する。
(……私は多分、龍族のことが気になっている。『知りたい』と思っている。これは私が今まで龍と深く関わってきたから。イルミンスールの寿命を延ばす助けになればという気持ちもある。
 そして、今の私の『知りたい』という気持ちが『分かりたい・理解したい』に変わったのなら……それが龍族とどう向き合うか決める時なんだと思う)
 まずは、龍族の人と話すきっかけを得られればいい、そう思っていた矢先にミンティから通信が入った。
『栗! 多分龍族だと思う人が、沢山の人に囲まれてる!』
 慌てた様子と内容から、龍族の者がデュプリケーターに襲われていると判断した栗は、進路をミンティの居る方角へ変え、急行する――。

「ぐ……このような所で朽ち果てるとは……。
 デュプリケーター……以前は取るに足りぬ相手と思っていたが、いつの間にこれほどの力を得た……?」
 膝をつき、あちこちに怪我を追った二十代前半と思しき男性が、まだ闘志を失わぬ瞳で周囲を睨みつける。彼の周りには少なくとも十数の、容姿バラバラな人の姿をしたモノがそれぞれ武器を携え、少しずつ包囲網を狭めていった。

『――――!!』

 と、突如、男性の背後で風を切る甲高い音、そして地面を揺らす震動と轟音が響く。ワイバーンの背から飛び降りた栗の繰り出した一撃は、包囲網の一角を崩すことに成功した。
「早く! 今のうちに逃げて!」
 栗の後方からミンティが、穴を埋めんとするデュプリケーターへ雷撃を見舞う。雷に貫かれ動きが止まったデュプリケーターを横目に、最後の力を振り絞り男性が脇を駆け抜け、なおも迫るデュプリケーターは栗の振るった槍に阻まれる。
「離脱します! どちらへ向かえばいいですか?」
「あ、あぁ……向こうの方角へ飛んでくれ……」
 しがみつく男性を落とさぬよう、慎重に栗が龍を操り、箒に乗ったミンティが後に続く。

 着いた先は、龍族が対デュプリケーター用に設置した出張所だった。
「……そうか、君たちが先日の……。
 あぁ、済まない。私はここの責任者、ホルムズだ。君が助け出してくれた彼はソール。彼に代わり、礼を言う」
 責任者を名乗った、見た目三十代後半の男性、ホルムズが栗に向かって頭を下げる。しばらく他愛もない話を続けた後、栗は今自分が最も知りたい事は、と前置きして口を開く。
「どうか聞かせて戴きたいのです、龍族の歴史を。龍族が元々住んでいた世界の話を。そして何時、何故、この世界に閉じ込められてしまったのかを」
「…………。分かった。ソールを助けてくれた恩もある。
 より詳しい話はダイオーティ様がご存知だが、私でよければ知っていることを話そう」

 ホルムズの口から、龍族のこれまでが語られていく――。


 契約者の拠点となる建物から北、山脈を越えた先は龍族と鉄族どちらの勢力範囲でもない区域が広がっていた。土地的に龍族の勢力範囲と隣接しているため、区別として『龍族寄りの中立区域』と振られたそこを、ザナドゥの王魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)と契約者たちが調査に向かっていた。主な目的は既に第3勢力となりつつある『デュプリケーター』の素性を知ることであった。

「魔界の王と一緒だなんて、嬉しいな。ルカって呼んで下さいね」
「ああ、あなたがロノウェさんの言っていた御方ですか。私もあなたが共に来てくれること、頼もしく思いますよ。ルカさん」
 パイモンに挨拶をするルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、微笑んでパイモンが答える。
「えっ、ロノウェが!? 私のことを何と?」
「そうですね、確か……「実力はあるし聡明でもあるはずなのに、普段はお調子者」などと」
「あ、あはは……も、もしかして私、そんな目で見られちゃってます?」
 苦笑するルカルカへ、パイモンが首を振って口を開く。
「いえ、明るい御方、という印象ですね。ロノウェさんもルカさんのことを気にしているのだと思います。彼女は察するに、構ってくる人を邪険にしつつも放っておけない性格でしょうから」
「うー……それって私が、同情されてるってことになりません?」
 口をとがらせてルカルカが言うと、パイモンはさあ、どうでしょう、と微笑んではぐらかす。直後、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が飛空艇を操縦してやって来る。
「お喋りはそのくらいにして、そろそろ出発するぞ」
「はーい。あ、パイモン。良かったら乗っていきません? ダリルの運転はお墨付きよ」
 ルカルカから誘いを受けたパイモンが、微笑んで言う。
「いえ、お気持ちだけありがたく、受け取らせていただきます。それでは」
 背を向け、彼を待っているであろう者の元へ向かうパイモン。
「さぁて、何が出てくるかな」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も飛空艇を操縦し、ルカルカとダリルの横につく。
「龍族への応対はカルキノス、鉄族への応対は俺とルカ。デュプリケーターを発見した際は一度様子を見、襲ってくるようなら撃退、サンプルを採取する。他、この世界の成り立ちを調べるのに必要な素材の確保に務める。……方針は以上だ、質問は?」
「ありません、先生! ……いたっ」
 冗談で返したルカルカの額を、ダリルが小突く。
「そういう所がお調子者と言われる所以ではないのか?」
「うー、聞いてたのねダリル」
「聞こえたからな。……さ、行くぞ。既に先頭は出発している」
 動き出した集団に追随する形で、一行は飛空艇を進める。


「グラキエス・エンドロアだ。あなたに同行して調査をするつもりだ。よろしく頼む」
 調査区域への出発間際、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)と共にパイモンの下を訪れ、挨拶をする。
「おや、あなたは……」
「? 俺のことを、知っているのか? ……あぁ、そういえば以前の俺は、あなたと戦ったことがあるようだった。
 その……いいのだろうか。俺があなたの傍に居ても。エルデネストはその方がいいと言っていたのだが……」
 グラキエスがエルデネストを見る、エルデネストは微笑を浮かべていたが、決してパイモンとは目を合わせようとしない。
「多分、お会いしているでしょう。あの時とは何と言いますか……そう、雰囲気が異なりましたので。
 構いませんよ、終わったことです。今はあなたが調査に加わってくれることを歓迎します」
「そうか、これが初めて、というわけではないのだな。そう言ってくれると助かる」
 ホッとしたように笑ったグラキエスが、調査の対象とする内容や、重点的に調べたい物をパイモンと確認する。
「龍族と鉄族に関しては、他の契約者の皆様が調査を行なっています。私達はその他……デュプリケーターに関すること、この天秤世界に関することを主に調査をするのがよろしいかと」
「そうだな、分かった、その方針でいく。時間を取らせて済まなかった、では」
 パイモンと別れ、グラキエスは調査の準備を整える。基本の移動はシュヴァルツ・zweiで行い、気になる特徴を見つけた時に機体を降り、詳しい調査に入る手筈を確認する。
「さあ、準備が出来た、行こう」
 機体に乗るグラキエスの顔は、どこか少年のように好奇心に満ちていた。彼の心には、不謹慎であると知りつつもこの世界で見つかるもの、分かるものを前にして楽しいという思いがあった。