校長室
古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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(剣の長さ……腕の長さ……振るう位置と角度……現在の距離と歩幅……) 視界に捉えたデュプリケーターの一挙一動を、刀真が読み取り次の行動を予測する。そして予測すると同時に全身の筋肉を的確に稼働させ、敵が決定的な行動に踏み出す少し前に間合いを詰め、力の篭っている点に打撃を加えて行動をキャンセルさせる。 「…………」 瞬時に自らの行動を防がれたデュプリケーター、しかしその表情に動揺や恐れというものは見られない。精巧な作りをした人形のように目の前の対象を見つめ、即座に体勢を立て直して再び一撃を繰り出すべく力を込める。 (……こちらを倒そうとする意図以外、何も読み取れない。“個”としての意思はデュプリケーターには存在していないのか?) これ以上時間をかけても、例えば彼らの“主”と話が持てそうにないと判断した刀真が、踏み込もうとした脚を蹴ってデュプリケーターの身体を泳がせる。その間に手にした剣の間合いに滑り込むと、刃を首元目掛けて振り下ろした。 「…………」 活動を停止する敵に一瞥もくれず、刀真は同じく戦闘に参加している封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の姿を探す。すると今まさに、白虎と共に戦う白花へ、弓矢を放とうとするデュプリケーターの姿を捉える。 (この距離……放つ前に仕留めるには無理か……なら……!) 装着した鉤爪付きのワイヤーを、矢が飛ぶであろう線上と直交するように飛ばす。果たして矢はその予測線上を飛び、そして飛んできたワイヤーと接触して弾かれる。自分の攻撃が防がれたデュプリケーターは狙いを刀真に変え、狙撃兵としては十分以上の動きで矢を装填、放つ。 『――――!』 何かが飛び散るような音が響き、喉元を爪で裂かれたデュプリケーターが地面に倒れ伏す。頬を掠めた矢がもたらした傷から、一筋の赤い滴が流れ落ちる。 「刀真さんっ」 白虎に乗った白花が駆け寄り、治療を施そうとするのを手で制する。 「掠り傷だ、このくらいなら放っておいても治る」 「でも……」 不服そうな白花に刀真がさらに言葉をかけようとして、円からの呼び出しが届く。周囲の戦闘が収束に向かいつつあること、白花と白虎が辺りの警戒に意識を振り向けたことを確認して、呼び出しに応じる。 『(やあやあ刀真くん。そちらの様子はどうだい?)』 『(こちらもデュプリケーターの襲撃を受けた。そちらと違い、巨大クワガタの姿は見られなかったがな)』 『(そうかそうか。こっちはね、居たみたいなんだよ、例の少女が)』 『(会うことが出来たのか? デュプリケーターの主に)』 『(僕は会えなかったよ。代わりにちょっとショッキングなものを見つけちゃってね……。 だからゴメン、刀真くんからの質問、聞きそびれちゃった)』 『(そうか……いや、気にしなくていい。無事で何よりだ)』 円から、デュプリケーターを束ねているであろう少女の目撃情報と、臨死状態の契約者の収容を報告された刀真が、円を労い会話を終了させる。 「円の所属している調査隊が、デュプリケーターの主を目撃したそうだ。……翻弄されているな」 感想を口にし、もうこれ以上デュプリケーターの襲撃がないのを確認した上で、今の情報をまとめた上でイナテミスに待機している漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に送る。 (……まだ、怒っているとかじゃ、ないよな) ●共存都市イナテミス 『共存都市イナテミス』の中心に位置する塔、『イナテミス精魔塔』。 そこは今、イルミンスールに集まっている情報の一部を処理・整理する役割を担っていた。イナテミスに残ったケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)とセイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)が中心となって作業を引き受けている。 「デュプリケーターとの接触記録、送信……っと。……結局、戦わないといけないのかな……」 月夜が、刀真から送られてきた情報をまとめ、イルミンスールへ転送する。向こうでも専門のスタッフが働いてくれているのか、情報を管理する場がちゃんと設けられていた(もちろんセキュリティもかかっている)。 (話に聞いた少女……想像でしかないけど、ミーミル・ワルプルギスに似ていると感じた。 気のせいかもしれない……けど、なんだろう、このモヤモヤした気持ちは) 一瞬、刀真と離れて行動しているから……と思いかけ、月夜がぶんぶん、と首を振る。 「ち、違うっ。そんなんじゃないっ。刀真が失礼なこと言うから……」 言葉が尻すぼみになり、目線が下がる。そのまましばらく何とも言えない気持ちになっている所へ、扉が叩かれティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)が顔を出す。 「お茶とお菓子を用意しましたので、一休みしませんか?」 「あっ、うん。ありがとう、今行く」 声をかけてくれたことに心底ホッとしながら、月夜が席を立って部屋を後にする。 「これまでの情報を見るに、龍族と鉄族については少なくとも話し合いの余地があるように思う。互いがどうしたいかの意図も何となく予想出来る。 ……だが、デュプリケーターに関してはあやふやだ。第三極という立場そのものと言えばそうなのだが、どこから切り込んでいったらいいか検討がつかない」 テーブルを囲んだ場で、ケイオースがこれまでの情報を元にした意見を口にする。空いたカップにティティナがお代わりを注ぎ、ケイオースがありがとう、と微笑む。 「天秤世界での出来事が、イルミンスールやイナテミスにどれほどの影響を与えるか、まだ不透明です。もう少し情報が揃うか、事態が動かないと分からない部分が多いですわね」 セイランの言葉に、一行はひとまず現状維持で行動するのが最善であろうという結論に至る。何も分からないわけではなく、刀真と白花、真言とグランを始め、各地に飛んだ契約者の行動によって少しずつ分かってきたものがある。時間はかかるかもしれないが行動を続け、事態が動いた時に適切な判断が出来るかどうかが大切だろう、という考えを得る。 「向こうの状況次第では、ケイオースとセイランにも力を借りる必要があるかもしれない。でもまずはここで、やれることを頑張ろう」 「そうですわね。わたくしも皆様のお力になれるよう、頑張りますわ」 「ああ、頼む。君達が居てくれるのは心強い」 意思を確認し合った一行は、再びそれぞれの仕事へ戻っていく。 「私の傍を離れないでくださいねっ」 前方でデュプリケーターと契約者の戦いが行われる中、杜守 柚(ともり・ゆず)は辺りに敵の気配がないか警戒しつつ、サクラの手を握って守る意思を見せる。 「じゃあ、わたしはモモちゃんとてをつなごう」 サクラが空いた片方の手で、モモと手を繋ぐ。 「えっと、じゃあわたしはあむくんとっ」 モモの空いた手が、アムドゥスキアスの手を握る。 「え、ボクも参加なの? じゃあ……ボクはナナちゃんの手を握ろう」 苦笑しつつも、アムドゥスキアスの手がナナの手を握る。既にもう片方の手は、同行していた神条 和麻(しんじょう・かずま)の手を握っていた。 「……何なんだろうな、これは」 「でも、これでみんないっしょだねっ」 とても戦闘中とは思えない状況だが、ナナの明るい顔を見ていると、和麻はまぁ、いいか、という気分になる。ナナが暗い顔をしているのを見るのは、嫌だったから。 (決めたんだ、あの時から……ナナを守るってな) 思い出される魔族との最終決戦、そして、今も記憶に残る最凶の魔神。……話に聞いたデュプリケーターを束ねる少女が、その魔神と何故か重なり合う。 (……羽は彼女を彷彿とさせる、ある意味それだけなんだがな……。それに彼女は死んだ、いくらここが異世界であっても、そんな偶然はあり得ない) “三度目の正直”はないだろう、そう結論付け、和麻はこれからについてを考える。龍族と鉄族、そしてデュプリケーター。この3つが混在するこの世界で、果たして自分はどうすれば、絡まった糸を解くことが出来るだろうか。 (何を選べば全てを救えるのか、俺に見極める事ができるのだろうか……?) 何かを犠牲にしてはダメなんだ、選んだ結果、全てを救えなくちゃダメなんだ……そう思いつつも、今は答えを見出すことは出来ない。そんな自分を少しだけ歯がゆく思いながら、和麻はナナの頭にポン、と手を置いて撫でる。 「ふわ? かずま、どうしたの?」 「……いや、何でもない。ただ、こうしてあげたくなったんだ」 ポムポム、と頭を撫でられ、ナナが顔を綻ばせる。こうしてずっと、この子を笑顔にしてあげたい。そう思う和麻であった。 戦闘は、概ね収束を迎えていた。デュプリケーターが何故自分達を襲ったのかの原因を探るため、一行は杜守 三月(ともり・みつき)を加えて付近の調査を開始する。 「さっきのみんなで手を繋いでいたの、微笑ましかったな。アムは戦ってるよりも、ああいう方が合ってると思うよ」 「うーん、ボクも一応魔神なんだけどな。確かに、ボクが戦わなくちゃ、って思ったのは一度だけだった気がするけどね。ナナちゃんを止めようとした――もがもが」 「うー、あのときのことはわすれてほしいなぁ。あっ、べつにいやとかじゃなくてね、あむくんをたおしちゃおーっておもっちゃってたことがはずかしいんだよっ」 ナナが恥ずかしそうに顔を赤くして、アムドゥスキアスの口を塞ぐ。ナナの手だと口どころか鼻まで塞いでいて、なおかつ魔神の力なので見る見るアムドゥスキアスの顔が青くなっていく。 「ほらほら、離してあげないとアムがかわいそうだ」 「あっ、ご、ごめんねあむくんっ」 「ふぅ、気が遠くなりかけたよ。力じゃ全然、ナベたんの方が上だからねぇ。……ん?」 ほっと息をついたアムドゥスキアスの、表情が変わる。 「アムくん、どうしました?」 「いや、何か聞こえたような気がしてね……あっちの方だ」 アムドゥスキアスが指差した方を、皆が注視する。 「ほんとだ、なにかきこえるよ!」 「……わたしもきこえた、かも」 「えっ、わたしきこえない! どうして?」 「……ごめんサクラちゃん、わたしもきこえなかった」 「あっ、ずるーい!」 ナナも、この先に何かがあるのを聞いたようである。 「行ってみましょう。デュプリケーターか、それとも龍族か鉄族か、別の種族か……とにかく、何かのきっかけが掴めると思うんです」 「行ってみる、しかないだろうね。僕達を狙っている可能性もある、十分に注意して」 三月を先頭に、殿を和麻が、間に柚とナベリウス、アムドゥスキアスが収まり、一行は音のした方角へゆっくりと歩いていく。 「はぁ……マズったなぁ。まさかこんな所で落っこちるなんて、どんな顔で灼陽様に顔合わせたらいいんだろ……」 人の話し声が聞こえてきて、少なくともデュプリケーターではなさそうなことが分かり、一行は少しだけ緊張を解いて歩を進める。 「……ぅわ! ご、ごめんなさいごめんなさい、何でもしますから食べないで−!!」 そして、その少年――アムドゥスキアスと外見年齢的に同じくらいの、活発そうな格好をした、緑色の髪、赤の瞳の子――が一行を目に留めると、慌てて地に頭をつけて謝り始める。 「お、落ち着いてください。私達はあなたを襲いませんから」 「…………、よかった、あのわけわかんないのかと思ったよぅ」 目の前の人物が危険でないと分かると、少年は息をついてへたり込む。 「君は……見たところ、鉄族かな?」 「うん、そう。名前は“翠峰”。哨戒に出ていたんだけど、不注意で落ちて動けなくなってる所にあいつらが来ちゃったんだ。ボクはこの格好になってなんとか逃げられたけど、機体を食べられちゃったんだ」 「……食べた? デュプリケーターがか?」 「ううん、羽を持った女の子に。一片も残さずだったよ」 羽を持った女の子、という言葉に、一行はデュプリケーターを束ねる少女を見る。 「……でも、確か別の所でも、目撃されてたよね? どうやって移動したの?」 「うーんうーん……わーぷっ! とか?」 「サクラちゃん、“ほん”のよみすぎだよっ」 サクラの回答に、ナナがツッコミを入れる。しかし、ワープしたとでも言わなければ、大して離れてない時間の中、別の2地点で目撃された理由の説明が付けられない。 「……この問題はとりあえず、拠点に帰ってからかな。で、キミはどうする? ここにいてもまたデュプリケーターに襲われる可能性があると思うんだけど」 「そ、そうだよね……うぅ、ほんとにどうしよう」 心底困った顔を浮かべる“翠峰”。アムドゥスキアスが振り返って、一行にお願いを含んだ提案をする。 「どうだろう、彼を拠点に連れて帰ってあげられないかな。安易にどちらかの種族を囲うような事をしてはいけないかもしれないけど……彼をこのまま放っておくわけにはいかないと思うんだ」 その言葉に、一行は顔を見合わせ、そして向き直って答える。 「確かに、放置は出来ないな。俺は賛成する」 「私も、問題がないとは言えませんけど、いいと思います」 「僕も、アムの意見に賛成だね」 「「「さんせーい!!」」」 揃って賛同の言葉を伝える一行に、アムドゥスキアスが笑顔で答える。 「みんな、ありがとう」 ――こうして、彼らはデュプリケーターの手から助け出した“翠峰”を拠点へ連れて帰ったのであった。 「はぁぁーー♪ 鉄族にもショタっ子がいらしたなんてー♪」 「やめてください、鉄族に悪い印象を持たれます」 戻って来た海松が“翠峰”に抱きつきかけ、フェブルウスに制される。 「なんだか賑やかですね……あれ」 ツンツン、と突かれた“翠峰”が振り返れば、ようじょ姿のアルコリアがいた。 「ねーねー、この世界って天秤なんですよね? じゃあ、軸叩き折ったらどうなるんです?」 「えっ? えっと、どう、って言われても……どうなるんだろ?」 答えに窮する“翠峰”を前に、さらに畳み掛ける。 「争い合わせる世界が正しいと思ってたり、片方の種族が嫌いだとか、富が欲しいって言うなら分かりますけど。 所詮小さな世界です、叩き壊すってのはどうでしょう?」 「叩き壊すとはまた謎なことを言う……」 「シーマは分かってないなぁ」 シーマの傍にやって来たラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が、シーマをバカにした物言いを見舞う。 「……どういうことだ。どうせまたボクが頭悪いとか言い出すのだろう?」 「そうだけどさ。天秤がそもそもどういうものか考えてみなよ」 ラズンの言葉を都合よく無視して、シーマは天秤について考えを巡らせる。 「天秤……天秤は物を載せると傾くもの」 「そう、天秤は傾く。それを壊すって事はどういう事だと思う?」 「…………、傾くはずの天秤が壊れる、つまり天秤は、傾かない」 薄ら笑いを浮かべるラズン、シーマはそれが言いたかったことなんだろうと思い至る。 「……まさかアルコリアは、天秤を傾けない選択肢もあるのではないかと言っているのか?」 「さあね、そこまでは知らないよ。そもそもラズンの言うこともあてにはならないし」 「……自分で言ってどうする……いや、そうだったな」 アルコリアもラズンも、言ってることを理解するのは難しい。結局は想像するしかなく、想像力に乏しいシーマはいつも苦労させられる。 「……傾けない、か。案外それが、この世界を切り開く鍵かもしれないな」 「わ、シーマが壊れた。あ、元からか。きゃはははっ」 五月蝿いラズンの笑い声も、シーマには届かなかった。 「お店、見つかりませんでしたね、アキラさん」 調査を終えたヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)が、少し残念そうな表情を浮かべる。ヨンは『通貨』について調べようとしたのだが、どうやら天秤世界には流通の概念がないようで、少なくとも調査した範囲では店の形態を取っているものは確認できなかった。 「ま、しゃあないわな。見つかんなかったら、そういうもんと割り切るしかねぇ。 そういえば、セレスティアとピヨが畑、作ってたな。後で手伝いに行くか?」 「そう、ですね。行きましょう、アキラさん」 笑顔を取り戻したヨンが、アキラと共にその場を後にする。