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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●混戦の行方(2)

 シンクロ度の高さというのであれば、神崎 優(かんざき・ゆう)ら四人も負けてはいない。四人の龍の舞は、不得手な部分まで含めてぴたりと同じ動きを取っていた。
 それは四人が四つの体をもちながら、一つの固い結束を持っていることの証拠だろう。
 いや、今は『五人』というほうが正確だ。
 優の妻である神崎 零(かんざき・れい)の胎内に、新たな命が宿ったことが、先日、明らかになったのである。
 邪悪がはびこり昏迷がひっきりなしに押し寄せてくるこの時代、人を愛するよりも言葉や暴力でねじ伏せるほうが簡単で、ときとして称賛を受けてしまうようなこの世界であっても、命の誕生は暗い影を吹き飛ばすに十分たる価値あるものである。優はそう信じている。
 神代 聖夜(かみしろ・せいや)も、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も信じている。
 零も信じている。願わくば、同じ気持ちを新たな生命にも抱いてほしいと思っている。まだ性別すらわからないが、温かい心臓をもつ幼子に。 
 最初、彼女の体を気遣って優は、零の作戦参加をためらった。
 だが零は自ら望んで、ここに加わった。
「見せてあげたいの。伝わってほしいの。この子に。『あなたの家族は、あなたの未来を守るために全力で戦った』ということを」
「零は止められそうもないね……いよいよとなったら俺が体でカバーする」
「私もカバーします!」
 聖夜と刹那が熱心に主張したことも、優の心を動かした。
「わかった……だが零、俺が『下がれ』といったら絶対に後退してくれ。月並みな言い方かもしれないが、もう零だけの体じゃないんだ」
 このことが彼らの結束を、よりいっそう強くしたのかもしれない。
「優とお腹の赤ちゃんのためにも、絶対に諦めない! 子供を宿した母親の想いは誰にも負けないよ!!」
 まだお腹は目立つほど大きくはなっていない。
 しかし零は、温かいものを感じながら舞った。
 熱が伝播してゆく。
「私の心を救ってくれた優や、私の事を受け入れてくれた聖夜のためにも負ける訳にはいきません! 私の想いをこの舞にのせます」
 刹那が、声にならない叫びを心で上げると、同時に聖夜の心も吠えた。
「俺に手を差しのべてくれた優の為に、そして恋人の刹那の為にも諦める訳にはいかないんだ!」
 事件の発端で刹那が八岐大蛇の伝説を語ったあの夜以来、優は伝説に隠された意味を考え続けた。
 八岐大蛇の物語には、奇妙なくらい『八』という数字が繰り返される。
 何らかの呪術かとも考えた。
 だが『八』という文字が、『人』という文字を左右に分解したものだと思い至ったとき、優はなにか理解できた気がした。
「逆にいえば、割れている『八』を合わせれば『人』……大蛇伝説には、人たるに必要なものが隠されている……? こじつけかもしれないが……」
 しかし、まったくの見当違いとも思えなかった。
 ゆえに彼は、百鬼夜行の奥にいるであろう者……すなわち大蛇に呼びかけたのである。
俺の舞は対話の舞だ! すべての者と絆を繋げるために、相手の想いを受け止め理解し、こちらの想いを伝え続ける。俺達は解り合えるんだ! 共に未来を、明日を切り開くんだ!!」
 瞬間、百鬼夜行の向こうに巨大な目が出現した。
 虚空に出現した幻影だ。実体はない。
 だがじっとこちらを見つめる眼差しには底知れぬものがあった……八岐大蛇であろう。
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)もその視線を感じた。
「八岐大蛇! あの目……たしかに」
 雅羅はすくんでしまった。なにがあっても龍の舞を止めない者たちも少なくないのに……。
「駄目……私、アルセーネがいないと……」
 なぜみんな、こうして平然としていられるのだろう。なぜみんな、命の危険があっても強くいられるんだろう。
 現在の雅羅には不安が多すぎた。自信を奪うものが、多すぎた。
 アルセーネの失踪、彼女一人に負担をさせてしまったという事実、加えて自分の不幸体質だ。自分がここにいることで、敵の流れ弾を集めているのでは……という恐怖もあった。
 来るべきじゃなかった、とまで思えてしまう。
「私はみんなみたいに強く……」
 このとき、
「びっくりしたなー、あれ、でっかい目がドーン! って」
「えっ……?」
 声をかけられて雅羅は振り向いた。
「見た?」
「み、見たけど……」
 彼女の肩に、奏輝優奈が手を置いていた。
「面識なかったっけなぁ〜? ウチ、奏輝優奈言うねん。前に会ったことあったらごめんな」
「雅羅・サンダースよ」
 気弱な表情を隠そうと、無理に雅羅は笑んで見せた。
「練習んときも一緒やったね?」
「ええ……アルセーネは私のパートナーだから」
「ああやっぱり! あの雅羅さんやね。なら、『龍の舞』には『想い』が大切、ってこと覚えとるやろ? そろそろ大物が来そうやらから、ウチも踊る前にまず、自分の『想い』の整理しとこーかと思てるねん」
「聞かせてくれない? 聞きたいわ」
 優奈の声に雅羅は、落ち着きを取り戻したように言った。なんだろう、包容力があるというべきか、なんだか優奈と話していると安心する。こんな状況だというのに。
「ウチの場合、当然、眷属さんらに暴れられたら皆が困る、言うんもあるけど……それよりも、ウチ自身、もっとこの世界を堪能したい……いわば『今の世界のままであってほしい』って思ってるんや。ホイホイ滅茶苦茶にされたらウチが困るもん!」
 その『ホイホイ』という言い方が面白くて、雅羅はつい頬を緩めた。優奈も笑う。
「あははは……これが多分、一番強い『ウチの想い』や。自分勝手な想いでなんやけど、でも、自分勝手でも世界のためになるんやったら一挙両得ちゃう?」
「自分勝手でも……いいのよね」
「そ。雅羅さんももっと自分勝手でええと思うよ」
「ありがとう優奈。あなたも『さん』のない呼び捨てで呼んでね」
「えー? なんかお礼言われるようなことしたっけな、ウチ?」
 優奈はそう言っているが、勇気づけてくれたのは明白だ。
 きっと、あえて舞を止めてきてくれたのだろう。
「よっしゃ、では再開! ほないこかー!」
 と照れ隠しのように声を上げると、優奈はウィア・エリルライトに並んで舞を再開した。
「頑張って!」
 レン・リベルリアは一部始終を見ていた。
「素敵だったよ……姉さん」
 呟くと彼は両刀を十字型に構え、眼前の敵に立ち向かっていったのである。

 鬼城の灯姫もあの『視線』を感じたが、その心を怖れが支配することはなかった。
 なぜなら彼女の心には安らぎが満ちていたからである。
 ――舞を習得した際に私が感じた安らぎを、舞を通して皆へ伝えていきたい……。
 慈しみの心を持ちつつも断固として人々を守ること。これは灯姫にとっての生きる目標だ。
 大蛇の『視線』は清泉北都に突き刺さるような感覚を与えていた。
 その鋭さは、目を閉じていた北都でも感じられるほどのものである。
 舞を止めることはなかったが、彼の心の揺らぎを察知したかのように、鎧を着た蚯蚓のような一匹の眷属が勢いを増し、鞭になる体で北都の横面を打った。
 だが逆にその痛みが、北都を我に返らせ再び舞に集中させたのだった。
 波間を揺蕩うように。流れるように舞う。
 時に荒々しく、時に穏やかに
「北都! 無茶をしないで!」
 クナイ・アヤシは魔剣ディルヴィングを水平に薙ぐ。北都の集中力が蘇ると同時に蚯蚓は力を奪われたらしく、刃の前にあっさりと両断され崩れ落ちた。
 ――北都らしい……自分が傷ついても舞うことをやめない。いやむしろ、肉体が傷ついたからこそ意識が高まる……。
 純美というのだろうか。北都の動きは無駄がなく、あまりに美しい。
「私は彼が傷つくのを止められない。せめて負う傷を減らすくらいしか……」
 クナイは哀しげな表情になった。
 だがそれは現れたと同時に消えていた。そんな北都だからこそ、敬い尊敬しているのだ。それに北都がこんな無茶ができるのは、自分という護衛を信じてくれているからに相違ない。
 ――そのかわり、すべてが終わったら無茶したことを怒らせて下さいね。
 クナイは薄く笑むと、着実に近づいてくる大蛇に身構えた。
 北都の舞が海のイメージであるならば、リオン・ヴォルカンの舞は光のイメージである。
 ――古来より龍は神の化身と称されることもあります。時に荒神として恐れを抱く対象でもありますが……。
 だが決して、悪しき者だとは思いたくない。光で照らす事で良い部分を目覚めさせることができるかもしれない。
 それは眷属の蛇も同じこと――そうリオンは考えている。
 だからだろうか、リオンの周囲に落ちた『眷属』はいずれも、穏やかに消失していった。