校長室
【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●スロウダンサー カスパールへの敵意を眼に露わにして、まずシルフィアが大股に入ってくる。シルフィアは用心深い眼差しでアルクラントを見た。 彼は俯いている。シルフィアの危惧するようなことはなかった……と思う。 続いてペトラ、エメリアーヌ。コウとマリザが入室した。最後にザカコだ。 カスパールは彼らを招き入れても部屋の中央には戻らなかった。さらに首を出して告げた。 「ザカコさんのパートナーさんもお入りなさいな。これまで随分、気を遣わせてしまいましたわね。もう姿を隠す必要はありませんわよ」 「ちぇ、ずっと気づいてたのか。人が悪いや」 渋い顔をして強盗 ヘル(ごうとう・へる)が、迷彩防護服を脱いで歩いてきた。 ヘルは信徒が暴走しないよう見張っていたのだが、その必要はなくなって戻ってきたのである。このビルに残っている信徒はカスパール一人だ。彼女の命令はそれほどに絶対なのだろう。 「それと、あなたが手引きした皆さんもご招待さしあげますわ」 「ますます人が悪いなぁ……せめて俺に紹介させてくれよ」 ヘルはまず自分が名乗って、次に同行者を呼ぶ。 「こちらはシャンバラ教導団大尉の……」 と言いかけたところで、本人が姿を見せて口を開いた。 「ルカルカ・ルー(るかるか・るー)よ。よろしく」 カスパールは相手が増えたところで態度を変えない。 「ご高名はかねがね伺っております。するとご一緒の方は、あのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)様ということになりますわね」 「そういうことだ。できれば違ったかたちで会いたかった。こんな状況でなければ、色々と知識の交換もできただろうにな」 名を先に言われてもダリルは平然としており、真っ直ぐに歩き出した。 妙に落ち着かない様子で、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は小声にて夏侯 淵(かこう・えん)に話しかけた。 「順番からすると、次は俺がカスパールに呼ばれることになるか?」 「さあ……気になるか?」 「そりゃあ……」 ところがカスパールは彼らに対しては、 「お連れのお二人も、どうぞこちらへ」 と言うに留まった。 「ちょ……おい!」 「良いではないか。名を売るのが必要な時代でもあるまいに」 ショック気味のカルキノス、平然としている淵……見た目ばかりではなく、反応の違いもなんだか凸凹な二人である。 招き入れられると同時に、ルカルカはカスパールに告げた。 「教導団大尉として単刀直入に言うわ。強制捜査については令状を取ってる。それにあなたの逮捕状も取得してるの。……警察機構の一員としてあなたを逮捕します」 「罪状は、大尉さん?」 「誘拐事件、ならびに今、外で起こっていることの重要参考人として」 「私の申し開きを聞いては下さいませんの?」 「自分の道が正しいと思うなら、それを主張し説明する機会は保障するわ。だから投降して!」 ルカとカスパールのやりとりを見ながらダリルは片眉を上げた。 どう見てもこちらが優位のはずだ。人数の上でも。立場としても。 それなのにルカの語尾が上ずったのは、彼女も焦っている証拠だろう。カスパールの態度があまりに余裕たっぷりなので、不安に駆られているのだろうか。 「なああんた、俺はカルキノスってんだ」 「名前、知られてなかったから覚えてもらうつもりか?」 淵が茶々を入れるがそちらには「うっせーな」と一言短く言うにとどめ、カルキノスは再度カスパールに呼びかけた。 「あんた今回のこと……黒幕なのは否定しねぇんだな。だが事情があってのことだと思う。だったらマホロバもシャンバラもねぇ。同じパラミタの仲間だろ。突っ走る前に何かできたんじゃね?」 「そう、今からでも遅くないよ! まずは私たちに身柄を預けて……」 というルカルカの言葉にカスパールは答えなかった。 かわりに振り向いて、開け放しのドア外に呼ばわる。 「……あなたがたも、私に御用のようですね?」 「はい」 と言って部屋に入ってきたのは三人連れだ。 御空天泣、ラヴィーナ・スミェールチ、そしてムハリーリヤ・スミェールチ。 「はじめまして……唐突に訪問した失礼をお許しください。どうしても、真実が知りたいのです」 しかし天泣の言葉をカスパールは弾いた。 「残念ですがそれは保証できません。私にとっては真実であっても、あなたにはそう見えない場合がありますから」 「ふーん。そういわれたらそうかも……なら『わかりやすく』ってのはどう?」 ラヴィーナは人なつっこい笑顔でカスパールとの距離を詰めた。 一方でリーリヤは、 「うわー! 美人なお姉さんだねえ」 と無邪気に笑っている。 「それでは問い方を変えましょう」 天泣は告げた。 「現在ツァンダを襲っている集団……竜……いや、蛇のようにも見えました。あれは貴方の望むものなのですか」 コウが言い添える。 「いま、ツァンダの外で暴れてるものがグランツ教……違うな、あんたの仕業であることはわかっている。 結局、行き着くところは破壊か。世界を改変しようという思想、少しは気に入っていたんだがな」 「世界の改変……たしかにそう主張してきましたわね、私は」 ダリル・ガイザックは銃に手を伸ばした。カスパールの声に、微細な変化を嗅ぎ取ったのだ。そんな彼を片手で制し、ルカルカが言う。 「あなたは何か大切な物を守ろうとしてるように思えるの。あなたなりの理由がある……。違う?」 するとカスパールは、観念したように溜息した。さらに彼女は、じらすように首を巡らして、 「せっかくお集まりいただいたのです。私から改めて、問わせていただきましょう。そして、その問いに対する私の回答も」 と断った上で述べたのである。 「皆さん、自分自身のことと仮定して考えて下さいましね。 あなたが近い未来、大切な人や故郷がなくなってしまうと知ったとしましょう。ですが過去に戻ればそれを食い止めることができる……そんな場合。 あなたならどうしますか? 今、私がここにいるのが私の出した答です」 嘘じゃない――直感的にコウは悟った。あのときと同じだ。カスパールが真実を口にするとき、そこにはどこか切実な、悲壮なまでの覚悟が感じられる。 「あ、それってもしかしてぇ……」リーリヤが言った。「好きな人のためにやってるとかあ?」 「……!」 奢りがあった、と非難するべきではないだろう。 だが実際、これだけの人数で囲んでいる相手は、観念したものと思うのが普通だ。 誰が非難できよう。カスパールの行動を瞬間的に妨害できなかったことを。 このときカスパールが突然、ラヴィーナを突き飛ばして会議室から走り出たのだ。 「虚を突いたつもりか! だが」 淵がゴッドスピードをルカ、ダリル、カルキノスに付与し、 カルキノスは巨大槌で殴りかかり、 ダリルは銃を撃った。 しかし銃はカスパールの腕を掠めるにとどまり、カルキノスの一撃は見えない壁のようなものに阻まれた。 「なんでぇこいつは!」 「カスパールさんには不思議な力があるんです! 一度受けた攻撃が通じなくなるのか……?」 ザカコはカルキノスに告げて、カスパールには「待って!」と声を上げるが彼女は止まらない。 「誰かを傷つけて、誰かを否定するのが貴方の神なのですか?」 天泣も声を上げた。 部屋から飛び出して一瞬、振り返ったカスパールは、 「私に選択の余地はない。私は目的のためなら、あらゆるものを否定しましょう!」 と叫ぶように言い捨てると、ドア脇のパネルを叩いた。 会議室の……たった一つしかない扉にシャッターが降りた。 「これだけ大きな部屋なのに、一つしかドアがないなんて……おかしいと思ってた」 マリザがシャッターを調べ、悔しげに言う。 「最初から俺たちを閉じ込めるつもりだったわけか……信徒がゼロになっていたせいで色々と計画が狂った。カスパール……そこまで考えて仕組んでいたってわけかよ」 ヘルはドアをどんどんと叩き臍を噛んだ。 コウが即座に調査する。扉は相当に厚く、壁も特殊な鋼材によって核シェルター並みの強度にされていることがすぐに判明した。 といっても、ここにいる全員が総攻撃すればいつか必ず、このドアや壁は破れるだろう。あるいは、ダリルがドアの電子錠をハッキングして開かせることもできるに違いない。 だがそれは決して容易いことではないはずだ。なんとかして一行が外に出る頃には、カスパールが逃げ去るに十分な時間はかかってしまうものと思われた。 「やり方が間違ってる……そう言ってあげたかった」 冷たい扉に手を付いてルカルカは下を向いた。 「ルカ、おまえは撃たなかったな。最後まで説得するつもりだったのか」 夏侯淵が問いかけるも、ルカは声を出さず頷くだけだった。 「甘いな」 淵は断じた。されど、こう付け加えるのも忘れなかった。 「だがそれこそ、俺が仕えるルカルカ・ルーらしいではある」 そして、ぐっと腕組みして座ったのである。 「さて、扉が開くまで待つとするか!」 「アル君、これで良かったの……?」 シルフィアがアルクラントを見上げた。 「判らない……だが、私はこの選択しかしないだろう。そう思う。たとえやり直すことができても」 エメリアーヌが、黙って彼の腕に手を置いた。そしてペトラは、 「やっぱり僕にはよくわからないよ……今回のこと、全部ね」 アルクラントの意を汲んだように言ったのである。 「でも僕、マスターは正しかったと思うよ。マスターはきっと、自分のことだけじゃなく、僕たちみんなのことを考えてくれたんだよね?」