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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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●天秤世界:契約者の拠点

「なんじゃ、ノールばかりかルイまでもドッグ入りかの? 若い者が迷宮探索に拠点襲撃と忙しいというに」
「うぐぐ……的確に痛いところを突かれて私、涙目ですよ? もう40になったというのにこの体たらく……。
 怪我が回復した暁には、今よりさらにトレーニングメニューを増やさなくては」
「余計暑苦しくなるからやめぃ。……なに、おぬしらは護るべきものを護った、為すべきことを為した。
 誇りこそすれ、悔いることなど何もなかろうて。大破したノールのボディもほれ、わしの手にかかればこの通りじゃ」

 契約者の『天秤世界』での拠点である建物には、巨大生物との戦闘で怪我を負い治療中のルイ・フリード(るい・ふりーど)と、同じく戦闘中に大破したノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)の新しいボディを組み上げる深澄 桜華(みすみ・おうか)の姿があった。
「桜華さんがパーツを用意してくれたおかげで、ガジェットさんもそれほど時間かからずに復活出来そうですね」
「ふっふっふ、こんな事もあろうかと!
 ……まさか本当に使うことになるとは思わなかったがの。趣味で作っていたら意外と面白くてな、いろんなパーツを購入してはちょくちょくと組み上げ、あとはコアだけじゃ! という段階であったからのぅ」

『……へぇ。桜華さん、そういうことだったんですか。
 道理で家計簿の数字が合わないと思っていましたが、なるほど、そういうことでしたか』

 突如聞こえてきた声に、桜華の背中がビクッ、と震える。
「おや、その声はセラさん。私が送った情報は無事に届きましたか?」
『ええ、読ませてもらいましたよ。パラミタの巨大生物が随分と進化させられたようですね。
 二人とも、怪我こそ負いましたが無事に戻って来てなによりです。今日はゆっくり休んでください』
 端末から穏やかな声を響かせるシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が、そのままのトーンで桜華に話しかける。
『桜華さん』
「な、なんじゃ」
 呼ばれた桜華の頬を、ひんやりとした汗が滑り落ちる。
『今は大変な時ですから言及はしません。しっかりとガジェットさんの組み上げをこなしてください』
「う、うむ、心得ておる。
 既に動作試験は済ませてある、後はノールの核である【魂鋼】がうまく適応するかどうかじゃが、まぁ、これは運を天に任せるしかあるまいて」
 桜華の視線が、光を蓄える球体に落ちる。【魂鋼】については桜華も全容を把握できておらず、不明な点が多い。ボディを組み込んだ結果、全く動かないということはなくとも意図しない動きをする可能性が無いわけではない。
『ガジェットさんのこと、任せましたよ。……では、セラは仕事に戻りますので、これで』
 そう言い残し、セラからの通信が切れる。
「はぁ〜……生きた心地がせんわい。わしとしたことがスイッチを入れたままにしていたのか」
 盛大にため息をつく桜華。きっとパラミタに戻った時には、何らかの形で『お仕置き』が待っているような気がして、桜華はぶるぶると身を震わせる。
「えぇと……がんばってください!」
「おぬしに励まされても嬉しくないわ! ほれ、少しは運動でもしてこい。
 それで気分も晴れるじゃろ。おぬし、全く身体が動かないわけでもなかろう?」
 桜華に半ば追い出される形で、ルイは部屋の外に出る。確かに桜華の言う通り、沈んでいく気持ちを引き上げるには身体を動かすのが効果的である。
 流石に拠点の外に出るだけの体力はないが、敷地内くらいならなんとかなる。
「なにか、身体を動かせる雑務はありませんかねぇ」
 そう考えたルイは、とりあえず人の集まりそうな場所を目指して歩き始める――。

「いやあ、協力感謝する。ちょうど人手が不足していた所でな」
 備蓄庫に最後の物資を降ろして、閃崎 静麻(せんざき・しずま)がルイに感謝の言葉を述べる。イルミンスールで物資の買い付けに奔走する神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)の用意した物資を、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)ツインウィングで天秤世界へ運び入れたまではよかったが、ちょうど間が悪く荷物がなかなか降ろせなかった所にルイが出くわしたという次第であった。
「いえいえ、こういう単純作業でしたらいくらでも。では、私はこれで」
 ルイと別れた静麻とレイナが、備蓄庫の明細を確認する。蓄えられた物資は契約者が少なくとも一月は籠城出来る程度にまで準備されていた。課題だった電力の心配も、エリザベートが持ち込んだ変換装置で今の所、安定した供給を得られている。
「拠点の方はこれで一段落、だな。……尤も、ここにうさみん星やポッシヴィの住人が避難してくるような事態になれば、全然足りないが。
 そうならないように……とは思いたいが、そういう時に限って現実になっちまうもんだしな。リオに物資の手配を依頼しておくか。避難場所の確保に収容の手順……ふぅ、やることは尽きないね」
 やれやれ、と呟く静麻、とはいえ投げ出す素振りは見られず、仕事はキッチリこなす顔つきであった。
「そういやあ、『深峰の迷宮』ってのが見つかったんだってな。入り口の候補の一つにこの建物が上がってるとも」
「ええ、そうです。……ですがこの近辺については、技士の方々に調査を依頼し、異変のないのを確認しています。
 彼らで見つけることの出来ない入り口を、果たして作ることが出来るのでしょうか」
「常識的に考えればそうなんだが、何せ相手は首を飛ばされても生きてるような化け物だからな。入り口の一つや二つ、作っちまってもおかしくない」
「……非現実的ですが、あり得ない、と言えないのがなんともですね。
 では、私は拠点周辺の調査を技士の方と行いましょう。もし入り口が見つかることがありましたら、静麻、その時は引っ張ってでも連れて行きますから」
「事務処理よりはマシかもしれないな。……俺は、そろそろ本格的に戦争が起こる想定をしておくか。
 イルミンスールの契約者……に限らず、奴らは少数のゲリラ戦はパラミタの軍より遥かに上だが、大規模な組織戦になるとカラキシなのが多いからな。
 事前にいくつか見繕っておきたい」
「……やはり、ここも戦場になるのでしょうか」
 レイナが沈んだ面持ちで問えば、静麻は窓の外を見つめ、呟く。
「するつもりはない、だが、ならないという保証もない。
 ……ほれ、そんな顔してないで、言ってこい。入り口が見つかった時は付いてってやる」
「…………、ええ、分かりました。では、行ってきます」
 一礼し、背を向けるレイナを見送り、静麻は端末からリオに物資の買い付けを依頼する。
『急ぎで必要かしら?』
「いや、そこまで切迫した状況ではない。油断を許さない状況ではあるがね」
『ふふっ、あんたにしちゃ珍しい発言ね。普段からその調子ならもう少し頼りになるんだけど』
「俺は決める時はキッチリ決める性分なのさ。……ともかく、頼んだ分、よろしく頼む」
『ええ、任せておいて。……ところで、レイナは今どうしてるの?』
 リオの問いに、静麻は『深峰の迷宮』の入り口を探しているのだと告げる。
『ふぅん。……そうね、あたしのカンだと多分……建物の真下ね』
「そこは技士の綿密な調査が入っているはずだ。尤も、彼らの場合入り口を強引に設けそうな気がするが」
『そうね……そんなことされたら折角貯めた貯蓄を逆に利用されかねないわ』
「ま、運悪く見つかっちまったら探索がてら、必要な手を打てるように対策するだけさ。
 その時にはリオの力も必要になるかもしれん。……あぁ、今でも十分力になっているぞ?」
『あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。そういうことならあたしも、打てる手は打っておくわ。
 それじゃ、また後で』
 リオからの通信が切れ、端末を机の端に置いて、静麻は机の上に広げた用紙を前に、ああでもないこうでもないと検討を重ねていった――。


「うーん……なんかこう、重大な事を見逃している気がするのよね。
 ハッキリとこれ、って言えないのがもどかしいわ」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)の呟きを、横で作業をしていたフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が聞きとめてフレデリカに顔を向ける。
「フリッカさん、何か気になることがあるんですか?」
「気になるっていうか……ううん、気にしてるわね、きっと。
 だって私達、契約者の拠点として使っているこの建物が何のための建物かを知らないし、鉄族と龍族の中間に位置するにもかかわらず、双方とも拠点として使っていなかった理由だって分からない。
 それにこの前はデュプリケーターが襲撃してきたり、警戒網をかいくぐって聖少女のルピナスまで現れた。彼らは一体何処からやって来たの? 地上も空中もそれなりの警戒がされていたはず、なのに気付けなかったということは……考えられるのは地下しかないわ」
 フレデリカが地面を見る、フィリップはその時の事を思い出すように天井に目線を運んで、口を開く。
「確かその時は、巨大生物が地上、二方から接近してきたのをこちらのイコンが迎撃して、その間にルピナスさんがやって来たんですよね。
 少なくとも巨大生物は、地上かもしくは空中を移動してきたと考えることは出来ませんか? あれほどの巨体が通れる道が真下にあるとしたら、僕達は既に気付いているはずです」
「……そうよね。流石にあれだけの巨体が通れる道があったら、気付いてておかしくないわよね。
 巨体生物はフィル君が言うように地上もしくは空中から来た。でも、ルピナスの方はどうかしら? 彼女、ここから脱出する時にどうやって逃げたか知ってる?」
「えっと、確か……契約者に首を切断された後、粘性の液体状になって逃げたんでしたよね。多分地面や壁の隙間を伝っていったんだろうって」
「そう。けれどあの状態では、迅速な移動は難しいはず。
 だから、ここから少し離れた場所に、天秤世界の他の場所へ繋がっている入り口があって、ルピナスはそこを通ってやって来た。
 その入り口は、『深峰の迷宮』に繋がっていて、ルピナスが拠点にしている場所とも繋がっている……どうかな、こんな仮説」
 フレデリカがフィリップに尋ねた所で、席を外していたルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)グリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)スクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ)が帰ってくる。
「フリッカ、あまり話し込んで、ケイオースさんとセイランさんの邪魔をしてはいけませんよ」
「あっ……ご、ごめんなさいケイオースさん、セイランさん」
 ルイーザに言われ、フレデリカがケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)セイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)の行なっている拠点の強化の手伝いをしていたことを思い出し、慌てて二人に謝罪する。
「だが、もし地下に私等の知らない抜け道があるとすれば、警備に穴が生じかねない。
 ……それに、あくまで個人的な意見だが、何か嫌な予感がするんだ。下手なことを言って不安がらせるつもりはないんだが、どうもな……」
「うーん、気になることがあるならその辺を探検……じゃなかった、調査してみたらどうかな?
 来たばっかりの時に見たものも、今見れば別の事が分かるんじゃないかなって思うんだ」
 グリューエントが自らの懸念を口にし、スクリプトがその言葉を受けての意見を口にする。
「お二人は、どう思いますか?」
「俺達はこの世界に来たばかりだ、詳しい事は分からないが……。
 そのルピナスとやらが、地下を伝ってここにやって来れるとすれば、脅威になる。完全に防ぐことは難しくとも、せめてどこから来る可能性があるかは把握しておきたい」
「危険をいち早く知らせることで、生じる被害を最小限に抑えることが出来ますわ。次の行動を取るための時間も、短くて済みます」
 ケイオースとセイランも、もしそのような場所があるとするなら、把握しておきたいという意見であった。
「じゃあ、私とフィル君で調査をしに行きましょう。ルイ姉はケイオースさんとセイランさんを手伝ってあげて。
 ヴィリーとレスリーは警護をお願い――」
「いや、私も行こう。拠点には他に人も居る」
「んー、じゃあボクも一緒に行こうかな。調査ならボクにお任せだよ!」
 フレデリカの言葉を遮り、グリューエントそしてスクリプトが二人への同行を決める。
「何か分かったらすぐに連絡をするのですよ」
「うん、分かってる。じゃあ行ってきます」
 ルイーザに見送られ、フレデリカとフィリップは改めて拠点の調査を始める――。