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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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●イルミンスール:一室

「すみませんレンさん、レンさんの期待に応えることが出来ませんでした」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)の下に帰ってきたノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が悔しさを滲ませた表情で、イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)との会話の内容をレンに報告する。
「……そうか、分かった。
 なに、そんな顔をするな、ノア。成果はある、しかも3つな」
 ノアへ笑みを浮かべ、レンは『成果』を1つずつ挙げていく。
「まず1つ、ギルガメッシュの修理が終わっているという確認が取れたこと。
 イナンナはギルガメッシュの修理を理由に断りはしなかった。少なくともギルガメッシュは稼動状態にあると見ていいだろう。
 2つ、国を治める者の目線で、今の事態がまだ国の危機にまで発展していないという確認が取れたこと。
 ……無論、悠長に構えて良いわけではない。契約者は天秤世界で為すべきことを為す必要があるし、イルミンスールはそれら行動を整理し、シャンバラ政府へ報告する義務がある。
 これは俺の方で既に手は打ってある。『ザナドゥ魔戦記』での失敗の一つは、政府への報告が不十分であったこと。俺は同じ轍を二度は踏まない」
 レンの背後には、これまで契約者が取ってきた行動とその結果が纏められたレポートの束が積み上がっていた。レンはこれらを『シャンバラ政府に提出する天秤世界の調査報告書』としてまとめ上げ、アーデルハイトのチェックを受けた上で提出する心積もりであった。
「イルミンスールが何をしているかが国に分かれば、イルミンスールが勝手な行動をしていないことへのアピールになる。
 そして3つ目の成果として、イルミンスールが今回の事態に対し、積極的に行動しているというアピールが出来た。……だから、ノアがイナンナの下へ行ったのは決して無駄じゃないんだ」
「レンさん……」
 責められることなく、むしろ労いの言葉をかけられ、思わず涙ぐんだノアが慌てて目元を拭い、表情を引き締める。
「天秤世界の状況を報告することで、もし万が一事態が悪化した際に政府の助力を得やすくする……レンさんはそう考えているのですね?」
「ああ、その通りだ。残念だが、俺達に出来ることには限りがある。
 もしもルピナスが天秤世界を抜けてこちら側に来てしまった場合、政府の力も借りねば事態の収拾は難しいだろう」
 口にし、レンが気難しい顔をして腕を組む。誰もそのような事態を望んではいないが、そうなった時に手を打てる準備はしておかなければいけない。
 ……問題はそうなった時、事態に関わった契約者がどう扱われるかであった。事態の沈静化が何よりも優先され、個々の行動の自由は大きく制約されることになる……ということも十分考えられる。
「……いかんな、つい暗い話になってしまった。
 俺としては、もし天秤世界の住人……と言うべきなのか分からないが、彼らがパラミタへの移住を望んだ時にスムーズに手続きが進むように、報告書を利用してもらえたらと思っている。無論、それまでにはまだ時間がかかるだろう、今も最前線に居る皆が安心して戦えるようイルミンスールを守らねばならない。ノア、報告書の作成に手を貸してくれるか」
「はい! 私でよければ、お手伝いします」

 ――そして、無事に調査報告書は完成し、シャンバラ政府へと送り届けられた。
 後日政府より送られてきた書簡には、今後もイルミンスールの活動を是認し、物資の補給など行えるものについては最大限配慮する旨が書かれていた。また、天秤世界の住人がパラミタへの移住を希望した際は、審査の上で移住の是非を検討する旨も書かれていた。
 ただし、文の最後にはこのような事が書かれていた。

『もし天秤世界の者たちが悪意を持ってパラミタに侵入するような事態になり、それがイルミンスールの者たちで手に余ったと判断した場合は、契約者は政府の一員として事態の収拾に務めることが何よりも優先されるものとする』


●イルミンスール:校長室

「アーデルさん、『深峰の迷宮』のマッピングデータを保存する仕組みは、これで良かったでしょうか」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)がそう言い、アーデルハイトが見つめるスクリーンに『深峰の迷宮』のマッピングデータを格納する情報スペースを展開させる。現在判明している入り口は『うさみん星』と、『深峰の迷宮』の手掛かりが見つかった今は廃墟と化した町の近くにあるもの――ここは発見当時は崩落していたが、再び利用できるように契約者が作業中であった――の2つだが、発見された地図によると後2つあった。
「……うむ、これならば生徒が迅速に必要とする情報を得ることが出来よう。直感的に操作できるのも好感触じゃな」
 アーデルハイトの手の動きに合わせて、引き出しが開かれるように情報を収めたファイルが現れ、元あった所に仕舞われる。
「開発を担当したスタッフのおかげです。自分はせいぜい運用を覚える程度で。
 ともかく、これで『深峰の迷宮』の調査の方は準備が整ったと見ていいでしょう。ルピナスの動向と合わせて重要な場所、用意はしっかりとしておきたいものです」
 ザカコの言葉に、アーデルハイトも同意するように頷く。ルピナスの拠点が『深峰の迷宮』への入り口の一つであるという推測は既に為されており、もしそうだった場合『深峰の迷宮』はデュプリケーターの生息地・繁殖地ということになる。
 彼らはこの迷宮を使って『天秤世界』の各地を移動していた可能性も浮上した今、限られた人員と時間の中で最大限に調査を行えるように準備をしておく必要があった。
「誰が何の為に作ったのか、天秤世界についての情報が眠っているのか……。
 考えても仕方ないこととはいえ、どうしても気になってしまいますね」
「それは私も同じじゃ。『深峰の迷宮』とはおそらく発見者である今は亡き種族が付けたものとして、それが何の意味を持つのか。
 また、『深峰の迷宮』は自然に生起したものではない、ならばそれを作り上げた『誰か』が居る。現時点ではその『誰か』とは世界樹ではないか、という結論に至っている」
 アーデルハイトの言葉を受け、ザカコが腕を組んで思案する。『深峰の迷宮』が世界樹の作り上げたものなら、『天秤世界』もまた世界樹によって生み出された世界。そうだとするなら、色々と思う所はあった。
「アーデルさん。もしも世界樹が自らの管轄する世界に住まう種族をまとめて飛ばす事が出来るのなら、わざわざ複数の種族を同じ場所に飛ばして争わせずに、別々の世界にしてしまえばと思うのですが、どう思われますか?」
「それだと、力の強い世界樹が一方的に、自分にとって都合のいい仕組みを作れてしまう。例えは良くないが、自由にゴミを捨てられるのと同じこと。それでは結果的に世界を管轄する世界樹の力が弱まることに繋がりかねん。それよりはそういった、これも例えは良くないがガンのような者を、予め取り決めた場所に移動させ互いに争わせて力を削ぐ、負担は世界樹全てが等しく負う、その方が世界樹の力を維持出来る、私はそう考えるがな」
「なるほど……例えるなら世界樹同士で、ゴミの捨て方について話し合った結果というわけですね」
 納得したように頷き、ザカコがモニターに視線を落とす。『天秤世界』の地図の一点、強調されているそこはこの前判明した、ルピナスの拠点であった。
「……ルピナスの下へ向かった校長やミーミルさんが、無事に戻って来てくれるといいのですが」
「うむ……私も心配じゃよ、素直にな」
 2人で、ルピナスの拠点へ向かったエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)を始めとする者たちを心配する。龍族と鉄族も完全に契約者を信用したわけではなく、こちらにとって都合の悪いタイミングで旗を翻す可能性も決して低くはない。その混乱に乗じてルピナスが仕掛けてくれば、事態は途端に悪化してしまうだろう。
「龍族と鉄族の動向については……手合わせをする人達の結果を待つ他ありませんね。
 今回の一件が、契約者と龍族、鉄族、そして龍族と鉄族が互いに歩み寄ろうとするきっかけになるといいのですが」
「そうじゃな。事は簡単に運ばぬだろうが、なるべくなら良い方向に転がってほしいものじゃ」
 2人が手を止め、『深緑の回廊』がある方角を向く。その回廊を進んだ先の世界に思いを馳せる――。


(自らの支配者のために最後の一人になるまで戦わされ、その最後の一人の支配者は絶対的な何かを得る……ね。
 なんか似たような話聞いた事あるなって思ったら、そうよ、ミーナ君とコロン君も同じ境遇だったわよね)
 ルピナスの語った話を耳にしたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、その二人とルピナスについて思案する。
(……極論だけど、もしかしたら聖少女と人工世界樹って表現が違うだけで、二つは同じものなのかも知れない。
 そう考えると、ルピナス君だけを一方的に悪者扱いするのもなんか、違う気がする。ミーナ君やコロン君がイルミンスールに拒絶されていないように、ルピナス君だって受け入れられる可能性が無いわけじゃない。……まあ、一番いいのはみんな、元の世界にちゃんと帰って、幸せと思うように暮らすことなんだろうけど)
 境遇が似ている(かもしれない)二人の『世界樹』と一人の『聖少女』は、けれど今はまったく異なる境遇にある。このまま隔たらせたままにしておくのは、どうなんだろうな、リカインはそう思い始めていた。
(……ミーナ君かコロン君のどちらかが、ルピナス君に会いに行ってみるというのはどうだろう)
 思いかけ、いやいや、とリカインは首を振る。流石にそれは危険過ぎやしないか。ミーナが世界樹であるとルピナスが知れば、手を出してくる可能性は非常に高いのだから。
(でも、このままでいいとも思えない)
 なおも悩んだ結果、ダメ元でアーデルハイトに話をしてみよう、と決めたリカインは、校長室へ足を運ぶ――。

「…………」
 リカインの話を聞いたアーデルハイトは、複雑な顔を浮かべて腕を組み、思案に耽る。
「…………ふぅ。まずは、難しい、と言わせてもらおうかの」
 アーデルハイトにしては長考と言えるであろう時間の後、リカインを前にアーデルハイトが話し始める。
「お前の案は、天秤世界の争いを早期に収め得る可能性を秘めている。……だが同時に大きなリスクも伴う。
 お前が懸念するように、世界樹への反逆と公言するルピナスの元へミーナかコロンを連れて行き、二人が未来の世界樹であると知られれば、何らかの手を出してくるのは明白じゃ。それが元でパラミタにも影響を与えるとなれば、その一員である私としてはお前の案を許可することは出来ん」
 そこまで言い終え、だが、と一言口にして、アーデルハイトが言葉を続ける。
「お前たちは契約者。パラミタの未来を左右する力を有しておる。
 お前たちが自ら考え、実行に移す事でパラミタは『未来』を掴み取る事が出来る。
 ここで私がお前の案を却下すれば、そこで一つの『未来』が潰える。『未来』を潰して得られる未来もあろう、じゃがそれは結果として、パラミタを契約者が現れる前の姿に戻してしまうことになりかねんのではと思うのじゃよ」
 そして、話を黙って聞いていたリカインへ、アーデルハイトが杖を突きつけて迫るように言う。
「お前がミーナもしくはコロンを連れて行くことで、おそらく大きく事態は動く。それは良い方向にも悪い方向にも、大きくじゃ。
 お前はそうなると分かった上で、悪い方向に転がっていく事態に覚悟を持てるか? なに、覚悟を持つだけで良い、実際は私等の出番じゃろうからな。
 たとえ我々の出番が、世界樹と同じような役割になったとしても――今回はしっかりと付き合ってやろう、それがお前たちより長く生きる者の役目だ」

 アーデルハイトの決断を迫る態度に、リカインの回答は――。