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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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 『昇龍の頂』に夜の闇が降りる。住民はそれぞれの家に戻り、家族団らんの時間を過ごした後、明日への微かな期待を抱きながら床につく。
(大規模な作戦が終わり、街の住民にもここの者たちにも、多少の気の緩みは生まれているはず。であるが故にこの瞬間は危険。
 私達の目的はあくまで、天秤を傾けずに戦いを終わらせること。不逞の輩に邪魔はされたくない)
 ガウル・シアード(がうる・しあーど)が神経を研ぎ澄ませ、ダイオーティの身辺警護を行なっていた。自分達の態度、そして言葉を受け止めてくれたダイオーティの信頼を失わぬため、また積み重ねるための行動であった。
(……む!? 今の気配……契約者かっ)
 殺気、というほどではない、しかし明らかに普通でない気配を察知したガウルが、いつでも戦闘態勢に移れる状態で気配のする方へ足を運ぶ――。

(あっ、契約者の気配!?
 どーしよー、こっちが気付いたってことは向こうも気付いてるよね。警戒されてるとは思わなかったなー)
 同じ頃、頭巾で顔を隠しダイオーティの居室へ潜入せんとしていたデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が、同じ契約者の気配を察知する。この時点で既に、『侵入者が契約者である』という事はバレてしまった。理想としては全く正体を明かさず、龍族に『もしかしたら契約者が行ったのでは?』と不審がらせることであったが、これでハッキリとしてしまうだろう。
(……うーん、ま、いっか。危なくなった時に戻ればいいよね。
 十六凪も失敗してもいいって言ってたし、龍族見つけたら適当に攻撃しちゃってもいいよねー)
 契約者に見つかったことで、かえって見境が無くなったデメテールは、ダイオーティの居室へ向かいつつも途中で見かけた龍族に毒を塗った手裏剣を打つ。
「がっ!!」
「おい、どうした――ぐっ!!」
 死角からの飛び道具に龍族は対応出来ず、短い悲鳴を残して意識を失う。もし彼らが朝まで発見されることがなければ、冷たい骸となっていたであろう。
(さて、十六凪のくれた情報だとこの先がダイオーティってヤツの居室だけど……あー、居るね、契約者)
 短い通路の向こうに見える扉、しかしその手前には先回りした契約者――ガウル――の姿があった。
(こっちの顔がバレるとマズイから……とりあえず小手調べ、かな。
 弱っちかったら倒してそのまま行けばいいし。互角か強かったらちょっと戦って撤退だねー)
 方針をそのように決めたデメテールが、姿を消してガウルを惑わせる――。

(やはり契約者……忍びの技を持っているな。
 相応の手練……集中していなければ気配を見失ってしまう)
 片方の腕に仕込んだワイヤーの出所を見抜かれないように警戒しつつの追跡は、ガウルの神経をすり減らしていく。侵入者が素人(契約者の時点でそれは稀なのだが)であれば侵入を知らせる余裕もあったが、今のガウルに余裕は一切ない。一瞬でも気を抜けば気配を見失い、おそらくこの先に忍び込まれてしまう。結果もたらされるものは、龍族と契約者の築きかけていた信頼の崩壊。
(それをさせるわけにはいかない――)
 ともかく今は、少しでも多くの時間を稼ぐこと。異変を察知した『執行部隊』や他の部隊の者たちが駆けつけるまで、侵入者を追跡し続けること。
 そう方針を定めたガウルが、即座に身を翻し飛んでくる何かを避ける。地面に突き刺さったそれは、忍びの者が用いる武器、手裏剣。
「くっ!!」
 二つ、三つと次々飛んでくる手裏剣を、ガウルがワイヤーを発射して辛うじて弾く。しかしこれで手の内は明かされ、さらにワイヤーを回収するまでの僅かな間、隙を侵入者に晒してしまう。
「ぐっ!」
 結果、一つの手裏剣がガウルの交差させた腕に刺さる。足に力を入れて踏ん張り、侵入者にこの攻撃では倒れない意思を示すと、そこから攻撃の手はぴたり、と止んだ。
「こっちだ! こっちで異音がしたぞ!」
 直後、騒ぎを聞きつけたであろう龍族の者が駆けつける。その頃には侵入者の気配も消え去っていた。
「契約者か、契約者のパートナーによる奇襲だ。狙いはおそらくダイオーティ様の暗殺、それによる契約者と龍族の分断……うっ」
 ガウルが膝をつき、苦悶の表情を浮かべる。手裏剣に塗られた毒が全身に回り、ガウルを蝕んでいく。それでも辛うじて意識を保っていられたのは、女神イナンナの加護のおかげであった。
「先に、攻撃を受けた者の救護を急いでくれ……手当が遅れれば命に関わる」
 龍族の者に指示を送り、ガウルは痺れる身体に鞭打って警戒を続けた――。

 翌朝、報告を受けたダイオーティは、被害が生まれなかったことに安堵の息を吐く。
「……ガウルさんはどうしていますか?」
「はい、今は救護室で休まれています。相当の疲労が見られますが、命に別状はありません」
 従者がガウルの容態を報告する。彼は夜が明けるまで警護を続け、安全を確認した直後糸が切れるように崩れ落ち、手当を受けていた。
「そうですか。……彼には感謝しなければいけませんね」
 彼が回復したら礼を言おう、そうダイオーティは心に決め、今は当面の事を検討する。
「やはり、鉄族は攻めて来ますか」
「来ない理由を探す方が難しいですね。……“紫電”の独断専行を許したりと、あちらも事情を抱えているようですが」
 その背景にはやはり、契約者の存在が絡んでいるのだろうか。ダイオーティは思案する。
(これまで沈黙を保ってきた“灼陽”の動きも気になる。もし契約者が深く関与しているとしたら、彼の修理も可能としてしまうのでは。
 ……そのような事になれば、いよいよ戦いは避けられないわね)
 ケレヌスも“紫電”も、契約者を理解せんと少数での契約者との手合わせ、という手段を取った。しかしそれとは別に、龍族と鉄族はやはり戦う定めにあるのかもしれなかった。
(……それでも、龍族は負けるわけにいかない。『未来』をこの目で見るためにも)


●『“灼陽”』

「……そうですか。対策を講じられていたのでは、成果が上がらないのも仕方ありません」
 帰還したデメテールから報告を受けた天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が報酬として大量のお菓子を渡してデメテールを帰し、『機動城塞オリュンポス・パレス』のディスプレイに情報を展開させる。
「……なるほど。ダイオーティの護衛に付いている者と、今“灼陽”君に付いている者は同じ契約者のパートナーですか。彼が色々と手を回しているようですね」
 いくつかの情報を参照した十六凪が、納得の笑みを浮かべる。今“灼陽”にはヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)が身辺のお世話役として付き添っているが、今より少し前頃から、一度契約者側の使者としてやって来たメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)も護衛という役割で付き添っていた。
「彼女に下手な事を吹き込まれると後々面倒ですね。デメテール……はしばらく働きたくないと駄々をこねそうですから、ヘスティアにそれとなく監視させておきましょうか。
 ハデス君は“灼陽”の改造に専念中、と。“灼陽”君もハデス君の改造プランを受け入れてくれましたし、こちらは問題ないでしょう」
 契約者と龍族の信頼を崩すのが難しいと判断した十六凪は、“灼陽”に龍族との最終決戦を躊躇わせないよう手を回す計画を立てる。ドクター・ハデス(どくたー・はです)の“灼陽”最終改造計画『プランX(エックス)』が達成されれば、“灼陽”に攻撃を決断させるのは容易なはず。後は、“灼陽”を戸惑わせる行動・発言は事前に封じておかねばならない。
(ここまで来たのです、後もう少しですよ……)
 あくまで温和な笑みを浮かべたまま、十六凪の手が情報を捌いていく。

「“灼陽”様、先日は食文化の違いに考えが至らず、申し訳ありませんでした。
 ですが、このヘスティア、同じ過ちは二度は犯しません! 今回は、パラミタからこれを取り寄せました!」
 自信満々にヘスティアが取り出したのは、パラミタでも貴重な機晶姫用オイル『高純度機晶オイル』であった。
「こちらでしたら、きっと“灼陽”様のお口に合うはずです! どうぞお飲みください」
 先日お茶を用意した時と同じ手順で、今度はオイルをカップに注いだヘスティアが“灼陽”へカップを差し出す。
「ふむ、ではいただこう」
 やや薄い黄色をした、透き通る液体に満たされたカップを持ち、“灼陽”が口をつける。その様子をヘスティアが期待と不安をないまぜにした表情で見守る。
「どっ、どうですか、お味はっ!」
「……うむ。やはり味については分からぬ……だが、こう、全身に力が湧いてくるような、染み入るような感覚を覚える。
 この飲み物が優れた物であることは私にも分かる。これだけの物を用意したヘスティア、お前の気遣いはとても好ましい。この評価で許してくれるか」
「そ、そんな! そのようなお言葉、ヘスティアにはもったいないです!
 ……でも、喜んでいただけたようで、良かったです」
 えへへ、と笑うヘスティアに、“灼陽”も珍しく温和な雰囲気を見せる。


「ククク、契約者どもの目がデュプリケーターに向いている今が好機!
 “灼陽”よ! 今こそ完全なる姿に復活を遂げよ! 
 そして、龍族を壊滅させる破壊神へと生まれ変わるのだ!」


 同じ頃、作業区ではハデスが“灼陽”に、機動要塞から持ち込んだ『荷電粒子砲』や『オリュンポスキャノン』を取り付ける作業を指揮していた。彼と十六凪が手配した技術や技術者の働きにより、“灼陽”の修理と改造は近日中に完了しそうであった。
「「フハハハ! これだけのパラミタの技術力を詰め込めば、もはや龍族との戦は勝ったも同然!
 さあ、目覚めるのだ、超々弩級航空戦艦……改め、『超々弩級戦略次元破壊殲滅艦“灼陽エックス”』よ!」


 “灼陽”の完全復活は、確実に近付いていた――。