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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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■第 9 章


 リネン・エルフト(りねん・えるふと)ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は市場の散策を終えて、宿泊先にと推薦されたホテルへ向かって歩いていた。
「空の上というのでどんな場所かと思っていましたが、案外地上と変わりありませんのね」
 ユーベルが島の感想を述べる。
「少し風が強いくらいでしょうか。けれど、住まれている島の皆さんも、その生活ぶりも、どこも変わっている様子はありませんわ」
「ザナドゥの環境が特殊すぎたのよ」
 ユーベルが何を言いたいか悟って、リネンが応える。
「ここは空の上とはいえ、同じパラミタ。それに、7000年前とはいえ交流があって、住んでいるのはカナン人とシャンバラ人だもの。人間のすることは、どこへ行っても、そんなに代わり映えはしないわ」
「そうですわね」
 ふふっと笑って、ユーベルはトトリが舞う空を見上げる。
「人の住む島は5つあるそうです。明日行く島は、どんな島なのでしょうね」
「あーくっそー、最低5日か!」
 フェイミィがガリガリっと頭を掻いた。
「……いや。伍ノ島から戻るのに、肆と参をもう1回通るって言ってたな。乗り継ぎだけにしても1日は余計にかかる――ってことは、6日か」
「何をぶつぶつ言ってらっしゃるんですか?」
 間に挟むリネンを避けて、反対側のフェイミィの様子をうかがおうとするユーベルに、リネンは軽く肩を竦めて見せた。
「いいのいいの。放っておいて。あのエロ鴉は、来しなに東カナンへ寄れなかったせいで、ちょっとあせってるのよ」
「あらまぁ。……それ、もしかしてあのボーイッシュな女騎士さんですの?」
 かつてアガデ再興に貢献したことで、ユーベルもハワリージュ・リヒトのことは知っていた。こそっと耳打ちをしてくるユーベルに合わせて、リネンも声をひそめる。
「私も最近までどうかと疑ってたんだけど、どうもかなり本気のようよ?」
「あらあら」
 そっとため息をつく。そしてねじっていた体を正面に戻したユーベルは、光のささない暗い路地奥で大人に絡まれている少年の姿を見つけた。
 距離があるため声は聞こえないが、こちらに正面を向いた少年のおびえきった様子から、ただ事でないのは一目瞭然。
「リネン、あれを見てください」
「え? なに?」
 指を追って、リネンもすぐにそれと気づく。
「こら! そこで何をしているの! 今すぐやめなさい!」
 通りを渡って路地へ飛び込む。それとほぼ同時にリネンは少年を追い詰めている相手がただの人間でなく、魔物であると気づいて、はっと息を詰めた。
 人型の影が立ち、ゆらゆら揺れている。その数、ざっと5体。
 リネンたちに気づいた影たちは振り返るように身をねじったが、その頭部に目、鼻、口といったものはなく、今まで向けていた後頭部と同じで闇が広がっているだけだった。
「来ちゃだめ! 逃げて!」
 身を縮めていた少年が気配に気づいて顔を上げ、戻るように手を突き出している。
「……見たとこ、闇黒属性かしらね? 
 ユーベル、お願い!」
「心得ておりますわ」
 リネンの剣の花嫁たるユーベルは、伸びたリネンの手が何を求めているか理解してほほ笑み、少し背中をそらす。魔剣ユーベルキャリバーを取り出すことは、ユーベルに多大な苦痛をもたらすことになる。しかし、魔物に囲まれた少年を保護するためであれば苦痛を受けることなど厭わないという潔さから、ユーベルの笑みが崩れることはなかった。
 抜き放たれた光条兵器魔剣ユーベルキャリバー。それを手に、リネンは立ちはだかる影を切り裂いて少年の元まで走り抜ける。
「大丈夫? どこもけがはない?」
「う、うん……」
 てっきり普通の人だとばかり思っていたリネンの勇ましさに驚きながら、セツはうなずく。
「リネン! 避けろ!!」
 フェイミィの逼迫した声が聞こえ、リネンはとっさにセツの腕をとって身をかがめた。ぶん、と刀型の影がリネンのいた空間を薙いでいく。同時にフェイミィの天馬のバルディッシュが豪快な横薙ぎをかけた。大斧の刃はさしたる抵抗も見せない影を胴のあたりで真っ二つにし、勢いあまって壁にめり込む。
「やったか」
 ずい分あっけないやつらだと、そうつぶやこうとしたとき。
 煙のように散ったかに見えた影たちはもといた場所で集束し、再び人型の影となった。
 もともと感情があるのか、そもそも生きているのかどうかすら怪しい存在だが、その姿はなんらダメージを負っているように見えない。そして、腕の影の一部をしゅるしゅると伸ばして、リネンの持っているユーベルキャリバーやフェイミィのバルディッシュのような形を生み出した。
「くっ! 猿真似野郎どもめ!」
 腕を引き戻し、天馬のバルディッシュを影めがけて振り下ろす。影たちは、受け止めるように剣の形をした影を掲げた。振り下ろす刃と迎え撃つ刃が触れ合った次の瞬間、影にはあり得ない、キン、という金属音がして、天馬のバルディッシュは受け止められ、はじかれた。
「何!? こいつら、本物並かよ?」
 見かけは剣や斧を持つ人の影にしか見えないのに、その武器は切り結ぶと本当に鋼鉄製のような感触を伝えてくる。
「なんなの、こいつら……陰陽師の式神っぽくも見えるけど」
 向かってくる影を切り裂きつつ、リネンはつぶやく。1体1体は強くないが、散らしてもすぐよみがえって向かってくる姿には閉口せざるを得ない。
「キリがないわね。
 逃げるわよ! 援護して、フェイミィ!」
「分かった! 魔法は苦手なんだけどな……。
 我が主神よ、威光の刃を!」
 フェイミィの振り切られた腕の軌道を負うように白い光が流れ、三日月型の刃となって影を2つに割る。そのまま塵となって消えるようなことにはならなかったが、バルディッシュの刃で物理的に斬られたときよりあきらかに修復が遅い。
 そのうちに、リネンはセツを連れて路地奥を走り抜け、表の通りへと出た。
「人目のある所へ出れば――」
 きっと手を引くに違いない。
 しかしその目論見をあざ笑うかのように次の瞬間ぎゅんっと影が伸びて、リネンの背中を貫かんとする。
 それを防いだのは、間に飛び込んだわずかに闇をまとった白い刃の影――白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の神葬・バルバトスだった。
 水平にした巨大な片刃が影の先端の角度をわずかに変え、上へと受け流す。
 その隙に壁や道にもぐって泳ぐようになめらかに移動した影たちは、竜造やリネン、セツを囲うように表通りの空間で立ち上がった。
「あの……助けてくれてありがとう」
 自分たちを助けた相手が竜造であると知って、複雑な表情をしながらも礼を口にするリネンに、竜造はちらとも視線を投げず、不穏な気配を発する影たちに向け、神葬・バルバトスをかまえ直す。
「べつにてめぇらを助けたんじゃねーよ。
 ヘッ。ついさっきまで死ぬほどクソ退屈な島だと思っていたが、こりゃ意外と楽しめそうだな」
 影たちは手に手に剣や大斧の形の影を振り上げ、竜造へ向かってくる。
「気をつけて! 彼らは――」
 リネンが警告を発するが、言い終わるよりも早くゴッドスピードの神速で自ら彼らのなかへ飛び込んだ竜造の刃が一撃で影たちを両断した。
「うおりゃあああっ!!」
 竜造の強力なパワーによって生み出された竜巻のごとき剣げきはそれだけにとどまらず、圧倒的な破壊力で影たちを二度三度と切り裂いて、元のかたちが何であったかも分からないほど粉々に散らしていく。まさしくオーバーキルだ。
 が、文字どおり影も形もなく吹き飛んだかに思えた影は、少し先の空間で再び人型の影をとり、リネンの警告が何を伝えようとしていたかを竜造は身をもって知ることとなった。
 ゆらゆら陽炎のように揺れて立つ気味の悪い影たちに目を眇める。
「……けったくそ悪ぃやつらだな。
 まぁいい。ムシャクシャしてたとこだ。ストレス発散がてら、二度と再生できねーくらい、何度だって切り刻んでやるよ!」
(うーん、派手にやってるねぇ)
 あっという間にできた野次馬に紛れて竜造の戦いぶりを眺めながら、松岡 徹雄(まつおか・てつお)はぽりぽりとほおを掻く。いつもの仕事装束と違い、伊達眼鏡にアロハシャツ、白いパンツと、まるっきりリゾート地を歩く観光客姿の彼は、隠れ身を用いなくても周囲に溶け込んで、だれの目も引いていない。
(ここでなら指名手配されないから思い切り楽しめそうだね〜……と思ってたのに、向こうからトラブルがきたよ。
 英語表記の方だったらまだお色気展開が望めたけど、どうやらそれもなさそうで残念だねぇ)
 これも、血ぬられた道を好んで進みたがる竜造にとっては宿命のようなものか。やれやれと内心肩を竦める彼の前、竜造のふるう剣は影が完全に人型を取り戻す前に、影を散らしていっていた。しかし影の再生能力は一向に衰える様子がなく、伸びたり縮んだりと自在に形を変えては壁や道にもぐって移動しつつ、竜造やリネンたちの死角をついて攻撃を仕掛けていく。
(こりゃ、本物の影を相手にしてるようなモンか)
 斬っても斬っても敵の勢いは変わらずに、竜造たちの方が疲労していくばかりだ。このままではいずれ敗北する。
 それは直接刃を交え、砕いている竜造に悟れないはずもないことだった。
「アユナ!」
 竜造は不機嫌そうな声でアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)の名を呼び、肩越しに空へと視線を飛ばす。
 その目線の先には地獄の天使で生やした翼で滞空しているアユナがいて、いつでも撃てる状態にしてあった洗礼の光を地上の影たちに向けて放った。
 強烈な光が竜造を中心に放射状に満ちる。
(……アストー01さん、シャンバラへ戻ったらお訪ねして旅行についてお聞かせする約束ですが、お土産話はちょっと物騒な感じになりそうです)
 そんなことを考えつつ、まだ洗礼の光の効果が続いている間にレジェンドレイで底上げした魔法力で、最大威力の我は射す光の閃刃を雨のように降りそそぐ。
 地上のフェイミィが飛ばす光の閃刃との多重効果によって、影は縦横に切り裂かれた。
 彼らの周囲を一切気にしない派手な戦いぶりは、遠目からもかなり目立つ。
「セーーーーーーツ!!」
 市場を歩いているうち、いつの間にかいなくなっていたセツを捜して走り回っていたウァールとコントラクターたちが、騒ぎを聞きつけて現れた。
「――チッ、メンドクセーやつらの登場だ。
 退くぞ、アユナ」
 アユナに撤退の合図を出した竜造は、野次馬にまぎれた徹雄の存在を確かめるように、そちらへざっと視線を走らせたあと、自らも立ち去る。
 影は、またもや再生を果たして壁のなかにいた。光に切り刻まれて少し色を薄くしているように見えるものの、いまだ健在で、戦闘力を失っているようには見えなかったが、攻撃してくる様子を見せない。そして何を思ったのか――考える知能があるのか不明だが――まるで命令を受けた兵士のように一瞬で壁のなかから道へ移動すると、道をすべるように走って竜造たちとは正反対の方角へ離脱していった。
「セツ、やっと見つけた。こんな所にいたんだ。急に姿が見えなくなって、みんな心配してたんだよ。狙われてるんだから、離れちゃ駄目だ」
「……ごめんなさい、ウァール。みんなも……」
 セツははぐれてしまったわけではなかった。市場の人混みにまぎれるようにして、そっと彼らの輪から抜けて、離れるつもりだった。
 しかしウァールの言うとおり、彼らから離れたとたん、あの影が彼女を見つけて追ってきた。まるでそうするのを待っていたように。
 船で襲撃されなかったことから、彼女を見失ったとばかり思っていたのだが、そういうわけでもなさそうだ。
「はぐれないように、手をつないで行こう」
 どうすればいいのか。くよくよと内心悩むセツに、ウァールが手を差し出す。
 影たちがいなくなり、竜造たちも姿を消して、これで騒ぎは終わりだと見切って、野次馬たちは解散を始めていた。思い思いの方角へと散っていく。
 そのとき、セツが最も恐れている者たちが空に姿を現した。