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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『治癒の心は、きっと』

 ドール・ユリュリュズ、『蒼十字』の病院船として『天秤世界』を翔けてきた船の前には今、大勢の龍族・鉄族が列を成していた。
 とはいえよく見ると、そのうち明らかに怪我をしているのはごく僅かで、ほとんどの者はいたって元気であった。

 では何故、並んでいるかというと――。

「姐さん! 最後に一発、お願いしやす!」
「姐さんの治療は気合が入るッス! 元の世界でも頑張れるように、ぜひ!」
 彼らが『姐さん』と呼ぶのはアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)、彼女の手には一見バールのようなものに見えるが、れっきとしたバールである。
「はっはっは! いいねぇ、殴りがいがある者たちばかりじゃないか。
 なんか色々決まったらしいけど、そう簡単に会うことも無いだろう。元気でやりな!」
 アヴドーチカが嬉々としてバールを振りかぶると、狙い定めたツボポイントを思い切りぶっ叩く。
「はぅあぁ! くぁ〜、これっすよこれ! たまらんっすわ〜」
 電気ショックを受けたような反応を見せた後、恍惚とした表情を浮かべる者たち。彼ら曰く「最初は目ん玉飛び出るくらい痛かったけど、慣れると病み付きになるよ」とのことだった。

「アヴドーチカさん、凄いですよねぇ……。
 私もあんな風に、素早い観察眼と判断力を持ちたいです」
「……うーん、アレは何か違うと思うなぁ。ケガさせてないのは凄いのかもしれないけど」
 怒涛の勢いで列を捌き、“治療”を行っていくアヴドーチカを高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は尊敬の眼差しで見つめ、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)は首を傾げていた。
「高峰さん、お客さんを連れてきたわ。正確には元患者さん、かしら?」
 と、そこにウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)申 公豹(しん・こうひょう)が、龍族と鉄族の戦士を連れてやって来た。二人はそれぞれキーウィ“橘花”と名乗ると、『蒼十字』で治療を受けた事で生命を繋ぎ止め、こうして元の世界に帰ることが出来たと感謝の気持ちを述べた。
「皆さんの身を挺しての治療活動は、とても素晴らしい事だと思います」
「そうだな。……俺達は戦場で破壊されるのは個人の責任、助けなど不要、と思っていた。
 だが、助けられる仲間が居れば助ける、君達にはその大切さを教えられた。ありがとう」
「あっ、あの……はい、こちらこそ、わざわざお礼を言いに来てくれて、ありがとうございましたっ」
 何度も頭を下げて、結和がそれぞれの本拠地へ帰っていく二人を見送る。その後も何名かの龍族と鉄族が、世話になったお礼を言いに結和の下を訪れ、結和は彼らの対応に当たった。
「『蒼十字』の主役は、高峰さんよ。正直、私達だけじゃ対処し切れなかった」
「結和は、そうは思ってない顔だけどね。治療出来なかったのを何度も経験しちゃってるし」
 三号の発言にあるように、『蒼十字』の活動は主に龍族と鉄族、契約者に限定されてしまった。デュプリケーターやCマガメ族、Cヴォカロ族は治療を行おうとすると消えてしまい、まるで治療を拒むかのようであった。
「だからかな、お礼の件は遠慮します、と言っていたよ。経費も僕らだけで賄える額さ。君達もそう余裕があるわけではないんだろう?」
「あはは……そう言われるとぐうの音も出ないわね。分かったわ、花音に伝えとく。
 ……治療を受けた人がああして、感謝の言葉を伝えに来る。それはきっと何よりも、高峰さんの為になると思うわ」
 ウィンダムがそう口にして結和を見守る。三号も同意するように頷いて、龍族と鉄族の戦士と談笑する結和を見守った。

「あぁ……さ、流石に疲れたわ……腕がもうパンパンよ」
 全ての希望者へ“治療”を終えたアヴドーチカがへたり込む。治療に用いたバールはほとんどが欠けるか折れ曲がるかしてしまった。
「ただの金属じゃ脆いわねー。特殊金属とか超硬繊維とかで出来たバール、無いかしら」
「……どうあっても、バールに固執するんだね。まぁ、治療された本人が元気そうなら、いいんだろうけど」
 呟き、三号はそれぞれの本拠地へ帰っていく者たちを見送る。アヴドーチカにぶっ叩かれた者たちはとても元気そうに飛び立っていった。

「……戦争だから……戦死者が出ているのは……致し方ないわね……」
 赤城 花音(あかぎ・かのん)リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)の帰りを待つ傍ら、ウィンダムがぽつり、と呟く。彼らは幸運にも龍族と鉄族の“死”に直面してはいない。だが彼らの見ていない所では多くの戦士が力尽き地に倒れ、永久の眠りについている。デュプリケーターやCマガメ族、Cヴォカロ族も含めるとその数は膨大なものになる。
「救えなかったものを悔やむよりも、救えたものを誇りとする。
 ……そう簡単な事ではありませんが、その方が建設的であるように私は思いますよ」
 公豹の言葉に、ウィンダムが俯いていた顔を上げた。
「申師匠、私達は少しは……悲しみや憎しみをせき止める防波堤に、成れたのでしょうか」
「ええ、勿論。十分に役割を果たしたと言えるでしょう」
「そう……ですね。そう思うことにします! ありがとうございます」
 頭を下げ、ウィンダムが軽やかな足取りで部屋を出るのを、公豹が微笑を讃えて見送った。


 ケレヌスとヴァランティの下を訪れた花音は、『蒼十字』の活動の際に使用していた腕章と旗を二人の前へ差し出した。
「ボクが改めて言わなくても、ダイオーティ様や“灼陽”様、“紫電”さんに“大河”さん、そしてケレヌスさんヴァランティさんは分かってると思う。
 人は、種族・国家・習慣・意識といった違いから、単純な好き嫌いだけで戦争を始めちゃう生き物なんだ。でも全員がそうじゃなくて、水面下で一生懸命知恵を絞って、戦争を鎮めようとする人も居る。
 前線で力を振るって戦う人も居る中で、一人でも多くの命を救おうと努力する人も居る。どの戦争でもそういう人たちが居たこと、そして、これからもきっと居ることを……忘れないでほしいな」
「君達の言葉は、しかと受け止めた。
 この腕章、旗には契約者の志が刻まれている……大切に扱わせてもらおう」
 ケレヌスが旗を受け取り、ヴァランティが腕章を受け取って、互いに労いの言葉を交わし合う――。

「……行っちゃったね。
 アーデルハイト様が言うには、彼らとの繋がりは保たれ続ける、今日が今生の別れではない、ってことだから。だから、さよならは言わなかった」
 『天秤世界』から消えた『昇龍の頂』と『“灼陽”』を見送り、リュートと『ドール・ユリュリュズ』へ帰る途中、花音がふっ、と口にする。
「向こうの世界でも、ボクの歌が広く受け入れられたら嬉しいな。
 そうだ、新曲が出来たらエリザベート校長にお願いして、龍族さんと鉄族さんの世界に送ってもらえないかな?」
「世界を越えての、新曲の配信ですか。可能であるならぜひ、やってみたいですね。
 感想が聞けるなら、曲を作るモチベーションにもなりますし」
「そうだよね! ふふ、楽しみだな〜。
 あっ、帰ったらちゃんと結和さんにお礼を言わなくちゃ。結和さんが居たからこそ『蒼十字』の活動が出来たんだもんね」
 楽しそうに話す花音の背中を見ながら、リュートはこれからが少し大変だな、と思う。当然ながら医療活動には費用が伴うのであって、それらの清算をする必要があった。
(このような時にこそ、ブルーバード基金の出番ですね。
 花音の活動規模を鑑みれば、予算の範囲内に収まるはずですが……)
 頭の中で簡単な算出を済ませたリュートの懸念は、協力者というより主導者とも言える結和へのお礼の額をどうするかという点と、契約者の方に費用を増大させた要因がある場合の対応であった。
(……そうですね……後者は……やめておきましょう。
 聞く話では彼らの協力があったからこそ、今の“灼陽”があったとのことですし)
 自分達の活動を、影響が小さかったと卑下するつもりはないが、今回はどうも相手側の影響が大きかったと判断し、リュートはその契約者への請求は行わないことに決めた。
 ……なお、前者の問題も結和がお礼を固辞したため、比較的余裕のある清算を行うことが出来たのであった。