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「おう、おう、おう! や、やい、ネーチャン、この落とし前はどうつけてくれるんだ――いや、くれんねん」
 精一杯ドスのきいた声(と本人は思っている)で、カーマル・クロスフィールド(かーまる・くろすふぃーるど)は手の中に隠したカンペを読みあげた。
 ところどころつっかえている上に、メモを見ながらなので明らかに棒読みになってしまっている。
「キャー、誰か助けてー」
 売店で買ったおもちゃのナイフをつきつけられた松本 可奈(まつもと・かな)は、これまたわざとらしい悲鳴をあげる。
 声をかけていいものかしばらく迷って、ようやく意を決した鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は遠慮がちに声を出した。
「…………なにしてるんだ? 可奈、それにクロスフィールド……」
「な、なんのことだ! ボクは――いや、オレはそんな名前じゃないぞ! 通りすがりの悪人だ!」
 あっさりと正体を言い当てられてカーマルは狼狽した。
(な、なぜだ、こんなに変装しているのに)
 カーマルはサイズの合わない大きなサングラスとマスクで顔を隠し、さらにトレンチコートで変装していた。
 ばっちり変装しているつもりなのだが、ちいささだけは偽りようがない。
 カーマルと可奈は、真一郎の失われた記憶を取り戻そうと「一芝居うった」のであった。
「仕方ないですね。次は私の出番でしょうか」
 真一郎の背後から、スタンガンを片手にクロス・クロノス(くろす・くろのす)があらわれる。
「やはりここはショック療法で……」
 にこやかに笑いながらクロスはスタンガンのスイッチをいれてみせる。
「ダメー!」と慌てる可奈に、
「冗談ですよ。場が和むかと思って」とクロスは涼しい顔で答える。
「おまえの言い方では冗談に聞こえないぞ、クロノス……」
 カーマルは冷や汗をかいてツッコミをいれた。
「可奈が頼んだのか……。すまんな、面倒をかけて」
 真一郎はためいきをついた。当の本人はこの事態でものんびりと構えている。
 というのも、忘れてしまったのは「可奈と出会った時のこと」だけだからだ。
「気にすることはありません。教導団のよしみではないですか。とはいえ、あなたが焦っていないのなら時の流れに任せてみてもいいかもしれません。事象の終わりは新たなる事象の始まりでしかない――ですから」
「ダメ! 絶対、思い出さなきゃ! ――気が進まないけど、こうなったら最終手段にでるしか……」
 可奈はぐっと拳を握り締めた。
「がんばりましょう。弘法筆を選ばず、とはいきませんが私もお手伝いします」
 クロスの手伝いで、可奈はレストランの厨房を借りて料理を作った。真一郎のために心をこめて。
 可奈がトラブルにまきこまれていたのを助けたのが縁で、二人は知り合った。お礼に、と作った料理を食べてくれた真一郎に「この人だ!」と可奈は確信したのだ。
(思い出して……真一郎さん)
 あの日と同じように、お世辞にもうまくいったとは言えない料理を、真一郎は黙々と食べる。
「ど、どう?」
「おいしかった。――初めて会った時も手料理をご馳走してくれたな、可奈」
「よかった……思い出してくれたのね」
(大切な思い出がなくなっちゃわなくてよかった)
 可奈は安堵で涙ぐむ。
「結局ボクのしたことはムダだったのか……」
 自分が演じた三文芝居を思い出してうなだれるカーマルの頭を、真一郎はぽんぽんと優しくなでた。
「そんなことないぞ。一生懸命やってくれてありがとうな」
「…………! 子供扱いするな!」
 真っ赤になって照れたカーマルは、誤魔化すためにわざと憎まれ口をたたいた。



 鼻歌を歌いながら、ナガン ウェルロッドは蝶を空へと放つ。
 どうやらこの蝶には記憶を失わせる力があるらしいとわかって興味がわいたナガンは、密かにいったん捕まえられた蝶を盗み、再度パーク内に放していた。
(カオス大歓迎、だぜ)
 誰も彼もが記憶を失ってしまえばいい。ナガンが次々と虫かごを破壊しているところへ、クリストファー・モーガンは鋭い誰何の声をあげた。
「お前が犯人か!」
「あぁ? ナガンはただ楽しいことがやりたいだけだぜ。お前はナガンの邪魔をするのか?」
「こっちは二人だよ?」
 できれば争いごとを避けたいクリスティー・モーガンの言葉を、ナガンは意に介していないようだった。
「いいぜぇ。やるならやろうぜぇ。楽しくなってきた」
 ナガンがダガーを構えるのを見て、二人の騎士は手近にあったモップやほうきを取った。少々格好がつかないが、この際しょうがない。
 陰から三人の様子をうかがっていた少女が飛び出して叫んだ。
「やめて! わたしが――もがっ!?」
 ナガンは飛び出してきた少女の口をふさぎ、その喉元にダガーを突きつける。
「ヒャハ、こっちも二人になったぜェ?」
「卑怯だな……」
 じり、と二人が動きを留めたのを見計らって、ナガンは足元の虫かごを一気に蹴りあけた。
「ヒャッハー! カオス!」
 ぶわっとあふれかえる紫の蝶。その陰にまぎれて、ナガンと少女はふっと姿を消した。
「くっ……」
 クリストファーはモップを手にナガンを追いかけようとして……飛び去っていく無数の蝶を見上げて、モップを虫網に持ち替えた。

「あの人、なんであんなことしてたんだろ……」
「さぁ、考えてもわからないし、あまりわかりたいとも思わないな……。ま、俺はジェイダス校長にいい報告ができれば十分だが……さて……後片付けといくか……」
 ナガンが逃がしてしまった無数の蝶を捕まえるため、二人は歩き出した。