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美しさを求めて

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第六章 美しさを求めて

「シェディさん、覚悟を決めて下さい!」
 クライスの訴えに、シェディはとうとう広間の扉へ手を掛けた。歩み出したはいいものの、幾度も迷い立ち止ったシェディを、ビューティー★サークルとクライスとローレンスで何とか連れてきた頃には、既に大分時が経過してしまっていた。
「……ああ」
 重々しく頷いたシェディが、意を決した様子で重い扉へ手を掛ける。明るい広間の舞台袖、椅子に腰掛けるヴラドの美しく整えられた容姿を目にしたシェディは、驚愕に見開いた眼もとをすぐに柔らかいものへと変えた。
 彼の正面には、血まみれの幸兔が立っている。一瞬懸念が生じたが、幾らヴラドでも訪れた人間に危害を加えることは無いだろうと思い直した。ゆっくりと一歩を踏み出し、そこでシェディは目を瞠る。
「ヴラド!」
 聞き慣れた声による突然の呼名に思わず立ち上がったヴラドがシェディの容姿に目を丸めた次の瞬間、シェディはヴラドを庇うように腕を広げ窓と彼との間に割り込んだ。その頬の数ミリ横を、一発の弾丸が通り抜けていく。

「大和ちゃん、外れちゃったよ?」
 割れた窓の外、木陰に潜むラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)は小首を傾げ、傍らで光条兵器の銃を構える譲葉 大和(ゆずりは・やまと)へと呼び掛けた。大和は銃を下ろし、肩を竦めつつ言葉を返す。
「外すように撃ったんです。さ、見付かる前に行きますよ」
 漆黒のマントを翻し、仮面の位置を正すと、大和は屋敷へ背を向けた。あまりじっとしていれば、仲の生徒達がやってくる可能性は高い。
「はーい! いやらしーい大和ちゃんも、良いこと出来るんだね!」
 笑顔で言ったラキシスが後に続くのを確認し、大和は肩を竦めた。
「一言余計です、ラキ」
 二人の姿は、鬱蒼と茂る木々の中へと溶け込んでいった。

「な、なんだ、今の!?」
 ひっそりと屋敷の廊下を歩んでいたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、壁から飛び出て眼前を通過した光の弾丸に目を見開いた。お宝を求め歩んでいた足を止め、一先ず頭を下げて体勢を低く保つ。
「罠……でしょう」
 その後ろで注意深く周囲を窺う千石 朱鷺(せんごく・とき)は、警戒を声に滲ませて応えた。
「仮にも吸血鬼の屋敷、このくらいの罠はあってもおかしくありません」
「ろくなお宝もありそうにないし、ここは退くか……」
 きょろきょろと辺りを見回したトライブは、ここまで来る途中に見付けた掃除用具の山や怪しげな薬の山といった特に価値の無さそうなものばかりが集められた部屋を思い出した。鍵を壊して侵入した部屋がそうなのだから、この屋敷にそれ以上貴重なものがあるとは思い難い。
「……はい」
 慎重に頷いた朱鷺の反応に、トライブは頷き返し、二人は元来た道のりを戻り始めた。


「痛くない? 大丈夫?」
 男装したマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が首を下ろしたたまの鼻先を優しく擦りながらヒールを施し、喉を鳴らすたまの口元へベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)はぐるぐると包帯を巻き付ける。
「もう大丈夫だから、安心しろよ!」
「ベア、それじゃ口が開けられないよ」
 鼻先に巻かれた包帯に窮屈そうに目を細めたたまを見遣り、マナは包帯を外しながらベアへ呼び掛ける。あ、と零したベアは、快活な笑みを浮かべながらたまの頭を撫でた。
「悪い、たま!」
 軽く頭を擦り付け、たまは喉を鳴らす。そんなたまの爪を布で磨きながら、多岐田 順平(たきた・じゅんぺい)は嬉しそうに声を上げた。
「たま、綺麗になったよ!」
 それに反応したたまが首を下げ、自分の爪を眺める。嬉しそうにぐるると唸り、たまは順平の頬を大きな舌で舐め上げた。戯れる彼らの様子を少し離れたところで眺める博士は、くるりと背を向け広間の出口へ向かう。
「ヨロシイノカ」
「あの吸血鬼、手懐け方など何も知らんかったんじゃ」
 火焔発射器の言葉に、肩を竦めた博士が応える。首輪こそ嵌められているものの、たまは単純にたま自身の意思でヴラドの元にいるらしい。
「力づくで連れていくことも出来んしのう」
 たまを狙って屋敷を訪れた博士は、火焔発射器を伴い、こんな場所にもう用は無いとばかりに広間を出ていった。

「最後の一撃、凄かったですね」
 たまから少し離れたところでは、打倒たまの生徒とたま防衛の生徒達が互いの健闘を讃え合っていた。リュースの言葉に、いまだにふらつきの残るイレブンとリアトリスは満足げな表情を交わし合う。
「あとは、ヴラドが何か気付いてくれたか……だよね」
 カッティの視線の先には、難しい顔で向き合うヴラドとシェディの姿があった。


「……何故、あなたがここに?」
 低く問いかけるヴラドの言葉に、シェディは何も言わず黙り込む。美しく飾られたシェディの姿はヴラドにとって非常に喜ばしいものだったが、もやもやとしたものに苦しめられる今のヴラドにはそれを称賛する余裕が無かった。
「あんたを守ったパートナーに、その言い草は無いだろ!」
 声を荒げたのは、事を見守っていたテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)だ。
「パートナーが出来た時、嬉しくなかったのかよ! ッて言うか要らないんならそのパートナー僕に譲れよな! オマエなんかより絶対幸せにするし! っだー!」
 感情が昂ぶったテディは立て続けに言い放ち、それ以降は言葉にならないとばかりに頭を押さえた。
「え……」
 その隣で、皆川 陽(みなかわ・よう)は不安げに声を上げる。その様子にはっと気付いたテディは、慌ててぽんぽんと陽の頭を撫でた。
「心配すんなよ、オマエも大切な僕のヨメ一号だからさ」
 安心させたいのかそうでないのかいまいち判別の付きづらいテディの言葉に、それでも陽は頷き返す。そうしてヴラドを真っ直ぐに見詰めると、真摯な声音で語り掛けた。
「自分の傍にいてくれる人を大切に出来ない人は、どんなに見た目が美しくたって本当の美しさは持っていないと思います。だから薔薇の学舎に入れてもらえないんだと、ボクは思います」
 静かに訴えかける陽の言葉に、ヴラドの中にわだかまる気持ちは一層掻き乱されていく。苦しげな彼の様子を心配そうに眺めるシェディは、しかし紡ぐべき言葉を見出せない。
「こいつ、お前の為に頑張ったんだぜ? ポスターに文字書き込んで、見た目整えて、さ。パートナー冥利に尽きるじゃねぇか」
 シェディの肩をぽんと叩きながらアイザックが述べた言葉に、瑞江響と翔太、クライスとローレンスも頷いた。言葉に詰まるヴラドの肩には、閃崎 静麻(せんざき・しずま)の手が乗せられる。
「美しさってのは誰かに教えられるものじゃない、自分で見つけ出すものだ。今までのパフォーマンスを見てきて、あんたにも思うところがあっただろう?」
 傍らでは、上品なイブニングドレスを身に纏ったレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)がうんうんと頷いている。
 黙り込むヴラドを宥めるような口調で、なおも静麻は語り掛けた。
「一人で見付からなければ、大切な誰かと一緒に見付ければいい。だろう?」
 問い掛ける静麻の言葉に、シェディは重々しく頷いた。清潔な手袋に覆われた片手を、ヴラドへ伸ばす。しかしあと一歩の踏み出せないヴラドは、その手を見詰めるばかりで動こうとしない。口を開きかけたクライスをローレンスが制し、見守る人々の中へ、不意に一人の人影が割り込む。
「よう、そんなツレないパートナーなんか放っておいて、このナガンとイイことしようぜ」
 ピエロのような風体のナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)がシェディの片腕に自分の両腕を絡め、胸元を押し付ける。
「なっ!?」
 息を呑むヴラドへ見せ付けるようににやりとした笑みを浮かべ、ナガンは尚もシェディへ身を寄せる。困惑しながらも特に振り払おうとしないシェディが真っ直ぐに自分を見ている事に、ヴラドは奥歯を噛み締めた。
「ほら、いいのか? 頂いちまうぜ?」
 くすくすと笑いながら、ナガンはおもむろに片手をシェディの首元へと這わせた。そのまま後頭部を引き寄せ、呆然と眺めるヴラドの目の前で、唇を寄せる。
「……っ! やめなさい!」
 弾かれたように立ちあがったヴラドがナガンの片腕を掴み、抵抗しないナガンの体をシェディから引き剥がす。ひらひらと片手を振って道化のように笑うナガンは、ぺろりと舌を出して見せた。
「……ヴラド」
 間近なヴラドを眺めるシェディは、満足そうに笑みを浮かべていた。ぐっと言葉に詰まったヴラドの背を、柔らかく押しやる掌があった。
「誰かを想いやる心が、美しさを生む」
 純白の制服を身に付けた藍澤 黎(あいざわ・れい)は、静かに言葉を続ける。
「ヴラド殿の為に身を呈したたま殿や、シェディ殿。そしてヴラド殿の為にこの屋敷を訪れた生徒達。彼らのような心こそが、真の美しさを生むのだろう」
 治療を受け幸せそうに戯れるたまの笑顔、互いを労う生徒達、屋敷を清掃した彼ら。
 そして最後に笑みを浮かべるシェディの表情へと視線を戻し、ヴラドは肩を震わせて呟いた。

「……ありがとう、ございました」

 騒動で近くまで転がってきていたらしいマイクがその声を拾い、スピーカーにより広間へと響き渡る。うっと羞恥に頬を染めたヴラドを、シェディは何も言わずに抱き寄せた。


「約束のお礼、ウツクシクナレールです」
 屋敷の玄関でシェディと並んで生徒達を見送るヴラドは、その一人一人にいかにも怪しげなピンク色の液体が詰まった瓶を配っていた。明らかに不審なそれを拒む者もいれば、喜んでもらい受ける者もいる。
「そのようなものより、ダンスはどうなったのです?」
 入り口で問い掛けるドレス姿のレイナへ、シェディは何も言わずに遠くを指さす。そこには逃げるように立ち去って行く静麻の姿があった。
「待ちなさい!」
 ドレスの裾を上げて走って行くレイナへ渡しそびれた瓶を、ヴラドは悪戯に空へ翳した。
「……あなたは、気付いていたのですか? 私は間違っている、と」
 呟くように語り掛けるヴラドの言葉に、シェディは静かに頷く。
「あなたにも、申し訳ない事をしてしまったようですね」
「いい。……これから、だ」
 彼らの視線の先には、順平やベア、マナを始めとした生徒達を乗せて空へ舞い上がるたまの姿があった。その雄大な姿に目を細め、ヴラドは口元に笑みを浮かべる。
「共に美しくなりましょう、シェディ。薔薇の学舎を目指して!」

  森の上空には時折、優美に空を舞うたまの姿が見られるようになった。決意も新たに声を上げたヴラドの屋敷は、訪れた生徒達に教え込まれた掃除の手法と主にシェディの力によって、それ以降最低限の清潔さを保っているという。薔薇の学舎を日々訪れる不審者の姿を生徒達が見ることは無くなった。
 代わりとばかりに、少し離れたところをモデル歩きで通過する不審な燕尾服の男が姿を現すようになった、とか。



担当マスターより

▼担当マスター

ハルト

▼マスターコメント

この度は「美しさを求めて」のシナリオにご参加下さり、まことにありがとうございました。
薔薇の学舎向けシナリオとして学舎の特徴を使ったシナリオにさせて頂いたつもりでしたが、いかがでしたでしょうか。ご参加下さった方々、お読み下さった方々に楽しんで頂けましたら幸いです。
シナリオの特性上、複数のグループアクションを描写させて頂きました。人が入り乱れ少々わかりづらい場面があるかと思われますが、ご容赦下さい。
楽しいアクションばかりで、楽しく執筆させて頂くことが出来ました。次はもっと男色を前面に押し出したシナリオを書けたらいいな、と思っております。
では、またお会いすることがございましたら宜しくお願い致します。

最後に、グループアクションを行った方々にはそれぞれのグループ名を、特徴的な行動を行ったキャラクターにはそれらしい称号を贈らせて頂きました。ありがとうございました。

▼マスター個別コメント