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聖なる夜に奴らは群れでやってくる!!

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聖なる夜に奴らは群れでやってくる!!

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第四章 福音

 それは長い戦いであった。
「ケンリュウパンチ! ケンリュウキック!」
 ガシイイイィッ!! バキッドカッ! ドカカッ!!
 激しい打撃音が周囲に響き渡る。
「クスクス、甘い、ケーキのように甘いわよ。ケンリュウガー!」
 ケンリュウガーと暗黒卿リリィの戦いはまさに互角であると言えよう。
 いや、互角というのは適切でないかもしれない。
 雪に足を取られたケンリュウガーは転んでしまったのだ。
「チャーンス! このあたしが【龍王雷電斬り】(轟雷閃)でトドメを刺してあげるわ。恨むなら女にうつつを抜かした己を恨みなさい!」
 ヒーロー大ピンチであった。
 果たして、ケンリュウガーはどうなってしまうのだろうか!?
 続く……とテレビでなら、ここで来週に続くのだが、そういう訳にはいかなかった。
 雷光が暗黒卿リリィのライトブレードに集まり、そして、彼に向けられたのだ。
 しかし、その直後、大きな音を立てて、小規模の雪崩が起きる。
「な、何ですってェッ!!?」
 哀れ、暗黒卿リリィは雪の下に……
「よし、作戦通り(?)だ!!」
 真偽のほどはわからないが、ケンリュウガーは立ち上がりと急いで着替えた。
 彼はとにかく急いでいたのだ。
 彼女の元へ向かうために武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は走った。
 そして、ついに明野 亜紀(あけの・あき)の元に辿りついたのである。
「亜紀、俺とデートしてくれないか?」
「えっ?」
 突然の申し入れに亜紀は戸惑った。
 だが、少し顔を赤らめて、揚がったばかりの野菜コロッケを突きつけながら言ったのだ。
「がりゅー、と、とりあえず、これ……食べろ」
 不器用ながらに答えたが、その後で小さく頷いたのだ。


 ☆     ☆     ☆


「ホホホッ、ホッーホッホッ〜!」
 彼らと同時期にエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)も辿り着いていた。
 権兵衛たち子供らの前で、袋の中に入ったロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)を取り出すと、エヴァルトは演説を開始した。
「ホホホホッ! ホッー、ホワッー!?」
「えーっ、ボクがサンタ語を翻訳をします。その前にエヴァルトは何をしゃべっているのでしょうか?」
「はい! はーい!」
 子供たちはエヴァルトの怪しげなサンタ言語と動きから持たされるロートラウトのクイズに答えようとした。
「び、びっくりしたなぁ、もーう! です」
「ブー!! 答えは、機晶石エンジン、フルドライブ! 出力全開! って同じ意味だぁー! でした」
 実は権兵衛に対して『幸せは、与えられるだけではない』と言ったのだが、サンタ語では通じなかったらしい。
 子供たちはその無茶苦茶なクイズに文句を言う。
「えー、訳わかんなーい!?」
「では、無視して次の問題です」
 ロートラウトと暴走の横でミュリエルは子守をしていた。
 そして、遠目に環菜の姿を見つけたので手招きしてみたが、どうやら、彼女は電話中だったらしい。

「いやぁー、料理は美味いし、たくさんの人が集まっとるし、さいこーや」
 低い背から幼く見られる霊松 涼一郎(たままつ・りょういちろう)はクリスマスの料理を食べまくっていた。
「でも、ピラフにタマネギが入っているのはいただけんなぁー」
 彼はタマネギが苦手だったらしく、タマネギだけ皿の端に避けて食べていた。
 なんという、罰当たりなお方であろう。
 それを見ていたミニサンタ姿の神代 明日香(かみしろ・あすか)神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)は思わず、声をあげてしまう。
「あー、好き嫌いはいけないんだよ」
「この料理を作られた方に悪いと思いますわ」
「……な、なんや、お前ら、少しくらいいいだろ。ちっこいくせに」
「大きさはみんな一緒くらいでしょ!」
 身長が146センチの涼一郎は身長にコンプレックスを抱いていた。
 明日香が147センチ、夕菜が140センチ……実は明日香が一番大きい。
 ソレを知ってか知らずか涼一郎は明日香に反発してしまったのだ。
「まぁまぁ、でも今日はクリスマスです。みんなで仲良く乾杯しませんこと?」
 その険悪になりそうだったムードを和らげたのは夕菜だった。
 彼女は周りの皆に飲み物を配ると笑顔で言ったのだ。
「仲良く、仲良く」
 すると、明日香はいつものように元気に答えた。
「おっけ〜ですぅ?」
 涼一郎も頭をかきながらグラスを傾ける。
「しゃーないな。大した事ではないし……」
 だが、彼の後ろに今回の料理を担当していた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が立っていたのは気が付かなかったらしい。
「千里眼の持主たる広目天に代わってお仕置きよ!」
「ええええぇっ!!?」
「まったく人が作ったものを……皿洗いで許してあげるからこっちに来なさい」
「痛ててて!!」
 そして、172センチの祥子に首根っこを掴まれた涼一郎は猫のように退場していったのだ。


 ☆     ☆     ☆


 ――しかし、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は何人の人を招待したのだろうか?
 だんだんと料理が足りなくなってきたのが事実だ。
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が連れてきたパラ実の人々、子供たち、最初の予定よりも50人くらいは多いだろう。
「ちゃわ〜! めりーくりすますぅ〜! 」
 すると、扉の向こうで元気な声が聞こえてきて、トナカイ姿のミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)とサンタ姿の和泉 真奈(いずみ・まな)がやってきたではないか。
 ソリに見立てた大八車の上に50人分のケーキを乗せての登場だ。
「おおおっ、ケーキだぜ!」
 モヒカン連中はケーキに殺到する。
 そのあまりの勢いにミルディアは仰け反ってしまったようだ。
「うのぉ!?」
「すごいですわね……」
 真奈は唖然としながらも、倒れたミルディアが起きるのを手伝ってやる。
「殺気立ってるわねぇ。でも、いいんじゃない。お祭りはこうでなくちゃね」
 ミルディアは舌をペロッと出しながら、身体の雪を払い落とすとポケットの中に忍ばせておいたハンドフリーの無線マイクを取り出し、ソリに乗せておいたアンプとプレイヤーの電源を入れる。
「ですわね。とりあえず今は楽しみましょう。祈りはその後で行いますわ」
 彼女に合わせるように真奈も練習してきたゴスペルを口ずさむ。
 もちろん、彼女らのゴスペルはR&B(リズム・アンド・ブルース)を交えたプレイズソングである。
 小粋でノリの良いにリズムに周りはダンス会場と化していく。

 さらにサックスを片手に白い衣装のカレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)が混ざってきたから大変だ。
 R&Bのリズムに独自の演奏をミックスしたジャズ曲を披露し、剣を持ったリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)のダンスを後押しする。
 橙系に黄色のバラの装飾のシャツ、青いフラメンコ用のズボンを履いて剣舞を舞うリアトリス。
 軽やかなステップの度に青髪のポニーテールが上下に揺れる。
 動きはあくまで華麗に、それでいて内に秘めた情熱を感じさせる。
 当初はゴスペルにフラメンコなんて感じていた観客もいつの間にか引き寄せられてしまう。
 ミルディアと真奈の高音に混じって聞こえる見事なサックス。
 それを邪魔しないように踊りながらも、荒い息遣いさえ聞こえてきそうなリアトリスのフラメンコ。
「パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!」
 次第に観客は手拍子を始め、輪唱が始まる。
 それにしても、カレンデュラのサックスは何と見事なことだろう。
 その洗練さを醸しだすには、かなりの肺活量を必要とする吹奏楽器なのだが、彼は疲れなど微塵も見せずに吹き鳴らしている。
 さらに、その獲物を狙うような獣の眼差しで、お気に入りのオトメンを探すという肉食ぶりだ。
 ミミ・マリー(みみ・まりー)はその絡みつくような視線を感じて、背筋がゾクゾクとしたがそれに気づいた瀬島 壮太(せじま・そうた)によって阻止される。
(んー、他にめぼしい奴はいないなー)
 残念ながら、他にカレンデュラの気に入るようなオトメンは会場にはいなかったらしい。
「楽しければー♪ 美味しければー♪ かわいければー♪ 何でもありなのー♪ キャモーン♪」
 ミルディアは客を煽りだした。
 手を大きく振って、手拍子を要求する。
 リアトリスも【アワナズナ・スイーピー】と言う名の大きな日本刀に持ち替えて、最後の舞いを行う――


 ☆     ☆     ☆


「フフフッ……準備OKだぜ!」
 抑えきれない気持ちを抑えながら、アーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)はリモコンスイッチを握っている。
 ハナビはきちんと各方面に仕掛けておいた。
 あとはこのスイッチを押せば、ハナビは打ちあがる。
「ヒヒヒヒッ……」
 不気味な笑い声はもう抑える必要はなかった。
 すでにハナビは完成済なのだから、バレても関係ない。
 ハナビの原料は火薬と金属の粉。
 元テロリストで高等部化学教師。
 爆発物、劇物の開発が趣味の彼にとって、そんな物を作るのは造作もない事。
 彼の仕掛けたハナビの数はどれだけの数になるのか。
 それが爆発すればどんな事になるのか……


 ☆     ☆     ☆


 随分と騒がしい会場内で影野 陽太(かげの・ようた)は床に零れた飲み物などをモップで磨いていた。
(はぁ、今日は重要な用事があるのに何をしているんだろう)
 ため息ばかりが出てしまう。
 陽太は密かにチャンスを伺っていた。
 あの御方へのデートの告白を……
 権兵衛と約束しておいた。
「サンタじゃないのでプレゼントは渡せないけど、俺の勇気を見ておいてください」
 権兵衛は(?)な顔をしていたが、デリケートな問題なので無問題としよう。
 それよりも本丸はあの御神楽 環菜(みかぐら・かんな)だ。
 そのクールでワガママな性格で一部の熱狂的なファンの心を鷲掴みする魔性の女王。
 彼女にそんな告白をするなんて、危険だと知っているのにぃ……うわらば!
 パニックになるほど、陽太は焦っていた。
 チャンスを見つけられぬままに過ぎ行く時間、ここで決めておかなければ今年が終わってしまう。
「何をしてるの?」
「……え? わわっ、環菜会長!!?」
 するとなんと、環菜の方から声をかけて来たではないか。
「な、何をって、掃除……です」
「……皆、楽しんでいるのに変わってるわよね」
 環菜は椅子に座り、飲み物を片手に中の氷を転がしていた。
 組んだ両足、むっちりとした太腿の奥のデルタゾーンが見えたと思うのは妄想だろうか?
「……環菜会長は楽しんでいるのですか?」
「私? さぁ、どうかしら? どう見える?」
 酔っているわけではないだろうが、彼女はいつもより饒舌で挑発的に思えた。
 もしかしたら、これが望んでいたチャンスかも知れない。
 喉をゴクリと鳴らした後、陽太は汗ばんだ拳を握りしめて言った。
「……お、お正月……俺と……い、一緒に……初詣に行きませんか?」
「プッ……」
 お正月……今ではなくて?
 環菜は思わず吹き出してしまった。
 陽太の言葉はとんでもなく草食系で回り道だ。
 しかし、その純情さが彼女にウケたらしい。
 常に戦いと策謀の最中にいる環菜にとって、彼の甘さは想定外だ。
「今じゃなくていいの?」
 牝豹のように舌なめずりをした環菜は陽太に近づいていく。
 柑橘系の官能的に甘い香りが陽太の鼻腔に飛び込むと、彼はそれだけで意識を失いそうになった。
 だが……

「ちょっと、待ったぁぁっ!!!」

 それを阻んだのは樹月 刀真(きづき・とうま)であった。
「まだ勝負は終わってないわよ」
 さらに刀真のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)まで現れたから大変だ。
 後はバトルあるのみ。
 そして、気が付くと環菜の姿は消えていたという。


 ☆     ☆     ☆


(……青春してるよな)
 横目で刀真たちを眺めながら、風祭 隼人(かざまつり・はやと)は呟いた。
 今日は憧れのルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)と親密になるつもりでいたのだが、彼女を取り巻く人の多いこと。
 買出し名目のプチデートも神代 明日香(かみしろ・あすか)らに邪魔されてしまったし……
 今も彼女は山時 雫(やまとき・しずく)ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)らと楽しそうに話している。
 大人数でならともかく二人きりになんて、とてもなれそうにない。
 せっかく、プレゼント交換用の髪飾りを買ったのだが。
 気づけば荷物持ちとパーティー会場の飾りつけなど裏方に終始していた。
 親しくはなれただろうが、隼人が期待した親しさとは何かが違うようだ。
 ――しかし、パーティーも終わりに差し掛かった頃だろうか?
 ルーミナが隼人に話しかけてきた。
「風祭さん、今日は色々と本当にありがとうございました。すごく助かりましたわ」
「あぁ、別にいいよ」
「そろそろ、パーティーも終わりですね」
「そうみたいだな」
 彼女の言うとおり、お開きの時間が近づいていた。
 隼人は横にちょこんと立つ、ルミーナの横顔を眺めた。
 ロングウェーブの美しい金髪に、守護天使の証である白く大きな翼。
 悪気はないが冗談などが通じない彼女はいつも真剣だ。
 それは買い物や、飾り付けの最中に何度も見てきた。
 だからこそ、照れや躊躇は必要ないのだろう。
「ごめん、ちょっといい?」
「えっ?」
 隼人は突然、ルミーナの髪に宝石のついた髪飾りを添えてやった。
 黄玉と呼ばれるその宝石は十一月生まれの彼女の誕生石だ。
「似合うね。やっぱりさ」
「…………あ、ありがとうございます……」
 ちょっと強引な隼人にルミーナは言葉を濁した。
 男にこんな事をされた経験がないから当然なのかもしれない。
「でも、実はわたくしも用意してあったんです……」
 すると、ルミーナも鞄から何かを取り出した。
 それは小さな箱。
「今日のお礼です。恥ずかしいから中は家に帰ってから見てくださいね」
 そう言って、ルミーナはグラスを隼人に持たせた。
「じゃあ、乾杯しましょうか?」
「そうだな」
 そして、隼人とルミーナはグラスを傾ける頃、近くで何発もの花火があがったのだ。


 ☆     ☆     ☆


「ほう……」
 子供たちの相手に疲れたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は冬の花火を目にして、満足そうに頷いた。
「たまやー!!」
 皿洗いに勤しんでいた霊松 涼一郎(たままつ・りょういちろう)はそれを見て叫んだ。
「ま、肩の力ぬいて 気楽にいこうぜ」
 三浦 晴久(みうら・はるひさ)は腕を回すとお土産のケーキを包んでいた。
「疲れたんじゃありませんか? リシト様」
 片倉 蒼(かたくら・そう)は遊びつかれた永式 リシト(ながしき・りしと)に紅茶を注ぐ。
「そこのお姉さん!! 俺と愛し合わないかっ!?」
 鈴木 周(すずき・しゅう)はボロボロになりながらも、街でナンパをしていた。
「うのぉ!?」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は新しい口癖を口にしながら、雪の上で転んでいた。
「ふむ、このケーキは絶品であるな」
 暗所から抜け出したジョヴァンニイ・ロード(じょばんにい・ろーど)は、ケーキを堪能していた。
「そなたも大変なものを盗んでいきましたでござる。それは拙者の視線でござる」
 椿 薫(つばき・かおる)は新しいのぞき文句を披露していた。
「誰かを護りたいから強くなれるか……」
 リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)は剣の手入れをしながら次なる舞台を探す。

「………………」
 そして、この花火の仕掛け人であるアーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)は満足げに笑っていた。
「ふむっ、これがハナビか……破壊力はないが美しいものだな」
 人を殺傷する為の爆弾は作ったことはあったが、ハナビは初めてだった。
 火薬を使うには違いないが、使い方次第でここまで火薬が変化するとは……
「まだまだ、研究の余地はあるようだな。フフフッ……色々とな……」
 アーキスはブツブツと呟きながら帰っていく。
 無論、彼の研究室へだ。