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#4 ストライキ当日・お昼前 園長室





 空京どうぶつえんが開園して、2時間ほど経った頃。

 園長室には、園長のロイホ氏を説得しに、数人が集まっていた。

「帰ってくれないかね」

 ロイホは冷たい言葉を投げかける。それに泉 椿(いずみ・つばき)は、激しく言い返した。

「おまえまだそんなこと言ってんのか!? ストライキだぜ? しかも今日! いまにも始まりそうな勢いだってのに!」

「ストライキ、ねえ。彼らにできるのか?」

 ロイホはひどく懐疑的だ。

「話はデニーからも聞いてるんだ。労働環境の改善がなきゃ、強行派は動き出すぜ」

「スタッフの管理は私の仕事だ。口出ししないでもらおう」

「あのなあ! それができてないから、こうしてあたしたちが出てきてんだろーが!」

 椿の口調はヒートアップしていく。

「もうすぐ大事な来客があるんでね。失礼するよ。」

 ロイホが話を切り上げようとする。

「御神楽 環菜、ですわねぇ〜」

 のんびりした色気のある口ぶりで、ロイホの『大事な来客』を指摘するのは、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だ。

 ロイホは足を止める。

 オリヴィアは、脇に抱えていた書類をバサリと園長の机に放った。

「いろいろ調べさせてもらいましたわぁ〜。月間の労働時間規制、従業員への最低賃金、業務量に割り当てられる最低人員数。有給休暇の申請、労働現場の衛生環境、その他もろもろぉ〜……」

 ロイホが忌々しげに書類をにらむ。

「まあ、入場料だけは良心的な値段ですわねぇ〜」

「何が言いたい?」

 ロイホは少し話を聞くつもりになっているようだ。

「税務署や地検の監査が入ればぁ〜、あっという間に引っ掛かりますわよぉ〜」

「……」

「御神楽 環菜にバックについてもらうおつもりですかぁ〜」

 それに勢いづいて、椿も言葉を挟む。

「ココは確かにだだっぴろい施設だぜ。でも、それを維持するには充分な収益があるはずだ! 必要のないコスト削減は、スタッフのモチベーション下がるぜ。おまえ、儲けを懐に入れてるんじゃねえだろうなぁ?」

 椿は確信めいた目をロイホに向ける。ロイホは、怒ったような眼で椿を見返した。

「そ、れ、にぃ〜」

 オリヴィアが、一頭のペンギンを連れてくる。

「このペンギンさんも、業務改善を訴えてますわぁ〜」

「くわ、くわ」

 そのペンギンは、腕をパタパタさせて、くちばしをパクパクさせる。

「ここのスタッフ、ペンギンのジョイフルさんわぁ〜、証言に協力してくれるそうですのぉ〜」

「くわ、くわ」

 ロイホは呆れたような溜息を一つ。

「……そのペンギンは、ゆる族かね?」

 ペンギンがピタリと動きを止める。

「ち、違うくわ。ボクはペンギンのジョイフルくわ」

 自称ペンギンは反論するが、ロイホはすかさず

「あーんして」

「あーん」

「口の中にあるその顔は何だ?」

 ペンギンはパクンと口を閉じる。ロイホは追い打ちをかける。

「ジョイフルは腹に手術痕の傷がある」

 ペンギンは自分の傷一つない腹を見て、そのままオリヴィアを見る。

「マスター、ばれたくわ」

 ペンギンの着ぐるみで変装していた桐生 円(きりゅう・まどか)は、早くもごまかす気をなくしてしまう。

「まあ〜、円ったらぁ、音をあげるのが早いわぁ〜」

「さすが園長だね」

「円ったらぁ、『くわ』もやめちゃったのねぇ〜」

 二人に危機感はない。

「それでは、本物のスタッフ、もとい、元スタッフからお話させていただきます」

 と、進み出るのはバスティアン・ブランシュ(ばすてぃあん・ぶらんしゅ)

「久しぶりだな、バスティアン。主は見つかったのか?」

 ロイホは彼を覚えているらしい。

「ええ。彼です」

 と、バスティアンはエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)を指す。エメは物腰柔らかく、ロイホに一礼。

「かつての『ふれあい動物ひろば』のスターが、今更何の用だ?」

「昔のあなたに戻っていただくためです」

「私は何も変わっとらんよ」

「へえ、君、人気者だったんだね」

 エメはバスティアンの意外な過去に感心する。

「私は幸運を呼ぶのですよ。私を撫でれば幸運一つ。私を抱きかかえれば幸運二つ、私に舐めてもらえば幸運三つ、と言われたものです」

「ふ、懐かしいな」

 ロイホは少し感慨深げだ。

「ええ。その懐かしい昔、あなたの瞳は輝かしく燃えていた。空京どうぶつえんを立ち上げたころは、園を軌道に乗せるためにあなたもスタッフも必死でしたね。賃金も保証も度外視して、子供にひげや尻尾を引っ張られても、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び。全てはお客様の笑顔のため。それだけでやっていました」

「……」

「でも今のあなたは、金に目がくらんだ亡者としか思えません。全てはお客様の笑顔のため。しかし園がここまで人気になった今、従業員にしっかりした保障をするのは、経営者として当然と思いませんか?」

「……」

 ロイホの沈黙に、バスティアンは何かを察する。

「園長、あなた、何か事情を抱えてるんじゃないんですか?」

「バスティアン、私はね……」

 ロイホが重い口を開いた時、

「なるほど! 要はそのバスティアンが抜けてから、動物園の人気者に不足しておるというのだな!」

 白狐の獣人、暁 出雲(あかつき・いずも)が前に出る。

「いや、そうではないと思いますが」

 バスティアンが遮ろうとするが、出雲はおかまいなしに、

「分かる! 分かるぞ。園内をざっくり目を通してみたが、なるほどスタァと呼べる者はおらぬな。皆そこそこのレベル止まりだ。」

「な、なんだ君は」

 ロイホは出雲の勢いにたじろいでいる。

「人気動物園といえども、実は経営が苦しいのであろう? 御神楽 環菜に出資の打診をしているのも、そのせいであろう」

「え? 園長、そうなんですか?」

 バスティアンも経営の話が出ると、驚かざるを得ない。

「……あの女王さまの接待には金がかかるんでね……」

「園長! そんな人の出資を得て、どうするつもりなんですか!」

「バスティアン、これはもう、お前の出る幕じゃないんだ」

 ロイホはまた、冷たい目になってバスティアンを見る。

「げ、そういう話になると全然分かんねえ……」

 椿も口を出せない。

 一方、オリヴィアの目は輝く。

「そうなると、お話は変わってきますわねぇ〜。彼女の融資次第で環境は変えられるということですわぁ。でしたら契約書を作成して、その手数料をたっぷり……」

「心配いらぬぞ、園長。我と組め。」

「は?」

 出雲の申し出に、ロイホは戸惑う。

「我はこのような風貌だ。我と組んでショーを仕立てれば、大儲け間違いなしじゃ」

「な、何を」

「地球人は我のような獣を神獣と申して敬う。この空京どうぶつえんに神の使いが舞い降りたと宣伝すれば、観客は何倍にも膨れ上がるぞ。神獣がおるとなれば、入場料を倍にしても客足は途絶えぬであろう」

 出雲は、ここぞとばかりに猛烈に自分を売り込みにかかった。

「どうじゃ! で、新しいスタァである我の報酬であるが……」

 出雲が勝手に給料の話を持ち出したその時、

 バンッ!

「いましたわ……この狐!」

 部屋のドアを開いて現れたのは、出雲が共にパートナーを組んでいるヒナ・アネラ(ひな・あねら)と、

「やっぱりこういうことになってたんだね……」

二人の主、月島 玲也(つきしま・れいや)だ。

「おお、二人ともよく来た」

「よく来た、ではありませんわ! 最近いつも帰りが遅いと思ったら……」

「心配してたんだよ、出雲」

「そうかそうか。すまなんだな。しかしもう心配はいらぬ。これから贅沢させてやるぞ」

「お金の心配ではありませんわ! 玲也、やはりこの狐、信用できませんわ!」

「ヒナよ、何を怒っておるのだ?」

「さあ帰るのです。まったく恥ずかしい」

 ヒナは、出雲の腕を掴む。

「ヒナ、そんなに怒らなくても……」

 玲也は、出雲よりヒナを落ち着かせようとする。

「玲也! あなたが甘やかすから、狐がつけ上がるのですわ」

「あ、うん、ごめん……」

 玲也はヒナの勢いに押されて謝ってしまった。

 出雲はそれに、ピンとひらめいた顔をする。

「そうか! ヒナお主。ジェラシィというやつじゃな? 我だけがスタァになるのが気に入らぬのであろう」

「なんですって?」

「皆まで言うな。おい園長。この乳白色のドラゴニュートもなかなかに希少価値が高い。我とスタァの二本柱となれるであろう」

「ちょ、ちょっと出雲……」

 玲也もさすがに止めに入る。

「ん? 玲也も働きたいのか? そうだな。超感覚で獣耳と尻尾を出せば、一部のマニァに大人気かも知れん。ふむ、園長。こいつは園の案内係にどうだ?」

 出雲は二人を巻き込んで、勝手にプレゼンを始める。

 園長室に、ピリピリした空気が張り詰め、パリパリと電気が走る。

「ん? なんだこれ?」

 椿が最初に異変に気づく。目をやると、異様な雰囲気のヒナがその原因だと分かる。

「この……狐……」

 ヒナは、怒りにひきつった顔に、無理やり笑顔を作る。

「……覚悟はよろしくて……?」

「え! 待ったヒナ!」

「やっべえええ!」

 ズガアアアアッ

 玲也の制止空しく、園長室に炸裂するサンダーブラスト。

 全員攻撃のスキルであるそれは、出雲はおろか、その場にいた全員を真っ黒焦げにしてしまった……。