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【カナン再生記】続・降砂の大地に挑む勇者たち

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【カナン再生記】続・降砂の大地に挑む勇者たち

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1章

「ええと、もうそろそろですっ」
 昼なお暗いジャタの森を、黙々と進む4人の姿がある。
 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は、幾重にも倒れた巨大な朽木の上をひょいひょいと渡り歩きながら、白砂 司(しらすな・つかさ)を振り返る。
「疲れましたか、司君?」
「大丈夫だ。ゆっくりもしてられないしな」
 獣人のサクラコは森に入る前から三毛猫に変身済みで、今は故郷への案内役を買っているところだ。
 その後ろを箒にまたがって飛ぶ司だが、これほど密度の高い森の中では、歩くのとそう変わらない。
「にしても、獣人族に知り合いがいて助かるぜ」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、結い上げた髪にかかる樹木の葉を払いのけながら言う。
 背負った荷物からは、鉄骨らしきものがところどころ飛び出しており、肩口でベルトが軋んでいた。
「良かったな牙竜。これでジャタにも文化の風が吹く」
 美しい肌に汗のひとつもかかず、涼しい顔で言うのは武神 雅(たけがみ・みやび)
「なあ雅」
「ん?」
「荷物の配分、明らかにおかしくないか」
 雅が持っているのは、細いアンテナが2本。
「何を言う。アンテナこそ、この計画の最重要部品だ。この重責と緊張が分からないのか」
「さっきその重責の源を、俺の頭に刺して遊んでたよな?」
「ああ、効くかなと思って」
「何が何にだ! てめぇちょっとは手伝えこの野郎!」
「牙竜。ここに携帯の中継基地を作りたいと言ったのはお前だろう? 可愛い弟の願いを聞き、各校から機材を借りるべく奮闘した私に対して、なんという言い草――いや、すまない。私が悪かった。ただカナンでもセイニィの声が聞きたいという、その純なる思いには誰も勝てん」
 雅はもう途中から笑いだしている。むろん、牙竜の本来の目的は通信インフラの確保であり、後のカナンとの交易すらも視野に入れた、実にまっとうなもの。
 しかしまあ、「その目的」も、ないわけでもないわけでもなくもなかった。
「こ、こ、――」
 牙竜の右手、リュウドライバーが、木漏れ日を怪しく反射する。
「到着ですーっ!」
 サクラコの声が森に響いた。自称姉とその弟の戦いは、すんでのところで未遂。

 司は息を整えた。ジャタの森には人一倍、思い入れがある。
 しかし今、カナンの状況を鑑みれば、この地に布石を打たない訳にはいかない。
 顔を上げて、パートナーの故郷を見つめた。
 箒を降り、森の土を踏み、決意する。
 これまで、国境という要衝にありながら、ジャタの森はいささか未開に過ぎたのだ。

「カナンを出入りする人間を暖かく迎え入れて欲しい。中には亡命さながらに訪れる者もいるだろう。彼等を保護できるのはあなた方だけなのだ。――もしも危険があれば、俺が必ず守ると誓おう」
 それが司の願いだった。
 簡単に頷ける話ではないのは承知している。
『私一人で行った方が多分いいです。司君はここで待ってて下さいっ』
 そう言われてから、数刻ののち。
 サクラコが従者を伴って現れた。肩で息をしている。目が据わり、かすかな殺気が感じられた。
「すまなかったな。だめか? やっぱり」
 途端に、弾けるような笑顔に変わった。
「いいえ! 完璧OKですっ! もう安心ですよ、司君」
「ほ、本当か」
「それから、牙竜くんと雅さん」
「おう!」
「うちの部族の領内なら、基地局も建てていいそうです。あとで皆に、扱い方を教えてあげて下さいね」
「ありがてぇ! 恩に着るぜ!」
「すごいな、これほどスムーズに行くとは。司とサクラコの信頼あってのことだな」
 牙竜と雅は改めて二人に礼を言うと、早速、電波の通りが良さそうな場所を物色にかかる。
 二人の信頼。
 それは紛れもない事実だったが、サクラコの「直談判」が功を奏したのもまた事実であった。
(ふふっ、あの頑固ジジイ。この私が借りを作るとはねっ)
 サクラコは苦々しい笑みを浮かべつつも、軽い足取りでカナンへの道についた。



 ジャタに住まう者が全て好意的なはずもなく、まして、ネルガルがパラ実のA級四天王の称号を持っているならば――
 この展開は当然過ぎるほど当然である。
 悪意の固まりは葉擦れの音に紛れて、徐々に接近しつつあった。
 森の中だけあって数は多くないようだが、あふれ出る気配は決して油断をさせてくれない。
「この獲物の匂い、たまらねぇぜ。おい、好きな奴からヤっていいんだよな?」
 木崎 光(きさき・こう)が眼鏡の奥の瞳を釣り上げて嗤う。
 ラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)がかぶりを振った。
「このタイミングでそのセリフ。断言できる。君を正義の味方だと思っているのは世界で僕だけだな」
 冗談のつもりだったが、パートナーはちっとも笑ってくれない。
「ラデル! 俺様の背中を預けてやる、気合い入れろよ!」
 言い終わらないうちに、木々の影からジャタ蛮族――つまりパラ実生が飛び出して来る。
 濁った瞳。手には錆びた剣。天を衝くモヒカン。肩口には「根留牙留(ねるがる)」の刺青。
「ヒャッハァーッ!」
 光と蛮族の言葉が見事に重なった。
「あああ、光!」
 預かった背中がものすごい勢いで遠くなる。
 光は剣を抜きながら、蛮族の足下に火術を放つ。たまらず後ずさる一人を真っ向から斬り伏せた。
「ハハハーッ! 覚悟しろ悪党ども。そのモヒカン、片っ端から墓標にしてやるぜ」
「同じシャンバラの民として心苦しいが、――平和のためだ」
 光とラデルの戦う動機は同じような気もするし、全く違う気もするが、いずれにせよ二人の呼吸は完璧に合っていた。
 二人は背中合わせになり、次から次へと蛮族を倒していく。
 しかし、多勢に無勢。モヒカンの墓標が20を数えたあたりで、光はがっくりと片膝をついた。
「くそっ、まだやれるぜ! こいつらに正義の鉄槌を――こら! 離せラデル!」
「だめだ光、いったん退かなくては」
 性格とは真逆に、体格差は大人と子供。
 ラデルは光の首根っこを掴んで、手薄なところをランスで突破しようとする。

 その瞬間、蛮族に混じった一人の男を見た。
 すれ違いざまにその声を聞く。
「――あとは俺にまかせろ」
「!?」
 ラデルは目を疑った。
 その男、佐野 誠一(さの・せいいち)は、戦う風でもなく、無造作に蛮族の群れをかき分けて歩く。
 あっけに取られる蛮族の隙を突き、ラデルは一気に囲みを切り抜けた。
(助かったが、何をするつもりだ?)
(てめぇ! 俺様の存在を忘れてるだろ! おい!)
 引きずられてボロ雑巾のようになった光が、下の方から悪態をつく。

「よく聞け、お前ら!」
 誠一は、大きな倒木の上に立つと、おもむろに口を開いた。
「お前らの信奉するネルガルは、ドージェを殺した奴らの仲間だ!」
「何だとおおおおっ!」
 その名に反応しないパラ実生はいない。ある者は剣を落とし、ある者は涙した。
「そうだ。最強の武神にして、自由の象徴! そのドージェを戴くお前らが、ネルガル如きに好きに使われていいのか!」
「うおおおおお!」
 知能的には底辺をさすらうジャタ蛮族とはいえ――いや、だからこそか。この扇動の効果は強烈だった。
 誠一は仕上げにかかる。
「そうだ! ネルガルこそ立ち向かうべき敵だ! さらに奴は、カナンの女神様をも封印した。女神様といえば美人で巨乳だ!」
「うおおおおお! 美人! 巨乳!」
「ネルガルを倒し、女神様のおっぱいを見るぞーーー!」
「おっぱいいいいいい!」
「ジーク・おっぱい!」「ハイル・おっぱい!」
「おっぱい! おっぱい!」
「俺たちはおっぱい党! 全てはおっぱいのために!」
 蛮族は、途中で論旨が100光年ほどずれたことにも気付かず、顔を上気させている。
 鳴り止まないおっぱいコール。
 ――契約者の面々は、そろそろ森を抜けるころだろう。我ながらいい仕事をした。
 その気配をかすかに感じながら、誠一はこの地におっぱい党の橋頭堡を築けたことに、満足の笑みを浮かべていた。