First Previous |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
Next Last
リアクション
【十二 第二ラウンド】
大きく床が傾いた管制室に、渚が顔色を変えて飛び込んできた。
「榊さん! もう一体来るって、どういうことなんですか!?」
その叫びに対し、孝明は固定椅子にしがみつく格好のまま、気象レーダーに映し出される映像を指差した。
滑らないように重心を垂直に維持しつつ、何とか気象レーダーにまで歩み寄ってきた渚に対し、孝明は硬い表情のままで低く唸るように語りだした。
「見てくれ……雲の動きをトレースしてある」
いわれるがままに渚が覗き込むと、確かに気象レーダーの円形ディスプレイ上では、雲をあらわす黄色いマーカーが、太平洋上の夏の高気圧の外縁沿いに、偏西風に押されて東に移動する様が描かれている。
だがその中にひとつ、奇妙な動きを見せる雲の塊がある、と孝明はいう。それが、徐々にこちらへ近づいてきているというのだ。
そして更に曰く、天御柱から転送されてきたメガディエーターの資料の中に、こういう記述があったらしい。即ち、メガディエーターは常に小隊規模で行動する、と。
勿論、巨大な起動兵器の場合、一個小隊の規模は通常の歩兵小隊とは数が異なる。だが少なくとも、この雲の動きを見る限りでは、メガディエーターがもう一体存在することは、ほぼ間違いないという。
「孝明は、こういうケースで読みを外したことはない……多分、本当だと思うよ」
椿が緊張に満ちた声で、そう付け加えた。
いや、椿にいわれるまでもなく、渚は孝明の言葉を信じた。この雲の動きを見せられた以上は、疑問の余地など無かった。
浮島地上では、既に大勢の観光客達が空中展望塔からの脱出を果たしており、家族や恋人、或いは友人同士といった人々が互いの無事を喜び合い、そこかしこで歓喜の声や安堵の吐息が聞こえてくる。
しかし、孝明からの連絡で、その安穏とした雰囲気は一変した。
もう一体のメガディエーターがこちらに向かってきているというのである。人々の面に再び、恐怖の色が張りついた。
「皆さん、落ち着いて、しかし急いで行動してください。もう時間はあまりありません」
浮島地上で待機していたマクスウェルが、観光客や展望塔のスタッフ達を誘導し、大型飛空艇の定期便が向かってきている筈の空中岸壁方面へと急がせた。
「さぁさぁ皆様、急ぎましょう。お喜び遊ばすのは、空京に戻ってからでも遅くはございません」
「でも、慌てて転んだりしないようにね〜!」
リカインからの指示でメガディエーターの調査を打ち切り、浮島地上部での誘導に回っていた狐樹廊とサンドラが、先導役を買って出て空中岸壁へ人々を連れて歩く。
ところが、百メートルも進まないうちに、急に辺りが濃い霧に覆われ始めた。
マクスウェルの表情が、さっと青ざめる。
「ま、拙い……!」
不意に巨大な何かの気配を感じ、マクスウェルは浮島外縁の遥か向こうに視線を凝らした。
居た。
ほんの一瞬ではあったが、決して出会いたくない巨影が、僅かに染み出る黒点のような形で、乳白色に染まる視界の中を横切っていったのである。
これは、急がなくてはならない。
マクスウェルは再び視線を空中岸壁方向に戻し、大声を張り上げて注意を促そうとした。
が、出来なかった。
一体いつの間に、そこに居たのか。
先頭を行く狐樹廊とサンドラを待ち構えるかの如く、巨大な歯列が上下に並ぶ漆黒の空洞が、一般人の列の先に出現していたのである。
恐慌が巻き起こった。
蜘蛛の子を散らす、という表現があるが、この時の観光客やスタッフ達の、恐怖にまみれた逃走は、まさにその表現に相応しい状況であった。
悲鳴、怒号、泣き声。あらゆる負の感情から生み出される様々な声が、周辺一帯を支配する。
マクスウェル、狐樹廊、そしてサンドラ達はただひたすら、メガディエーターの進路を予測して、人々に逃走経路を指示する以外に出来ることは無かった。
そうして、巨大鮫の一方的な殺戮が始まるかと思われた矢先。
一陣の風が、マクスウェルの頭上を後方から駆け抜けていった。
「にょほほほ〜! お食事時はさすがにぃ、あの超音波は使わないようですのねぇ〜!」
凄まじく不謹慎な台詞を吐きながら、レティシアが得物を携えてメガディエーターの鼻っ面に突進していき、その後を苦笑交じりのミスティが追いかけてゆく。
右手に栄光の刀、左手にブレード・オブ・リコという二刀流で突撃してゆくレティシアに対し、メガディエーターは相変わらず洞窟のような口腔を開け放ち、上側の歯列で迎え撃とうとする。
これを見たレティシアは、軌道を上方向に修正した。狙うは、メガディエーターの鼻先である。
「お命頂戴ならぬ、お鼻頂戴!」
メガディエーターの鼻先と垂直に交錯する形で、宙空を駆け抜けてゆく。直後、メガディエーターの鼻先部分がおよそ1メートル程に亘って、切り落とされていた。
この一撃が、功を奏した。メガディエーターの意識が、地上を逃げ回る一般人達ではなく、レティシアに向けられた。
「あぁもう、レティったら!」
そのまま浮島上空へと飛翔してゆくレティシアを、ミスティは慌てて追いかけた。レティシア本人は、メガディエーターの標的としてロックオンされた事実を、まだ把握していないらしい。
浮島上空では、ルカルカ、ダリル、理沙、セレスティア、ザカコのチームがメガディエーターの上昇を待ち構えている。
「折角調べたんだから、調査結果を利用するよ。皆、良い?」
ルカルカの言葉に、残る四人が同時に頷く。
その直後、猛スピードで上昇してゆくレティシアの姿が、一同の目の前を一瞬で通り過ぎていった。
「……来ますわ」
セレスティアが表情を引き締めて、下方を凝視しながら呟いた。果たして、巨大な影が五人の足元へ迫ろうとしていた。
「よし、今よ!」
ルカルカが合図を送ると同時に、五人はぱっと散開した。その直前まで五人が位置していた空域を、メガディエーターの巨躯が猛然と上昇してゆく。
数瞬後、散開していたメンバーのうち、残っていたのはルカルカとセレスティアのふたりだけだった。
「上手くいったようですね」
「まだまだ、本番はこれからよ」
セレスティアの呼びかけを半ば無視する形で、ルカルカはメガディエーターの後を追って飛翔した。
一方、理沙、ザカコ、そしてダリルの三人はというと、それぞれの得物を鮫肌に突き刺すなどして、メガディエーターの体表に取りついていた。
厳密にいえば、理沙とザカコが各々の武器の刃先を鮫肌に深々と突き刺してこれを手がかりとし、ダリルがこのふたりに抱きかかえられる格好でしがみついている、という表現が最も適切であった。
「ダリルさん、いけそう!?」
理沙が大声で呼ばわった。声を張り上げないと、向かい風が強過ぎて、ほとんど何も聞こえないのである。
だがそれでもダリルの耳には理沙の言葉が聞こえなかったのか、彼は黙々と手にしたノートPCにケーブルを繋ぎ、そのもう一端をメガディエーターの表皮の中へ、無理矢理押し込もうとしていた。
ところが、どうにも端子の先が上手く挿入出来ないようで、ダリルの表情には次第に焦りの色が見え隠れするようになってきた。
すると、悪い時には悪いことが重なるようで、周囲の表皮状況を見渡していたザカコの面に、険しい表情が浮かんだ。
「……これは、拙いですよ!」
ザカコに促されるままに、理沙がその視線の先を追うと、鮫肌のそこかしこから、アロコペポーダの黒光りする外殻が、もぞもぞと涌き出してきているではないか。
「ザカコさん、どうする!?」
「いや、どうするといわれましても……」
理沙の問いかけに、ザカコは心底困ってしまった。理沙にしろザカコにしろ、両手が完全に塞がってしまっているのである。
今ここでアロコペポーダの襲撃を受けたら、一方的に為されるがままであった。
しかし、捨てる神あらば拾う神あり。
どこからともなく銃撃音が聞こえてきた。と思った次の瞬間には、アロコペポーダの一匹が狙撃され、メガディエーターの体表から振り落とされていった。
見ると、相変わらず寒そうな格好のセレンフィリティが、セレアナの操縦する小型飛空艇のタンデムシートに陣取り、アサルトカービンを肩付けに構えて、狙撃姿勢を取っていた。
「その寄生虫共はこっちに任せて、理沙達は自分の仕事に専念して!」
更に。
「うぉりゃああぁぁぁ!」
突然、甲高い咆哮が聞こえたかと思うと、左手で握った剣を鮫肌に突き刺し、右手には魔銃カルネイジを握り締めた知恵子が、ロングスカートの裾を向かい風の中で翻しながら、これまた同じくメガディエーターの体表に取りついていた。
もちろん彼女の場合、カルネイジを携えた右手は自由である。アロコペポーダを撃ち落とすには、最適な状態にあった。
但し、手がかりとして使用している剣は、知恵子のものではない。たまたま併走していた智緒から、強引に借り受けたものである。
「それ、智緒の剣なんだから、壊しちゃ駄目だよ〜!」
本気で心配している様子の智緒だったが、知恵子は聞こえない振りをしていた。
First Previous |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
Next Last