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リアクション
【六 気配、或いは前兆】
空京バーチカルビューランドのある浮島の地上部分。
実は、空中展望塔は浮島下面だけではなく、地上にもその巨大な施設が円錐状に伸びている。ただ、こちらは景色の面であまり見映えがしないということもあり、大半は空京リゾートイノベーションのオフィスや関係会社の拠点として使用されている。
だが空京からの足はといえば、空中岸壁に接岸する定期便の大型飛空艇に頼っており、その空中岸壁へと至る道は、矢張り浮島地上部分に張り巡らされた道路網が、唯一の経路である。
つまり、観光客であろうがスタッフであろうが、基本的にはこの地上部分ありきで行動しなければならないのである。
当然ながら、空中展望塔に閉じ込められている観光客達も、最終的にはこの浮島地上へと出て、そこから定期便の停泊する空中岸壁へと向かわねばならない。
そうである以上、単に展望塔側からの脱出経路のみならず、地上側からの経路も確保しなければならない。
この点に着目していたのは、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)ただひとりであった。
当初、マクスウェルは浮島地上部から、空中展望塔と浮島間の接合部に向かい、脱出可能どうかを調査することを主な目的として動いていたが、アロコペポーダの出現を聞いて、多少方針転換をせざるを得ないと考え始めていた。
(ただ調査するだけじゃなく……実際に救出の為に、降りる必要があるか)
現在、貫島エレベータは三基とも機能していない。一方で、数十メートルにも亘る金属製梯子が内側に掛けられているラダーパスの方は、途中幾つか外壁部が損傷しているものの、何とか使えそうではある。
だが問題は、観光客の側にあった。
その大半は体力で劣る一般人なのである。その中には幼児やお年寄りも数多く含まれており、果たしてそういった人々が、無事にラダーパス内部を抜け切れるかどうかは、甚だ疑問が残った。
(さて、どうするか……)
貫島エレベータ前ホールのベンチに腰を下ろし、ひとり思案にふけっていたマクスウェルだが、数分もしないうちに、どこかから何かを叩くような金属音がこだましてきた。
何事かと周囲を見渡していると、突然、展望塔脇の芝生の一角から人影が這い出してきた。
金網をこじ開けてのそのそと地上にその体躯を押し上げてきたのは、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)であった。更に続いて、テノーリオの頑健な体躯とは対照的に細身のしなやかな姿が現れた。ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)である。
ふたりはいずれも、トマスの指示で貫島エレベータやラダーパス以外の脱出経路を探索していたのだが、果たして、その任務は見事に遂行されたといって良い。
「あんた達、一体どこを通ってそんなところに!?」
慌てて駆け寄ってきたマクスウェルが、全身に浴びた土埃を払いながら周囲を見回しているテノーリオとミカエラに呼びかけた。
対するテノーリオとミカエラも、まさか出迎えが居ようなどとは露とも思っておらず、若干驚いた表情で互いの顔を見合わせていた。
「いや、実は工事用の作業員通路を見つけてね。封鎖されていたんだが、無理矢理こじ開けて通ってきた」
「ま、中は相当に埃臭かったんだけど、安全には代えられないかしらね」
やや咳き込むような調子でミカエラが続ける。曰く、ハンカチやタオルを口元に押し当ててくれば、特に問題は無さそうとの話であった。
ただ、相当に長い階段であるという。さすがにラダーパスのように、数十メートルにも及ぶ梯子を登るよりはマシだろうが、それでも幼児やお年寄りには、かなり頑張ってもらわなければならないらしい。
「まぁ最悪、俺達コントラクターが足腰の弱いひと達を背負うなり何なりして、手伝ってやらないといけないかも知れないな……」
思案顔で腕を組むテノーリオに、マクスウェルが何かをいおうとしたその時。
不意に、頭上から澄んだ声が響き、三人の鼓膜を刺激した。
「あの……もしかして、脱出路が見つかったのですか?」
見ると、空飛ぶ箒スパロウを駆る火村 加夜(ひむら・かや)が、驚いたような表情を浮かべて、下降しつつあった。
加夜の着陸を待って、ミカエラが銃型HCのLCDをその場の全員に示し、テノーリオと一緒に通ってきた経路をグラフィック表示させた。
よくぞこんな隠された通路を見つけ出したものである。加夜は素直に賞賛した。
「素晴らしいです! これなら、最上層と上部第二層の方々は、すぐにでも脱出することが出来ますね!」
「けど、問題は下の二層だな。アロコペポーダとかいうのを何とかしないと」
マクスウェルが眉間に皺を寄せて、静かに唸る。だが、今ここで考えてみたところで、どうにかなる問題でもなかった。
すると加夜が、ところで、と話題を変えてきた。
「私、あの怪物がどうして空中展望塔に攻撃してきたのか、その理由を探ろうとしてたんです」
「へぇ……それで、何か分かったのかい?」
テノーリオが僅かに身を乗り出して聞き返した。すると、加夜の口から意外な結論が飛び出してきた。
「メガディエーターは……もしかしたら、この空中展望塔をイコンと間違えて攻撃してきたんじゃないでしょうか?」
曰く、この空中展望塔には外壁から幾つかの長大な作業用アームが伸びているのだが、その外観が、遠めに見れば人型に見えるのだという。
これだけの大きさの人型と金属製の表面、という条件が揃えば、鮫程度の知能では、イコンと見間違えても仕方が無い、というのである。
なるほど、と三人は頷いた。あり得そうな話であった。ということは、逆にいえばそれらの作業用アームを撤去してしまえば、再度の攻撃は防げるのではないか。
全員がその結論に達したその時、不意に浮島地上部が濃い霧に包まれ始めた。
「何だ? 霧が発生するような気象条件は、何も無かった筈だが……」
マクスウェルが、怪訝な表情で周囲を見渡してから、ふと何気なく上空に視線を転じた。
そこで、思わず全身が硬直した。
「あの、どうかしたんですか?」
加夜の呼びかけに、マクスウェルは口元をわなわなと震わせながら、頭上を指差して、曰く。
「や……奴だ」
霧の中で、数十メートルの巨大な魚影が悠然と舞っていた。その場の全員が戦慄に凍りついたのは、いうまでもない。
* * *
メガディエーターが浮島上空に出現した事実は、まだ塔内では認識されていない。
そんな中、人々が絶望に恐怖し、その大半が諦めたような雰囲気に押し包まれている最下層にて、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が声を明るく励ましながら歌を歌ったり、或いはアニメのヒーローの物真似をするなどして、不安に怯える子供達を何とか元気付けようと頑張っていた。
正直なところ、さゆみ自身も、実は相当な恐怖に襲われていた。
彼女は目の前でメガディエーターによる外壁破壊を目撃しており、その余りの破壊力に、人目を忍ばずに腰を抜かし、震えながら泣き出そうとした程であった。
ところが、パートナーであるアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が勇気を振り絞ってさゆみを立ち上がらせ、自分自身の恐怖心を抑え込みながら、さゆみを必死に宥めたのである。
「ほら……子供達の前で、お姉ちゃんがないたら格好悪いでしょう? さぁ立って。わたくしと一緒に、子供達を元気にしてあげましょう」
アデリーヌに諭され、さゆみはようやく、気力を振り絞って子供達と接する決意を固めた。
「はい、それじゃあ次は、どんなお歌が良いかなあ?」
子供達の不安を取り除くべく、努めて柔らかな笑顔を浮かべるさゆみ。だがその華奢な手は、まだ僅かに震えていた。
そんな光景を、蔵部 食人(くらべ・はみと)は大したものだ、と内心舌を巻く思いで眺めていた。
食人自身は、誰かの為に積極的に動いて不安を取り除くというような行動には出ていない。
だが、今にも崩れ落ちそうな床や壁の近くに居る人々を、それとなく誘導して安全なところにまで移動させたり、脱出の際に必ず邪魔になるであろう瓦礫の山を、黙々と撤去するなどして、確実に貢献している。
ただ、そのいささか凶悪そうな外観が災いして、ほとんど誰にも注目されることなく、作業を淡々と進めているだけだというのが、哀れといえば哀れであろう。
尤も、食人本人は別段、気にはしていない。人間、誰しも分というものがあり、自分にはこういった裏方役こそが最も適している、と考えていた。
その信念に従って行動しているだけの話である。食人自身には、何の不満も不平も無かった。
しかし、そんな裏方役で納まっていられるのも時間の問題であった。誰かが、叫んだ。
「ま、またあの化け物だぁ!」
見ると、崩れた外壁に向こうに広がる雲海の中を、あの巨大な魚影がほんの一瞬ではあったが、確かに横切っていったのである。
「クソ……マジかっ!」
食人は舌打ちを漏らしながら、崩れた外壁に最も近しい位置に呆然と佇んでいた老夫婦の手を引いて、なるべく主柱に近いところまで後退させた。
そんな食人の視界の中で、さゆみとアデリーヌが恐怖に染まる表情を浮かべながらも、子供達を抱きかかえるようにして、外壁の穴の向こうをじっと凝視していた。
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