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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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【二 探究心と恐怖心と】

 結論からいえば、知恵子、フォルテュナ、理知、智緒、そして茜の五人編成のチームによる最初の攻撃では、あの巨大なる魚影を仕留め損ねた。
 茜のヴォルケーノに搭載されていた火器は、一定のダメージを与えるには成功したようではあったのだが、巨大鮫はすぐさま転進し、再び雲海の中へと隠れてしまったのである。
 この報告は無線を介して、空京バーチカルビューランドの浮島周辺に展開するコントラクター達にも瞬く間に知らせられた。
 反撃してくるかと思いきや、あっさり退却した巨大鮫の撤退行動に、多くの者が意外な思いを抱いた。
 いや、中には最初から巨大な魚影を敵とは見なさず、とりあえず接触してみて、敵意の有無を確認しようという考えを持つ者達も居た。
 空京バーチカルビューランドから南西方向に十数キロ離れた、雲ひとつない澄んだ空の中に、幾つかの影が浮遊している。
 いずれも飛行用装備や小型飛空艇、或いは光る箒などでホバリングを維持し、何やら相談めいた会話を交わしている。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の五人はといえば、まずはとにかく平和的に事態の解決を図ろうという意図を持って集まっていた。
 もう少し詳しくいうと、ルカルカ、ダリル、ザカコの三人は共存の道を探ろうという考えから、とにかくあの巨大鮫と接触してみようという計画を立てていたのだが、理沙とセレスティアは少し違った角度から計画への参加を決めていた。
 即ち、理沙にしろセレスティアにしろ、あの巨大鮫の背後に何か黒幕が潜んでいるのではないか? という疑いがどうにも捨てられないのである。
「それはいくらなんでも、考え過ぎなんじゃない?」
 苦笑して肩を竦めるルカルカだったが、その内心、理沙の疑いも無い訳では無いことを、ふと考えた。だが今は、相手の正体が何も分からないのである。
 疑心暗鬼になる前にまず、自分達の目で直接確かめてみないことには何ともいえなかった。
「ま、とにかく、私達が囮になってあのデカブツの注意を引くから、その間にルカ達は上手く取りついてね」
 大型の戦斧を両肩で担ぐ格好の理沙は、柄を軽くぽんと叩いて笑いかけた。矢張り相手が相手である。斬るのではなく、重量を利用して叩きつけるというような武器でないと効果が無い、と踏んでの武装であろう。
 理知からの無線報告で、巨影がこちらに向かってきている旨を聞いていた五人は、さぁこれから作戦に取りかかろうという段に入ろうとしていたのだが、その時、ザカコが北東方向、即ち浮島方面からこちらに向かってくる小さな影の存在にいち早く気づいた。
 それもひとつやふたつではない。ザカコは訝しげに腕を組み、仲間達に接近する集団の存在を指摘した。
「誰かこっちに来るようですよ」
「あら、珍しいですわね。わたくし達のような、単純な調査集団に興味を持つ方々いらっしゃるなんて」
 小首を傾げながらも、セレスティアが最初の発見者であるザカコと共に応対に向かうべく、接近してくる者達との距離を詰めていった。

「あの、すみませーん!」
 あちら側から、手を振りながら声をかけてきた。先頭を駆けていたのはリュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)である。呼びかけてきたのも彼女だ。
 そのすぐ後ろに、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)といった面々がそれぞれの飛行手段を用いて続く。
「何か、御用ですか?」
 いささか怪訝な表情でザカコが問いかけると、リュナの脇から蛇々がすっと小型飛空艇を押し出してきて、ぺこりとお辞儀してから単刀直入に用件を告げてきた。
「あの〜、私、あの大きな生き物が凄く気になって、調べてみたいんだ。でも他のひと達って、やっつけてやるって息巻いてるのが多くて、平和的に接触してみようっていうひとがほとんど居ないんだよね」
 正直なところ、蛇々は純粋な調査のみに専念することについては、多少心苦しい思いが無い訳では無い。他のコントラクター達は救助だ迎撃だと、一般人の観光客の為に少しでも役に立とうとしているのだが、蛇々の調査にはそういう意図はまるで無かったのだ。
 しかし、ここであの巨影の正体や行動パターンなどを詳細に調査しておくのは、後々必ず役に立つ、と信じている。ある意味、大局的な視点に立っての調査活動ともいえるだろう。
 一方で、狐樹廊とサンドラの考え方は蛇々やリュナとは異なる。むしろ、ルカルカやダリル、ザカコといった面々の思考に近いといって良いだろう。
「手前どもはまぁ、何と申しましょうか……あの巨影に敵意があるかどうか、まずはそこから知りたいと思いまして」
 冷静に語る狐樹廊だが、その傍らでサンドラがいささか申し訳無さそうに頭を掻きながら、あははと笑う。
「えぇっと、私はそっち方面の技術全然無いから、とりあえずキツネさんにくっついてきただけなんだけどねぇ〜」
 だがとにかくも、新たに現れたこの四人には、接触すぐ戦闘、などという意図は無かった。要するに、自分達も調査活動に加えて欲しい、というのが願いだったのである。
 すると、ルカルカの魔法と自前の光翼で滑空してきたダリルが、一切表情を崩さずにザカコとセレスティアを左右に押し退ける格好で口を挟んできた。
「悪いが、全く戦闘行動が無いとはいえない。少なくとも囮の為に何人かが軽い攻撃を加える。単純な観察を希望するなら、若干距離を置いてついてくることをお勧めするが、どうだ?」
「うん、それならそれで全然構わないよ。とにかくじっくり調べられれば、それで良いから」
 蛇々が嬉しそうに頷く。かくして、交渉は成立した。

     * * *

 同じ頃、空中展望塔の最上層では。
 電力供給が失われ、全く動く気配すら見せない貫島エレベータ前のホールに、三十人を越える一般人達が集まり、誰もが一様に、その視線と耳をあるひとりの人物に傾注している。
 自身の歌声とパフォーマンスで衆目を一身に浴びているのは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)であった。
(あの子達、上手くやってるのかしら)
 よく響く歌声で抑揚の少ないバラードを奏でながら、ふとそんなことを思ってみた。最上層で足止めを喰らっている一般人の観光客達は、まだ巨影の存在には気づいていない。というのも、上部第二層と下部第三層では行き来する為の手段である螺旋階段とエスカレーターが途中で分断されており、情報の伝達が絶たれてしまっているのである。
 本来であればこのような状況は憂うべき事態であったが、今回に限っていえば、その情報断絶が良い方向に作用している。つまり、さほどに大きな混乱が、まだこの最上層には発生していないのだ。
 知らぬが仏、とはよくいったものである。
 そんな訳だから、最上層の一般人達は最下層や下部第三層に居る人々のように大混乱と恐怖の坩堝に陥っているという状態ではなく、リカインの全能力を駆使しての即席ライブに、人々から多くの注目を集めることが出来ているのである。
 これがもし、巨影の姿が認められた後であれば、ここまで人々の関心を寄せることなど、ほぼ不可能に近かったであろう。
 リカインの考えは、巨影の存在を知って人々がパニックを起こす前に、まず自分が注目を浴びることで少しでも混乱を減らそうというところであった。そしてその狙いは、今のところ功を奏しているといって良い。
 またそのすぐ近くでは、サクラ・フォーレンガルド(さくら・ふぉーれんがるど)が火術を駆使して作り出した四つの火球を操り、集めた子供達の前でジャグリングを披露していた。
 コントラクターの魔法や技術に接するのはこれが初めてという地球の子供達にとっては、このパフォーマンスは幼い心に芽生えかけていた不安や恐怖心を払拭するには十分な効果を発揮していた。
「あはは〜、ごめ〜ん。これ結構難しいんだよ〜」
 時折、サクラはわざと失敗するなどして、コミカルな演出を挿むのも忘れない。彼女の笑いを誘う所作に、子供のみならず、その家族や、或いはお年寄りといった人々が明るい表情を向けている。
 無論、一般人とはいえ、彼らは大人である。今この状況が決して安穏な事態であるとは思っていない。
 しかしサクラの思慮を十分に汲み取り、子供達に無用な不安や恐怖を与えてはならないと考えているらしく、敢えて子供達と一緒になってサクラの芸に見入っている様子を作っているのだ。
 そんな人々の心遣いに、サクラ自身も勇気づけられ、また感謝もしていた。
 子供達の小さな手にはジェラートや団子、めいりんバーガーなどが配られている。
 それらはいずれも夜月 鴉(やづき・からす)が持参してきていたのを、全てその場で分け与えたものであった。
 おやつを手にサクラのパフォーマンスを眺めている子供達の意識からは、恐怖は拭い去られ、ただ楽しいひと時を過ごしているという笑顔の華が、そこに明るい空間を作り出していた。

 サクラが子供達やその家族相手にパフォーマンスを繰り広げているのを、少し離れた位置から眺めていた鴉だったが、その傍らに、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)がすっと身を寄せてきた。左右の手には無線機と拡声器がそれぞれ握られている。
「大したものですね……お陰で僕達も、随分とスムーズに作業を進められていますよ」
 既に脱出路確保の為に、パートナー達を動員して行動に出ていたトマスだったが、リカインやサクラのパフォーマンスが人々の不安を相当に抑えてくれている為、無駄に声を張り上げて安全確保の為に動いている旨を説明する必要も無く、淡々と作業を進めることが出来ていたのである。
 だが、不安もある。
 今回の事故の原因たる謎の存在については、まだ何ひとつ解き明かされておらず、再びあの衝撃が塔を襲う可能性は十分に考えられるのだ。
 今はまだ、リカインやサクラの力で何とか人々の不安や恐怖、混乱を抑え込めてはいるものの、次にまたあの衝撃が塔を襲えば、どうなるか分かったものではない。
 それは、鴉も同感であった。
「で、そっちの状況は?」
「いやぁ、それがまだ、しっかりと足場の固い脱出を見つけるには至っておりませんで」
 鴉の問いかけに応じたのは、トマスではなく、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)であった。彼は手にした銃型HCのLCDに表示されている塔内見取り図を小難しそうな表情で眺めていたが、そこには幾つもの赤く塗られた箇所が見える。
 それらはいずれも、崩落した瓦礫や破壊されて宙空に穴が開いた箇所であり、そのままではとても、一般人が通り抜けられるような状況ではなさそうであった。
「今、僕の友人達が先行して脱出路確保の為に動いているんですが、まだもうちょっと、時間がかかりそうなんです」
 トマスがやれやれと小さくかぶりを振った。だが鴉には誰かを責める意思は無いし、そもそも誰に責任があるとも考えてはいなかった。
「それはまぁ、仕方が無いか……だが、その時になったら声をかけてくれ。俺とサクラも避難誘導には協力させてもらうよ」
「恐れ入ります」
 子敬が頭を下げたが、そのような気遣いは鴉には無用である。鴉もまた、人々の安否を気遣うコントラクターのひとりなのだ。