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廃墟の子供たち

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廃墟の子供たち

リアクション



1穏やかな日々

シャンバラ大荒野に孤児院があった。今も建物は残る。しかし人の姿はない。
この孤児院にいた孤児たちは、今、廃墟の中に身を潜めている。
孤児たちは、かつて地中に眠る遺跡を盗掘するために働かされていた。
遺跡の内部は暗く狭い。盗掘団は路上で眠る貧しい子ども達から、身軽で小柄な子どもを選んで拉致し、自分たちの窃盗の手伝いをさせてきた。
孤児たちは救い出され、新しい生活を始めている。孤児たちはその後の調査で生き別れていた実の親と再会したものもいる。
また里子として引き取られ幸せに暮らしているものもいる。
孤児を救い出したのは、王 大鋸(わん・だーじゅ)とその仲間たちだ。
王たちは、荒野に孤児院を築き、畑を耕し、動物を育て、孤児たちの成長を見守ってきた。孤児たちはそれぞれに生きるためのスキルを身につけ、日々を生き抜いている。
戦闘が激しくなり、かつての孤児院から今の場所に移ってきても、子ども達は王らの変わらぬ愛情を受け、穏やかに、そして、逞しく育っている。



メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、その日、孤児院に来ていた。孤児たちに新しい洋服と食料を運んできたのだ。
勿論、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)もメイベルと共にいる。
「いつも、ここは静かですわ」
フィリッパの口調は丁寧だが、その視線は鋭い。時刻は夜。暗闇はどこまでも続いていて、歩くのもままならない。
「さすがですぅ、管理が行き届いて…では行きましょう」
メイベルは、小さな灯かりを灯すと、人の気配のない廃墟に足を踏み入れた。
廃墟は、荒野にぽつんと浮かぶように残っていた。周辺を鬱蒼とした木々とごつごつとした岩が囲んでいる。
かつては名のある富豪が住んでいたのだろう。崩れ落ちた外壁には手の込んだレリーフが組み込まれている。
メイベルたちはレリーフの裏側にすべりこんだ。
レリーフから声がする。
「いよぉ、久しぶり!」
暗闇のなか、レリーフの中からピエロの顔が浮かび上がる。
小さな悲鳴を飲み込む音。
「いつ見ても慣れないね」
セシリアがレリーフの中のピエロに話しかけた。


このレリーフが廃墟に入る玄関になっている。玄関には鏡があり、外の人間が見える仕組みだ。
「今日は、ナガンで運がいいぞ、セシリア。もっと怖い顔の奴だってここには…」
ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)がメイベルたちを招きいれ、悪態をついたとき、


ドーン!


衝撃音と共に、地響きが起きた。

「なんだ!」
声と共に廃墟から飛び出してきたのは、レッテだ。
髪を少年のように短く刈り込んでいるが、手足の白さとその筋肉の付き方から女の子だと分かる。細い腕と細い足には余計な脂肪などなく、たおやかな筋肉が動くたびに躍動した。
「襲撃か?」
ピエロメイクで隠れたナガンの顔は表情が読みとりにくい。




2厄介者


ドーン!

低い砲弾の音と共に、背後に広がる闇夜が赤く染まった。
一瞬の光が、墜落する三機のイコン―――シュメッターリングを照らし出す。

「トカゲが調子に乗りやがってっ!」
「……あそこへ逃げ込む。古王国時代の建造物だ」
「隊長、追いますか?」{
「必要ありません。奴らはこの廃墟から出る事は出来ないのですからね。
待ち伏せているだけでいいでしょう。そして出てきた時こそ……」

廃墟を見ているのは、エリュシオンのトカゲ型イコンだ。
地上に降り立ったイコン――ヤークトヴァラヌスから降りた男は残酷な笑みを浮かべました。
「隊長、地上は危険です」
「しばし休息です。奴らが出てくるまで」
隊長は頭上を飛ぶ、約10機のヴァラヌスに向かって指示を出す。


廃墟を取り囲む潅木に突き刺さるように、三体のイコンが着陸している。
隊長機に乗って降りてきたのは、オーストラリア人のジョーンズ、パートナーは守護天使のダニエル。機は角付きの機体で全体に改造を施して性能を上げている。
ロシア人のモロゾフ、パートナーは強化人間のゴンチャロフは、改造された高出力のビームサーベルを装備している。三機目、ノルウェー人のイングヴァル、パートナーは地祇のフィヨルドの機は、改造ビームキャノンを装備している。が、今回の襲撃で駆動系が破損している。
降りてきたモロゾフとイングヴァルは、自分たちのイコンを見ている。
「修理すれば…」
「修理してるうちにやられそうだな」
イングヴァルの言葉に、モロゾフが豪快に笑う。

ジョーンズはその声を聞きながら、暗闇に眼を凝らしていた。
「地中から僅かに光が見える」
皆は、灯かりを灯すと、ゆっくりとその光に向かって歩き出す。
そのとき、闇から生き物が飛び掛り、ジョーンズの首筋に何かが当たる。
「ようこそ、我が村へ」
首筋には刃が光っている。
一同の光が、刃を持つ少女を照らし出した。レッテだ。
 モロゾフとイングヴァルが銃を向ける。
 ジョーンズが二人を制した。
「囲まれてる」
 無数の銃口が三人のパイロットに向かっていた。
「お前たち、鏖殺寺院残党だな」
 銃口を向けているうちの一人、瓜生 コウ(うりゅう・こう)が鋭い眼をパイロットに向ける。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずってな」
 コウが呟いた。
「正直、あんた達は歓迎できない客だけどよ、厄介払いなんて、できねえよ。銃を置けよ」
 コウがパイロットに向けていた銃を下ろした。
「子どもたちと仲良くできるのなら、ここにいてもいいぜ、なぁ」
 コウは、背後にいる仲間達に話しかけるように声をはった。
「ああ、しかたねぇ」
 先ほどの、ナガンの声が聞こえてきた。

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、コウたちが「招かざる客」を連れ去った後、レッテの側に近寄る。ロイヤルガード所属ということで、本来は鏖殺寺院と敵対している美羽はずっと物陰から事の成り行きを見ていた。
「んー、ダーちゃん、来るかな、連絡とってみようか」
 緊張の解けたレッテは美羽の顔を見て、
「ワンにーちゃんか!あいたいな」
 レッテはクスッと笑う。
 かつて一緒に暮らした王 大鋸が血相をかえて駆けつけてくる様子が眼に浮んだ。

 美羽のパートナー、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は詳細を聞き、すぐに大鋸と話し合っている。二人は、美羽のグラディウスに搭乗して、その夜のうちに、ロイヤルガード本部からこの廃墟へと移動する。

「まってくれ!」
 地上を走るイコンが、空中移動するベアトリーチェと大鋸の搭乗するイコンを追いかけてくる。
「竜司だ!」
 大鋸がイコンを見て叫ぶ。
 竜司のイコンはオレの女1号。特に改造はない。
「良く分かったなぁ、俺だって」
 吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は、降りてきた大鋸と固く抱き合う。
「ああ、匂いがするんだよ、パラ実の」
 元パラ実の大鋸が竜司に送るほめ言葉だ。
 実際、竜司は照れている。
「オレは暴れに来ただけだ。別に孤児院が心配で来たわけじゃねぇ」
 実は考えがあるんだ…竜司は考えている作戦を大鋸に語る。


 翌朝、明るい光がレッテが「我が村」と呼んだ廃墟地下に満ちている。
 廃墟地下は、木々が茂り、花が咲き、小川も流れている。レッテが昨夜いったように、ここは「村」だった。
 子どもたちの笑い声が響く。
 朝食前、元気をもてあました子ども達の相手をしているのは、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)だ。
 孤児院一のヤンチャ、アキラが蹴ったボールをヘディングで受ける。
「アホ毛ボンバーヘッド!!」
 ゴールキーパーのレロシャンが、アホ毛をバネのようにする事で通常より威力を増したと思ってるヘディングでボールを弾くと子ども達から歓声があがった。
「あたしも打ちたい!!」
「チエ、お前、レロシャンと同じチームだろ!」
「だって…」
「いいです。みんなかかってこいですー」
「やった!!」
 小柄な女の子、チエが思いっきりボールを蹴る。ボールは柔らかな曲線を描いてゴールに向かう。
「分かってますー、あなたたちが期待しているはー」
 レロシャンは、ボールに狙いを定め、ヘディングする。先ほど子ども達を湧かせた必殺技だ。
「アホ毛ボンバーヘッド!!」
 グーンと伸びる髪をみて、子ども達のテンションが一段とあがる。



 マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)は、華麗なボールさばぎでゴールを狙う。
「レロシャン行くよ!」
 マクスウェルは、シュートと見せかけて、アキラにボウルを渡した。
 アキラはそのままゴールする。
 ゴール前は小さな子ども達で一杯だ。
「なあ、今の教えてくれよ」
 マクスウェルとアキラだけの教室が始まっている。

「メシだよー!」
 母屋から弁天屋 菊(べんてんや・きく)が出てきた。彼女は定期的に食料や非常食を孤児院に持ち込み、食事の世話をしている。
「レロシャン…大丈夫か?」
 腰まで伸びたレロシャンの美しい髪は、ぐだぐだになっている。
「大丈夫ですー、すこしはしゃぎすぎましたー」
 レロシャンは笑顔だ。
「レロシャン、メシ食ったらまたやろうぜ!!」
「腹減った!」
 子どもたちは、レロシャンにハイタッチをすると、母屋に駆け込んでいった。


 その頃、ジョーンズたちは離れの一室にいた。この部屋だけをみるとのどかな農村と変わらない。昨夜、ジョーンズたちはレッテ達にこの部屋に連れてこられた。部屋には簡易だがベッドもある。
「じたばたしてもしかたない」
 図太いモロゾフは、すぐにベッドにもぐりこんで寝てしまった。
 見張りがいるのかいないのか、さっぱり分からないが、部屋の空気は清浄で、禍々しさは感じられない。
 一行は、大人しく朝を待った。
 翌朝、食事を手に、メイベルがやってくる。
「ここがどこだか、ご存知ですぅ?」
 メイベルは和やかに話しかける。
「イコンを調べさせてもらいました。鏖殺寺院の兵士だったのですぅ?」
 その言葉に、モロゾフが反応する。銃を構えるモロゾフをジョーンズが制した。
「そうです、エリュシオンに追われています」
「『窮鳥懐に入れば猟師もこれを撃たず』という言葉がありますぅ。私たちシャンバラの契約者と鏖殺寺院の間には過去様々なことが有ったとは言え、あなたたちを追い出すようなことはしません。他のみんなが外を偵察しています。状況が分かるまで、ここにいてください」
 メイベルは食事を持ったまま、ジョーンズたちに話しかける。
「ここで食べるのは味気ないでしょう。食堂へいらっしゃって」
 ジョーンズは、メイベルの顔をじっとみている。
「起きたかぁー!」
 コウが銃を手にやって来た。
「子どもらがあんたたちと遊びたがってる。ここに来る客はみんな子ども好きなんだ。」
 コウは手に持っていたシャツを皆に投げる。
「着替えろよ、戦闘服じゃ子どもがこわがる。いいか、お前たちのためじゃない、子供たちの泣き顔を見たくないから、ここに置くんだ。孤児院の復興にも移動にも男手が必要だ、イコンを操縦できればなおいい、子どもは好きか?」
「嫌いな理由はない」
 ジョーンズは立ち上がって、既に戦闘服を脱いでいる。筋肉質の上半身は戦闘でおった傷があちこちにあった。隠し持っていた小型銃を部屋の隅にほうるジョーンズ。
「子供好きなら最高だな」
 コウは、銃を拾い、ジョーンズのベッドに置き、部屋を出て行った。

「どうおもう?」
 コウは、マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)に話しかける。
「子ども達に、最悪のシナリオを話しておこうよ。敵の攻撃があるかもだよ。子供たちは、
 孤児院が場所を移した際にも移動と生活の再構築の経験を積んでるし、タフな子達だ、適切な避難誘導が行われれば半ば自力で隊伍を組み、年長者は幼い子を助けて避難できると思う。その準備をしようよ」
 マリザの言葉に頷くコウ。

 朝食。
 ジョーンズたちは、子ども達と同じテーブルに座った。
 サッカーで汗を流したマクスウェル・ウォーバーグはジョーンズのパートナーで守護天使のダニエルの隣に座る。
「ずっと戦い続けるのか?」
 温かいスープを飲みながら、マクスウェルは問う。
「死ぬまで追ってくる奴らと死ぬまで戦うのか?」
 マクスウェルは返事のないダニエルに再度問う。
「私はジョーンズを生かすために戦う、ジョーンズは生き残った部下を生かすために戦う…あの戦いで生き延びたのが私とジョーンズだけだったら、既に投降していたでしょう。仲間がいるから逃げ続ける悪夢に耐えられるのです」
 マクスウェルも幼い頃から戦場で生きてきた。戦うだけの人生だ。
「ウェルって呼んでくれ」
 右手を差し出す。固い握手が交わされる。
 食事が終わると子ども達は、外に飛び出していった。

 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、ビーシュラに乗り、もくもくと岩をどける作業をしていた。子どもたちとのサッカーに疲れて戻ってきたジョーンズを見て、乗っていたイコンから降りる。
 ジョーンズに近づく尋人。
「子どもには敵わない。すっかり疲れました」
 ジョーンズは、額の汗をそのままに、尋人に笑いかけた。
 呀 雷號(が・らいごう)は、尋人からそう遠くない場所にいて、時折、子ども達が打ってくるボールを返球している。
 尋人のイコン、ビーシュラは、子ども達がサッカーをしている場所のすぐ近くにある。
「あれは君のですね?」
 ジョーンズは、尋人がイコンから降りてくるの見ていた。
「廃墟内の石なんかの撤去にイコンがあると便利だから…もう少しサッカー場の広げたいんだ」
「ここの子供たちはみな特技があるんですね」
 ジョーンズは、関心したように呟き、尋人のイコンを見て、
「よく整備してますね、」
 と笑いかけた。どうも会話がかみ合わない。
「尋人、お前も子どもだと思われている」
 雷號は心の中で呟き、苦笑した。
「鏖殺寺院の者らが来なかったとしてもここは決して平和な場所ではない。いつかは追い立てられていただろう…」
 尋人が運ぶ岩には、時折キラキラ光る小さな鉱物が見える。
 無邪気に遊ぶ子ども達を見て、雷號は近い将来、この場所で起こるであろうことを思う。
 尋人は再びビーシュラに戻って、散乱する廃墟の石を撤去し始めた。
「尋人、無駄だ。もうここには…」
 住めないかもしれないという言葉を雷號は飲み込んだ。
「いいんだ、たとえ数日でも、子ども達が広い場所で遊べるよう、頑張るよ」
 尋人は全てを知って、尚、石を運ぶ。


 ジョーンズはそのまま近くの岩に腰を下ろし、子どもたちのサッカーと尋人のイコンとを眺めている。
「鏖殺寺院と言った所で、君たち国籍もバラバラだし傭兵なんでしょ?地球の鏖殺寺院基地は既に制圧されたみたいだし、ここを出たところで、帰るあてなんて無いんじゃない?」
 煙草をくわえたジョーンズに、ライターを差し出したのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
「帰りたくても戻れない。私たちは…」
 ジョーンズは言葉を濁す。…既に多くのものを失ってしまった。祖国に戻るには多くの血を見すぎた。
「孤児たちと暮らすって生き方もある」
 天音は相手の出方を窺っている。
「私達には、どこまでも追っ手がきますよ」
「いや、死ねばこないよ」
 天音は胸に或る計画を持っている。


 パイロットたちは、それぞれ自由にこの村を歩き回っていた。
 ノルウェー人のイングヴァル、パートナーは地祇のフィヨルドは、部屋の中にいる。
 二人がのんびり見ているのは、四谷 大助(しや・だいすけ)と子どもたちだ。編み物をしている。
 パートナーのグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)は、少しイングヴァルを警戒しているのか、子ども他力はなれ、イングヴァルの側にいる。
 レッテが毛糸を器用に指に絡ませ、筒状に仕上げてゆく。
「編み物って見てるだけだと、簡単そうだよね。オレにもできそうだよ」
 同じように編み物をしていたチエが大助に毛糸だまを渡す。見よう見まねで始めるが大助だが、
「あ、あれ?おかしいな…どこかで間違えたかな?」
 糸は絡まるだけで、編みあがらない。
「大助兄ちゃんへたー、」
 器用なエナロが大助の編み物を直している。

「貴方たちも子供は好き?私は大好きよ。…ここでだけは敵味方の境界なんて、無粋だと思わない?」
 グリムゲーテがイングヴァルに語りかけた。
「勿論だ、迷惑をかけてすまない」
 イングヴァルは少し表情を曇らせる。フィヨルドは子ども達の輪に入っていく。
「私にもおしえて」
 グリムゲーテはその様子を見て、
「貴方たち鏖殺寺院がどんな理由で敵対していようと、ここでは関係ないわ。ここに来たのも何かの縁、仲良くしましょ?仲良くできるわよ、私たちは。だって貴方たち、孤児院の皆と仲良くなれそうだわ。子供好きに悪人はいないわ!…いいこと思いついたわ。貴方たち、寺院なんか抜けてここで子供達を世話してみない?」
「私にも祖国に子どもがいる…」
 イングヴァルは重い一言を呟いた。
「ああー。大助ったら下手ねぇ。私に貸してみなさい…こうで、こうで…こう!ほら、簡単でしょ?」
 グリムゲーテは立ち上がって、大助たちの側に駆け寄る。
「貴方もきなさいよ」
 グリムゲーテは手にした毛糸を投げた。イングヴァルの腕に中に納まったのは、空色の毛糸だ。
「子どものお土産にどう?」
 グリムゲーテは自らがさっと作った小さなお守り袋を手にしている。

 ロシア人のモロゾフは、子ども達にイコンの乗り方と整備を教えていた。
「もう少し背が伸びれば届くぞ」
 操縦席に届かない子どもを膝に乗せる。
「すげえ!!」
 子ども達は、イコンから見る景色に声をあげる。
 久しぶりに孤児院を訪れた泉 椿(いずみ・つばき)は子ども達に渡すおやつを手に、その様子を見ていた。
 子ども達は、椿に気がつき歓声を上げる。
「ドーナツだ!!」
「おっ、椿ねーちゃんだ!」
 子ども達は椿に抱きつき、次にドーナツを掴む。
「みんな、でっかくなったな・・・あたしより大きいじゃねーか」
「当たり前だよ。俺らすっごく大きくなって、イコンに載って、椿ねーちゃん守ってやるぜ!」
 椿は、前に雪遊びしたときの写真を持ってきている。
「うわ、懐かしい」
「俺、若い」
 子ども達は写真のなかの、少し前の自分を見て、あれこれ叫んでいる。
「又行こうな、スキー」
 椿は呟いて、ひょいと手を伸ばして残ったドーナツをつまむモロゾフを見た。
「なあ」
 粗野だが人のよさそうなこの寺院の男は、この場所に災いを運んできている。
「なあ、不安なんだ。あんたがいると子ども達が戦闘に巻き込まれる…子供たちのためにここを離れてくれよ。あんたらだって危険はわかってるだろ?子供を犠牲にする気じゃねえだろうな?」
「そのつもりだ。イコンの修理が終わったら、消える」
 モロゾフは、
「うまい!」
ドーナツを大きな口に放り込んだ。

 そのころ。
 孤児のいる廃墟に危機が迫っていることを知った、斎賀 昌毅(さいが・まさき)は、物資を積んだコンテナを持って廃墟へ潜入していた。
「何してるの?」
 昌毅は廃墟の入り口にいる。身体を目立たない迷彩色で多い、空からの視察で見えないよう工夫している。
 ヴァセクと呼ばれる男の子が、入り口から顔を出して聞く。
「何してるって?迷路だよ。あそべる迷路を作ってる」
 昌毅が作っているのは、廃墟の入り口の防衛陣地だ。もしものときに敵が入り込めないようトラップと、孤児がもし逃げることになったら、敵に気付かれず脱出するための通路だ。
「みんなを呼んでくる。ねえ、あそべるんだね、途中でトランポリンや滑り台があるといいな、出来上がるのはいつ?」
 ヴァセクの眼は輝いている。
「ボク迷路は得意だよ」
「ちょっと待った!!マイア!」
 子ども達が大勢集まっては、隠れ道の意味がない。
 呼ばれたマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)は、笑顔でヴァセクを抱き上げた。
「あ、重いですね」
 細身に見えるヴァセクは、骨太でがっしりとした男の子に育っていた。
「そうだよ、ボク、この半年で5センチも伸びたんだ」
「ヴァセク、迷路は完成しないと面白くないですよ。みんなに内緒にして驚かせてあげましょ」
 マイアは、ヴァセクの手を取った。
「ボクも子どもだけの施設で育ったんです。ここは少し懐かしい…案内してくれますか?」
 マイアの申し出にヴァセクは満面の笑みで頷く。
 マイアは、昌毅に軽くウインクする。
 子どもの苦手な昌毅は、ほっと溜息をついて、再び作業に没頭した。